13 星のお姫様魔物に会う
それから二週間程、狙撃されたり塀の一部を爆破されたりしたが、とりあえずは無事に日々が過ぎた。
カレッジでのユージーは誰にも気づかれないよう遠くからマリアを見ていた。
そして人を愛することを初めて覚えたレーコは、クレイモアのそばにいながらひたむきにユージーを見つめていた。ユージーは時々レーコに微笑みを向けた。レーコはまだ微笑みかえすことができない。
そして、その日のユージーは、確かに油断したと言う他はない。
中庭のマリアを若い男の事務官が呼びに来た。ユージーは庭の隅にいるので何と言っているのかは聞こえない。事務所に入っていくマリアを目で追った。
目立つといけない、と、あとからついて入るのはひかえた。それがいけなかった。
マリアはそのままカレッジから姿を消した。
事務長の部屋に入ろうとしたとたんに拉致され、目隠しされたあげくに車で運ばれたマリアは、とある一室で目隠しをとられた。
前例からいってどうせアーチボルトだろうと思っていたマリアは、目の前にトルコの王様のような座にふんぞりかえるタフベルトを見て驚いた。
この前と部屋は違うし、そばにいるのも副官一人だがタフベルトの俗悪さはあいかわらずだ。
「今日はあなたなの。もてる女は困るわぁ」
タフベルトは、マリアが泣きもあわてもしないので不愉快そうだったがそれでもふ、ふ、ふ、と笑って見せた。
「そう落ち着いていられるのもデモノバイツが助けに来ると思っているからだろうが、今日はそうもいかんぞ」
「私を拉致して何がしたいの? ゾイサイトを手に入れるには私を拉致したことをお父様に知らせないといけないでしょ。そうしたらあなたは誘拐の罪に問われることになるのよ」
「誰が罪に問うんだ? わしが宇宙第一の力を手に入れればわしが何をやろうと罪にはならん」
「・・・力を手に入れる?」
「惑星ホワイツを手に入れるんだ」
瞬間、ホワイツを気持ちの悪い手でなでられたような気がして鳥肌がたった。
「チクバは愚かだ。ゾイサイトエネルギーの塊を持ちながら、なぜ宇宙に君臨しようと思わんのか。わしがホワイツの治星官なら地球から独立するどころか地球を支配下に置くことさえできるのだ」
マリアは怒りのあまり小鼻がきなくさくなってきた。
お父様を呼び捨てにして、愚か者扱いするとは。
「ホワイツはお父様のものじゃない。治星官はただ星民の幸せの為に政務を司るだけ。私を人質にしたところで、ホワイツをあなたに差し上げることはできません」
「人質にしたわけじゃない。デートに誘ったまでのことだ」
「・・・・・」
さすがのマリアも、これはわけがわからなかった。
「なんですって?」
「おまえはわしの妻となる。わしは治星官の義理の息子だ。次の治星官にはわしがなる」
鳥肌から羽毛が生えそうだ。
「すばらしいご計画ですわね。妄想する癖は普段から?」
ふへ、ふへ、ふへ、と奇妙な笑い方をしてタフベルトはのけぞった。
「おまえはわしの子を孕むんだ。一年の間に産んでしまってもいい。チクバも孫が出来てさぞ喜ぶだろう。惑星ホワイツは喜んでわしを迎えるだろうよ」
むちゃくちゃな計画だ。計画ですらない。しかしこの男は、こういう強引な方法で割り込めない所に割り込み、総司令官までのしあがってきたのだ。そしてどうやら、この男のばかげた計画の第一歩で、マリアは犯されなければならないらしいのだ。
「バカね」
マリアは冷酷に見えるように必死に微笑んだ。
「私の守護にはデモノバイツがいるのよ。粉々にされるだけよ」
ふへ、ふへ、ふへ、とまた気味の悪い笑い声があがり、タフベルトは副官の方に視線を動かした。副官は手にしたコントローラーのボタンを押した。壁がせりあがる。
壁の向こうの光景に、残念ながらマリアは驚かされた。
