10 アンドロイドの恋
「おっとユージー、そんなことを言いに来たんじゃないんだ。あんたに客だよ。かわいい子じゃないか。レーコちゃん。どうする? 入れていいかい?」
ドリーはニヤリと笑う。
「レーコが? まさか、一人で?」
ユージーの目が鋭くなった。
「一人ならどうだっていうの?」
とマリア。
「レーコが一人でこんな所に来るってことは、クレイモアに何かあったのかもしれない」
ユージーは走り出そうとして、自分の格好に気づいた。
「着替えてきたいんだが・・・」
「いいわよ。私が話を聞いておくわ」
マリアとユージーは一緒にかけだして廊下を左右に分かれた。妙に呼吸があっているその二人の後ろ姿を、ドリーが不安気に見送った。
ゲートをあけてレーコが入ってくるのをマリアは玄関で迎えた。
「何かあったの?」
「いえ、あの・・・」
レーコはもじもじ! している。
「ユージーさまはいらっしゃらないのですか」
ユージーさま?
マリアはそのレーコの表情に、昨日までとは違う[感情]を見て取った。
「ユージーに何か用なの? 今日クレイモアは?」
「クレイモア様は学校です」
「学校? 無事なの? どうしてあなた一人ここに来たの?」
「わかりません」
レーコは苦しそうな顔になった。
「わからないって、でも・・・」
「わからないのです。私のシナプス回路が何かを感じています。おかしいのです。私は何かを感じている」
「感じている?」
アンドロイドが? マリアは戦慄を感じた。レーコに何か変化がおこっている。クレイモアのそばを離れさせるほどの変化が。
「レーコ!」
ユージーが走ってきた。そのとたん、レーコはマリアの横をすりぬけてユージーに駆け寄った。
「ユージーさま・・・」
「クレイモアに何かあったのか?」
しかしレーコはユージーを見つめたまま何も言わない。
「何もないようよ。無事に学校で講義を受けてるって」
マリアが変わって答えた。
「じゃあいったいどうしてここに来たんだ」
「私、ユージーさまに会いにきました」
ユージーは目を見張った。レーコはまっすぐユージーを見上げた。
「私、あなたに会いに来ました。あなたに会いたいのでここに来ました」
マリアは肌に泡立つ感触を感じた。
なんてこと! レーコは、ユージーに恋をしている!
ユージーはわずかな沈黙のあと、右手をのばしてレーコの前髪をかきあげた。
チリッ! とマリアの胸が痛んだ。それは以前、マリアの髪に落ちた瓦礫の破片をはらったのと同じしぐさだった。
「あなたは昨日、私に『女の子は体を大切にしなければ』と言いました。あの時から変なのです。誰も私を[女の子]だとは言わなかった。みなアンドロイドと言いました。でも、今は私は、女の子、です」
まるでピグマリオンみたい。マリアはゾクリとした。
「ほら、あなた、レーコに自分のものになってほしい、大切にするって言い続けたじゃない。それから、[女の子]って言ったんだもの。人工知能が【恋】の感情を作り上げたのかも」
ユージーはレーコの頬を指でなでている。じっと見上げるレーコの黒い瞳が可憐だ。
また、来客をつげるベルが鳴った。
「ふられた男がおいかけてきたようよ」
その通り、クレイモアがドリーに案内されて、戸惑った表情で入ってきた。そしてユージーの横に立っているレーコを見つけて立ち止まった。
「レーコ! やっぱりここか! どうしたんだ」
「すみません。クレイモア様」
レーコはクレイモアのところにかけよった。
「すみませんではわからない。わかるように説明するんだ」
「今日カレッジへ行くと、マリア様とユージー様がいらっしゃいませんでした」
「それがどうしたんだ?」
「それで私は、ここに来てしまったのです」
「・・・・レーコ。困るな、知能回路がまだまだ子供並なんだ。すみませんマリア。レーコが突然おしかけたりして。未完成な試作品なものですから、許してください」
「そうじゃないわ。彼女は優秀よ」
マリアはコホンとせきばらいをした。
「つまりね、レーコは、ユージーがいなくて寂しくてここに来てしまったわけなの」
「・・・・何ですって?」
クレイモアは、マリアの言葉に少し照れ気味のユージーと、よく理解できずに無表情なままのレーコの顔を見比べた。そして、信じられないというふうに頭をふった。
「・・・そんなばかな。ありえない」
「そんなことないでしょ。レーコは宇宙初めてのアンドロイドなんだから、レーコにおこることは、それはありえることなのよ。データにとったら? アンドロイドも恋をする」
「マリア。冗談じゃないんです」
「冗談なんか言ってないわよ。人間だって同じよ。脳細胞の一つ一つが学習して、[恋]も[愛]も知るんじゃないの? アンドロイドの記憶回路が学習したらもしかすると人間よりもこまやかな[愛]になるのかも。人間だって人間としてあつかわれなければ一生[愛]を知らずに死ぬかもしれないわよ」
私みたいに。
アンドロイドは恋をします。マリーアネットは恋をしません。マリーアネットは人間でもアンドロイドでもなく、治星官という役職にすぎないからです。
ギャグにもならない。
クレイモアは深く息を吐き出した。
「不思議な話ですね。とても信じられない」
そしてユージーに向かって言った。
「だからと言ってレーコは君には渡せない。レーコは大切なクレムゾンの財産なんだ」
とクレイモアは言ったが、マリアにはそれはいくぶん嫉妬が混じっているように見えた。今までレーコはひたすらクレイモアの為に存在していたのに、それが別な男に心を奪われているのだから心穏やかではないだろう。
「待ちますよ」
とユージーは言った。
「レーコが実験材料としての責任を終えて自由になるまで待ちます」
レーコの瞳に明らかな喜びの色が浮かぶのをマリアもクレイモアもはっきりと認めた。
「何十年かかるか知れないよ」
クレイモアは言った。
「かまわない」
(これは、なんなの)
マリアは不愉快だった。奇跡に感動はできるけれど、なんだか変。ユージーはどうしてここまでの愛情をレーコに向けるの。異常よ。相手はアンドロイドなのに。
ドリーがお茶とクッキーを運んできた。