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たった一度きりの魔法

数秒の間があった。短く息の漏れる音がした後、目の前の男、剛健は答えた。


「さすが、他の三連凶を倒し、レーテリアの四砲手を倒した者。腕だけでなく頭も回るか」


「……否定、しないんだな」


「……。ハルは連れてきているか?」


「いいや。ここにはオレらだけだ」


「気配りもできる、か。ふふ。……ああ、お前の言う通りだよ」


「……教えてくれ。アンタに……アンタの家族に、何が起きた?」


「……ははっ。その様子では妻の事も知ってると見える。……あれは10年前のことだ」


――当時、ここディブトーニでは戦争か行われていた。前皇帝が父親ゆずりの野心から領土拡大を目論み、周囲の国に戦いを挑んだからだ。


魔法を扱える者は例外なく戦線の矢面に立たされた。が、俺は運良く免れた。


魔法は扱える者から学ぶもの。本来から親から子へ伝わるものだ。が、俺の親は扱える者ではなかった。故に、魔法審査の対象外だった。


俺はイレギュラー。先天的に魔法を扱えた。が、それを申告することはなかった。したくなかった。


英雄がどうとか、国がどうとか、そんなものはどうだって良かった。


戦乱の中で出会えた家族。築くことのできた家庭。――サクラとハルさえいれば、それで良かった。


一般の兵士として戦場に駆り出され、高い税金を支払う苦しい生活だった。が、不幸などではなかった。


「あなた、おかえり」


「ぱーぱ、ただいま!」


「おかえりだろ?」


「にへへ~」


笑顔で暖かく迎えてくれる家族がいる。それのどこに不幸があろうか。あの時までは間違いなく、俺達は幸せな家族だった。





「はぁっ……はぁっ……」


ハルを原因不明の病が襲った。高熱と体の痛みに苦しむ娘を救うため、俺とサクラは方々を駆け回った。万病を知り尽くすといわれる医師、悪霊を追い払う霊媒師。戦乱の中、苦労し呼んだ彼らも病の前に太刀打ちできなかった。


ドンッ!


「……どうすれば……!」


思わず扉に当たる。サクラが口を開く。


「……一つ手があります」


……この時の、サクラの表情を、俺は決して忘れない。忘れられない。


「最近台頭しているクラットスという国があります。そこに伝わる秘術を用いると願いが叶うとされています。……水晶を通して見ても、これがハルを救うことのできる最後の手です」


「……秘術、か」


「現状、これ以外にもう……手がありません」


「……何か代償があるのか?」


「…………」


「ハッキリ物事を言うお前らしくもない。……何が代償として必要だ?」


「……私自身です」


「っ!!」


「より正確に言うならば私の心です。が、心ない身体もその国に置くことになります。……この秘術はクラットスでしか行えぬもの。そして私にしかできません」


「待て!!お前と引き換えにハルを救おうというのか!そんなことは――!!」


「でも!!他にあの子を救う手立てがありません!!」


冷静なサクラが、感情を爆発させ、泣き崩れる。……足の力がなくなる。手が自分のものではないような感覚に襲われる。


「このまま行くと、あの子は……!水晶が私に告げました。あの子を救うたった一つの方法に私はもう、賭けるしかないんです!」


「…………」


「許してください、あなた……!」


「……俺、は」


答えは、出せなかった。ハルを救う選択肢も、サクラを止める選択肢も、選ぶことが出来ずに、吹き荒ぶ嵐の夜を越え、朝を迎えた。


――翌日。サクラはいなかった。メモも何も、残っていなかった。


「…………」


「はぁっ、はぁっ……ぱぱ……まま……!」


苦しむ娘を置いて、亡霊のような足取りで家を出た。見ていたくなかった。苦しむ娘を。見たくなかった。娘が治る姿を。治ることはすなわち、サクラが戻ってこないことを意味しているから。


「う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


がむしゃらに走った。見たくない現実から、望まない幸せから逃げるように。


――気づけば俺は皇帝に謁見し、魔法の能力があることを話していた。今まで隠していたとがか、すぐさま前線へと立たされた。


なんでも良かった。忘れられるなら。だれでも良かった。この行き場のない思いをぶつけられるのならば。


「はっはっはぁ!見ない顔だなぁ。なんだ、殺されに……っ!」


目の前の武将の首が飛ぶ。もう考えることは、やめた。


「死にたい奴は前に出ろ!!我は優柔剛健!死に場所を求めに来た!!」






「…………」


「そうして武勲を望まぬまま上げ続け、気づけば三連凶などと呼ばれていたよ。このまま俺は醜い人殺しとして、戦場で無様に死を遂げる。そう思っていた。だが、あの日」


――……。


「剛健様、侵入者です!」


「敵は何人だ?」


「3人です!うち一人は魔法を使える者!一人は脱走者!もう一人は少女です!」


「……少女?……陛下の部屋の前には俺が立つ。お前達は離れていろ」


「はっ!」




(……あれが侵入者か。……あれは?)


「お二人とも!争ってる場合じゃないですよ!」


(……ハル?)





