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5、学校に行こう

  最初の朝になった。ドリーが朝食を作っているキッチンにユージーが入ってきて、隅に転がっている酒瓶をチラリと見た。空のボトルが五本。

「クジラでもここまでは飲まんだろう」

「クジラが酒を飲むとは知らなかったね」

ドリーの方もユージーをチラリと見ておおげさに驚いて見せた。

「いいねぇ、なかなか見事な変装じゃないか。そのさわやかなシャツとセーター。そのうさんくさい目つきが無かったらまるで“前途有望な若者”みたいだよ!」

マリアが今日から大学に行くので、ユージーも大学生に紛れてガードをすることになっているのだった。

「・・・これは普段着だ」軍服より実はだいぶんましではあった。

「まさか今更大学生なんかやらされる羽目になるとは思わなかった」

「マリア様だって今更地球の大学なんかで勉強させられるんだからそれくらい我慢しな。ほら、ぼーっとしてる暇があったらマリア様にお茶を持って行って」

「毒もるぞ」

「マリア様には効かないよ」


  マリアは広すぎるダイニングに座っていた。

 部屋に隠しカメラでもないかと入念に調べたが何もなかった。長年の経験から盗撮盗聴装置には敏感になっているのだが、部屋にも廊下にもそういった装置はなかった。

(努力不足ね)

 そこにティーセットを運んできたのがユージーだったので、マリアは目を見張った。

「何? 早速毒をもるの?」

ユージーはじいっとマリアの顔を見た。

「毒が入っていたとして、閣下は・・・その・・・」

「?」

「・・・いえ、何でもありません」

なんなのこの人? 挙動不審。

ユージーはぎこちなくお茶を入れながら、横目でマリアを見た。

「大学では今日、学長はもちろん、市長がお迎えすることになっています。優雅に紅茶もいいですが、コーヒーで二日酔いを覚ましたほうがいいんじゃないですかね」

「二日酔い?」

「ホワイツでの公務から離れてたがが外れたんですか? 地球で一年間の漫遊生活。贅沢なものだ。この分じゃ先が思いやられますね」

「何の話? 私、昨日はボトル五本しか飲んでないわよ」

「・・・・・」

ユージーは黙るほかない。

 マリアはユージーの淹れたお茶を飲むふりをして下に置いた。昨夜のお酒のことを言うなんて、やっぱり居間にカメラが隠してあるのかもしれない。肉眼では識別できない程の小型カメラなのかもしれない。

 迷った末にドリーは留守番ということにしてよかった。ユージーが私について来るなら、その間にユージーの部屋を調べられる。カメラはミクロ化できても。モニターはそうはいかない。シュルツ次席のところにあるのかもしれないけど、ユージーが監視ならユージーの部屋にあるはず。早く証拠を見つけて追い出さないと、あの秘密をドリーと話すこともできやしない。

 ふと、考え込んでいる間にお茶を飲んでしまっていることに気づいた。少なくとも即効性の毒ではなさそうだとマリアは思った。


 大学には真っ白いワンピースに白いコート、白い帽子といういでたちででかけた。またこれに赤い髪がよく映える。

 マリアの登場は大学の学生たちにとってセンセーションだった。誰もが立ち止まって、マリアの歩みを見守っている。

 事務棟では、市長、学長を始め事務長らの面々がずらりと並んでかしこまっていた。

「閣下におかれましては、マガドーグカレッジに入学いただきまして光栄にぞんじます」

 そして来賓室に呼ばれ、ひととおりの挨拶をうけたあと学校についての説明をうけ、それからようやく聴講の話になる。わずらわしいが、マリアはこのわずらわしさに慣れている。

 「マガドーグカレッジにはマリーアネット閣下の他にもクレムゾン星の治星官ご子息クレイモア閣下がいらっしゃいます。第二子ですから次期治星官ではございませんが、物静かで気品のある方でございます」

事務長さんはそう教えてくれたが、マリアとしては別にお近づきになる気もない。

 午前中に講義は二つあり、マリアも歴史学と法学をとってみたが、とっくにクリアした知識で退屈この上ない。一年間の留学中は教養的講座をとることになっているから仕方がないとはいえ、この留学制度は時間のムダだ。治星官に地球よりの思想を持たせようという目論見があるんだろうけれど、これじゃ逆効果だろう。

