豹変都市―パイルザッタ
「やぁ、待ってたよ。久しぶり、かな」
「……」
扉を開けた先は、まるで異次元に踏み入れたかのごとき不気味な世界だった。
倒壊した家屋の数々。それらがまるで、闘技場を形作るかのごとく円形に乱雑に積み重なっている。
「てめっ、よくものこのこと……!!」
「んー、残念。ボクの目当てはキミじゃないよ」
乱雑に積み重なり、どれも紅く塗りたくられた気味の悪い闘技場の真ん中。赤毛の女、キッシュはレンドの言葉を一蹴し、オレを指差す。
「キミさ、フウヤ。いや、日本からの転生者、刈宮 颯谷くん」
「……」
「ちょ、なんでアンタがそれを……!!」
「他にも知ってるよー。颯谷くんの姉、秋葉さん。颯谷くんの兄弟子、水弥さん。そして……」
一瞬表情を失くし、再度嘲るようにミレンを見、
「美恋ちゃん。ズルいよねー。転生者四人。しかもチート能力まで持っててさー。ボク一人じゃ限度があるっていうのに」
「……チート能力ねぇ。確かに持ってるが、情報アドバンテージの分、不利じゃないか?」
「……」
「フウヤ、何言って……?」
「同じなんだよ、ミレン」
「えっ?」
「アイツも俺達と同じ、転生者だ。恐らく同じ時代のな」
「っ!!」
「ご名答~。……ドコで分かったのかな?」
「こんなモンを見っけてな」
ガサゴソといくつかの、ごく小さな機器を取り出す。
「なによ、それ」
「魔道具だ。一つは人の機嫌を斜めにするだけ。もう一つは体調を風邪を引く程度に崩すもの」
「それって……!」
「一つはミレンに、もう一つはオレに付いてた」
「あの時の……!」
「そして残りは盗聴器。至る所に、隙を見つけてはなんらかの方法でくっつけてたんだな」
「よく気づいたね。そんな小さな機器達を」
「アキハねぇのおかげさ」
「ふふ。フウヤくんに付く悪い虫なんて見逃さないよ?」
「……なるほど」
「で、レンド達に確認したら盗聴器の存在自体知らないときた。悪口年増はともなく、兵役を経験し、一国の上級職にいたレンドが知らないってことは最新鋭の技術か」
もしくは、と続けて言葉を放つ。
「他の世界から取り入れたか、だ」
「……ん、正解!やっぱ頭キレるねー、キミ。その通りだよ」
見下ろすような酷薄かつ邪悪な笑みを浮かべ、キッシュは言い放つ。
「ボクもキミ達と同じ地球かつ時代からの転生者さ。国は違うけどね。そして情報アドバンテージだっけ?今、対等にしてあげるよ」
キッシュの背中から皮翼が出現する。ありえざる場所から手が生える。大小長さ様々なその数、100をゆうに越えている。
そしてキッシュの八重歯が、研ぎ澄まされた獰猛な牙となり、目は血走り、爛々と赤く光る。
「ボクのチート能力は単純明快。吸血。他人の血を吸い取ることで人間を超越した力を得る!この姿がその証左さ」
「……」
「さあ、おいでよフウヤくん。一緒に踊ろうよ!」
「……」
「フウヤくん!」
向かおうとしたオレの左手を、アキハねぇが掴んだ。
「行っちゃダメ……。そんな気が、するの」
「……うん。なら、きっとそうなんだろうな」
「だったら……!」
「でも、オレが行かなくちゃいけない。……オレじゃなきゃいけない。そんな気がするんだ」
「……」
「ワガママな弟でゴメンな、アキハねぇ」
「……約束して。必ず戻ってくるって」
「約束する」
アキハねぇと小指を絡ませる。ゆびきりげんまん。幼い頃、よくしたように。
「……じゃ」
「っ……」
アキハねぇを振り切り、キッシュの真正面に立つと、奴が指を鳴らす。胸糞悪い、あのシステム。
「異論はあるだろうけど、許してね。私にもこうしなきゃいけない理由があるの。……何もかも犠牲にしてでも」
「……始める前に、聞きたい事がある」
「何かな?」
「一つ、ここのエリアに居た人々は?」
「……ここに居た奴らはね、控えめに言ってクズだったよ。どいつもこいつも自分の事ばかり。自分最優先で、自分さえ良ければ赤の他人も、隣人も、親兄弟も、そして……実の子供さえも平気で見捨てた」
何かと重ね合わせるように呟くキッシュ。その悲しみの表情を一転、愉悦の表情へと変え果てて、続ける。
