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4 死神の鎌

 街はたちまちに抜け去った。秩序なく林立するビルがそれなりに明るい色合いを見せている。鏡のようなビルの外壁に夕陽が反射して赤い。

 都心部を抜けると、緑の多い公園や並木が増える。が、マリアは人類のルーツの星地球に何のなつかしさも感じなかった。ホワイツの方が美しい。

 その時、ユージーの鋭い声が走った。

「ふせろ!」

マリアは反射的にふせ、その上にドリーがおおいかぶさった。

 すさまじい金きり音と共に赤い火花が散った。防熱線ガラスに熱線がはじけたのだ。

「なんだい今のは!」

ドリーが叫ぶ。

「敵だ」

「・・・明快な答えをありがとう。早かったねぇ、もう来たのかい」

ユージーがボタンを押すと前座席と後ろ座席の間をしきるガラスがせり出してきた。

「あっ、ちくしょ! 毒ガスを出すのかい! やっぱり暗殺する気だったんだね!」

 そんなドリーの憤慨を無視してユージーが腕で天井を押すと前座席の分だけ外れて吹き飛んだ。ユージーは腰から重粒子銃を抜いて前座席に仁王立ちした。

「なんだい戦うのかい?」

「ドリー、静かにして」マリアは腕をくんで座席にもたれた。

「並木のあちこちに人影が見えるわ。私たちは狙撃されただけじゃなく今現在も襲撃をうけてる真最中ってことよ。ユージーは強硬突破するつもりらしいから彼にまかせましょ」

「マリア様! こういう時に落ち着くのやめてくれませんかね!」

「だってやることないじゃないの」

「まぁねぇ」

 ユージーは腰のサーベルの柄を左手でとった。[サーベルの柄]というのは奇妙かもしれないが、このサーベルには普段は刃がない。ボタン一つで高圧のヘリウム粒子が刃として噴出すという優れもので、持ち運びにとっても便利。熱線や光線を防ぐことができるので、こういう銃撃戦では盾として使われることが多い。

 つまりサーベルで銃撃を防ぎ、銃で撃つ。熟練の腕が必要となる。

 ところでこの車は走っているのだ。走っている車の上でバランスをとって立つだけでも大変だが、その上で前後左右からの銃撃を防ぐのは容易なはずがない。が、ユージーはその容易ではないことを、いとも易々とやってのけた。見えない勢いでサーベルをふりまわし、光の束をたたきおとす。

 車にぶつかってはじける火花が赤や黄色に目に痛い。今まで前を向いていたユージーが後ろを向いている。もう敵が待機していたゾーンはぬけたのだろう。

 やれやれ。マリアは腕ぐみをといた。が、「危ない!」とユージーがどなり、手動ブレーキを足で思い切りふみつけた。車はとたんに道からはずれてスピンをはじめた。

「マリア様!」

ドリーはまたマリアに覆いかぶさっている。

 車はナンキンハゼの並木を一本打ち倒して止まった。さすがの高級車、衝撃は嘘のように吸収されて、マリアにもドリーにもほとんど影響はない。が、前座席にユージーの姿がない。外部までは衝撃を吸収できなかったのだろう激突の勢いではねとばされたのか。

 「急ブレーキなんかかけんじゃないよ!」

うなりながら頭をあげたドリーとマリアは、周りの状況を見て黙り込んだ。

 前方の道路に鉄網がはってある。原始的だが効果的なやり方だ。

 ユージーがブレーキを踏んだのはこれに気づいたからだったのだ。今までの銃撃はマリアを殺すためというよりこの鉄網に気づくのを遅らせるためのものだったわけだ。

 やってくれる。

 そして今、車の周りに、襲撃していた連中が集まってきていた。二十人はいるだろう男たちは、みな死神のマスクをかぶっていた。

 この連中の美意識はどうなってるんだろう。

「私を殺す死神ってわけ? 詩が無いのよね。詩が」

目的は私の命なんだろうか。それとも生きた身柄だろうか? 命なら治星官交代が目的で裏には地球政府がいる。生きた身柄ならゾイサイトが目的でテロリストだ。

ドリーは小型の銃をとりだし、安全装置をはずした。

「マリア様、ドリーが突破口を開きます。お逃げください」

「うん、まぁ、それなりに」

マリアはムチをとりだした。ドリーを犠牲にして逃げるなんてことは体質的に無理だ。

 その時、ギャアアアアッ! と悲鳴が聞こえた。あれ? と頭をあげて、息をのんだ。

 ユージーだ。ユージーがサーベルを手にマリアたちのほうに背を向けて立っている。そしてその足もとには両断された死神が倒れていた。ユージーは包囲している男たちをゆっくりと見回した。男たちがその視線にあわせてじりっと後退するのがわかる。

