15 乗り込む
マガドーグの季節は秋から冬へと移り変わろうとしている。
マリアは青いスーツを身に付けた。マリアの紅い髪が映えて恐ろしい程に美しい。 ユージーは黒いジャケットを着こみ、青い髪が目立たないよう黒い帽子をかぶった。
そして、マリアは本部ビルの受付で自ら、
「ホワイツ次期治星官マリーアネット・ホワイツです」
と名乗ったのだ。
受付には若い女性と男性が一人ずついたが、マリアが本物だということは一目見て分かったはずだ。なのに、二人とも、おびえにも似た驚愕の表情をうかべた。
タフベルトの手がまわっているらしい。
「タフベルト総司令官が私にご用事なの。取り次いでくださる?」
「・・・そのようなお話は、うかがって、おりません」
女性がひどく緊張した顔でそう言った時、警備員が二人かけよってきた。本部ビルの警備員は地球軍人だ。当然武装している。
警備員は無言でマリアの腕をつかもうとした。が、その寸前、マリアの前にユージーが立ちふさがった。
受付の二人には、何がおこったのかわからなかった。ただ、気づけば警備員が気絶して、ユージーの両手にささえられていた。
音一つなく、暴力の気配もなく。
ユージーがそろっと警備員を床に寝かせるのを背にして、マリアは中に進んだ。ユージーも後を追う。受付二人にはもう止めようという気力はなくなっていた。
タフベルトの部屋の扉は手動だ。ユージーはその扉を蹴った。鋼鉄の飾り扉が内側の壁にはねかえる。
マリアは口もとに冷たい微笑を浮かべた。
仮面だ。
[鉄と氷の淑女]ホワイツの次期治星官マリーアネットの仮面。
タフベルトは高座に座っていた。武装し、すでに銃を構えた兵士たちが並んでいる。マリアはすいすいと中に入って、その兵士たちの前に生身の姿をさらした。
タフベルトは、いかにも尊大にかまえているが、目がたじろいでいる。それはそうだろう。マリアが生きていたのみならず、自分の方から再び姿をあらわしたのだから。
マリアは左右の兵士たちを見まわした。銃口がこちらを向いているというのは気持ちのいいものじゃない。
「野暮ねぇ」
肩をすくめると、あとは完全に兵士たちのことは忘れてしまったように無視した。そして言った。
「タフベルト総司令官。あなたの夢は、私がかなえてさしあげるわ」
タフベルトののどから、妙な悲鳴のようなうめき声がもれた。
ユージーも驚いてマリアを見つめた。
「私があなたに天下をとらせてあげますわ」
マリアはもう一度言った。
タフベルトは、兵士たちの隊長と思われる男にあごで合図をした。
「外にいろ」
「は? しかし・・・」
「外に出ろと言うんだ」
じろりと睥睨したタフベルトの目に押されて、兵士たちは部屋を出ていった。
「・・・さて、天下がどうのこうのと、物騒な話だ。貴殿の体面を考えて人ばらいをした。ということであるから、ここでこれから話されることはすべてオフレコだ。話はなかった、ということになる」
「話があった、ことを忘れないでくれとおっしゃるわ、きっと」
マリアは不敵に笑った。
「私の持っているものとあなたの持っているものとをあわせれば、既に覇権は手にしたも同然。あなたが昨夜言った通り」
タフベルトの顔に冷汗がふきだした。無理やりに豪傑ぶった態度でそりかえって見せる。
「は、は、は。覇権をわしにくれて、貴殿はかわりに何をおねだりしようというのだね」
「惑星ホワイツの独立」
マリアは短く言った。涼しいを通り越して冷たい目がタフベルトの視線とぶつかった。
ユージーはこの展開についていけない。
いったいマリアは何を言い出すんだ? この馬鹿野郎と手を結ぼうというのか。
「私と手をお結びなさい。現在の主席ノアタック・A・キャラハンは悪辣で残虐、冷酷で植民星を自分の領地と考えている男。あの男が主席でいる限り、決してホワイツの独立のかなう日は来ないでしょう。ホワイツは、タフベルト閣下、あなたを連合本部評議会主席に押しますわ」
マリアの気迫が、広い部屋の中にみなぎった。下品な程にきらびやかな部屋のどの装飾よりも、マリアの魂が輝いている。
「おわかりですね? ホワイツは、今後、あなたのなさるべきことに対し、ゾイサイトはもちろんのこと、政治的にも全てバックアップいたします」
「・・・クーデターをおこせ、というのだな」
これこそが、タフベルトがのどから手がでる程にほしかったものなのだ。タフベルトがクーデターで政権を取ると同時に、ホワイツからそれを支持する声明が出る。地球はホワイツのゾイサイトエネルギー無しでは暮らしていけないのだ。ホワイツをことさらに押さえつけようとするのはその為なのだ。ホワイツがタフベルトについたとなると、タフベルト政権に反対できるものは居なくなる。
いける! タフベルトは見て取った。そしてこの男は、こういう裏での政治的駆け引き、そして戦闘が好きで好きでたまらない男なのだった。
が、その分、疑い深くもある。
