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サンタさんに果たし状!?



『果たし状 TO サンタ』


 私、大宮冬美は朝目覚めて、それが夫の枕元に置いてあるのに気付いた。間違いない。六歳の一人息子、宏隆の字体である。


 十二月二十四日。今日も大宮家では明るい朝がやってきたはずだった。私は夫よりも早く起き男どものために朝ごはんの支度を始めなくてはいけない。大抵の確率で目玉焼き。簡単だからとか言わせない。サニーサイドアップなんて洒落た名前もついているわけだし朝らしくていいじゃない。夫も息子も好きなはずだし。

 私はパジャマから普段着に着替えた。そして朝日を浴びるべくカーテンを開けた。うん、眩いばかりの日の光が私の体を包み込む。美しい朝だ。すっかり雪で覆われた道路はいかにも寒そうであったが、ホワイトクリスマスに比べたらどうってことない。私は一日中炬燵の中で過ごすのだけれどもね。

 息子は朝に強いので勝手に起きるのだが、六時頃には食事の準備を終わらせて夫を起こさなくてはいけない。夫婦共々、一二時には寝ているのに夫だけはなかなか起きられないのである。会社にクビを切られないように寝過しを未然に防ぐのも私の務めというわけだ。実のところ今日は定休日で夫の仕事は休みなのだが、夫の生活習慣を正すべく、毎日同じ時間に起こさなくてはいけない。私は押入れと布団しかない質素な夫の部屋に行ったのである。そして、夫の枕元にそれがあったのだ。果たし状、とやらが。

「お父さん、起きて。ほら、起きなさいよ」

「……あぁ、冬美……。おはよう……ふわぁ……」

「ちょっとそれより、見てよ、これ。宏隆よ、絶対」

 私は夫にそれを渡す。どこかの文房具屋で仕入れてきたのだろうか。それなりに上質な厚紙で包まれている。夫は私の顔を見て笑いながら果たし状を開けた。


『我は宏隆という者なり。クリスマスに突如現れるサンタの正体を暴いてやろうと企てている。そなたが何者かを九割九部八厘ほど掴んでいる。よって私はサンタなるものを不法侵入の不届き者などという言葉で一瞥することはない。よく意味を考えてほしい。だが、私は確たる証拠というものが欲しいのである。

 そこで、ここに挑戦申し上げる。私はそなたの正体を今夜どんな手を使ってでも暴いてみせる。しっぽを巻いて逃げるのだけは見苦しいので辞めて頂きたい。健闘を祈る。     BY宏隆』


 息子から宣戦布告されるとは。夫婦は笑い合うしかなかった。

「宏隆のやりそうなことでは……あるがな」

「えぇ、また、とことん追求したくなっちゃったみたいね」

 宏隆は何かに疑問を持つととことん追求する性であった。ちなみにこの『果たし状』の文体は全く宏隆のものである。普段から何に影響されたのか、こんな口調であるのだ。若干六歳のくせに。


 やれやれ、とか適当な言葉を口ずさみながら、私と夫は布団を畳んで押入れに突っ込もうとした、が。

「ちっ、反応は見ることができませんでしたね。実に惜しい」

 襖をあけるとそこには紛れもない、宏隆がいるではないか。私は流石に腰を抜かした。そこまでしてサンタの正体を知りたいというのであろうか。いや、確たる証拠が欲しいとか言っていたな、そういえば。朝に強いのをこんなところで活用してくるとは。

「宏隆っ。こんなところで何をしてるのっ」

 私はまさにうってつけの叱り文句をぶつけてやった。

「見て分かる通りですよ。この通り」

 私はこの息子にはもう何も突っ込まない。好きなだけやらせればいい。根はいい奴なんだけど、本当に。父も一緒になって怒った。だが、「戦いはもう始まっている」と謎の一言を放たれて、宏隆は夫の部屋をてくてくと出て行ってしまった。

「……宏隆のやつ、本気じゃないか……。迂闊にサンタの正体を話さなくてよかったな」

「まぁ、そうよねぇ。周りの子供たちはまだみんな信じてるしね……。宏隆が真実を知ったら、保育園の友達に言いかねないわ」

「……よし、売られた喧嘩は買ってやろうじゃないか。なんとしてでもサンタの正体を隠しきろうじゃないか」

 夫はどうやらノリ気である。夫もこういうのは好きらしい。まぁ、そういうところが可愛いんだけども。私も協力しようと思う。

「まずは、宏隆がどうしてくるかだ。夜になるまでは安静にしていた方がよさそうだな」


 午前六時。大宮家は朝っぱらから大騒ぎです。

 私と夫は部屋を出て、リビングに向かった。そして私と夫は目を見開いて驚いた。夫にはいい眠気覚ましになっただろう。宏隆がまるで日本一の強盗選手権で競い合っているようなほど凄まじくリビング中の扉という扉を開けて物色しているのだ。きっと掃除するのは自分なんだと、流石に私は宏隆の手を止めた。