「あ、あのぼうや」

ドリーが窓にとりついた。

 死神の一人が手にしたトマホークをユージーに向かって投げた。トマホークはうなりをあげたが、ユージーはひょい、と実にひょい、とそのトマホークを左手で受け取った。

「嘘だろう・・・」

ドリーがつぶやいた。

 死神たちは小さな叫び声をあげると、銃のスイッチを押した。包囲しているのだ。一斉に銃を撃つと味方にあたるかもしれないのに。理性を失わせるほどの恐怖にパニックを起したのか。

 レーザーの交差する場所にいたはずのユージーがすうっと溶けた。ように見えた。

「上だ!」

ユージーは真上に跳び上がっていた。ゆうに3メートル。跳び上がったユージーはサーベルをひねったかと思うとぐるんとふりまわした。ヘリウム粒子は奇妙な弧を描いてふきとばされ、螺旋状に死神達に向かった。

 「さ、下がれ!」

の声にもかかわらず、数名の死神がこの螺旋にひっかかって切り裂かれ、蛙のつぶれたような声をあげて倒れた。

 すごい・・・サーベルにこんな使い方があったなんて。マリアも感嘆するしかない。

 包囲網をくずしたユージーは、死神達の中に突進した。死神たちの体がまるで大根ででもあるかのように寸断されてゆく。

 血しぶきがあがる。襲撃してきた様子では、死神たちの方もプロのはずだ。しかしそれも、ユージーの前では赤子同然だった。

 「ひけ!」隊長格らしい男が叫んだ。

「やりなおしだ!」

 失敗だ! と言わないあたりが男らしい。戦意を喪失した死神たちは脱兎の勢いで四散した。

 マリアはドアをあけた。そして、ムッとする血の匂いをかいだ。ユージーはその血の中に立っていた。吐きそうな顔で。

「見るな!」

出てこようとするマリアとドリーに気づいてユージーはどなった。

「女性が見ちゃいけない」

マリアは一瞬ぽかんとして、それからふきだした。

 今更・・・。

 お父様の死を隠そうと言い出した外務大臣は、それを地球本部に知らせて自分が次の治星官になろうとした。察知して、暗殺させた。

 暗殺の手を下した兵士は地位を要求してきたからノイエウィーン地方の国防司令官にしなければならなかった。

 昔私のボディガードをしていた中の一人は、生活が苦しいのを治星官のせいにして治星官殺害をはかるテログループの一員だった。私を殺そうとしたところをドリーに殺された。

 私は人殺しなのだ。

「ドリーさん。閣下を車の中へ」

 ユージーはサーベルの刃を納め、二人の視界を遮るように近づいてきた。

 しかし車に乗り込むより先に、びゅおん、びゅおん、びゅおん、とサイレンの音が聞こえてきた。パトカーだ。 パトカーが二台走ってきてそれぞれ警官が四人ずつ、銃を持って降りてきた。

