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18 欲しいものは何ですか

 「バカかおまえは」

と言ったのはシュルツだ。

 ユージーは屋敷を出て隼に変身すると、シュルツのいる本部ビルに向かったのだ。シュルツは慣れているのですぐに窓を開け、軍服を渡した。軍服しかないのだここは。

「何がバカだ。どうしようもないだろう。この場合デモノバイツの方がユージーより重要だからユージーの方を消したんだ」

「おまえががデモノバイツだってことを言えばよけいな芝居しないですんだろうが」

「・・・・・」

「おまえはそうするべきだったんだ」

シュルツが珍しく怒りを含んだ目の色でユージーをにらんだ。

「おまえのやり方はマリーアネットを傷つけたぞ。それも最悪のタイミングで」

「あん?」

「わからんか? マリーアネットのストレスは極限状態にあったろう。治星官の死を隠して地球政府をたばかろうなんざたいそうなことだ。この一年マリーアネットは気の休まる暇もなかったろうよ。地球に隠せばいいってもんじゃない。自分の星にも隠さなければならん。しかもチクバがいないとなれば、マリーアネットが十九歳にして国家の政務をとっていたことになる。チクバが死んで一番悲しいのは誰だ? マリーアネットだろうが。それをこらえて公人として仕事をしなければならないマリーアネットの孤独を考えると、私はかわいそうでならん。それなのに、おまえは・・・」

シュルツはズビッと鼻をかんだ。よく見ると机の下はティッシュのくずだらけになっている。チクバの死を聞いてからずっとぐずぐずやってたらしい。

「大丈夫かシュルツ。コーヒーでもいれてやろうか」

「いらんわいアホウ。おまえは優しさの出し場所を間違っとる。いいか、そういう極限状態の孤独にあって、今一番理解者をほしがっている状態のマリーアネットにおまえは背を向けたんだ」

「しかしそれは、マリアの作戦を成功させるためじゃないか。俺はマリアの味方だ」

「マリーアネットにとってはデモノバイツとユージーは別なんだ。もう一度言うぞ。どうしてデモノバイツがおまえだということを打ち明けなかった。私の目は節穴じゃない。マリーアネットはユージー、おまえに気を許していた。信じていた。それなのに裏切られたんだ。マリーアネットの方から見ればそれが事実なんだ」

ユージーはコーヒーを入れるために立ち上がった。

「どうだっていいじゃないかそんなことは。結果的に俺の行動がマリアを守ることになっていればいいんだ」

「問題がよくわかっていないようだな、ユージー!」

ユージーは驚いてふりかえった。シュルツが大声をあげるなんてめったにない。

「私をごまかせるとでも思ってるのか! おまえマリーアネットに惚れてしまったんだろうが! 判断力も失う程にな! それで人間としてのユージーがデモノバイツだってことをマリーアネットに知られたくなかったんだろう! おまえは自分の感情に負けてマリーアネットを傷つけたんだ!」

ユージーの顔が見る見る青くなった。

「なんだと・・・」

「ごまかすな。おまえは四百年の孤独をこめてマリーアネットにいかれちまってるよ」

ユージーは、コーヒーをあきらめて、シュルツの前のソファに身を預けた。がっくりと。そして言った。

「どうしようもなかったんだ」

「おまえはバカだ。四百年も生きて、バカだ」

シュルツが言った。その声には同情がこもっていた。

「バカだな」とユージーは言った。

「しかし、これだけは後生だよシュルツ。俺はマリアに俺の正体がデモノバイツだと知られたくないんだ。それよりデモノバイツとして戦って死んだ方がいい」

「・・・・・」

シュルツは立ち上がって、ユージーの為にコーヒーを入れることにした。

 湯気の立ちのぼるコーヒーカップを、眠ったようにソファにもたれているユージーの手に握らせた。

「軍の上層部はおおかたタフベルトのとりまきだ。こりゃあタフベルトがとりまきをそろえたんだからあたりまえのこったな。しかし首都防衛司令官まで向こうにつくとなると確かに痛い。私に動かせるのはローカル軍だけだからそっちで対抗しようと思ってたんだが、それもおさえられているというわけだ」

「・・・俺をあてにしすぎないでくれよ。デモノバイツは地球軍より強いことになってるらしいが、所詮一体しかいないんだからな。二ヶ所同時にはいられない」

「ああ。憲兵総監のディーン・ポリングとお友だちになっておこう。それとな、協力を頼めるあてがなくもない。おまえおつかいに行ってくれるか」

「なに?」

シュルツは目だけで笑った。

「去っていったユージーのかわりに、別の味方を取り戻させてやらんとマリーアネットがあまりにかわいそうすぎるんでね」


 その夜、ユージーが向かったのはクレイモアの屋敷だった。

 クレイモアの屋敷はマリアに与えられた宮殿ほどすさまじいものではないが、屋敷の回りにぐるりと住居が並んでいるのは、これがすべてクレイモアの星クレムゾンからついてきたおつきの者たちというわけだろう。