「しかしだな。それを私はどうして信じれはいいのだね? その言葉にのってクーデターを起したとたん、ホワイツに知らん顔をされてはどうなる?」
マリアとしては痛いところをつかれた。それが目当てなのだから。
が、マリアはクスリと笑って見せた。
「私が何の為にそんなことをするとおっしゃるのです?」
「たとえば、私への逆恨み、だな」
誘拐して殺そうとしておいて逆恨みと言える神経はもはや芸術。
マリアは、ホ、ホ、と笑った。
それを待っていたのだ。タフベルトがこちらを信じるはずがないのはわかっている。そこを無理にも信じさせないと勝ちはない。この為にデモノバイツを呼んだのだ。
「あなたを殺すつもりならとっくに殺していますわ。私についてきたこの男、この青い髪をごらんなさい」
「む?」
ユージーは帽子を取った。
「・・・青い髪?」
次の瞬間、タフベルトの顔から血の気がひいた。そして立ち上がり、銃を抜いた。
「デ、デモノバイツ!」
それより先に、ユージーの左手が伸びた。文字通り伸びた。伸びた腕がムチのようにしなると、タフベルトの銃をたたき落とした。
さらにその左手を鋭い刃に変化させると、タフベルトの座っていた趣味の悪いイスを真っ二つに切り裂き、はねあげた。
タフベルトは声もない。
「うふっ・・・」
マリアは笑った。
「おわかりでしょう。あなたを殺そうというならいつでも殺せますのよ。たった今でも。そうしないのは、あなたに死んでもらっては困るから。あなたにはどうしても覇権を握っていただきます」
タフベルトは、だまされた。マリアのすごみにだまされた。
もともとできることならクーデターをおこしたい、この手に握った力を使ってみたいと思い続けていた男なのだ。しかもいさめるべき副官はもういない。
「だがな、貴殿はまだ次期治星官にすぎん。チクバ閣下はご存じなのか」
「お父様のことはご心配なく。・・・その件については、十日以内にタフベルト様をあっと驚かす事件がおこります」
「十日以内に? わしを驚かせる?」
タフベルトはまた豪傑笑いをしてみせる余裕ができたようだった。ひとしきり笑うと、
「このタフベルトを驚かせるとはよく言った。よかろう。驚かせてみるがいい」
「よろしいわ。その時、私の覚悟がおわかりになるはずです」
マリアは一種荘厳とも言える言葉を放つと、靴音高くホールを出て行った。
「無茶だ!」
車に乗ってから、ユージーはどなった。
「クーデターを起こさせようだなんてタフベルトもそんな馬鹿じゃないぞ!」
「あ、さっきのが罠だってことはわかってくれたの?」
「分かるよそりゃあ。なんてことするんだ。その場で反逆罪で捕らえられても不思議じゃなかったんだぞ」
マリアは目を丸くした。
「・・・しゃべり方までユージーそっくり」
「・・・」
いかん・・・。落ち着け。俺はデモノバイツ、俺はデモノバイツ。
「このことは本物のユージーに話したほうがよかろう」
「ユージーに? どうして」
「ユージーにも話して協力させた方がいい。ユージーからシュルツ次席にも相談させるんだ。迎え撃つ準備をしておかなければ、クーデターが成功することにもなりかねない」
「シュルツ次席には寸前に知らせるわよ」
「それでは間に合わない。マリア、君が、実際に加担しているのではなく、これは罠だったのだということを証明する人間が必要だ。そうでなくては君まで犯罪者になってホワイツもただではすまなくなるのだぞ。そうなったらチクバにどうわびるというのだ」
お父様はもういない!
マリアの胸が痛んだ。デモノバイツはお父様との約束で私を守ってくれてるのに。本当のことを言おうか。でも、それを知ったらもう助けてくれないかも。
迷っているうちにユージーの方で話を変えてしまった。
「しかしなぜこんなまわりくどいことをするのだ。さっきおまえが言っていたが、タフベルトを殺したければ私に言えばよかったのだ」
「それじゃだめなのよ。クーデターを起させることが大事なの。まずノアタックの一派を壊滅してもらって、その後タフベルトの一派も一掃したいの。そしてさっぱりしたところでシュルツ次席に主席になってもらいたいの」
ユージーはもう言葉も無かった。
「タフベルトがクーデターをおこすでしょ、それをシュルツ次席がつぶす。この図式が必要なの。クーデターをおさめたシュルツ次席が主席になるってことよ。そのかわり次席には植民星の独立を約束してもらうわけ」
ユージーは腹の底でうなった。なんて女だ。タフベルトを倒すだけがねらいじゃなかったのか。同時にノアタックまでつぶしてシュルツ政権を作りあげるのが目的だったのか。なんてこった。たった一人の兵も持たずに、宇宙の運命を変えてしまおうだなんて、目茶苦茶だ、成功するはずがない。
「しかしそれならよけい、そのシュルツとユージーには話をする必要があるのではないか?」
「シュルツ次席には話します。でも、ユージーに話すことはないじゃないの」
・・・どうしても、俺のことは信用できないのか?
