2.そして、転移へ
転移される前、俺と慎吾は俺の部屋で遊んでいた。
といっても、俺はテレビゲーム、慎吾は携帯ゲームで別のゲームをやっていたが。
冬にさしかかろうというこの時期、外は冷たい雨がしとしとと降っている。
俺はゲームのエンディングの一つに到達していた。そこには、哀愁漂う一人の男がこちらに背を向けて泣いている様子が、哀愁漂うBGMに乗せて延々と映し出されていた。
「ぐぁぁぁぁぁ!! またかよ!! このヒロイン攻略難易度高すぎだろ!!」
俺がやっているのは恋愛シミュレーションゲーム。よくある、能力値を上げて女の子を口説き落とすゲームだ。
だが、女の子と結ばれないまま高校を卒業すると、男が背中を向けて涙するエンディングに入るのだ。
「朔也もよくそんなゲーム飽きずに続けられるよね。俺には無理だわ」
慎吾がそう言うと同時に、慎吾の携帯ゲーム機からは「カーン」という小気味いい音と「ピュー」という、何かが飛んでいくのを表現してるのだろうが、現実にはそんな音は鳴らないだろうと突っ込みたくなるような音、そして
「ホームラン!!」
というボイスが流れる。俗に言う野球ゲームだ。
「お前こそ、普段は野球部で野球漬けなのに、よくゲームでも野球しようと思えるよな」
慎吾は野球部の、しかも全国大会すらも視野に入るレベルの高校でエースで4番なのだ。たまの休みに俺の部屋でゲームしたりするが、基本的には野球漬け、そんな生活を送っておきながらも移動中はずっと携帯ゲームで野球ゲームをやっている。
「朔也こそ、野球やめたとかいいながら野球忘れられてないだろ? さっきからそのゲームの主人公、野球部に必ず入部してるし。何で3年の時にテニス部にマネージャーとして入ってくる子を狙ってるのに野球部でストイックに野球してるのさ」
慎吾は説明書のヒロインの紹介ページを見ながら呆れたような声を出す。
そこには、栗色のウェーブがかかったセミロングの髪型でたれ目の女の子が描かれている。俺が攻略を目指し、何度も玉砕してきた子だ。
「だってこの子可愛いじゃないか!! 俺のストライクゾーンど真ん中なんだぜ!!」
「いや、それなら野球部に固執するなよ……」
そして、俺も慎吾と同じ野球部に居たのだ。つい夏頃まで。
むしろその時は、俺が7番ピッチャー、慎吾が4番キャッチャーのバッテリーと言う奴だった。
俺は2年ながらも150キロの直球を投げる本格左腕としてプロからも注目はされていた、が……
外はしとしとと冷たい雨が止む事なく降り続いている。そしてその冷たい雨が、俺の左腕の古傷を疼かせる。
くそっ!! 鎮まれ、おれの左腕!!
俺が厨二病ごっこを始めそうなタイミングで、慎吾はため息を吐きながら携帯ゲームをパタン、と畳む。
「じゃあ、元バッテリーとして、いい加減引導を渡してあげないとね。……久々にやろうか」
と挑発的な笑みを浮かべながら、テレビゲームのコントローラーを持つ。つまり、野球ゲームで勝負しようという事か。
「はん!! お前がどこまで野球が上手くなったか、確認してやるよ!!」
俺達が初めてバッテリーを組んだのは小学生の頃。当時はしょっちゅうケンカもしたものだ。
と言うのも、慎吾は個人としての能力は高い。エラーなんて、した所を見たのは1回か2回くらいしかないくらいだ。
だが、バッテリーの仕事は「相手にヒットを打たせない」事だ。その点において、打者を手玉に取るような良く言えば狡猾な、悪く言えば汚い投球で相手を手玉に取るのは俺の方が上手かったのだ。
一度、練習試合で「今日は慎吾のサイン通りに全部投げるぞ、一度も首を横に振らない」と宣言し、その通りにした事があった。結果はコールド負け。
思えばその時から、俺達は本当のバッテリーとして機能したのかもしれない。
試合後に慎吾は号泣し、仕切りに俺に謝ってきたが……最後まで諦めずに戦い抜こうとしたその姿勢は、俺の心に火をつけたものだ。
「よし、それなら俺は自分のオリジナルチーム使うわ」
「あ、朔也てめ、狡い!! それなら俺の方もオリジナルチームで勝負だ!!」
「お前のチーム全員全能力Sだったじゃねぇか!! ふざけんな!!」
やいのやいのと言いながら、ゲーム機の中のゲームを切り替えて遊ぼうとしたその時であった……
――勇者、勇者よ……
「ん? 慎吾、お前何か言ったか?」
「え? 今の声、朔也じゃないの?」
――呼び声に応じ、我が前に姿を現せ!!
そう声が響いたかと思うと、俺の部屋の床がピカッと光り……
「くっ!! 何だこれ!! 眩しい!!」
「眩しすぎて、目が!!」
俺と慎吾はあまりの眩しさに腕で顔を覆い、目を瞑る。
そして、光がおさまったので、俺はゆっくりと目を開け、目が慣れて視力を取り戻し、周囲の風景を確認できるようになった所で……
「皆のもの!! ここに勇者は降臨された!! 今度こそ、真の勇者であろうぞ!!」
とご満悦な感じで告げるえっらそうなオッサンと
「うぉぉぉぉぉぉ!! 勇者様万歳!! 勇者様万歳!!」
とどこかやけくそにも感じる歓声を上げる、ちょっとごついプロテクターを付けたキャッチャーたちの姿であった。