20 クーデター勃発
クーデターは成功しようとしていた。
少なくとも、本部ビルのタフベルトの部屋に集まった面々はそう思った。
本部ビルは占拠され、評議会議員のほとんどが身柄を拘束された。
同時に、ノアタック・A・キャラハンのいる巨大な国立総合病院も周囲を封鎖され、占拠に成功したと連絡が入った。
マリアはタフベルトのすぐ横にいて、今にも抱き寄せられそうになるのをけんめいにごまかしていた。このまま成功しちゃったらどうしよう。
タフベルトはしかし、イラだっていた。
「シュルツはどうした! 奴はまだつかまらんのか! ついさっきまで本部ビルの中にいたはずだ。奴を逃がすな! 探せ!」
続いて、更にタフベルトをイラだたせる報告が入った。
─ ノアタック首席が病室にいません!
「な、なんだとおっ!」
首席に逃げられては何にもならない。タフベルトの目が血走った。
「なんですって?」
マリアも思わずつぶやいた。
ノアタック首席を助けるなんて予定になかったのに。
─ しかし周囲は封鎖してありますから時間の問題です。
病院内にはいるはずですからしらみつぶしにあたります!
「急げ!」
「なに、心配することはありません」
首都防衛司令官、グリングレーがおだやかな微笑みをうかべた。部屋の中にはグリングレーの部下の兵士たちが二十人あまりで厳重に警備している。
タフベルトの部下たちは攻撃にまわっていた。
「首席がどこへ逃亡しようと関係がない。そうでしょう? もはやあなたの天下ですよ。クーデターは成功です」
「うむ・・・。しかし、せめてシュルツでもおさえんことには・・・、のちのち反乱がおこってはわずらわしいからな」
タフベルトは本来小心な男だ。額から汗がしたたっている。
その時、また新たな報告が入った。
─ お、応答願います、応答を・・・!
「何事だ!」
─ た、大変です! 本部ビル北側、第3封鎖隊、攻撃されています!
「なんだと?」
─ クレムゾンの兵士です。それに、妙な女が、あれは人間じゃない。
ロボットです! ロボットが・・・うわあっ!
「おい! どうした! 応答しろ! おい!」
マリアはぞくぞくしてきた。デモノバイツの言った通り、クレムゾンの参戦だ。
「くそっ・・・クレイモアめぇっ! どうするか見ろよ、クレムゾンへの物資の供給を止めてやる! ひあがれ! クレムゾンの人間などみなひあがってしまえ!」
タフベルトはうなりながら部屋の中を歩き回り出した。ほとんど成功していながら、最後のつめが決まらない。それでも、クレムゾン軍程度のことでクーデターが失敗するとは誰も思ってはいないらしい。
またもビジョコムに通信が入った。
「見つかったか! 誰だ!」
写ったのはシュルツの顔だ。
「シュルツを捕らえたか! でかした! そいつをここに連れてこい! わしがじきじきに殺してやるわ! 奴だけは、奴だけは許さん! わしの邪魔ばかりしおって!」
が、マリアは分かっていた。このシュルツは、つかまっているのではない!
――まぁ落ち着けよタフベルト。そう血圧をあげると体によくないぞ。
シュルツはのんびりと言った。
あんぐりと口をあけたタフベルトの顔からどっと血の気がひいた。
――軍統合ビルは封鎖して武装解除した。そっちにはもう援軍はいかないぞ。
悪いようにはせんからいさぎよく降伏して出てこい。
「きっ、きさま・・・・!」
タフベルトが絶句したので、副司令官が代わってどなった。
「総合本部ビルはこちらがおさえているんだ! きさまこそ降伏しろ!」
――おさえている? おいおい、おさえられているのはおまえたちなんだがね。
窓の外を見てみろ
言われて全員が壁一面の窓の向こうをみやった。その向こうに、何かむくむくとふくれあがる物体がある。
「ライオンだ! 巨大なライオンが!」
ライオンは黄金のたてがみをふるわせると、本部ビルをとりかこむ軍勢をなぎはらい、戦車を踏み潰してゆく。
ユージーはシュルツを手伝って軍の武装解除をしたあとここまで飛んできたのだ。
この世のものでない神秘の出現に、さしもの軍人たちもあわをくって逃げ出した。
「デ、デモノバイツ・・・!」
タフベルトはうめいた。
「なにっ? しかしデモノバイツはこちらの味方では」
グリングレーは、マリアの唇に浮かんだ薄い微笑みを見た。
「あ、あなただな」
グリングレーは震えた。なんということだ。
「あなただ! これはすべてあなたがしかけたものだったのか!」
マリアは、フロアのすべての人々の視線をあびた。殺されるかも、しれない。でも、クーデターは成功だ。良かった。
「投降しなさいタフベルト。悪いようにはしないから」
「まさかっ! まさかっ! う、が、が・・・」
タフベルトは口から泡をふいている。
「デモノバイツにかないはしないわ。裏手はクレムゾン軍がおさえているはずよ。クーデターは失敗したの」
画面からシュルツが言った。
――その通りだ。タフベルト、マリアには手を出すなよ。
そのまま降伏すれば悪いようにはせんから。
誰にだってつい出来心ってことはあるさ。
万引きかこれは。
ガシャン! タフベルトは画面をたたき壊し、
「う、う、う・・・」
がくりとひざをおとした。
マリアは眼がくらむ緊張の中、声を張った。
「さ、グリングレー。これ以上の戦闘は無意味よ。兵士に抵抗をやめるよう伝えなさい」
ところが、グリングレーは笑ったのだ。それも、かわいそうに、といわんばかりに。高圧的に。
「それでは困るんですよ、マリーアネット閣下。あなたは詰めが甘いようですね」
そして、フロアの兵士たちの銃が火をふいた。
バシュッッ!
薄気味の悪い音がした。血しぶきがふきあがり、ガラスの窓が赤く染まった。タフベルトを初めとするクーデター派の男たちは肉塊と化して倒れ、マリアの白いハイヒールに血が流れてきた。
あまりのことに、さすがのマリアも口がきけない。これは、何? 何が起こったの?
「く、く、く・・・」
と誰かが笑った。グリングレーではない。
「くくっ、マリーアネット。君は楽しい人だねぇ。さすが私が見込んだだけのことはあるよ」
いつのまにか、扉が開いていた。マリアはそこに、軍服ではなくスーツを着こんだアーチボルトの姿を見た。忘れてた、こんな男。