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2、とぼけた羊

 部屋の外で待機していた外務大臣は、出てきたマリアを見てすくみあがった。

 顔に[氷の微笑]がはりついている。

 「あ、あの、じじじじ次席室にご案内いたします」

 地球の人間はもううんざりっ! なのだが、次席訪問だけは公務なのでちゃんと終わらせなければならない。これさえ済めば後はこちらの裁量で動ける。

 次席の部屋は奥のビルにあるという。ベルトコンベアの渡り廊下を過ぎて、またエレベーターで上る。次席、シュルツ・ホーキー氏の部屋は、その三十二階にあった。

 ここです、と言われた部屋の前で、マリアは少し困った。

 さっきのタフベルトの部屋の入口は、ほとんど扉と言っていいほどの豪華な両開きドアだった。このドアは、何のへんてつもない小さなドアで、自動ですらないようだ。しかもよく見るとトイレの横。

 次席ともあろう人の部屋にしてはずいぶん不便なところにあるんだなぁ、と思いながら、大臣のあけてくれたドアを抜けて中に入ると、デスクが一つと、ソファが一つあるばかり。デスクには五十がらみのおじさんが一人ポツンと座っており、部屋のすみにはやたら背の高い兵士が手持ちぶさたそうに立っているだけだった。狭い。

 あー、ここは秘書室なんだ、と思った時、目の前のデスクに座っているおじさんが、嬉しそうに顔をくずしながら、立ち上がってマリアの方に走りよってきた。

 そして言った。

「ようこそ地球へ! シュルツ・ホーキーです」

「・・・・・」

なぜ? この人が宇宙で二番目にえらいおじさん? ふわふわクリーム色の髪の毛と、やっぱりクリーム色のひげ。服装はよく見ると紳士らしい品のよいスーツを着ているけれど、なんというか、その人そのものに、ちっとも威厳がない。

「ま、座って。コーヒーを煎れたんだよ」

デスクのコンピューターの横にコーヒーのサーバーがある。ドリップ式だ。

「わたしはね、コーヒーにはうるさくてね、ぜいたくしとるんだよ。コーヒーは好きかい?」

「は、はい」

「そうか! よかった。ま、座って座って。このカップはね、私の死んだ女房のお気に入りでね。きれいだろ? 生クリームを入れて飲んでくれ」

「・・・いただきます。・・・あ、おいしい」

「そうか! それはよかった!」

シュルツ次席は嬉しそうにひげをなでた。喫茶店のマスターならぴったりだ。血色のいい頬と柔和な瞳。・・・羊みたい。ああ、でも、見かけにまどわされちゃだめ。

 マリアは毒気を抜かれそうになった気をひきしめた。この若さで地球連合評議会次席の座についている男だ。一見のほほんおやじのようだが,それがこの男の武器で、実は恐ろしいやり手のはずだ。

「うーん。映像では時々おめにかかっていたが、実にきれいになったねぇ。どうだいユージー」

シュルツ副主席は部屋のすみに立っている兵士に声をかけた。兵士は何も答えない。

 そして、なつかしげに目を細めたシュルツの次の言葉に、マリアはギクリとした。

「その髪の色はお父さんとそっくりだよ」

「・・・父を・・・ご存じなんですか?」

「えっ?」

シュルツはマリアの顔を見直した。その目に落胆の色が浮かぶ。

「わたしのことを聞いてないかい? こっちに来る時に何か言われなかった?」

マリアの心臓の鼓動が激しくなった。チクバはマリアにシュルツのことを言わなかった。言えなかったのだ。

「わたしはね、三十年前、お父さんのチクバ閣下が地球に留学している時、同じマガドーグ・カレッジに通っていた友人だったんだよ。・・・かなり親しくさせていただいたつもりだったんだが・・・」

シュルツは目をしょぼしょぼとまたたかせた。マリアはそのシュルツの表情の一つ一つまで見落とすまいとじっと見つめた。もしかすると芝居かもしれない。

 マリアは細心の注意を払って警戒しなければならなかった。マリアの父、チクバ・ホワイツは、一年前に過労の為、急性心不全で亡くなっていたのだから。

 ホワイツ最大の危機であった。その時マリアはまだ十八。次期治星官が二十歳になる前に治星官が死んだ場合、子息の次期治星官は権利を剥奪され、新たな治星官が地球から送られてきてしまう。

 官僚たちはパニックに陥った。それでなくとも地球評議会主席ノアタック・A・キャラハンは残忍な男で、おどし半分に移民星に対する締めつけを年々強化してくる。チクバは懸命にそれに対抗していたが、そのチクバが倒れ、マリアがあとを継げないとなると、新たにノアタックがおくってくる治星官がどれほど無理な労働を星民に強いるかわかったものではない。

 そこで、官僚たちは一世一代のペテンを決めた。すなわち、チクバは死んでいない! と。

幸い、というべきか、地球とホワイツとの直接通話は距離的に不可能だ。官僚たちとマリアは、チクバが生きているかのように画面上に架空のチクバの姿と音声を作りあげ、視察の車内にはホログラフ装置を設置して、生きたチクバがいるかのように見せた。

 そして現実にはマリアが治星官の服務をとったのだ。

 しかしもう一つネックがあった。それが治星官子息の地球への留学制度だ。マリアが星をはなれて地球へ行かなければならない。

 しかし、これにはうまい逃げ道がある。留学は二十歳の前に一年間、とあるが、留学を二十歳前に終わらせろ、と言っているわけではない。マリアの誕生日は十一月二十六日、一月後だ。それが終われば、すぐさまチクバの死を発表し、マリアがアイランズに戻らざるをえないようにする。となるとマリアは一月だけ地球にいればいいわけだ。

 その一月の間チクバの死を隠し通せれば勝ちだ。

 マリアが、護衛や従者を連れてこず、また地球側からの護衛も身の回りにおかないようにしたのは、この秘密を知られることを恐れたからに他ならない。

 が、もしかすると地球側は、すでにチクバの生死については疑いを抱いているのかもしれない。この次席は、無邪気な顔をして、マリアの口からチクバ死亡の情報をひきだそうとしているのかもしれない。

 「そ、そういえば・・・」

何か言わなければならない。マリアの口の中がからからに乾いた。

「地球に行ったら次席のお世話になるようにと・・・。留学にあたっては次席のお世話になるのはあたりまえですから、まさかそういう意味とは思いませんでしたの」

「ああ、そうか! そうだろうそうだろう!」

シュルツ次席の顔がパッと輝いた。わかりやすい男だ。

「いやぁ、君が来るというのにメールも来ないし、こっちから送っても、チクバの方の受信機が回線を閉じていてね。どうしたのかと思っていたんだよ。まぁ片道一月以上かかりはするが・・・。君のお父さんは情に厚い人で、去年までは何度かやりとりがあったんだけどねぇ」

思わず、マリアの良心が痛みそうになった時、シュルツは言った。

「本当はわたしが大学までついて行って手続きもしてやりたいところなんだが、主席が病気なもんだから抜けられないんだよ。代わりにこの男が君の留学中のお世話をする。ボディガードとしては優秀な男だからこきつかってやってくれ」

しまった! マリアは心の中で悲鳴をあげた。

 胃で歯ぎしりするような思いで、[この男]と紹介された男を振り返った。さっきから部屋の隅で黙って立っていた長身の男のことなのだ。


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