22 行かないで
え? どうして? どうしてユージーに化けたの?
変身できなくなるんじゃないの?
その光景を見ていたのは、マリアたちだけではなかった。ビルの渡り廊下から、クレイモアとレーコも見下ろしていたのだ。
「ユージーじゃないか! いったいどういうことだ?」
レーコはただ、悲しげに見下ろすだけである。
ノアタックはイライラと爪を噛んだ。
「何だ? どうして人間になった? おい! 雷をもっと強くしろ!」
拡声器で命令が飛び、本部ビルの上にいるのだろう部下が機械の出力をあげ、雷の光の束は更に大きくなった。
「うあああああああっっ!」
人間の体はひきつったように痙攣を始めたが、それでも溶けようとはしない。ノアタックがうなる。
「くそっ! しぶといな、どうして変身がとけんのだ!」
その時、マリアは卒然と気づいた。すべてのことに。
ああ! ああ! ああ!
マリアは叫んだ。声の限りに。
「やめて! あれがデモノバイツの正体よ! あれはユージーよ。私の屋敷であなたが撃った、彼がデモノバイツだったのよ!」
ああ! どうして気づかなかったんだろう。
ユージーは最初っから私を守っていてくれたんだ、いつもいつもいつもいつも!
「・・・・・人間?」
ノアタックは片目を細めた。
「ふん、奴には血が流れていたな」
そして銃を抜いたと思うとユージーの胸を撃ち貫いた。
「ごほっ!」
傷口はまさに心臓を貫いたのだろう血がほとばしり、口からも血の霧が流れた。
ユージーの体が、ゆっくりと横倒しに倒れる。その体を、一度、二度、光線が貫いた。ユージーは動かなくなった。
「不死身とは言えしばらくは動けまい。運べ。おい、電流を止めろ。運ぶんだ」
兵士たちの緊張がとけた。その瞬間、マリアは兵士の顔をなぐり、もう一人の腹をけりあげた。そして走り出した。
「ユージー!」
ノアタックが顔をゆがめた。
「ふん。私の奥方には悪い趣味があるのだな」
そして、マリアがユージーを抱き上げたのと、ノアタックの目の前にレーコがとびこんできたのは、ほぼ同時だった。
もうマリアという人質はいない。レーコはノアタックの首に手をかけた。
「お、おまえは?」
「クレイモア様のご命令で、あなたを、殺します。女の子ですが、あなたは許せません」
「撃てっ!」
命令したのはグリングレーだった。兵士たちの腕はよかった。レーザーはすべてレーコにあたり、そして反射されてノアタックの体に穴を開けた。
血がどろどろと流れ、唇から舌がつきだされ、目から悪意が消えた。
「? 不思議。殺さないのに、死にました」
グシャリ、と、ノアタックは地面に倒れた。その顔には無数のしわが刻みこまれていた。
レーコは兵士たちに向き直った。
「うわあっ!」
兵士たちは一斉に乱射した。
マリアに抱き上げられたユージーは、自分を呼ぶ声に意識をとりもどした。
「ユージー! ユージー!」
マリア、泣いているんだな。ああ、俺は、やっと死ねたのか。
が、その目に兵士たちと戦うレーコの姿が映ったのだ。
いけない、レーコが、痛そうだ。
マリアの腕の中で、ユージーの姿が変化した。するり、と体がのびた。
蛇。
蛇はたちまちのうちにふくれあがって白い大蛇になった。
「う、うわあっ!」
「デモノバイツだ! デモノバイツだぞ!」
兵士たちは大蛇に向かって銃を撃ちはなった。しかし、蛇のしっぽの一撃で、グリングレーも含めた全員がビルのかべにたたきつけられた。
「レーコ。 無事か」
蛇がしゃべるのは気味が悪い。
「私は無事です。でもユージー様は、あちこちの細胞のつながりが崩れているのではありませんか」
「大丈夫。俺は不死身なんだ」
ユージーは、血にまみれてぺたんと座り込んでいるマリアを見た。
ああ、知られてしまったな。何もかも、知られてしまった。
ユージーは再び変化した。小さく、小さく、そして隼の姿になった。
「さよならレーコ。クレイモアによろしくつたえてくれ」
「どこに行くのですか?」
「・・・・・」
ばさり、ユージーは羽ばたいた。体が浮き上がる。
マリアは飛んでいく隼を見上げた。
ユージーが行ってしまう。行ってしまう。
マリアは空に手を伸ばした。
行かないで! 行かないで! 私を置いて、行ってしまわないで!
しかし、すぐにもしぼんで土くれになってしまう人間が、ユージーの人生についていくことはできない。
マリアは手を空に向かってのばしたまま、クレイモアがかけつけるまで、ただ、そのままに座り込んでいた。