「・・・ブラボー」
水・・・いや、海の底だった。
「海底基地、というわけだよ。わしの自慢の一つでね」
タフベルトはご満悦だ。
「もしこの基地を破壊すれば中にいる君も水におぼれて一貫の終わりだ。となればデモノバイツもすぐには破壊できまい。その間に攻撃して弱らせ、殺す」
「・・・殺す? 殺してしまっては意味がないんじゃないの。宇宙を統べる力を手に入れるんなら」
「わしにこれ以上の力が必要だとでも思ったのかね? 否だよ。デモノバイツがノアタックじじいの手に入りさえしなければいいんだ!」
と、その時、ドアがあいて、一人の兵士が走り込んできた。
「あらわれました! デモノバイツだと思われます」
部屋の中に緊張がみなぎった。
「すぐにスクリーンに映ります!」
と、海とは反対の壁にまた海が現れた。こっちは強化ガラスでなく映像である。
マリアは息をのんだ。
ブロンズザウルスだ。太古の恐竜、ブロンズザウルスが、その灰色の巨体を動かして突き進んで来る。
「あれがデモノバイツか?」
タフベルトが副官に聞いた。
「恐竜に変身したという記録はありませんが、間違いないでしょう」
副官も壁の映像に見とれている。無理もない。魚の逃げ惑う中を、首長竜が泳いでくるのだ。その圧倒的姿に感動を覚えない人間はいないだろう。
が、タフベルトは例外だった。
「魚雷を撃て。第一隊に伝えろ」
マリアの心臓が痛くなってきた。
デモノバイツが、本当にやってきた。こうなったらもう偶然じゃない。でも、なぜ?
ブロンズザウルスの首のあたりで、爆発がおこった。魚雷が命中したらしい。痛そうに首をまげる。
と、次の瞬間、画面ごしでも目が痛くなるほどに、ブロンズザウルスの周りで一斉に爆発がおこった。画面が赤い色にそまった。
「ほほう。血は赤いじゃないか」
タフベルトは血を見て興奮している。
もちろんユージーがかつては人間だったからなのだが、そんなことは誰も知らない。ユージーが、肉体の裂け、焼ける強烈な痛みを感じていることも、誰も知らない。
が、デモノバイツの為に、心の痛みを感じている人間はいた。マリアが。
「ああっ・・・」
マリアは小さな叫び声をあげると、自分の体を抱きしめた。
「こんなことでは死にはせんよ」
タフベルトはむしろ楽しげに言った。
「この不死身を、ノアタックがほしがっているのだからな」
「え?」
その言葉どおり、爆発と血煙を抜けてくる物体がある。
「ん? ブロンズザウルスじゃありませんね」と副官。
鮫だ。巨大な鮫。
鮫は黒い瞳を前方に向けて、鋭く泳いでくる。今の攻撃で、目ざす場所にマリアがいることを悟ったのだ。
ユージーは事務長をしめあげてタフベルトがからんでいることを聞き出し、シュルツの調べていたタフベルトの隠し基地をしらみつぶしにあたっていたのだ。
「次だ」
とタフベルトが言った。
「捕獲作戦用意」
と副官が伝えた。また兵士が走って行く。通信すればすむことを、こんなくらだないことに権威を感じたがる人間はいるものだ。
「デモノバイツの不死身を首席が欲しがっているというのはどういうことなの?」
マリアの方からきいてきたことに満足したらしくタフベルトは答えた。
「ノアタックがプロジェクトチームをくんでまでデモノバイツを探させておる! デモノバイツの不死身性の秘密を探り、自分の体を不死身化するつもりだ。させてたまるか!」
(ははぁ)
自分が首席になるためにはノアタックに不死の体になんかなられては困るというわけだ。
「宇宙はこの私が統べるべきなのだ。邪魔は許されん」
ふひ、ふひ、ふひ。
冗談じゃない! ノアタックも悪党でろくでなしで移民星を苦しめてる元凶だけど、こんな奴が首席になったらもっとひどいことになる!
ジ ジ ッ !