「やめなさいっ。こんなに汚くして! 何をしてるの」

 聞くまでもないが、聞いてやることにした。

「プレゼントを既に買っているはずですからね」

「サンタさんが持ってくるの。いいの。早く部屋に戻りなさい」

 宏隆はその手を一向に止めようとしなかった。血眼になって自ら落とした物証を探しているような逃走犯のようだった。もうどんな比喩も思いつくぞ、この子の今の行動は。これ以上は割愛。

「宏隆っ。やめなさい。お父さん怒るるぞ。まずは朝ごはんだ。今日も目玉焼きを食べようじゃないか」

「今日『も』って何よ」

 不意に私は突っ込みを入れる。

「別に」

 数秒の間もなく返答する夫。ごめんなさいね。


「宏隆。本当に、やめなさいって。汚くしちゃだめでしょ」

「数時間後には私が片付よう。気にすることはない。それよりも……ふふふ。私はこんなものを見つけてしまったようだ」

 私と夫は目を見合わせた。まさか。プレゼントはリビングに隠したはずはなかったのだが。

「この封筒、中には……どうやらお金のようだ。何故、食器棚に入っているのだろうか、私には分かりかねません。ねぇ、母上」

「まさかっ。それは時計の裏にあるはずなのに……」

「何だと、冬美……!?」

「えっ……。あぁ……。あはははは」

「ちょっと話そうじゃないか。俺のお小遣いについて」

「えぇ……ちょ、ちょっとぉ……」

 その後、夫から色々なことを聞かれた。正直に言おう。私はへそくりというものを時計の裏に隠していたのだ。夫の一日のお小遣いを八百円にすることが今日の臨時会議で決定された。不覚。

「でも待って、お父さん。私、食器棚には入れていないわ……」

「……じゃぁあれは……」

後ろの方から宏隆のうすら笑い声が聞こえてきた。

「ふふふ。まさか墓穴を掘ってくれるとは。今のはダミーさ。今の時間で、リビングとトイレと洗面所と風呂場にはサンタのプレゼントが隠されていないことが判明した」

 早い。手際がいいぞ、こいつ。いつしか有望な強盗になれるかもしれない。私は呆れて溜息をつくしかできなかった。

「それでは、母上の部屋を探すことにしようか」

「待ちなさい。宏隆。お母さん部屋はな、一応冬美はこんなんだけど、うん、女性なんだ。部屋に入っちゃいけない」

「ちょ、何よそれ。酷い扱いじゃない!」

 今、叱るべく対照が変わったように思えた。だが、夫が小さな声で囁く。「少しだけ我慢してくれ」と。調子の良いことを。確かに、宏隆へのプレゼントは私の部屋に隠されているのだ。彼の趣味であるスポーツカーのプラモデルだ。

「そ、そうよ。私だって一応、ってか、本当に列記とした女性なんですからね。宏隆、紳士ならね、レディーの部屋に入っちゃいけないのよ。分かった?」

「……共犯という可能性もあるが……まぁ、仕方ない」

 宏隆はすんなりと認めた。私と夫は肩を撫でおろした。


 少しだけ疲れた。宏隆を夫に任せて、私は外に退散しようと思う。それが最善だ。クリスマスで盛り上がるデパ地下の試食コーナーにでも足を運ぶことにしよう。

「ということでお父さん、宏隆をよろしく」

「え……。あ、あぁ」

 私は宏隆のプレゼントをバックに入れて外に出た。これで夜になるまでは夫の口が緩みさえしなければサンタの正体がばれることはないだろう。当然、夫が宏隆に拷問されるはずがないし。

 外に出ると、雪で冷やされた空気が風に乗って私に襲いかかって来た。……宏隆め。炬燵でぬくぬくする一日を返してくれ。


 だが、デパートに入った瞬間世界は変わった。温かい。常温適度というものを心得ていらっしゃる。私はマフラーを外して、ノーコインショッピング(今命名)を楽しむことにした。


 結局、試食コーナーを任されてこの道十年ぐらいであろうお婆さんの口車に乗せられてクリスマスケーキを買ってしまった。

まぁたまにはいいだろう。家で慌ただしくやっている夫のためにも、宏隆もケーキが好きなわけだし、買って損はなかろう。


「宏隆ぁー。お父さんー。ただいまー」

「おお、お帰り、冬美。おお、ケーキか。いいね」

「お疲れ様。あら、部屋奇麗じゃない。宏隆どうしたの?」

「いや、それがね、『母上がプレゼントを外に持っていたから家には絶対にない。私は今できることをしようと思う』とかなんか言っちゃって、ずっと部屋に籠ってるんだ。何だか知らんけど」

「まぁ、きっと作りかけのプラモデルでも取り組んでいるんでしょう。そういう意味ではいい趣味よね。うん」


 さて、夕飯は注文していたファーストフード店のクリスマスチキンだ。あと、私の好みでアニメキャラクターがプリントされたメリーシャン(シャンパンじゃない)を買ってきた。慌ただしい一日だったけど、三人でクリスマスイブを楽しもうじゃないか。