「どうした! 何があった!」

ユージーは倒れている死神たちの方にあごをしゃくってみせた。

「こういうマスクをする連中を知っているか」

警官たちは死体のありさまを見てはっと目をそらし、口もとに手をあてた。が、さすがに吐くのはこらえて、言った。

「[死神の鎌]の襲撃部隊だな」

「[死神の鎌」? なんだそれは」

「テログループだ。元軍人もいてすご腕ぞろいと聞いてるが、こんなにやられてるのを見るのは初めてだな!」

別な警官が言った。

「貴官、軍人のようだが、これは貴官が?」

ユージーはそれには答えず死体のそばにしゃがみこむとマスクを取ってみた。中身は普通のおじさんだ。

 マリアの肩をドリーがつついた。

「え?」

気づいた。ユージーの死角にいる警察官が銃口をユージーに向けようとしている。

「ぼうや! そいつら偽物だよ!」

ユージーが反射的に腰のサーベルに手を伸ばしたのと別な警察官二人がマリアたちの方に銃口を向けたのがほぼ同時。

 そしてユージーはそのとっさの瞬間に、サーベルを抜いて自分への攻撃を防ぐことよりも、マリアたちへ銃口を向けた警官に体当たりすることを選んだ。銃口はそれたが、そのかわりにユージー自身は背後の銃口にさらされた。

 よけられない!

 が、その時、マリアのムチがうなり、ドリーの電子束ブラスターが火をふいた。ユージーを撃とうとしていた警察官四人の腕がふきとび、銃がころげ落ちた。

 「動くんじゃないよ!」

ドリーがどなった。

「下手なまねしやがったら今度は腕じゃなくて頭がふっとぶよ。おっと、あんたたちもだ」

ユージーに体当たりされて倒れていた男たちが立ち上がりかけていたのに鋭く声をかける。ユージーは口をあけてドリーとマリアを交互に見、その手の武器を見、腕をふきとばされた警官を見た。

「ほら、ぼうや! ぼけっとしてないでこの場をなんとかしな! 本物の警察を呼ぶなり何なりとさ! あんた結構やるけどね、詰めが甘いんだよ」

「あ、ああ・・・」

ユージーはあごで襟のボタンを押した。シュルツののんびりした声が聞こえた。

 『ユージーか。どうした、もう屋敷についたのか』

マリアは両眉を上げた。シュルツ・ホーキーが一介の少尉とホットラインをつなげてるなんて。私のため? ・・・違う、私の監視のためよ。そうよ。

「冗談じゃありませんよ。まだA6ロードの並木道だってのにもう二組から襲われました」

『おいおい。マリーアネットがショックで泣いてやしないか』

「・・・あ〜、泣いて、は、いないですね。っと、ちょっと待ってくださいよ」

と、マリアたちと向き合っている八人のうち、腕がふきとんでいない四人をあっという間に蹴り倒し、腕がふきとんだ四人の腕を本人たちのベルトでしばって止血し、それからおもむろに蹴り倒した。その間わずか0・3秒・・・というのは嘘だが、ともかく電光石火の早業だ。八人ともしばらくは意識がもどらないだろう。

 マリアとドリーは顔を見合わせると、互いに軽く眉を上げてムチと銃をしまった。

『それでどんな連中なんだ』

「[死神の鎌]とかいうグループと、もう一組は警察ですかね」

『警察?』

「偽物でしょうね。おかげで車がおしゃかになっちまった」

『なんだと! おまえがついてて・・・』

「不可抗力ですよ。それでこの先はパトカーで行こうと思うんですが、ここをほっとくわけにもいかないから何とかしてくれませんか。肉片がごろごろしてるんでね。死んでるのやら生きてるのやら」

『生きてるのがいるんだったら取り調べができるな』

ブツリと通信が切れた。シュルツは行動が早い性質らしい。

ユージーはマリアたちの方を振り返った。

「ぼんやり立ってないでパトカーに乗ってください。また狙撃のまとになる」

 パトカーの中は護送用に向き合う形になっていて、マリアとドリーがユージーと向き合って座ったのだが、ユージーは窓の外にばかり視線を走らせていたので、マリアはゆっくりとユージーを観察することができた。

 変な男。シュルツの言ったように腕は確かだった。だけど信用するのは早い。さっきの襲撃の全てが、ユージーを信用させるための仕掛けだったかもしれないのだ。『死神の鎌』にわざと情報を流し、襲わせた。簡単なことだ。