耳をつんざく音がした。ハッとして画面に目をうつすと、鮫が網をかけられていた。
火花が散る。
鮫は狂ったようにもがいているが、網はだんだんと狭くなり、鮫を海底にはりつけようとした。
が、その鮫から手がのびた。鋭い爪のある手だ。獣のように毛がはえている。そして見る間に、鮫の姿が変わった。ぐっと立ち上がった足がある。足にはひづめがあり、白くて長い毛がはえている。そしてカギ型の槍のような尻尾。首がのび、顔になった。頭に角がある。二本の角。らんらんと赤く光る目。やぎに似ている。
悪魔だ。
地球の悪魔の姿を知らないマリアもその不気味さにふるえあがった。戦闘は相手をのんだものが勝つ。恐ろしい姿に気を飲まれたのか、攻撃が一瞬止まった。その間に魔物は網をひきさき、海底の泥を踏みながら進んでくる。
「く、来るぞ! 止めろ! 殺してしまえ!」
「落ち着いてください司令官! マリーアネット閣下がここにいるのですから、デモノバイツに手出しはできません」
と副官が自分でも汗をふきだしながらタフベルトをなだめた。
が、肝心のマリアに、その自信がない。
「だめよ!」
マリアは叫んだ。もはや肉眼で爆撃と土煙が見える!
「違う、デモノバイツはただ私目掛けて進んできてるだけ! このあいだも情報局ビルで襲われてもう少しで死ぬ所だったんだから!」
副官の顔色が変わった。情報局ビルにマリアが連れ込まれ、ビルがデモノバイツに襲われたことはちゃんと情報をつかんでいる。
「し、しかしデモノバイツは守護だと・・・」
「さっきのはハッタリよ! 私、地球に来るまでデモノバイツなんか知りもしなかったの! たまたま脳波の波長でもあってやって来るだけなのかもしれないのよ! デモノバイツは私を助けようだなんて思ってない! 私を助けてくれるものなんか今までいなかったしいるわけない! 倒せないんなら逃げるのよ! 全員退避させて! デモノバイツはこの建物壊すわよ!」
タフベルトの顔からも血の気がうせた。そして副官と恐怖にひきつった顔を見合わせた。
「ボートは用意してあるか」
「あ、あります」
「よし、それに乗ろう」
「はい、では、全員撤退命令を・・・」
「その必要はない!」
タフベルトはギラギラした目でどなった。
「ぎりぎりまで攻撃させろ! 時間をかせげ!」
「え? しかし! それでは残る者は・・・」
「タフベルトのために死ぬのだ。これほど名誉なことはあるまい。・・・それとも何か、おまえは私のためには死ねんというのか」
「・・・・え・・・私も・・・・・」
副官は真っ青になった。まさか自分も? 今までタフベルトの為につくしてきた自分も、ここで死ねと言われるのか。
「命令系統が突然無くなってしまっては兵士どもが奇妙に思うだろう。おまえはここで攻撃を続けさせろ」
副官は絶句した。
「さらばだ。きさまのことは忘れんぞ」
「あ、あの、マリーアネット閣下もここに?」
タフベルトは口の端を曲げた。
「あたりまえだろうが? ボートにのせたら、怪物はボートの方をおいかけてくるじゃないか。そんなこともわからんか」
「あ、ああああ・・」
副官は目を白黒させてマリアとタフベルトを交互に見ている。
タフベルトは、マリアにも副官にももはや一顧もくれずに出て行った。
ドアがガチャンとしまる。
マリアは考えた。狂おしい思いで、すさまじい勢いで考えていた。もうすぐこの海底基地は水に沈む。どうすればいい。
