10.文字の覚え方にも色々ある
俺はその後も、ハルカさん、ツムギちゃん、マナちゃんとその後についてお話をしていた。
3人は今日も本当ならクエストを受注して稼ぎに行くつもりだったようだが、明日から採取の解禁される山菜があり、それの実入りがいいため、明日のそのクエストを受けるつもりだそうだ。
そんな山菜採りで稼げるのか?とも思ったが、その山菜はチート能力を持った異世界人でないとちょっと採取が厳しい場所にあり、なおかつ「ザ・冒険者」というイメージの魔物討伐よりは稼ぎが少ないので、現地の人が受ける理由が無いのだ。
そして、異世界人の中でも男性は結果を求めて魔物討伐等を好み、女性はそんなに遠出をしない所の安全な場所で細々と薬草採取をする傾向にあるため、適度に危険で適度に実入りになるこの山菜クエストは、実は穴場だそうだ。
そんな山菜のクエストはに明日、ギルドが開くよりも先に出発する予定だったために先ほどは3人で予約受注申請用紙に必要事項を書き込んでいたところで、俺が現れたと言う訳だ。
3人が囲んでいた紙を見てみると、文字は読めないが、クエストの内容を記載した文言が書いてある枠の下に筆跡の違う記述が3つほど。
「凄いな、ここに書いてる名前、3人の名前ですよね? 文字覚えたんですか」
と聞いてみた所、ツムギちゃんは苦笑いしながらも
「う、うん。そりゃ、覚えなきゃ生きていけないからね!!」
と回答。ハルカさんはそんなツムギちゃんを見てクスクスと笑いながら
「サクヤくん、ツムギちゃんは読めなくはないのよ、だけど、読むのを体が拒絶してる感じなんだって」
「あ、ちょ、ハルカさん!!」
体が拒絶?
「あー……多分、ステータスのINTが高いから、内容は理解は出来るんだよ。だけど、元からそんなに勉強するタイプじゃなかったから、体が勉強を嫌がるというか……なんだろ、出来るけどやりたくないと言うか」
「んー、イメージ沸かないけど、風邪で寝込んでる時に本を読んでも、頭が痛くて内容が入ってこないみたいな?」
「多分、そんな感じ」
理解力とかそういう点はスキルやステータスによって補助されても、当人がそれを拒絶したら微妙に打ち消し合うのか。
「まあ、アタシってバカだからさ、そもそもステータスが高くなかったら今だに一文字も読めなかったんだろうとは思うよ。その点ではステータス様様ってやつかもね」
と言いながら、アハハと笑うのが何と言うか、ちょっと悲し気で……
「それでも、自分で文字を書けるようになったんでしょ? それは凄い事なんだよ。能力値とか関係なく、それはツムギちゃんが頑張ったから出来るようになったことだと思うよ」
実は「出来る」事すらすごいのに、謙遜して「出来ない」と言ってる人、そんな人には自信を持ってほしいものだ。
「え? あ、ありがとう」
俺の返しが予想外だったのか、先ほどまでのどこか作ったような照れ笑いではなく、なんか心から嬉しいといったような表情を一瞬したような気がする……が、すぐに照れを隠した笑いの表情になる。
「ハルカさんも、読めるんですか?」
「私はなんとか読めるようになったんだけど……すごいのはマナエちゃんね。こっちの世界に来て、一番最初に言葉をマスターしたのよ」
え?
「マナちゃん、ステータスの補助も無しに読めるようになったの?」
マナちゃんは首を横に振る。つまり、チート能力の恩恵は使った訳か。
それでも、さっき見せてもらったステータスには知力とか書いてなかったと思うけど……
マナちゃんは眠たげな表情のまま、俺にピースしながら
「暗号術」
と一言。えーっと……
「マナエちゃんのやってたゲームは、数値とかではなく『暗号術』とか『交渉術』とか、そういう技術を覚えたか覚えてないかがステータスに直結するゲームだったの。だから、数値やランクで表示出来る部分が少ないのよ」
「つまり、この世界の言葉を暗号とみなして、それを解読した、ってわけ?」
マナちゃんは首を縦にこくん、と振る。
「すごいな……俺はまだ『イフリート』しか読めないのに」
「私としては、異世界に来て最初に覚えた単語が『イフリート』になった経緯を知りたいくらいだわ」
ハルカさんが呆れたような表情でそのような事を言ってくる。
「無駄話はいい、サクヤも書く」
と、マナエちゃんは俺にペンを握らせ、名前を書くように促す。さっきのクエスト予約票に名前を書けという事だろう、だが待ってほしい。
「ごめん、まだ自分の名前すら書けないんだ……どうしよう」
俺が左手にペンを握り、書こうとしたタイミングでそう告げると、俺の左隣に座って居たマナちゃんが俺のペンを握った左手の上から右手を重ねてきた。
「私がこの状態で書く……サクヤはちゃんと覚えて」
と言いながら、俺の左手に重ねた右手を運び、文字を綴る。
迷いのない動きから綴られる3つの文字……確かに、どこかで見たような文字だ、と冒険者登録証を確認すると……あった、左上あたりに、この文字列が。
「なるほど、これが俺の名前だったんだね。じゃあ、名前が書ければクエスト受注できるようになるのか」
「駄目!! クエストの内容読めない内は、私たちと一緒に行動する!!」
マナちゃんからかつてない剣幕でそう告げられ、俺は「は、はい」と応えるしかなかった。
「というか、マナエちゃんが結局書くなら、サクヤくんの手を上から握って書く必要無かったよね?これはどういうことかな~?」
ツムギちゃんはいつもの調子で意地悪くニヤニヤとした表情でマナちゃんを見つめ、マナちゃんは頬を赤くしながら顔を逸らす。
「まあまあ、これで、このクエストはサクヤくんも参加できることになったんだから、明日はよろしくね」
と、ハルカさんが大人な対応をしてその場をなだめてくれるのだ。
本当に気の置けない仲間である3人なんだな、こんな楽し気なパーティーに入れてもらえて、俺は幸せ者かもしれない。
「はい! よろしくお願いします!!」