 クレイモアのことは盲点だった。クレイモアは長期に地球に滞在しなければならないので大勢の護衛をつけているはずだ。この住居の数からすると、一連隊ほどもあるか。

 しかも、クレイモアの、いや、惑星クレムゾンのタフベルトへの恨みは尋常ではない。タフベルトを失脚させるための作戦となれば、もっとも戦いたがるのはここの連中ではないだろうか。

 マリアがクレイモアと仲たがいしてみせたので、クレイモアの助力を頼んではならないものと錯覚していた。考えてみれば、これほど信用できる仲間もいないわけだ。

 ユージーはまたも隼に変化し、闇にまぎれて屋敷の周りを飛びまわった。ゆったりした部屋着を着こみ、ソファにくつろいで本を読んでいるクレイモアを発見して、ユージーは小さな羽虫に変化し、窓の隙間から中に入り、声をかけた。

「クレイモア」

クレイモアは顔をあげた。そして瞬時に異常を感じたのだろう、ベルのボタンに手をかけたまま、鋭い視線をあたりに走らせた。

「クレイモア。驚いてはいけない」

と前おきして、羽虫のユージーはむくむくむくとふくれあがると、五つ数えるうちに、天井に角がつかえる程の魔物の姿に変身した。そして、悲鳴をあげかけるクレイモアの口を右手でおさえた。おさえたら、クレイモアの顔全体をつかんでしまった。

「おちつけクレイモア。私はデモノバイツだ。おまえは私を探していたのではないのかね」クレイモアは目をこれ以上はないという程見開いてユージーを見つめている。ヤギに似た顔、血のような色をした瞳。凶々しい姿。

「いいか。さわいではならん。おまえに危害を加えはせん。さわぎたてたところでおまえの部下たちでは私には勝てない。おまえの部下たちが無駄に死ぬだけだ。わかるな」

こくこく、とクレイモアはうなづいたようだった。ユージーが手をはなした時、レーコの声がした。

「クレイモア様。どうなさいましたか」

アンドロイドの耳が、異常に気づいたらしい。

「レーコ! 入るな!」

しかしレーコは既にドアを開いて、異形の化け物がクレイモアの前に立っているのを目の当りにした。

 レーコの人工頭脳が「驚き」を感じたかどうかはわからない。ともかく、瞬時に[戦い]の判断をしたらしい。ものすごいスピードで、ユージーに向かって飛んだ。ユージーはしかし、飛び込んできたレーコの腕をひょいとつかんで、宙づりに持ち上げた。

「やめてくれデモノバイツ!」

クレイモアはユージーの腕を精一杯の力でつかんだ。クレイモアの足が震えているのに気づいて、ユージーは突然この男が好きになった。

 ユージーはクレイモアの横にレーコをおろしてやった。

「攻撃の必要はない。私はおまえたちの味方だ」

「味方?」

「タフベルトを倒したいのだろう。倒させてやる」

クレイモアは目をむいた。

「なんだって?」

「おまえとマリアに倒させてやる」

「マリア? マリアだって!?」

「マリアがタフベルトを倒そうとしている。おまえが惑星クレムゾンのことを話したのも原因の一つだ。おまえはマリアを手伝わなければならない」

「マリアがタフベルトを・・・? ・・・しかし」

「あれは芝居だ」

と、ユージーは言った。それだけ言えば、クレイモアならどういうことかわかるはずだ。

怪訝そうな顔色をしたクレイモアの眉間が見る見る開き、カッと日が差したように力にあふれた。

「そうだったのか! マリアは僕を捨ててタフベルトに媚びたわけではなくて」

「そうだ。タフベルトを罠にかけたのだ」

そしてユージーは、手早くマリアの作戦を話してきかせた。興奮して聞いているクレイモアはソファに座ろうともせず、薄く口をあけている。

「なんてことだ!」

聞き終わってクレイモアはうなった。

「僕は、地球に三年もいたんだ。三年も。その間ずっとタフベルトを倒すことだけを考えていた。考えあぐねてあなたを探すことまで考えて。それが、あの人は、たった一月で!」