なんとかしなければ。
マリアはギリッと奥歯をかみしめ、副官をどなりつけた。
「あと兵士はどれだけ残ってるの!」
副官は反射的に答えた。
「およそ百名程・・・」
「そんなに・・・。それで、水の入ってこない部屋ってないの! 避難用に!」
「そ、それは、この部屋です」
「え?」
「この部屋は、タフベルト様専用の部屋で、決して水が入ってこないようになっています」
そういえばドアも鋼鉄の扉だ。
「じゃあここに全員をひな・・・」
と言いかけてマリアは唇をかんだ。だめだ。デモノバイツはここに向かっているのだ。
マリアは一度深く息を吸い、吐いた。
合理的な知性は、瞬時に結論をうみだした。
「・・・ここに水が入ってこないってことは、ここから他の部屋に水が出ていかないってことよね」
「え?」
「そうね?」
「は、はい、それはもちろん」
「そう・・・じゃあたぶん大丈夫よ。あわてないで、攻撃をやめさせて、デモノバイツを刺激しないように」
「ど、どうするんです」
「あのデモノバイツは私に向かって来ているでしょ。だからそのガラスをつきやぶって私にたどりつけばそれ以上の破壊はしないと思うの、予想だけど」
「・・・・・しかし、それでは、閣下は?」
マリアは肩をすくめた。
副官は氷をあびたように震えだした。この、たった十九歳の女性は、自分を誘拐した敵の部下の為に自分の命を犠牲にしようとしている。
その時、基地を出てゆくボートが見えた。タフベルトが逃げ出したのだ。
「そんな、閣下、そんな・・・!」
「私一人が死ぬか、私を含めて百人死ぬか、簡単な計算でしょ、急いで攻撃をやめさせるのよ!」
すさまじい気迫。
副官は玉座の右の腕おきにある通信機に向かって叫んだ。
「全員攻撃中止! すみやかに避難せよ!」
「あなたも早く行きなさい」
近づいてきたデモノバイツは画面で見るよりもはるかに巨大だった。ビルを上から見下ろしたはつかネズミと変わらない。
副官の目からぼろぼろと涙が落ちた。悲しさでも絶望でもない。なんだか妙に嬉しいのだ。この殺伐とした現代に、これほどの高潔な魂に出会えたということが。
「私は行きません」
と副官は言った。
「え?」
「閣下とともに死ねることを誇りに思います」
「何ばかな・・・」
とマリアは言いかけたが、もうそんなことを言い合っている時間はない。デモノバイツは目前だった。
マリアはガラスにとりついた。
「デモノバイツ! 私はここよ! ここにいるのよ!」
デモノバイツは確かに首を動かして、マリアを見た。
「デモノバイツ! こっちよ!」
ゆらっとデモノバイツの体がゆれた。そして、鋭い爪のはえた腕が、水を切り裂いてマリアの立つガラスの方へとつきだされた。
副官は目をつぶった。
死ぬ! ・・・が、ガラスの割れる音がしない。水も入ってこない。
副官が恐る恐る目をあけた時、デモノバイツはガラスに手をついて、小さく縮みかけていた。小さく、小さく。身の丈三メートル程にまで縮んだ。そしてガラスに張り付いて、マリアを見つめた。
「な、なんなの・・・」
マリアは何が起こっているのかわからずに、ただ立ちつくしている。
副官が走りよった。
「閣下! やっぱり! やっぱりデモノバイツは意思があるんですよ! デモノバイツは、やっぱり閣下を助けに来たんですよ!」
副官はまた新たな涙にくれながら、ガラスをドンドンとたたいた!