「ユージーというのははそんなにあてにならないのか。話しておかなければ君の行動を不審に思うのではないか?」
「・・・だって・・・・」
マリアはふいに目を泳がせると、赤くなってうつむいた。
「・・・まきこみたくないから・・・」
・・・・・・う?
ユージーの胸のあたりから、妙な熱さがのぼってきた。
なんだなんだ、これは。・・・とにかく、まきこめよ!
「し、しかしだマリア。ユージーには選ばせなければならない。おまえの所にとどまるか、それとも去るのか。このまま何も知らせなければかえってユージーの身を危うくさせることになりはしないか?」
「・・・・・」
正論だ。マリアは抵抗の言葉をなくした。
その夜、マリアはユージーとドリーを居間に呼んで、今日の出来事とこれからの計画をうちあけた。ドリーは途中からグッタリと頭を抱え込んでしまっている。
「ごめんね。でももう始まっちゃったのよ」
ドリーは立ち上がると、どなりだしそうな様子を見せた。が、その口をつぐんで、ドサリとまたソファにすわった。
「マリア様が部屋にこもって何か考えておいでの時は、ろくなことじゃない。今にはじまったことじゃありませんもの。こんなことだろうと思ってましたよ。私はね」
あきらめたらしい。
「それで、ユージーなんだけど」
マリアはユージーに顔を向けた。そっけないふりを装ってはいるが、鼓動が早くなっている。ユージーがどうするか怖かった。
ユージーは、私を守ることを選ぶだろうか。それとも、出ていくだろうか。
それがマリアの命ではなく、魂に関わる問題だということを、聡明なマリアが気づかないわけがないのだが、マリアの理性はその感情に気づかないふりをした。
「あなた、無関係なんだから。出ていくんなら今よ」
ユージーは答えなかった。黙って壁の方を見ている。考え込んでるわけじゃなくて、話は分かってるので聞いてないのだ。壁の茶色の染みが気になっていた。
あれは、そうだ、三十年前、ここでチクバやシュルツと騒いだときに俺がつけたコーヒーの染みじゃないか? 俺は酒のかわりにコーヒーを飲んでいたんだ。なつかしいなぁ
ユージーは、もっとよく見ようとマリアに背を向けて立ち上がった。その瞬間、マリアは、全身の血が凍ったような気がした。呼吸が止まった。
行かないで! いてくれるだけでいいから!
「出ていくのかい」
複雑な思いを抱えてドリーが聞いた。
「え? なにが?」
振り返ったユージーの顔に、聞いてませんでしたと書いてある。
「あほう! 何聞いてるんだよ! これから危なくなるから、残るか出ていくか決めろって言ってるんだろ!」
あ、そうだった。そう俺に聞けって俺が言ったんだった。
「あ、ああああ、それね。俺は傭兵だよ? 戦争は専門分野じゃないか」
一瞬の間があって、ドリーが息を吐いた。
マリアは両手にじっとりと汗をかいていた。さっきの恐怖がまだ体に残っている。
ユージーが行ってしまうことが、こんなに恐いなんて・・・! 私、どうしよう。どうしたらいい? どうしたらいい? 恐い。
ユージーは何も気付かない。
「シュルツにも話をするなら自宅に案内するがね」
「それはだめよ」
「なぜ?」
「この屋敷にはタフベルトの監視がついていると思うわ。私がシュルツ次席のところに行ってごらんなさいよ。罠だってのがすぐばれてしまうじゃないの」
「しかし、通信はもっと危険だろう」
「会う方法についてはもう考えてあるの。つまり不自然でなくシュルツ次席にここに来てもらえばいいわけよ」
「はぁ? どうやって」
「私、さっき恐ろしいことに気づいたの」
「どんな?」
「ちょうど10日後、私の誕生日なのよね。次期治星官は留学中に二十歳を迎えることになるんだけど、その時は地球政府の主だった方々を招いて記念パーティを開いて、地球への忠誠を誓うことが慣例になってるのよ。いろいろあってすっかり忘れてて。シュルツ次席を呼ぶのは当然だから、その時話をすればいいわ」
ドリーの顔から血の気がひいた。
「・・・・・まさか・・・からかってるんですよね?」
「えへへ。つい、忘れてて」
えへへじゃない。
「あああああ、10日しかない! 招待状! 料理を・・・こいつは料理人を手配しないとさすがに・・・ガードマンもユージーだけでは・・・。人選をどうしたら・・・つてもないのに・・・。えらいこったーっ! メニュー! メニューはっ!」
青ざめたまま微笑むマリアとあわてふためくドリーを見ながら、クーデターより誕生パーティの方が大変そうだ、とユージーは思った。