 講義の間、ユージーは学生然として、再後列の出入り口近くに座っていたが、マリアが一度振り返って見た時には、廊下や窓の外、学生の顔などにキョロキョロと目を走らせていて、こっちも講義なんか全く聞いてないようだった。

 午前中の講義が終わると昼休みとなる。マリアは来賓室でご一緒に、と言う学長の誘いを断り、混雑するカフェテリアも避けて、ドリーに持たせられたランチを中庭のベンチに腰かけて取ることにした。が、学生たちが通りすぎるふりをしてマリアの様子を眺めていくもんだからとても食事なんかできるもんじゃない。ユージーはどうしたんだろうと首をめぐらすと、中庭の反対側の、それもすみっこの方で本を読んでいるのが見えた。どうやら大学内ではマリアと無関係のただの学生のふりをする方針らしい。

(ふうん。一人のどかに学生しようってわけ)

 マリアはふっと立ち上がると、駆けるように歩いて建物のかげまで行き、ユージーがどうするか眺めようとした、が、前から走ってきた人とぶつかってしまった。

「きゃっ!」

「うっ!」

ユージーだ。逆に回って走ってきたのか。なんて早い。ユージーはマリアが取り落としたランチバスケットをとっさに受け止めると、またマリアの手の中に戻した。

 苦々しい顔をしている。

「何処へ行くんですか」

「何処に行くわけでもないわよ。ふーん。見てないようでちゃんと見てたのね」

「閣下・・・。この大学は学生以外入れないようになっていてセキュリティは厳重ですが、学生自体が過激派グループに入っている可能性もあるんです。頼みますから変なイタズラ心は出さないで、俺の近くにいてください」

ユージーは本気で懇願しているように見えた。確かに、もし本当に護衛なのだとしたら、護衛されるのに協力的でない人間を守るのは容易なことではないだろう。

「あら、私別にあなたから逃げ出したんじゃないのよ。あなたをおびきよせただけ」

「はあ?」

「ドリーがサンドイッチ作ってくれたんだけど、多すぎるのよ」

マリアはカパッとランチのふたをあけた。色とりどりのサンドイッチが並んでいる。

「食べていいんですか?」

「そうよ。優しいでしょ」

「毒が入ってるんじゃないでしょうね」

マリアはユージーの頭をぼかっと殴った。


 二日目。マリアに話しかけようと決心した学生もでてきたらしく、中庭のベンチに腰かけたマリアの周りに3メートルはなれて人ごみができた。話しかけようと決心はしても、本当に話しかける勇気がないからこうなる。

 ああ、今日もまたランチ食べられないな、と思った時、その学生たちの群れが、まっぷたつに割れた。あれ? と見てみると、一人の青年が歩いてくるその前を、学生たちがあけているのだった。

 肩を覆う程度の銀色の髪の毛が柔らかそうに日に光り、髪の毛の下に穏やかに光る茶色の瞳もまた暖かい光を持っている。クリーム色のジャケットは目立たないよう気配りがされているが、漂う気品はおおいようもない。

(ははあん)

どうやらこれが、惑星クレムゾン治星官の息子だとかいうクレイモアなのだろう。

 すぐ後ろには、従者なのだろうか、華奢な体つきをした、肩の所でプツリと切られた鉄のような黒髪をした女性・・・いや、少女かな? が、ひっそりとつき従っている。

 「ホワイツ次期治星官マリーアネット閣下ですね。始めまして。僕はクレムゾン治星官の第二子、クレイモア・クレムゾンです。よろしく」

そしてクレイモアは、右手を手の平を上にしてマリアの方にさしだした。

(あっ・・・!)

マリアは思い出した。各惑星の治星官同士の挨拶は、男性が女性の右の手の甲にキスをするということになっていたのだった。実際にその場面に出くわしたのは初めてだ。

(ああっ! 変! 恥ずかしい! いや!)