自嘲の響きはない。感嘆の声だ。

「だけど・・・何よりも、あの人に嫌われたんじゃなかったってことが、それが嬉しい。・・・デモノバイツ、僕はずっと君を探していたんだ」

知ってます。

「僕はあなたの力にあこがれていた。僕には無い力だ。人類を恐怖させる存在。・・・しかし、不思議だな。こうやってあなたの声を聞き、あなたの目を見て、あなたの話を聞いていると、あなたを恐れる気持ちが消えてしまった。あなたにとっては僕たち人類なんて、本当に小さくて幼い存在なんだろうね。僕を恐れさせようだなんて少しも考えていないのがわかるんだ。むしろ、大きな優しさのようなものを感じる。・・・ねぇデモノバイツ、だから、僕の頼みを聞いてくれませんか」

「・・・頼みとは?」

クレイモアはユージーを見上げた。

「もし、マリーアネットとの契約が、マリーアネットの命とひきかえのものだったら、どうかかわりに僕の命を持っていってください。僕はあの人の役にたちたい」

悪魔の姿から命の契約というものを連想したらしい。それはこっけいな勘違いだが、しかし、神聖な勘違いだ。ユージーは目を閉じた。

「マリアとは何の契約も交わしていない。私はマリアの父チクバの友達なんだ。・・・おまえにはちゃんと仕事があるだろう。タフベルトのクーデター軍と戦ってくれるか? おまえの力が必要なのだ」

クレイモアは、ユージーの爪のはえた大きな手を両手でグッとつかんだ。その目から涙がこぼれた。

「ありがとう。ありがとう」


 ユージーが帰ろうとした時、それまでずっと黙っていたレーコが口をはさんだ。

「クレイモア様。デモノバイツは、マリア様にお会いになるのでしょう。マリア様はお父上を亡くされた時ですので、おくやみのお手紙をたくされたらいかがでしょうか。クレイモア様ご自身がお会いになることができないのですから」

「それはいいな。おまえを遠ざけざるをえなかったことについてはマリアも傷ついている。おまえが本当のことを知ったことを知らせてやってくれ」

クレイモアは唇をかみしめてうなずき、

「ありがとう。・・・少し待っていてくれ」

と書斎に手紙を書きに出ていった。そのとたん、レーコはすっとユージーを見つめた。そして言った。

「ユージー様ですね」

ユージーは、冷水をかけられたようにすくみあがった。

「・・・何のことだ?」

「声は違っても、間やイントネーション、アクセントが全く同じです。体温も、心臓の鼓動も」

アンドロイドというものは、視覚だけで相手を判断しないのだ。ユージーは観念した。

「クレイモアには隠しておいてくれ」

「なぜです」

「お願いだから」

「・・・わかりました。秘密を守ります」

レーコの電子頭脳が主人たるクレイモアに隠し事をできるようにできているのかどうかユージーは知らないが、黙っていてくれるだろうという気がした。

「ユージー様は戦いますか。レーコも戦います」

「ああ、頼もしいが、気をつけてくれ。壊れないように。君はいつか俺がもらうんだから」

が、次にレーコの言った言葉は、さっき正体を見抜かれた時以上にユージーを驚かせた。

「ユージー様。マリーアネット様が好きですか」

「・・・・・!」

「好きですか」

レーコは表情の無いまま、ひたむきな瞳でユージーを見上げている。ごまかしてはいけない気がした。

「好きだ」

とユージーは言った。

「マリーアネット様が好きなのにレーコがほしいのですか」

ユージーは何かものすごく恥ずかしくなってあわてた。

「マリアとレーコは違う。マリアは人間ですぐに死んでしまう。しかし君はずっと生きていてくれる。俺の時間についてきてくれる。俺に必要なのは君なんだ」

「・・・あなたは人間です」

とレーコは言った。

「以前にもそう言いました。あなたは人間です」

「レーコ」

「レーコはユージー様が好きです。とても好きです。人を好きになるのはどうしてこんなに嬉しいんですか。レーコは幸せです。ユージー様幸せではありませんか。人を好きになるのは大切なことではないですか。ユージー様がマリーアネット様を好きなことは大切なことではないですか」

「しかたがないんだ。見るんだレーコ。俺のこの姿を。これが人間に見えるか? こんなものが人間か?」

「ユージー様。レーコは人間ではありません。ただの機械です。でも、レーコはあなたを好きになりました。私が人間でなければ私の愛は愛ではないのですか」

「じゃあ君は、俺に、君とではなくマリアとスターダストで暮らすべきだと言うのか? そんなことは無理だ」

「私を愛の代用にすべきではありません」

「!」

レーコの表情からは何の表情も見られず、声からも感情が感じられず、だからこそよけいユージーは自分がレーコにひどいことをしているのだということに気づいた。

「私ではあなたの寂しさを癒せません。ユージー様」

「・・・・・」

ユージーはたまりかねて、ひたすら縮んで羽虫に変身した。そして窓から逃げた。

 まさに、逃げた。

 アンドロイドでも女は女だ。本質をつく。


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