「マリア様は無事です! タフベルトは逃げました! マリア様は無事です!」
デモノバイツは、不思議そうな顔でうなづくと、やにわに爪でガラスをツン! とついた。ハッとする間もなく、ガラスに一センチ四方ほどの穴があいた。
その穴から、デモノバイツは入ってきた。爪からするすると、一センチの直径しかない棒のように、中に入ってきて、ねんどのように固まると、もりあがってまたもとの魔物の姿になった。天井に角がつかえそうだ。水に濡れて毛がたれ下がっている。
魔物は、自分の小指の爪の先をポキリと折ると、それをあいた穴につめた。爪はたちまち透明にとけて、すっかり穴をふさいだ。
マリアと副官は、巨大で不気味な、この世のものとは思えない存在を、ポカンと見上げていた。
怖くはなかった。
「・・・あなた、デモノバイツなの?」
マリアが小声できいた。
「そうだ」
とデモノバイツが深く、低い、かすれた声で言った。いかにも悪魔らしい声なのだが、あたたかく感じるのはなぜだろう。
「しゃ、しゃべった」
副官が驚愕している。
「私を助けに来たの?」
デモノバイツはうなづいた。
「どうして?」
「約束だ。おまえの父親チクバと約束した。未来永劫、チクバの子孫を守ると」
「なぜ?」
「友達だからだ」
マリアはすすり泣くようなため息をついた。
わけのわからない理由。契約もない義理も無い。
・・・味方だった。助けに来てくれた。私を助けに来てくれた。
「そんなことより、ここを出ろ。ボートがあるだろうか」
「あ、あります! あります! 用意します」
副官が声をあげた。
「? なんだおまえは」
「い、いえその、この基地の者なんですけど」
「ふん?」
デモノバイツの姿がまた変わった。グニャリと曲がると、小さくなる。鳥だ、隼。隼はばたばたと飛んでマリアの肩に止まった。
「案内しろ」
そしてマリアと隼は、無事に陸上へと戻ってきたのだった。
デモノバイツはそのままさっきの魔物の姿になると、背中に大きな翼をはやした。真っ黒い翼。そしてマリアを腕にかかえ、とっくに夜になっている都会の空に飛び上がった。
デモノバイツの毛はかわいていて、羊の毛のようにふわふわ暖かかった。その中に抱かれて、マリアは夢を見ているようだった。
デモノバイツは、屋敷の近くの林の中にマリアをおろした。
そして黙ってまた飛び立とうとしたデモノバイツの胸に、マリアはしがみついた。デモノバイツは、マリアが泣いていることに気づいてギョッとした。
「・・・怖かったのか。よしよし、もう大丈夫だからな。泣くな泣くな」
デモノバイツに優しく頭をなでられて、マリアは緊張し疲れきっていた心があたたかく溶けてゆくのを感じた。
「違うの、嬉しいの。今まで誰も信じられなかったの。信じないようにしてた。でも、あなたは信じていいのね。いくら信じたってかまわないのね」
「・・・・・」
俺=ユージーを信じてくれてもいいのに。
「ねぇ、友達になってくれる?」
「あ、ああ」
マリアはまるで十才の子供のようにデモノバイツを見上げた。
「本当? 絶対? また会える?」
「ああ、いつでも、おまえが望む時に。しかし、今は早く帰らないと心配している者がいるのではないか」
夕刻になっても見つけられなかった時点で、ドリーにはマリアがいなくなった、とだけ連絡してある。心配しているだろう。
「ね、どうやったら会えるの? いつもどこにいるの?」
「・・・会いたい時は屋敷の庭の楓の木に白いハンカチを結んでくれ」
「庭に楓の木があること知ってるの?」
しまった! と焦ったが、マリアはそれを別なふうにとった。
「私が地球に来てからいつも見守ってくれていたのね」
「いつもじゃない。いつもじゃないから、おまえを何度も危険な目にあわせた。すまないと思っている」
「いつもそばにいてくれたらいいのに」
胸がしぼられるような痛みにおそわれた。俺がいつもそばにいるじゃないか。俺じゃだめだってのか。
マリアが嬉しそうに頬をすりよせてくるのがデモノバイツとしては嬉しいようなユージーとしては腹が立つような、感情が分裂しそうだ。
「また会える」
ユージーはマリアをそっと自分の体からはなして飛び上がった。ばさりばさりという闇の中の音を、マリアはしばらく見送って、やがて屋敷の方にかけだした。
「ドリー!」
心配のあまりフロアで熊のように右往左往していたドリーは、かけこんできたマリアの輝くばかりに嬉しげな顔色に驚いた。
「マリア様! いったいどこに・・・」
「ドリー! 大好き!」
マリアはドリーの太った体に抱きついた。嬉しさのあまり感情がほとばしっている。ドリーはなんだか妙にせつない気持ちになって、
「まぁなんですねぇ子供みたいに」
力いっぱいギュッと抱きしめ返した。
「ドリー! 私、デモノバイツに会ったの」
「えっ?」
「私タフベルトに誘拐されてね、海底に連れていかれたの、それで、デモノバイツに助けてもらったの!」
「ははぁ」
だいたい何がおこったのかこれでわかった。
ユージーったら、マリア様が誘拐されたこと隠してたね! でもまぁよかった!