が、ここで手を出さないとクレイモアに恥をかかせることになる。

 マリアは決死の思いで右手を差し出し、クレイモアの口づけに耐えた。周りでほおっというため息が聞こえる。クレイモアは、耳まで真っ赤になったマリアを何か珍しい宝物を見るように眺めやり、言った。

「実はお願いしたいことがあるのです。来賓室へ来ていただけないでしょうか」

マリアはまばたきを二度した。(治星官の一族ってあつかましいなぁ)

 自分のことは棚にあげている。

 来賓室に行ってソファに座ると、

 「サンドイッチはいかが?」

と聞いてみた。

「いえ、僕はもう昼食はすませましたから」

「そ、じゃあ失礼して」

マリアはサンドイッチを食べはじめた。

「頼みとは何かと聞いてくれないんですか?」

「あ、そうだったわね。頼みって何?」

「デモノバイツの居場所を教えてほしいんです」

マリアはたっぷり三十秒間は黙っていた。その間に頭の中の記憶をそうざらえし、結果、デモノバイツなんて単語は一度も聞いたことが無いのを確認した。

 「デモノバイツって、何?」

「・・・え?」

「え? じゃなくて、デモノバイツって何?」

「デモノバイツをご存じないんですか?」

「聞いたことがないわね。誰なのそれ」

「魔物ですよ。本当にご存じないんですか」

「知らないわね」

と答えてしまってから、クレイモアが妙なことを言ったのに気づいた。

「ちょっと待って。今何て言ったの?」

「本当にご存じないんですか」

「その前よ」

「魔物ですよ」

「マモノ? マモノって、お化けの魔物?」

「・・・どうやら本当にご存じないんですね」

クレイモアは困ったような笑い方をした。この笑い方がマリアの神経を逆なでした。

「デモノバイツを知らなければおかしいとでも言うの」

「おかしいですね。こんなおかしな話はない。お父様はご存じだったはずですよ。聞かれなかったんですか」

お父様、と聞いてマリアはギクリとしたが、なんとか平静な顔をたもった。

「・・・・・いいえ、何も」

 チクバはマリアに伝えるつもりだったのかもしれない。今となってはわからないが。

「デモノバイツという魔物がいるんですよ。人間に化けて隠れていることが多いのですが、生物の常識をはるかに越えた魔物なんです。五十年前の双子星エルドとアドルの戦闘の時、地球から向かった艦隊を破壊したのがデモノバイツでした。そうでなければエルドもアドルも戦争のどさくさで地球に実権を握られていたかもしれなかった」

「・・・・・」

この人、少し頭がおかしいんじゃないだろうか。デモノバイツを知らない自分に不安を感じそうになっていたマリアは、ここにいたって相手の正気を心配しはじめた。

「あなた、本当にそんな化け物の存在を信じてるの?」

「驚いたなぁ。治星官クラスの間では常識なんだけれど。どうしてチクバ閣下はあなたにそのことを伝えてないんだろう」

マリアはハッとした。(まさか・・・)

クレイモアも、スパイなのかもしれない。地球と密約を結んで、チクバの生存を探っているのでないとは言えない。

「ばかにしないで。どこの世界に魔物なんてこと信じる人間がいて」

「困ったな。ここから説明しなけりゃいけないとは思わなかった。僕はデモノバイツを探してるんです。それにはあなたの協力が必要なんです。どうしても」

クレイモアの表情は真面目そのものだ。しかし艦隊を破壊する魔物なんてどうして信じられるだろう。

「私には必要の無い話ね。失礼しますわ」

「いえ、どうしても協力してもらいます。そうしてもらわなければ困るんです」

「お断りだとはっきり言わないと分かっていただけない方って野暮ですわよね」

マリアはもう立ち上がっていた。そしてドアを開ける。

「チャンスをくれませんか」

「いやです」

「待ってください」

クレイモアは焦ったのか、紳士らしからぬ振る舞いに出た。マリアの腕をつかんだのだ。その腕を、別の男の腕がつかんでねじりあげた。廊下で待機していたユージーだった。

 ところが、そのユージーの腕を、別の腕がまたつかんだ。男の腕ではない。少女の腕。クレイモアにずっと付き従っている少女の細腕だった。

「えっ?」

長身のユージーは小さな少女を見下ろし、そして、「うっ!」と声をあげてクレイモアの腕を放した。少女がユージーの腕をねじりあげていた。ギリ、ギリ、ギリ、骨がきしむ音がしそうな程に容赦なく。ユージーはクルリと体を回転させると、その反動を使って少女を投げ飛ばした。少女は空中で体制を整え、ピョコンと床に着地した。その間顔色一つ変えない。

「ちょっとユージー、女の子投げ飛ばすなんてどういう・・・」

「人間じゃない」ユージーは真っ青だった。

「人間はあんな力の入れ方をしない」

「なるほど」と言ったのはクレイモアだった。

「お出ましか。君がデモノバイツなんだな?」

「「 は?? 」」

ユージーとマリアは二人そろって目を丸くした。

「レーコが一度僕の敵と認めたら攻撃から逃れるのは普通の人間には無理だ。そして君はマリアを守っている。君がデモノバイツなんだろう? 僕はずっと君を探していたんだ。この日を夢にまで見た」

