25.【Sideエナ】エナ爆弾の導火線に火をつけた犯人
「ふんふんふ~ん♪」
その日、エナは夜遅いというのに、翌日の料理の仕込みをしていた。
とはいっても、宿の客の朝食分は既に終わっている。この料理はどちらかというと翌日の夜、しかも特定の客にだけエナが用意しているのだ。
考える事はただ一つ、最近この宿に半定住のような形で宿泊している異世界人、サクヤの事である。
「エナちゃんの手料理かー、きっと、心が安らぐようなそんな味がするんだろうね。食べてみたいな」
なんて言われたのだ。
「そんな……じゃあ、いつかサクヤさんにも作りますね……でも、期待はしないでくださいね……?」
そんな事を言いながらも、どうしても気合が入ってしまうのだ。
そして、料理に夢中になっていたエナは時が経つのに気が付かなかった……周囲の宿が軒並み灯りを落としている中、灯りが付きっぱなしの宿は非常に目立つのだ。
コンコン、と宿の扉が叩かれた音がし、ふと我に返ったエナが宿の扉まで進む。
エナの母、アンナは既に眠っている。自分も流石に寝なきゃいけないだろう。何故だか知らないが、ここ最近はサクヤに「行ってらっしゃい」を言わないと1日調子が出ないのだ。
「ど、どちら様ですか?」
エナは恐る恐る問いかけると、扉の前からは安堵のようなため息とともに「こちらに泊めていただきたいのですが」と女性の声。
女性が泊まる所に困ってると聞きエナがそのまま扉の鍵を開け招き入れると、年の頃はサクヤと同じくらいだろうか、そんな男女のペアが居た。
「よかった、今からでも宿泊受付してもらえるかしら?」
女性がエナに対し、そう告げるが……エナは困惑してしまう。
宿にはランクがあるが、ここの最大の差、上級以上と普通の線引きそれは、開いている時間の違いである。
上級以上は基本的に24時間出入りが可能なのだが、普通宿以下は家族経営の民宿みたいなものが多く、出入りが可能な時間帯も非常に限られるのである。
こんな時間に宿を探すのなら、上級以上の宿に行くのが普通な所、何故普通宿を選んだのか。それが分からない。
「ごめんなさい……私たち、仲を引き裂かれそうになって……親が決めた許嫁と無理矢理結婚させられそうになって……それで、今世界を回って逃避行中なんです……それなりにお金はあるんですが、出来れば節約したくて……ダメ、ですか?」
エナはその言葉の意味を理解する。恐らくは数か月前であれば、この言葉の意味を理解出来ずに冷静に追い返していただろうか。
離れ離れになりたくない。その気持ちが今は痛いほどよくわかる。
本当は間違ってるかもしれない、それでも目の前に居る女性、この人を追い出す事は今の自分には出来ない。
それに確か、サクヤの宿泊している一人部屋の隣にある2人部屋、そこなら開いていたはずだ。
「わ、分かりました。とりあえず受付へ」
そのまま2人を受付に通すと、宿泊帳を確認する。確かに空いている。
「2人部屋1室で良いですかね?」
「えっ……ええ、良いです事ヨ」
明らかにちょっと狼狽えた受け答えである。恋人同士の逃避行にしては反応がおかしい。
だが、愛する二人が離れ離れにならないように逃避行をしていると信じているエナ。さらに深夜で眠気に襲われかけ、思考が半分止まっているエナはその事に気が付かない。
「はい、それでは、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「えっと、私の名前はサヤ、彼の名前はシンです……あと申し訳ないのだけれど、しばらくの間、1週間くらいでいいのだけれど、洗身場を深夜に使わせてもらえるかしら?」
「えっ!? えっとそれは……」
洗身場とは、共有の大釜に入れた水を炊いてお湯を作り、そのお湯を手桶で救って体を洗う場である。つまり、大釜の水を溜め、火を起こす作業が必要なのだ。
普通の時間帯であるなら業者さんがやってくれるのだが、深夜時間帯となるとエナ達がやらなければならない。深夜に重労働なんてしようものなら、翌朝起きられずにサクヤと会う時間が取れないのだ。
だけれど……とエナは考える。
もしサクヤが私と他人との結婚に反対をし、私を連れて逃避行を選んでくれるのなら……そんな幸せな事は無いだろう。
そう考えると、目の前のカップルはエナにとって羨ましくも、手助けしたい存在なのだ。
「わ、わかりました!! 1週間くらいでしたら、私がやります」
結果として、このエナの決断がエナの爆弾を生み出すきっかけの一つになったのであるが、それは前編での話。
そして新たな謎。果たして、深夜に突如イフリート亭に転がり込んできた2人組の男女は一体何者なのか?