「デモノバイツって本当にいるのよ! それに話もできるの! デモノバイツはお父様の友達なの!」
「ははぁ」
「私たちも友達になったのよ。今度ドリーにも会わせてあげる。見た目は怖いけど、とっても優しいの。あ、そうだ、ユージーは?」
と、マリアはここでやっともう一人の存在を思い出した。
「ユージーは? じゃありませんよ! マリア様を探してかけまわってるんですよ!」
「あ・・・。そうだ。心配してるでしょうね」
ドリーは眉をあげた。心配してるでしょうね、なんて、他人が自分のことを心配するなんて、絶対に信じなかったのに。
と、玄関扉がぎいっと開いた。ユージーが戻ってきたのだった。
さてユージーだが、髪の毛はちゃんと黒く見える。
実はマリアが玄関から入っていった後に、一階の部屋の窓から自分の部屋に忍び込み、こっそりユージーに戻って服を着、一度変身したために青く戻ってしまっている髪の毛にとりあえず黒いスプレーをふきかけ、また外に出て玄関から入ってきたのだった。
マリアはユージーに駆け寄った。
「ユージー! 私無事だったのよ! ほら!」
知ってるよ、と言えるわけない。
「ああ。よかったな」
「ユージー? 聞いてよ、私ね・・・」
まずいことに、ユージーはさっきの[信じられるのはデモノバイツだけ]発言に傷つき、傷が悲しみになり、今ちょうど怒りに変化しつつあるところだった。
そういうわけで、冷ややかに、言ってしまったのだ。
「疲れてるんだ。休ませてくれよ」
言ってしまってから、あ、いかん、と思ったけれどもう遅い。
ユージーは私のことを心配してくれてたはず、と信じていたマリアはショックをうけた。そしてそのショックは、瞬時にして怒りに変化した。
「何よその言い方!」
さらにまずいことに、ユージーは今夜は本当に疲れきっていた。しかも出血多量でくらくらしていてこらえ性がなくなっていた。
「・・・ただの傭兵のぶんざいで失礼をした」
火をそそいだ。
「なにそれ? 何怒ってるのよ!」
「怒ってない」
「私がさらわれたんで怒ってるの? 今度のは不可抗力よ。だって学校の中で無理やりさらわれたんだから。むしろあなたが護衛できなかったんだからあなたが謝るべきでしょ」
「すみませんでした。どうも」
「あっ、謝るべきってのは言葉のあやよ。怒るのは私の方だって言ってるの」
「だから謝っただろうが」
「そういうこと言ってないでしょ! なによ子供みたいに。だいたいあなたが何してくれたのよ。デモノバイツが助けてくれたんだからね、役立たず!」
ユージーもこれには本気で怒った。
ちくしょう、もういい! 俺がデモノバイツだとバラしてやる。デモノバイツに友達になってだなんて言いやがって、幸せそうな顔しやがって、聞いて驚け!
と、その時、ユージーは卒然と気づいた。
なんてこった。ありえない。マリアは、デモノバイツの俺に、友達になってと言った。嬉しそうに頬を、すりよせて。
「な、何よ。変なもの飲み込んだような顔して。怒らないの?」
「マリア・・・」
俺の願いは、かなっていたんだ。
許された、ような気がした。デモノバイツになってしまった人間の存在を。
言おう、と思った。言おう、マリアになら、言える。
マリアは、ユージーの異様な気配に、思わず息を止めた。
目をつぶった方がいいかしら。
が、そこに、ドリーが声をかけた。
「二人ともけんか終わったね。ご飯できてるから食堂で待ってなよ」
二人はハッと夢から覚めたように離れた。
「あ、ありがと」
「俺はちょっと部屋で着替えてくる」
ユージーはそそくさと部屋に戻った。二人ともなんとなく赤面して、うつむいていたので、二人を見守るドリーの不安気な様子には気づかなかった。