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バキュラ  作者: 松宮 奏
一章
5/18

兄弟

「兄者。背中は任せろ」


 楕円形のコロシアムの中央左寄り付近。ジョズが背中合わせの後ろにいる兄、マルコに声を掛けた。マルコは集中しているのか返答はない。

 会場内に高らかとゴングが鳴り響く。


「さあさあさあ。夢を目指す若人剣士達よ。最強の剣士としての称号を勝ち取れ!」


 実況の声が響き剣士達が怒号を挙げ、闘いが始まった。

 ロゼ兄弟の周りにいた剣士達が二人に一斉に飛びかかる。二人は背中合わせのまま回転しながら次々と敵を切り倒していく。その様は、一つ竜巻のように息がぴったりだ。

 数刻もすれば二人の周りには十数名ほどの兵士が無残な姿で倒れていた。ロゼ兄弟は激しく動いたにも関わらず息も切らしていない。


「兄者。次はこちらから攻めてやりましょうぜ。先手必勝さ」

 だが、マルコはその場から動かない。ジョズは小首を傾げる。


「どうしやした? 兄者。どこかやられたのかい?」

「もう、いいよ。ジョズ。下手な芝居は辞めにするんだ」


 マルコはジョズに向かって剣を構えている。


「ど、どうしちまったんだ、兄者……」

「ジョズ。お前と何年過ごしてきたと思っているんだ。お前が嘘を付く時の癖なんて分かりきっている。お前は俺を優勝させるつもりなんてない。そうだろう? 知らぬ間に後ろから刺されるなんてまっぴらごめんだ。ちゃんと決着をつけよう」


 ジョズは俯き暫し沈黙した。周りでは剣士達の罵声や悲鳴が響く。

 やがて顔を上げたジョスは、これまでのひょうきんなものとは違い、憎しみや怒り、あらゆる負の感情を体現したような表情に変わっていた。


「ずっと不服だったんだぜ。早く生まれたというだけの『兄者』という存在が。名家では長男が跡をとる。その為、剣術や勉学。身なりや食事の作法に至るまで。兄者にだけは英才的な教育が施され、俺はずっと蔑ろにされてきた。兄者には与えられ、俺には与えられなかったものがあまりに多すぎたんだ。親の愛情さえも」


 マルコの目は今にも涙が溢れそうだ。


「いつからだ、ジョズ。いつからお前は俺に不満を覚えていた。俺がお前の考えに気が付いたのはせいぜい数日前からだ。俺はずっと、お前と仲が良いと思っていた。俺はお前のことが誇りだった。幼少期の頃。野山を駆け巡り、海を泳ぎ、走り回って遊んだあの頃でさえ、お前は俺を恨んでいたのか」

「う、うるさい。誇りに思っていたなど、方便を口にするんじゃない。もう、後には引けねえんだ」


 ジョズは刀を振り被り、マルコの脳天を目掛けて斬りかかる。マルコは剣を横にしてジョズの剣を受ける。その一太刀でマルコには分かった。

 剣筋にいつものキレがない。ジョズは迷っている。苦しんでいる。自分のした行動に。


「ジョズ。話をしよう。俺達はきっとまだやり直せる。すれ違っていた時間をこれからの時間で埋めていくんだ。なあ。そうしよう」

「うるさい。もう無理なんだ!」


 剣を両手で支え、無防備になっているマルコの腹にジョズは右足で前げりをお見舞いする。マルコは呻き声を上げて数メートルほど吹き飛んだ。そこに更にジョズは追い討ちをかけようと距離を詰める。 

 迷いを抱えたままでの足取り。視界は涙で滲み周りなど見えていなかったであろう。ジョズは右方からの別の剣士の接近に気が付かなかった。


 その様子に気が付きマルコが慌てて声を上げるが、時既に遅し。


 ジョズの右脇腹を敵剣士の剣が貫いた。


「ジョズ!」


 マルコは立ち上がり駆け寄る。ジョズを指した剣士をあっという間に切り倒すと、口と脇から地を吐き出し、横たわるジョズの肩を寄せた。もう虫の息だった。


「あ、兄者……」


「喋るなジョズ。すまない。本当にすまない。もっとちゃんと早く話をするべきだったんだ。俺がお前の策略に気が付いた時にでも話をするべきだった。俺はな、ジョズ。最初は俺もお前のことを恨んでいたんだ。俺ばかりが厳しい教育を強いられ、お前は自由だと感じていたからだ。だけどな、ある時気が付いたんだ。厳しい教育の日々の最中。いつも変わらぬ無邪気な笑顔で『兄者』と駆け寄ってくるお前だけが唯一の安らぎだということに。俺はそんな状況に甘んじていたんだと思う。お前の本心にずっと気付けなかったなんてな。兄失格だ。お前の本心をもっと知りたかった。対等に、普通の兄弟として話がしたかった」


 マルコの涙が頬を伝いジョズの顔へと流れる。ジョズの右手の指が一瞬ピクリと動く。それに気が付いたマルコはジョズの手を握る。ジョズは一度だけマルコの手を強く握り返し、それきり動かなくなってしまった。

 マルコは涙を拭い立ち上がる。最愛の弟を失った。

 本心も何も分からないままに。しかしこの悲劇は、ほんの少しでも早く話が出来ていれば防げたかもしれななかった。


 マルコは後悔より先に覚悟を決めた。なんとしてもこの戦いで優勝する。

 それは自分の宿願でもあるが、今この瞬間からはジョズの為にもなった。マルコは再び、竜巻のように剣を振るった。

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