1、星のお姫様地球に来る
マリーアネット・ホワイツが、留学の為地球にやってきたのは二十歳の誕生日を間近にひかえた月二十七日のことだった。彼女は地球の第三番目の移民星、惑星ホワイツの政務を司る治星官、チクバ・ホワイツの一人娘だ。通称をマリア。
四つのビルの連結した巨大な地球連合本部ビルの職員は、伝統にのっとってマリアのために玄関に赤い絨毯を敷いて迎えた。
マリアの腰を覆ってなびく髪の毛は、その絨毯よりも紅かった。
証言一「そりゃあ見事なものでした。あのだだっぴろいロビーのすみずみまで太陽がさしこ んだような美しさでしたよ」
証言二「血の色よね。惑星ホワイツの次期治星官マリーアネット閣下といえば、[鉄と氷の
淑女]という異名があるでしょ。何人もの人の血を吸った色よ、あれは」
空港まで出迎えた外務大臣やSPたちに先導されてロビーを過ぎ、VIP専用のエレベーターに乗ったところで、外務大臣がマリアにささやいた。
「まず、宇宙軍総司令官タフベルト閣下にごあいさつをされるのがよいでしょう」
「・・・・・?」
スケジュールではこれから地球連合評議会次席、シュルツ・ホーキー氏のところに行くはずなのだ。本当は、宇宙で一番えらいことになっている、主席のノアタック・A・キャラハン氏のところに表敬訪問するのが伝統なのだが、ノアタック氏は体調が悪いということで次席が出迎えることになったのだ。
今年八十二になるとかいうノアタック氏は独裁に近い政治を行っており、ホワイツの民の苦しむ元凶とも言えるのでマリアとしては会わずにすんで喜んでいたのだが、今度は宇宙軍なんかの総司令官に会えとはどういうことか。
「シュルツ氏よりも先に、ですか?」
「そう・・・」外務大臣はしきりに額の汗をふいている。
「実は、美貌と才媛で知られたマリーアネット閣下とぜひお会いしたいとおおされておりまして」
おおされている、という外務大臣の大仰な言い方で、マリアはおおかたの状況を理解した。どうやらそのタフベルト総司令官とやらは軍事だけでなく政治的にもかなりの権力を握っているらしい。外務大臣にマリアを連れてくるよう無理を言いつけたのだろう。
本来の立場なら、タフベルトの方がマリアのところまで出向くのが正しい。
が、断れば外務大臣の顔がたたない。マリアは、小さく肩をすくめた。
「わかりました。会います」
外務大臣は心からほっとして、この三十以上も年下の女性の度量に感謝した。
治星官は王ではない。移民星の政務をつかさどる役職にすぎないものが何故世襲なのか、民主主義に反するではないか、というのは間違いで、実はこの制度こそが、移民星の人間が地球と戦って勝ち取った権利なのだ。
移民星が開拓されるようになったのはおよそ四百年前になる。その最大の目的は資源開発にあった。最初のうち、治星官は地球から送られてきていた。
ところが、しばらくたつうちに、移民星に住みついた人間と送られてくる治星官との間にギャップが生まれてきた。移民星は地球の資源不足を補う為に開拓された星だった。地球人は移民星は地球の為に存在していると考えていた。しかし住み着いた人間にとってはそれはかけがえのない故郷だった。
中でも惑星ホワイツは特別な星だ。エネルギー資源のゾイサイトが豊富だからだ。ゾイサイトをどれだけ地球に供給できるかが治星官の能力と考えられ、次から次に送られてくる治星官たちは競ってホワイツ人に無理な労働を強いた。
そして、安全性の点検をおこたって採掘を始めた採掘鉱の大事故で数百人の死者を出した時、ホワイツの市民は立ち上がった。
治星官をホワイツで生まれた人間の中から選び、さらにそれを世襲にするための戦争をはじめたのだ。世襲をのぞんだのは、将来にわたって二度と地球からは治星官を送らせないという決意のあらわれだった。
長い戦いの末、地球はようやく交渉のテーブルにつき、一年後条約の締結がなされた。ゾイサイトの輸送量については地球に決定権があるなど、ホワイツにとって屈辱的な内容ではあったが、治星官の世襲には換えられなかった。しかしその大切な世襲についても、数々の取り決めがなされた。そのうちもっとも大きなものは、次の二つである。
1、治星官子息は、二十歳になる前に必ず一年間地球へ留学すること。
2、治星官子息が二十歳になる前に治星官が亡くなった場合は、新たな治星官を地球から おくること。
マリアの今回の地球留学もこの取り決めのためだ。
惑星ホワイツ側はその取り決めも飲み、その時選ばれた人物は、星の名をとって姓をホワイツと変えた。
そしてその後、他の移民星もその制度を踏襲することになった。
宇宙軍総司令官タフベルトの部屋に案内されたマリアは、一歩中に入ったとたん、あまりの室内の状況に立ちつくした。フラットぶちぬきのだだっぴろい部屋なのはいいとして、その一隅が段あがりになっており、その上にビロードのカーテンがはられ、かつてのトルコの王族もかくやという豪奢な高座が作られている。足もとには皮の絨毯がしきつめられ、天井には宝石を散りばめたシャンデリア、部屋のあちらこちらに古代中国、日本の壺、そして世界の名画、彫像が統一性も何もなく、ところ狭しと並べられているのだった。
