冷淡都市―ケーシュ
「……すみません。もう、大丈夫です」
どれ程泣いていただろう。いつもの声色に涙が混じった声でライラが離れる。
「おう。なら良かった」
「……鼻水、すみませんね。舐めていいですよ、それ」
「舐めるかっ。……」
懸命に普段の調子に戻ろうとするライラ。……余計な事は言わないに限るな。
「皆さんも、すみません。足留めしてしまって」
「……気にしなくていいわ。それより鍵は?」
「ここにあります」
ジャラとライラが鍵を見せる。
「……ハミルさんから預かりました。前に進め、そう言われているんだと思います」
「……そうね」
「……行きましょう」
ライラの言葉を受け、扉へと向かう。
ギィィィ……と低く軋む音を立て、扉が完全に開かれる。
開かれた先の街は、これまでの鬱屈とした雰囲気を壊す程に――、
「へい、らっしゃいらっしゃーい!!いい魚入ってるよ!!」
「そこのお姉さん!今なら大セールでお得よ!寄ってって寄ってって!!」
――壊す程に明るさに溢れていた。
「キビキビ聞いていきましょう」
「おう」
不自然と言える程に明るい魚屋のおっちゃんから、気丈に振る舞いながら尋ねるライラ。……無理しやがって。
「オレ達も情報収集しよう。街のトップの居所だ」
「そんな直接的でいいのか?」
「いいんだよ、水にぃ。……敵もいい加減、オレらを潰したいはずだ。手段選んでる余裕はもうないはず。互いに隠れながらのかくれんぼはもう終わりだ」
「……りょうかい」
「この街のトップは、中央にあるコンサート会場にいるようです」
情報収集を終えたオレ達は報告をしあう。最初に発言したのはライラだった。
「オレの方も同じだったな」
「おれもだ。……本当に隠す気がないんだな」
「行こう。このくだらない戦い、終わらせよう」
「…………」
「ところでコイスさん、娘さんの情報どうだった?」
「えっ!?あぁいや…………まだ、です」
「……そっか」
「今度は私が戦うわよ、フウヤ」
「そういえばミレンちゃん、まだ戦ってないのか」
「ええ。ゲーハ砂漠のが最後よ。……いい加減、私も苛立ちが募ってるのよ」
「……。分かった。ヘマはすんなよ?」
「しないわよ。おもいっきりぶちのめしてやるから、期待して待ってなさい!」
「へいへーい」
「うんっ。期待して待ってるね、ミレンちゃん!」
「白髪の少女……コンサート、会場……」
「…………」
「よーし、着いたわ!て、あれ?」
広いドーム状の建物。天井も壁に覆われたそのコンサート会場内に入るも、人影一つさえ見当たらない。
「……人一人いない?」
……表があんだけ騒がしかったのに……?
「っ、あっち!」
アキハねぇの言葉と同時に機械音が響く。真ん中のステージがせりあがり、中央に一人の少女。
白髪で小柄。儚い雰囲気を纏わせ、薄く開かれる瞳と口。端正な顔立ちで可愛いとも綺麗ともいえるその風貌は、こう形容するのが相応しいかもしれない。天使と。
「……ウィル」
「ウィル……て、確かコイスさんの娘さん!?」
「なんで、こんな所に……!」
「……」
その少女、ウィルは辺りを見回し、オレらの姿を見つけると、可憐かつ底冷えするような冷色の声で言葉を発した。
「……私はウィル。……七紅魔の一人」
「七紅魔だって!?」
「っ」
「……話は聞いてる。……私の相手は、あなた」
スラリと伸びた白色の指は、ミレンを指差す。
「……!」
「……どうしたの?来ないの?」
「……」
「ミレン。コイスさん」
「?」
「?」
「オレ達は最初に言った。クラットスを倒すと。その為には七紅魔を倒さないといけない」
「……ええ」
「辛いけど、はっきり言う。コイスさん、アンタの娘さんをオレ達は倒す」
「……」
「ち、ちょっと待ちなさいよ!!アンタ、正気!?」
「正気も正気だよ。……ミレン、忘れちゃいけない。オレ達も多くのもんを背負ってることを」
「っ、だからって……!」
「これは単純に想いの数で決めたんじゃない。……大切な想いの重さだ。……コイスさんもどこかで覚悟してたんじゃないか?」
「えっ?」
「…………。ははっ。バレてましたか。……ええ、してました。諸事情で明かせないのが心苦しいですが、あの子がいなくなった時、その力を悪用される最悪の結末は、いつでも脳裏にちらついていました。……それでも」
「無事を信じたくて、何事もないことを信じて、ここまで来た」
「……はい」
「……。ミレン、お前がやれないなら、オレがやる」
「…………」
ミレンがオレの右手を見る。不甲斐なくて。情けなくて。こんな決断しかできない己の無力さに震える手を。
「……フウヤくん」
「……どうする、ミレン?」
「……」
目を瞑り、深く息を吸うミレン。そして目を開け、コイスさんに向き直る。
「……コイスさん、ごめんね。……あの子、解放してくる」
「……。ええ、お願いします」
「……」
両手を胸の前でギュッと握りしめ、ステージに向かうミレン。
そんなミレンの眼差しを真っ直ぐに受けたウィルは、首をかしげ、こう語りかける。
「……懐かしい感覚。なんで?」
「……。私もする。けど、気のせいだと思う。私はアナタと面識なんて、あるはずないもの」
「……そう。準備はいい?」
「ええ」
障壁が張られる。今までのと全く同じ。
「……負けた方がいなくなる。いい?」
「……ええ。アナタを解放してあげる」
「……難しいよ、それ」
だって。そう言い、ウィルが右手を振り上げる。同時に巨大なゴーレムが何十体も瞬時に姿を現す。
「私、強いから」
「っ!!」
氷のゴーレムが、ミレンを襲った。




