剣士
デスパイア国の王都は王宮を中心に十字の線のように街が隔たれている。
主に国の兵士やその他王宮に仕える者達の居住区である北東と北西エリアは「兵士街」。一部の上流階級の国民や身分の高い貴族が住む南東エリアは「貴族街」。商店や飲食店など、生活に必要な興業、娯楽施設などが立ち並ぶ南西エリアは「行楽街」と呼ばれていた。
そんな王都の外には、王都をぐるりと円で囲むように中流階級の国民達の住む「中級地帯」がある。更に中級地帯をまた円でぐるりと囲むように小級国民の住む「小級地帯」がある。更にその外には、小級国民にも属せない人々が住む村々がまばらにあった。ルキアが幼少期に住んでいた村や名のなき村やルキアが命令され火雨の儀を行なったアルファ村も小級国民にも属せない身分の村だ。
特に地帯の往来などは制限されてはいないが、地域によって物価や身なりの差なども激しいため、滅多なことでもない限りデスパイア国の人々は他の地域へ足を運ぶことはないのだった。
当初、ルキアが王都に来た頃には、自分の育った村とは別の国としか思えないほどの違いに戸惑ったが、今ではすかっり慣れてしまった。ルキアはそんな自分に対して軽く失望していた。
そもそもこの身分制度も居住区の配置も全てバキュラ政権になってからのことだ。どう考えてもこの布陣は数十年と冷戦状態にある隣国からの奇襲に対する備えなのだ。王都の後ろに国家の兵を全て住まわせ、国民を蔑ろにしてでも自分は助かろうとしているバキュラの魂胆が見え見えだった。
とはいえ現状なす術もないルキアはその事実を受け入れるしかない。自分の目的の達成が国民をも救うと信じて突き進むしかないのだった。
ルキアがアルファ村を滅ぼした火雨の儀から一ヶ月近くが経過していた。
兵士街にも北東エリアと北西エリアで違いがある。剣の腕や兵士としての位によって居住が分かれているのだ。部隊長など、役職のつく位の者は北東に住んでいる。
ルキアは兵士街の北東にある自身の宿舎を出るて、行楽街を抜け、王宮へと向かっていた。
石畳の綺麗な商店が立ち並ぶ街を、ルキアは早足に進む。
ルキアの隣をすれ違う行楽街を訪れている貴族や店を構える店主などが、自分に対して冷ややかな目を向けていることに、ルキアは気が付いていた。
火雨の儀の翌日。ルキアの所業を王都の新聞社が報じ、全土へと一気に知れ渡った。
兵士達からは一層尊敬の目と称賛の声が掛けられたが、国民達からは悪魔だと揶揄されるようになった。数多くの人々を惨殺してきたバキュラが神とされ、無人の村を燃やしただけの自分が悪魔だと揶揄されるこの国の異常性に茫然自失としたが、今に始まったことではないと思い返した。
国民の冷ややかな目をすり抜け、ルキアは王宮へと辿り着いた。
十五夜の月に照らされた真っ白な煉瓦造りの王宮は月の光を吸収し、自ら光を放つ恒星のように月にも負けぬ荘厳な輝きを放っていた。
兵士になって数年経つが、初めて王宮に足を踏み入れる。王宮に来るようにとの命令がバキュラから直々に下ったのだ。
十五夜の夜にバキュラが国家の兵士を王宮に呼び出し、行われる儀式があるというのは王都に住む者なら誰でも周知の事実だ。王都ではそれを『独月の儀』と呼んでいる。詳細までは明らかにはされていないが、なんでも、独月の儀で王宮から兵士達の宿舎へ帰ってきた者はほとんどいないのだとか。
だがルキアは、そんな迷信じみた話よりもこれからバキュラと対峙することになるという事実に身の引き締まる思いだった。