俗悪! マリアは眉をひそめた。
高座の前には武装兵士がズラリと並んで、レトロすぎる長身の銃を構えて立っている。
その高座に、タフベルトは座っていた。
裸のお姉さんたちをはべらせてないのがむしろ不思議だ。
年の頃は五十前ぐらいだろうか、腹のつきでた男で、当然軍服を着ているのだが、その胸だか腹だかわからないあたりに勲章をいくつもぶらさげている。美しい程に悪趣味だ。
「マリーアネット惑星ホワイツ次期治星官閣下のおみえです」
タフベルトの足もとあたりに立っている副官らしい若い男が言った。
マリアはさっきから気になっていた。
イスがない。タフベルトは座っているのにマリアのためのイスが用意されていないのだ。これではまるで王様の前にひきだされた家臣ではないか。
「マリーアネット閣下」
副官がうながすようにマリアに声をかけた。 え? とマリアがその方を見ると、ご挨拶を、と小声でささやく。マリアは怒りを覚えた。地球人の中には移民星の人間に対してあからさまな差別意識を持つ者もいると聞いてはいたが、どうやら差別意識の親玉にでくわしたらしい。
マリアは顔をあげた。ホワイツが侮辱されるのは許さない。
「出迎え、ご苦労です」
兵士たちが息を飲んだ。副官などは真っ青になっている。
帳の向こうで、タフベルトは激怒した。しかしまさか怒鳴りつけるわけにはいかない。どういう言い方をすればより相手を侮辱できるかを懸命に考えた。
「地球へよく来たね。地球での勉強は貴殿の向上に役立つのみならず、ホワイツの向上にもなるだろう。地球でできるだけ多くのことを学び、ホワイツへ持ち帰るがよろしい」
つまり、ホワイツが地球に比べてはるかに後進だと皮肉ったわけだ。
タフベルトは成り上がりの男だった。権力主義者で、強烈な出世欲は彼を宇宙軍総司令官にまでのしあがらせたが、その権力を使って自分より弱い立場の人間をいびるのが何より好きなのだった。タフベルトは、マリアが悔しがる様子を見せるのを内心舌なめずりして待った。
が、マリアの唇がわずかに動くのを見たタフベルトの背筋にゾッと寒気が走った。まさに[氷の微笑]。マリアはわずかに唇を持ち上げただけだったが、タフベルトの全身からうすきみ悪い汗がふきだしてきた。
わしを馬鹿にしとるのか! この女!
タフベルトはうろたえ、細い目をひからせて体制をたてなおそうとした。
「貴殿は、部下をたった一人しか連れてこなかったそうだな」
「ええ」
「その一人もただの家政婦だとか」
「ええ」
タフベルトは、おお、なんてことだ、と首をふってみせた。副官も同じように首をふる。
「今までの治星官子息たちは少なくとも一個中隊程度の部下は連れてきたものだよ。またそれが治星官一族としてのたしなみではないのかね。身の回りの世話をする者だけでも数十人は必要だろう。それが常識、いや、良識というものだよ」
マリアは動じなかった。
「ホワイツの財政は厳しくて、物価の高い地球で何十人もの人間を生活させられる程の余裕がないものですから」
タフベルトは哄笑した。
「ほっほっほっほう! これは驚いた。ホワイツには治星官の子息に護衛をつけるだけの余裕もないわけかね」
そして突然目をむいてマリアをにらみつけた。
「ホワイツの財政がそれだけ緊迫しているということは、治星官に財政管理の能力が無いということだろう? そんな治星官ではホワイツの住人たちも気の毒なことだ。職務を全うできないような治星官はすみやかに辞職を願い出るべきではないのかね」
してやった! とタフベルトは思った。が、マリアは間髪入れず、冷ややかな微笑を浮かべたままで応じた。
「全く不思議な話です。星民が一丸となってゾイサイトを採掘して、自分たちの星では夜に灯りをともせない程の節約をしながら地球に送っているというのに、こんなに生活が苦しいなんていったいどうしたんでしょう。地球政府はそのゾイサイトにふさわしいだけの物資を送ると約束してくださっているはずですのにね」
そしてチラリとシャンデリアに視線を飛ばした。タフベルトは鼻白んだ。(自分の方が鼻白むなんて許しがたいことではあったが。)どなりちらしたいところをタフベルトは必死におさえた。この会談に一つの思惑があったのだ。
つまり、マリアが一人しか従者を連れてきていないことを理由に、こちらの方から護衛と称して人をつけ、マリアの行動を逐一報告する監視をつけたいのだ。
タフベルトはせきばらいをして、その計画に移ろうとした。
「しかしそういうことならば、何かと不自由だろう。ひとつわしの部下から・・・」
と言いかけた言葉を、マリアは静かとも言える口調で封じた。
「ホワイツでは自分のことは自分で行うのが美徳。治星官自らそれに反するわけにはまいりません。すてきな申し出、ありがと」
そう言った時には、もう身を翻していたのだった。紅い髪がサラリと音をたてた。
言葉をつぐ暇もなく、タフベルトは憎悪に満ちた目でマリアの背中を見送った。そして、真っ青になって上官の怒りの爆発を待っている副官に向かって言った。
「[死神の鎌]の隊長を呼べ」