「・・・デモノバイツって何だ?」

クレイモアの熱い視線にユージーの困り果てた反応は当然だろう。

「いや、とぼけなくてもいいんだ。すぐに分かる。レーコ。彼を調べて」

レーコと呼ばれた少女の目が、チカチカッ、と黄色く光った。そして優しい、少し舌足らずな声で言った。

「この人間の身体能力は普通の成人男性の標準を異常な程越えてはいますが、皮膚、血管、血液、神経系統、骨格、すべてにおいて完全な人間です」

「・・・・・・・・・・・う、・・・・・・・そうか」

クレイモアはひどく落胆したようだった。はしたなく肩を落としたりはしないが、気配でそれがわかった。クレイモアが本気でデモノバイツを探しているのは間違い無さそうだった。それが正気の本気なのか狂気の本気なのかはわからないが。

「俺が人間だと教えてもらったところでこちらからも聞くが、君は人間じゃないんだね?」

レーコは答えなかった。マリアがクレイモアに聞いた。

「もしかして、アンドロイド? クレムゾンではロボット技術が発達してるけど、ここまでのアンドロイドが完成してるなんて知らなかったわ」

「ええ。レーコは初めての人間型、それも戦闘型なんです。まだ未発表ですけれどね。護衛に一個小隊や戦車引き連れるわけにはいかないでしょう? レーコなら一体でその力があるし目立たない」

「戦闘型アンドロイドが完成しているなんて知らなかった。どうして発表しないの」

「まだテスト段階なんですよ。知能程度もまだ十歳の子供程度だし。一体作るのに費用がかかりすぎて、製品としてはまだまだです。次の作品を作る費用もないぐらいなんですから」

 クレムゾンの資源は底をついており、現在では科学技術を売り物にしていた。

 その時、突然ユージーが口をはさんだ。

「もし、俺がその費用を出して、新しいアンドロイドが出来たら、このレーコを譲ってもらうことはできませんか」

 沈黙が落ちた。驚いたわけではない。あきれているのである。

「あ、ああ、まぁ、どうかね」

「新型ができれば古い型は不要でしょう?」 

マリアはユージーの脇腹をガンッとひじでおもいきりこづいた。

「バカ、開発費っていうのはね、車一台買うのとはわけが違うの。国家事業なのよ? レーコ一台でもこの大学をそっくり買えるだけの費用はかかってるはずよ」

ユージーは黙ってポケットからカードを取り出した。現代ではどこでもこのカードがあらゆる金銭の代用をしている。売買が行われると、互いのカードに金額をうつしてゆくのだ。それが銀行にカウントされる。

 ユージーはカードに自分の数字を映してクレイモアの前に持っていった。マリアからは見えないが、クレイモアの顔色が変わった。

「・・・全額差し上げます。どうしてもレーコが欲しいんです」

クレイモアは大きく息を吸って、吐き、しぼりだすように言った。

「クレムゾン外の人間の融資はうけられない」

「! なぜ」

「技術開発の機密を惑星外にもらすわけにはいかないんだ。そうなってしまっては苦労してクレムゾンで開発した努力がすべてムダになってしまう」

「そ、そんなことはしない。俺はただ、早くアンドロイドを開発してほしいだけだ」

「なぜだ? そんなことをして君にどんな得がある?」

ユージーとクレイモアはにらみあった。

 しかしここでクレイモアが得体の知れない男の融資を軽々しくうけるようでは治星官の一族として無責任というものだろう。ユージーはレーコの方に向きなおった。

「レーコ。お願いだ。俺のものになってくれないか。大事にする。本当に大事にするから」

マリアはあぜんとした。これではプロポーズではないか。

 あの仏頂面で無愛想のユージーのどこにこんな情熱が隠れていたのか。

 が、レーコは悲しそうにさえ聞こえる澄み切った声で言った。

「私はクレイモア様のものです。あなたのものにはなれません」

 沈黙が落ちた、が、やがて、

「レーコを壊さないようにしてください」

とクレイモアに言った。

「君に言われるまでもないよ。・・・しかし君も妙な男だな、アンドロイドに惚れたのかい?」

ユージーはそれには答えなかった。


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