「そんなクズ達は死んでしまえばいい。そう思うでしょう?だから――まとめて地獄に送ってあげたよ」
「…………そうか。もう一つ、これがラストだ。サウルちゃんの母親、ハナさんは生きているか?」
「それについてはいい解答ができるよ。――生きてる。というより、死なせない。じゃないと、私が私じゃなくなっちゃう」
「……ありがとう。質問は終わりだ」
剣を抜き、身構える。キッシュの百はある手から同量の剣が、蠢きながら現れる。
「うん。じゃあ――死んで」
キッシュが飛来し、その腕達を振り下ろす。
「っっっ!!!」
型のない縦横無尽な攻め手。
「あははは!!」
「……っっ!!」
……決まった型はなさそうだ。なら、
「霜月流剣華、八の型――蒼華放天!!」
「っ」
型がない相手。たくさんの攻め手。ならシンプルに。……こっちも何も考えない。
一つ一つ、向かってくる剣の切っ先、可能だと判断したならその持つ手を。一閃一閃、命を奪う心持ちで放つ。
「……八の型。ね。要するに無我の境地的なアレかな?」
「かもな」
最後の一本、キッシュの持ち手を切り捨てる。
「うーん。やっぱ剣じゃ分が悪いかぁ。でもま、仕方ないね。フウヤくんの事知りたかったし♪」
「……何が目的だ?」
「うん?」
「お前の目的だ。国家間の戦争なんてどうでもいい、むしろオレに対しての興味の方が勝ってるように見える。……お前の目的は何だ?」
「――簡単だよ。私には取り戻したい日常がある。その為に私は、この手を血に染める」
「取り戻したい日常……?」
「キミも同じじゃないかな、フウヤくん。キミも取り戻したい日常の為に頑張って戦ってる。私と同じ」
「……お前とは違う」
「うん、それも知ってるよ。私は自分の為。キミは他人の為。私は目的の為に手段を選ばない。キミは手段を選び、最善手で行動する。……だから、気になるんだ。どうして他人の為にそこまで出来るのか。自分を犠牲に出来るのか。私には分からない。ワカラナイ」
「……お前は」
「私はね、キミが妬ましい。行動原理は同じはずなのに、立場と目的が少し違うだけで、キミは周りに恵まれ、助け合う仲間がいる。私はただの操り人形なのに」
操り人形?……まさか、こいつ。
「だからキミを知りたい。キミに近づくために。キミに近づけばきっと、こんな悪夢も覚める。もう手を汚さなくて済む。だから」
傷ついた手が、失った手が修復されていく。キッシュの全身が禍々しく血くなる。
「もっと戦おう」
「っ!!」
なん、だ……!血の気……が……!
「……へー。たったこんだけしか抜いてないのに、もう膝つきそう。このペースでやったらどうなるのかな?」
「っ!距離破壊!」
距離を詰め、奴の真下に向かう。……吸血、まさか。
「逃げられないよ」
「っ!」
がぁっ……!!
「フウヤくん!」
「……吸血って……そういう、事か……!」
「詳細は明かさないよー。バカじゃないからね。そーれそれ」
「っ!っ!」
全身から血の気が、引いていく……!!
「……重、力……崩落……!」
……効か、な……!!
「へー。噂って本当だったんだ。……そっかー。もう剣も握れないくらい弱ってる上に、魔法も効かないのかー」
すっ、とキッシュが側に降りてくる。オレの血を吸い上げながら。
「どうする?お望みなら一瞬で殺してあげるよ。多分、その方が苦しくないんじゃないかな?」
「……と……り……!」
「ん?」
「おこと……わ……りだ……!!」
中指を立て、剣で斬りかかる。
「わ、っと。危ない危ない。…………そっかー。じゃ」
視界が消える。最期に聞こえたのは、
「すぐに殺してあげる」
キッシュの憐れみの声。
「…………いやぁぁあぁぁぁ!!!」
「……ん」
視界が戻る。眼に映るのはさっきとまるで別世界。戦っていたキッシュも、見守る仲間も誰もいない、真っ白な世界。
「おや、このような所に何用かな?少年よ」
「……」
胡散臭さを撒き散らしながらどこからともなく現れたのは、時折オレらの前に出現した老人。……いや。
「ここは生者の済む世界とは――」
「いつまでしらばっくれてるつもりだよ」
「…………」
「もう、アンタの正体はわかってんだよ。そっちこそ何してんだ
祖父」