「はっぴーくりすますいぶー」

 そう言ったのは宏隆である。宏隆、何かに執着していないときは至って普通の六歳の少年なのである。少しひねくれているが。

「このチキン固いわね。来年は違うとこにしましょうか」

「俺が少ない小遣いで買っていたコンビニのチキンを推奨するぜ」

「へそくりのこと、まだ恨みに思ってるの?」

「いや、別に」

「お父さん、お母さん。やめなさいよ」

 子供に説教された。だけどもいい。面白い。私たちは笑い合う。


――意外と、夜なんてあっという間に来た。二十一時。宏隆の就寝タイムだ。よし、これで宏隆が寝ればこっちのもんだ。


「では、おやすみなさい」

宏隆は大人しく部屋に向かった。

「お父さん。いつプレゼント置きに行く?」

「んー。たぶん寝てないだろうからなぁ。深夜一時くらいか」

「私たち置きっ放しってことか……」

「まぁ、宏隆のためだ。いいじゃないか」

「そうね。そうしましょうか」

 私と夫は炬燵に手足を突っ込み、テレビの電源を点けた。どうしようもないテレビばかりだったのでお互いに寝てしまいそうになった。だけども、コーヒーを飲んだり起こし合ったりして、なんとか深夜一時まで起きていることに成功した。

「じゃぁ、部屋に行くか」

「緊張の一瞬だね」

「いや、待てよ、冬美。万が一のことだ。誤魔化しがきけるように、俺がサンタの格好をしようじゃないか」

「グッドアイディアね」

 夫は自らの下着入れからサンタの服を取り出した。

「流石に宏隆も俺の下着入れには手を伸ばしたくなかったようだ」

「何勝ち誇ってるのよ。汚らしい。ほら、早く届けなさい。私は寝てるわよ」

「あぁ。おやすみ」


そして私は寝室に入った。落ちてくる目蓋を持ち上げる必要もないわけだ。これでやっと一日が終わるのだと思ったのだが、後方から聞こえてくる騒音に振り向かずには入れなかった。

 耳に貫くような鋭い音、ピーって表現が一番似つかわしく、それに混じって夫の悲鳴まで聞こえる。あと、金属が叩かれたような音も聞こえたぞ。一体何だ。私は駆け寄った。


「冬実! 俺は逃げる! トラップだっ。後は任せる」

「任せるって、ちょ、お父さんっ」

 恥辱的なまでに真っ赤な服を着た夫は玄関の方へ走って行った。そして、それに遅れて宏隆が追いかけている。「やっと見つけたぞ」と、顔を光らせながら。

 まずは鳴り響く騒音を消そうと私は思ったさて、騒音の正体は保育園で配られた警備ブザーのようだった。そして床にはどこから仕入れてきたのだろうか、たらいがある。そして部屋中ロープが入り組んであるのであるドアを開けたらブザーのヒモがはずれる仕組みになっていたのだろう。流石宏隆だ。やることが細かい。しかもたらいのオマケ付き。サンタさんに何の恨みがあったのだろう。夫が帰ってきたら、頭にシップでも貼ってあげようか。


「母上、何でこんな時間に起きている。もう、寝るよ」

 後ろから宏隆の声が聞こえた。睡魔のためだろうか、それにしてもどんよりと俯いている宏隆の顔はどこか寂しげであった。

「サンタさん追いかけなくてよかったの?」 

「もう、確たる証拠は手に入れてしまったよ。父の部屋に父がいない。もう、充分さ。母上も寝た方がいい。おやすみ」

 宏隆の声は重く沈んでいた。サンタ(夫)を追いかけているときの輝かしい顔が嘘みたいだった。

「……お、おやすみ」

 私はそれしか言えなかった。


 数分後、夫がのんきそうにが返ってきた。

「ちょっと、宏隆、気付いちゃったじゃない」

「宏隆にこのまま納得させちゃまずいよな」

「そうよ。どうするのよ。周りのお友達が知っちゃまずいわよ」

「……そうだよな。ちょっと、考えるか」


――二時間くらい経って、私と夫は宏隆の枕元にプレゼントと一枚の手紙を添えることにした。これで大丈夫なはず。


 次の日の朝。

「母上! 父上殿! サンタからプレゼントが届いていた!」

「あらあら。良かったじゃない。何がきたの?」

「おお、プラモデルだ! やった!」

「ところで宏隆。サンタの正体が分かったのかい?」

「いいや、お父さんたちには秘密だよ」

 宏隆は満面の笑みで自室に帰って行った。早速、サンタからのプレゼントを楽しむために。


『あのトラップには驚いたよ。宏隆君に本当のことを教えると、サンタは皆のお父さんに乗り移って、プレゼントを渡しているんだよ。自分の体が知らない人に乗っ取られているなんて知ったら、お父さん可哀想だろう? だから、お父さんやお母さんには内緒だよ。もちろん、みんなにもね。メリークリスマス。サンタより』




メリークリスマスです。感想・評価をお待ちしています。

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