 屋敷までその後何事もなくたどりついた。パトカーでは誰もマリアが乗っているとは思わなかったのに違いない。が、

「これがあなたの屋敷になります」

とユージーに言われた時、マリアは一発殴られたようなショックを受けた。

「こ、これが・・・」

 その[屋敷]と呼ばれたものは、どう見ても[宮殿]だった。

 郊外の林の中に、宮殿が小型ながらもそびえ立っている。

「ホーキー家は古い家柄なんで、これも次席の持ち物です。閣下が地球にいる間自由に使ってくれとのことです。セキュリティシステムもこれ以上のものはありません」

「ドリー・・・」マリアは声も無いドリーに向かって、

「ドリーの言うとおりよ。私が間違ってた。シュルツ次席は私を口説くつもりなのよ。お父様の昔の友人というのが本当だとしてもこれはやりすぎよ」

「友人じゃありませんよ。親友です」ユージーは言った。

「三十年前、シュルツ次席はここに住んでいましてね、チクバ閣下はしょっちゅう遊びに来てたんです。語り明かすことも多くて閣下専用の部屋もあったんですよ。次席のお父さんが亡くなって本家で暮らすようになってからは空き家だったんですがね・・・」

ユージーはドリーに視線をうつした。

「さあて、ここの管理をどうしましょうかね。ここを用意したのは、当然、供が大勢いるはずだろうからで、たった一人じゃ掃除もできやしない。今からでも遅くないから・・・」

「うるさいね! こんなでかい屋敷を用意する方が悪いんだろ! それに一人じゃないよ。二人さね」

「あ?」

「シュルツ次席は力強い下働きをつけてくれたからねぇ」

「・・・はっ? 誰? 俺は護衛、俺は護衛、俺は護衛、絶対に護衛・・・」

 車のままで邸内に入った。足を踏み入れると同時に明かりがつく。

「こっちがダイニングで・・・こっちが居間。バスルームは各階に一つずつある」

「それよかキッチンはどこだい、キッチンは。晩ご飯を作りたいんだけどね」

「キッチン? ・・・ええっと、確か一階じゃなかったかな」

(どうも変ね)マリアはおぼつかない案内をするユージーを観察していた。

(前に来たことあるみたいだけど、私の護衛になるからって最近下見に来たにしては記憶があやしいみたい。子どもの頃に来たんだとすると、シュルツ次席と個人的な関係があるんだ。もしかして甥っ子か何か?)

「キッチンがここで、この、半地下になっているところが食糧倉庫だな。五十人が一ヵ月は暮らせる食糧を運びこんであるはずだ。ちゃんとね」

皮肉はドリーには通じなかった。

「まかせときな! ちゃんとありがたく美味しく料理してみせるよ!」

が、食糧倉庫の扉をあけ、中に数歩入ったところで、悲鳴をあげた。

「マリア様! よらないで!」

その瞬間、ユージーは銃を抜いて倉庫の中に飛び込んでいた。が、

「あん?」

誰もいない。倉庫は広いが誰もひそんではいないことが、ユージーには気配でわかる。

「いったい・・・」

とドリーにもの問いたげな視線を向けた時、ユージーのすぐ横をすうっと抜けていく人影があった。

「えっ?」

マリアだ。

「ああ、なんてこったい」

ドリーはうなった。マリアは倉庫の奥へ進むと、あるものをとりあげた。ボトルだ。美しいボトルたち。酒! アルコール! スピリッツ! 倉庫の一隅には、地球上のありとあらゆる種類の酒が大量にそろえてあったのだ。

「ドリー、私、シュルツ次席に口説かれてしまうかも・・・」

その恍惚とした目付きが焦点を結んでいない。

「マリア様! おやめください! お酒だけは、お願いですから!」

というドリーの嘆きを無視して、マリアはアルコール類を点検しはじめた。ドリーはがっくりと肩を落とすと、マリアから目を背け、あっけにとられているユージーをにらみあげた。

「あたしゃシュルツ次席を恨むよ。留学中にこの悪癖だけはなおるかもと期待してたんだがねぇ」

「・・・なんとなく事情は飲み込めた。・・・運び出そうか?」

「もう遅いよ。見つかっちまったんだから。それよりあんたがどんどん飲んで減らしてくれたらありがたいね」

が、ユージーは喉のからまるような咳払いをした。

「それが、俺は酒がだめなんだ。体がうけつけなくて」

ドリーはまじまじとこの大男を見上げると、ぽんと肩に手をおいて言った。

「役立たず♪」


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