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バキュラ  作者: 松宮 奏
一章
10/18

剣士

 アルファ村へ着くと近くの木に馬の手綱を括った。ルキアの村もそうだったが、王都とは違い、国の片鱗にある村には夜は人工的な灯が全くない。十五夜の月が空には輝いており真っ暗ではなかったが、足元を照らす為、二人はランタンを灯した。


「これを」

 ミルキは背負っていたリュックから黒い布を取り出してルキアに手渡した。ルキアはそれで口元を覆う。ルキアの顔は国民に知れている。国の片鱗にあるこの村にまで知られている確証はないが念のためだ。ミルキも同じく口元を覆った。


「どうします? ルキアさん」

「道中思ったより時間がかかった。あまり余裕はない。あの手でいこう」


 ミルキはリュックから金属の棒と鍋のようなものだ。ミルキはそれをリズム良く打ち合わせる。


 カンカンカン。


 甲高い音が村に響く小さな村だ。恐らく村人全員に聞こえているだろう。と耳を塞ぎながらルキアは思った。


「誰だ。こんな夜中に」


 ルキアの考え通り、それぞれの家から村人達が飛び出し、音のする方。ルキア達のいるところへ集まってきた。数十ほど集まった村人は皆不機嫌な顔をしている。


「こんな夜中に何してるんだ。盗賊か。何考えているんだ」


 顎に髭を生やしたガタイのいい男が二人の前に来て怒鳴る。

 ルキアはミルキに手で合図を送り、音を止めるように制した。そして肯く。ミルキは村人全員に聞こえるよう、声を張り上げる。


「突然村に来た怪しげな男の話など信用できないかもしれないが、今から言うことは全てが真実だ。どうか聞いてくれ」


 村人が耳を傾けるのをルキアは確認した。ミルキが続ける。


「この村は今年の『火雨の儀』の対象に選ばれた。十六夜の夜。つまりは明日。この村は王国の兵士達によって滅ぼされる。どこからかは言えないが、確かな情報筋だ。俺達はこの村を、村の人々を助けに来た者だ。どうか信じてくれ」


 村人達は一斉に騒めき始める。突如として現れた男のいうことなど信用していいのか。そういった疑惑の視線を向けてくるものもいる。当然だろう。


「『火雨の儀』が事実として、お前達が王都の物でないという保証はどこにある」

 先ほどの髭の男が言う。


「保証できるものは、何処にもない」

「ならば、どうやって信用しろと言うのだ」

「手立てはない。ただひたすらお願いするしかないと考えている。わざわざ夜中に馬を走らせこの辺境の村まで来た。それではいけないだろうか」

「ダメに決まっているだろ。国の手先である可能性もあるし、盗賊の可能性だってあるだろ」

「国の手先ならこんな事をする筈がないだろう。盗賊ならわざわざ村人を起こすような真似はしない」

「いやあ。分からないね。そうだ。他に仲間がいるかもしれない。俺たちをここに集めている間に留守になった家から物を盗んでる可能性もある」

「頑なだな。こんなチンケな村に、何を盗むものがあるというのだ」

「なんだと」


 ミルキと髭の男が一触即発の雰囲気になりかけた時だった。


「おやめなさい。マウロ」

 大きくはないがはっきりとした声が場を制した。


「長老。なんで止めるんだ。こいつはこの村を馬鹿にした」


 髭の男、マウロに長老と呼ばれた声の主は、腰の曲がった老婆だった。


「確証はありませんし、真意も分かりません。しかし、そのお二方の言うことは真実です。目を見れば嘘を付いていないことくらい、分かります。しかし、お二方。私達はそのままでいいのです。バキュラ様は人間の中で唯一、神々と肩を並べられているお方です。バキュラ様がこの村を選ばれたのなら仕方がありません。天の定めと受け止めます」


 村人の中には長老の意見に納得してない様子の者もいることは、表情を見ればルキアには分かった。だが、この村で長老は絶対なのだろう。声を上げて反論する者は誰一人いなかった。


 ミルキはお手上げだと言った表情でルキアを見つめる。ルキアは口を開いた。


「毒されるな。バキュラは神などではない。例えるなら、人の皮を被った悪魔だ。人を殺戮して楽しむただの狂人だ。屈してはいけない」


 ルキアは村人の間を抜け、走り出す。村人達は驚いて仰反る。ルキアは右足で地面を蹴り、数メートルはあるであろう、民家の屋根に飛び乗った。村人から驚きと小さな歓声が上がる。ルキアは屋根の上から村人を見下ろす。

 村人の目線ではルキアと十五夜の月が重なり月食のようになっていた。ルキアは諭すように語り始める。


「何気ない一日を過ごしていた。森へ入り木の実をとり、その木の実で母とジャムを作っていた。その日の昼下がりのことだった。王都からの進軍があるとの知らせが来たのは。こことよく似た村だった。あっという間だ。あっという間だったんだ。一瞬にして村は火の海となり、そこら中に知った顔の死体が溢れた。最愛の母とは別れ、死体すら拝むことが叶わなかった」

「な、ま、まさか。そんなことが」


 長老が目を丸くしてルキアを見つめる。


「そうだ。俺は『火雨の儀』によって滅ぼされた村の生き残りだ。長老。貴方はさっき『私達』と言ったが、本当にそうか? 村人の中には生きたいと願っている者もいるんじゃないか。この中に一人でも最愛の人を理不尽に失った者はいるか。その苦しみを味わう人をこれ以上増やしたくないのだ。頼む。言うことを聞いてくれ。この村は救えないが、村人だけならば、全員を救う手立てがあるのだ。村人が生きてさえいれば村は何度だって立ち直れる」


 村人達の心が揺れている。あと一押しだ。


「頼む」


 ルキアは声を張り上げひざまづき、額を屋根に押しつけた。


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