兄弟
「何故だ……。何故お前が通った道には一滴の血も流れていない。いや、それよりも不可解なのは、血が一滴も流れていないのにこの倒れている剣士の数はなんだ。全てお前がやったのか」
「いかにも」
気が付けば数百いたコロシアムのステージ上には、マルコと見ない顔の男しか立っていなかった。
マルコはその男が控室でずっと剣の手入れをしていた銀髪の男だと気が付く。カツカツと足音を立てて近付いてくるその男の色のない瞳は、野生の猛獣を思わせる力強さが宿っていた。
「こ、これは剣士への侮辱だ。死を覚悟して臨んだ剣士を殺さず生かしておくなんて。何を考えているんだ!」
マルコはさっきから身震いが止まらない。震える声を隠して時間稼ぎの為に問うた。だが男は歩みを止めない。
「俺は血の通った人間から生まれたただの人間だ。神でも悪魔でもない。人間を殺せば、俺はアイツと同じになってしまう。だから俺は、決して人を殺さない」
虎だ。俺が街一帯を統率する無敵のボス猫だとしたら、こいつは虎だ。
マルコはそう直感した。別次元であり、上位互換。決して越えられない壁をその男に見ていた。弟を失って誓った覚悟も、紙吹雪のように何処かへ消えていた。
「なんで、なんでだ。俺は幼い頃からずっと、厳しい教育に身を置いてきたんだぞ。最愛の弟も失って、覚悟も決めていた……。なのに、なんで」
マルコは退きながら悲痛の叫びを訴える。マルコの視界から突如、男が消えた。グラリと視界が歪み、気が付けば空の青さを見ていた。自分が頭部を剣で叩かれたことに、そうなってからやっと気が付いた。
「強いて言うなら」
視界に男の顔が入り込む。
「強いて言うなら、与えられて来た者と、茨の道と知りながら自ら選び、進んで来た者という差だろうか」
マルコはなすすべもなく、気を失っていた。