兄弟
「兄者。いよいよ時が来ましたな。名家『ロゼ家』の跡取り、マルコの名が全国土へ轟く時だ」
「よせ、ジョズ。油断は大敵だ。どんな強者がいるか、分からないからな」
「何をおっしゃいますか兄者。一昨年こそ、今では王側近の兵士にまで上り詰めたカルトに惨敗し、一年ほど再起不能になりやしたが。他に敵はいなかった。今年こそ兄者が優勝に決まってやすよ」
「よせと言ってるんだ、ジョズ。闘いの前にトラウマをわざわざ呼び起こすようなことを言うんじゃない」
「ヘイ。すいやせん、兄者」
天真爛漫な弟ジョズをマルコは疎ましいような表情で一瞥し制すが、肝心のジョズはどこ吹く風といった様子であっけらかんとしている。
名家ロゼ家の兄弟である二人は、アマチュア最強剣士として、名を全国土に轟かせる凄腕の剣術の持ち主だった。
控室に大勢いる殺気だった剣士達は、彼ら二人の会話に耳を傾けている。
たった一人を除いて。
「なんでい、兄者。緊張してるのか? 自信がねえのかい? 大丈夫さ。俺もいる。俺は兄者を優勝させる為にこの大会に臨んでるんだぜ」
ジョズの発言に剣士達がピクリと肩を震わせたことに、ロゼ兄弟も気がついていた。
闘いは既に始まっているのだ。
「緊張はしている。だが、自信はあまるほどにあるさ。ジョズの力も必要はない……。が、お前がそういうなら、ありがたく受け取っておこう」
剣士達の一部から落胆の溜息が漏れた。二人ともが全国土に名を轟かす剣士だ。その二人が今、徒党を組むと宣言したのだ。一筋縄ではいかないことは火を見るよりも明らかだった。
「さあさあ。よってらっしゃい、見てらっしゃい〜な。『雷地大震蔡』いよいよ開幕だ。選手達は入場せよ」
控室の外。拡声器を通した実況者の大きな声が会場全体に響き渡る。それを合図に控室にいた剣士達は闘技場へと移動を始めた。
「よっしゃ。いこうぜ」
ジョズがそう言い、ロゼ兄弟も闘技場へと向かう。
ジョズの背中を見ながら歩くマルコは、感傷に浸る気持ちになる。
ジョズの嘘に気が付いていたからだ。
世の中知りたいことだらけだが、知らなければ幸せなことの方が多い。マルコはそう感じでいた。
それでも自らの野望のため。歩みを止めるわけにはいかない。と。
ふと、椅子に腰掛け剣の手入れをしている剣士がマルコの視界の隅に入る。痩けた頬と銀髪を後ろで括った髪型が印象的だったが、戦いを目前とした状況で気に留めている余裕はなかった。