ジョーカー
ーー話はルキアがアルファ村に火を放った数刻前に遡る。
「疑って悪かったな。お前達の老人に対する態度を見て、俺の目が節穴だったと思い知らされたよ」
「無理もないさ。俺だって逆の立場なら絶対に疑う」
王都へ向かったルキアを見送ったミルキは、村人と共に積荷を背負い、ある場所へと大移動をしていた。
三百六十度、茶色の地平線がどこまでも続いている。周りには枯れた木々が倒木し、生き物の姿など何処にもない。
舗装などされていない、道なき道を一行はコンパスを見ながら進む。
列の先頭を歩くミルキと、その隣を歩くマウロが話していた。
「実はな。俺には妻と息子がいるんだ。今はこの村にはいないがな。本当は死にたくなんてなかったんだ。長老には悪いけど」
ミルキは話が聞こえていないかと、馬に乗る長老を心配そうにチラリと見るマウロを見ていた。外見とは裏腹に意外と小心者なのだなと思う。老人達は皆馬に乗っていた。
「みんなそうさ。もし、本当の神に与えられし運命だったとしても、心から素直に受け止められる人間なんていない。人間は誰しも死に向かって歩いている。老衰、あるいは病により死に近づいた時。いつかは来ると分かっていた。と、素直に受止められるような人間はいないさ。長老だって、きっとそうだ」
「確かに。一理あるな」
一行は同じ速度で休まず足を進め続ける。時間が無いわけではなかったが、万が一の時を考えると悠長にしている暇はなかった。
「ところで、何処に向かっているんだ?」
マウロが問う。
「目的地に着いてから話すつもりだったが……。マウロには話しておくか。驚くこともあるだろうが、最後まで聞いてくれ」
ミルキは背負っていた荷物を背負い直し、話し始めた。
「まずは、俺と一緒にいた相棒のことだ。ルキアと言って、俺の幼馴染みであり、今は国で兵士をしている」
「なっ。やっぱり国の者だったのか」
「最後まで聞けと言ったろ」
釘を刺したにも関わらず、反応したマウロに対し、落胆の籠もった視線を向けた。マウロはバツの悪い表情になる。ミルキは続ける。
「確かにルキアは国の兵士として働いている。が、昨夜ルキアが屋根の上で語った過去は全て事実だ。俺達はバキュラに復讐をしようとしている。来たるその日に向けて同志を集めているんだ。マウロの村を助けたのも出来ることなら同志となって欲しいという思惑ありきだ。俺達はルキアが王国の兵士になった一年ほど前から、バキュラに理不尽に殺されそうになった人達を見つけては助け、少しずつ同志を増やしている」
ミルキはこの一年、ルキアと共に奔走した日々を思い出しながら話を続ける。
「しかし、ただ助けるだけでなく、バキュラに狙われた者は国としては死んだことにしなければいけない。つまりは偽造だ。ある時は身代わりとして死体を使ったり、事実を捻じ曲げて報告したしてな。マウロの村の人々も、国としては全員が死んだことになる。ルキアが上手くやる筈だ。そうなると、死んだ筈の人々を国にバレぬよう匿っておく場所が必要となる。そこで俺達が考えたのは『名のない村』を作るということだった。俺はルキアの命で国中を駆け巡り、隣国との国境で、地図にも記されておらず、今では使われていない集落の跡地を見つけた。そこに人々を匿い、俺達の本拠地とすることにしたんだ。今向かっているのもそこだ」
ミルキの話にマウロはうーんと唸るような仕草を見せた。理解は出来たが納得はしていないといった様子だった。当然だろうな。とミルキは思った。
「話は大体分かった。だが、復讐なんて馬鹿げているぞ。バキュラの暴君が今のように『神』と崇められるようになったのは最近になってからだ。反逆など過去に何度も行われた。その全てが無残にも返り討ちに遭っている。バキュラ軍はそれだけ知力と武力に富んでいる。バキュラの政治に関する才覚はまさに神と呼べる。お前もこの国に住んでいるなら知っているだろう。歴史的に見て、無謀すぎる。俺達のような寄せ集めでどうにかなると思えない。そもそも村の人間が協力するとも限らないぞ」
「命に関わることだ。勿論、村の人達に無理強いする気もないし、断られたからと言ってここで見殺しにしたりすることもない。だが、俺達は本気だ。それが後に引く理由にはならない」
マウロはミルキの横顔に覚悟を見た。どんな過去を過ごしたのだろうと詮索したくなったが堪える。
「見えたぞ。あそこだ」
ミルキは前方を指差す。その先をマウロが目で追う。
終わりが無いのではないかと思われていた地平線の先に小さく、古びた民家が立ち並んでいるのが見えた。