「お前らと共に行動するハルを見て、ようやく気づいた。いや、奥底ではとうに気づいていたのかもしれないが。……もう俺はハルの元に戻る資格はない。ハルと共にいるべき仲間に、お前らに未來を託そうと決めた、ただそれだけの話さ」


「……剛健、アンタは」


突如、警報が鳴り響いた。異常を知らせる音。……思い浮かぶのは、一つしかなかった。


「フウヤ様、これは……!?」


「後で説明する!おい、剛健!」


剛健の足元に鍵を投げた。隻眼のおっさんから預かっていたもの。


「自己責任だ!出るなら出ろ!緊急事態だ!」


「…………だが、俺は」


「あぁ細けえことはいい!こんだけ考えろ!ハルちゃんを救いたいか、否か!」


「……」


「お前が出してもいいと思うやつ全員出しとけ!責任はオレがとる!行くぞ、マナ!」


「はっ、はい!」


呆然とする剛健を置き去りに向かった。――街の外側。ミレンのゴーレムを配置できなかった場所に。


「……俺、は」






「フウヤ様、これは……!!」


唯一の懸念事項が、最悪の形となって現れた。


押し寄せる無数のゴブリン。入らせまいと奮戦する兵士たち。隻眼のおっさん、レール、レンド、ミレン、アキハねぇ。


「怯むな、押し返せー!!」


「うぉおー!!」


「怪我した兵、逃げ遅れた街の奴らは確実に保護しながら送り届けろ!!いいか、誰も死なせんじゃねぇぞ!勿論、自分もだ!!」


「おぉー!!」


「こっの、うっとうしい!アレスタ・フォートレス、ファイア・トルネード!!」


「ぐぎゃああー!!」


「霜月流剣華、三の型――乱流華旋らんりゅうかせん!!」


「ぐ……が……」


右も左も分からない程の戦場。すぐ横のマナが震えていた。


「……いいか、マナ。よく聞け」


「……」


「――側から、絶対に離れるな」


「……はいっ」


マナを今から逃がすのは危険だ。なにより、側にいた方が安全が確認できる。だが、オレは離れないように行動を心がけないといけない。それでいて、この大群を一気に凪ぎ払うとなると、行動は限られる。ってか、一つしか浮かばない。……よし、出血大サービスだ。文字通り、な。


「……霜月流剣華、第一の秘奥義」


兵士が何人か振り返る。振り返った奴、いい兵士になるぜ。技を繰り出す直前、アキハねぇが叫んだ。


「――フウヤくんっ!!」


「――血花導乱けっかどうらん


兵士を掻き分けたその向こう、ゴブリンの群れが断末魔をあげた。


「こんな離れた所から……あんな……!」


「……っれれ?おっかしいなぁ……?」


「っ!フウヤ様!」


崩れ落ちる体。右手から血が滴り落ちる。秘奥義を放った代償が、オレを襲う。……最悪だ。


「なぁゴブリン共……なんでお前ら、まだそんなにいんの?」


「えっ……?」


秘奥義には代償がある。だが、それ故に威力は絶大だ。本来ならもっとドタドタと倒れてるはずなのに。……どう見ても10体程度しか倒れてない。


「……近くにいんな?ゴブリン共になんかしたやつ」


「フウヤ様、なにを……?」


「きぇぇぇ!」


「っ!はっ!」


脇から現れたゴブリンを、マナが撃退する。


「……ははっ。守るつもりだったのに、守られるなんてな。……もう大丈夫だ、マナ。サンキュ」


「で、でもその血の量は……!」


「死にはしないさ。だいじょーぶ。……重力崩壊」


ゴブリンが集まってる場所から兵士が退いたんで、魔法を放って援護する。……剣がロクに使えない今、補助に徹するしかないのが歯がゆいな。


「フウヤ様、一度下がりましょう!」


「大丈夫、まだやれる」


「しかし……!」


「皆、死ぬ気で頑張ってる。なのに……一抜けなんてできねぇよ。……単体崩落」


「ぐぴゃっ!」


「……武器崩落」


「ぎゃっ?ぴゃぎゃあ!!」


「フウヤ様……!」


「一人も死なせない……死なせるもんか……っ!」




「……一人も死なせない、か。弱っているのに。絶望的なのに、その言葉が出るとは」


「……一人か?」


「一人で充分だ。空間――阿弥明光」


現れた不器用なおっさんはすぐに姿を消し、戦場へと向かった。


「ぐぴゃっ!!」


「げぎゃっ!!」


街の外、暗闇の中でゴブリン達の悲鳴が木霊する。押し寄せるように街に侵入しようとしていたゴブリンの数は内部の抵抗、外部からの奇襲により減少していく。10数分もすると、街の中のゴブリンは全滅し、一匹たりとも入ってこなくなった。


「これは……!」


「……レールのおっさん、これ」


「ああ……彼だ。何故外に出ている?」


「彼?」


「……優柔剛健。キミ達が倒した三連凶のリーダーだ」


「すごい。あのゴブリンの群れが……!」


「……ハドソン。他の異常がないか、すぐに確認を」


「分かりました!」


「私らは彼が打ち漏らした敵を仕留める、という訳だな?」


「ええ、レール。その通りです。……彼ならばそんな事はないでしょうがね」


戦線が整えられる。兵士達が前線に立ち、警戒を緩めない中、オレの所にアキハねぇ達が駆けつける。


「フウヤくん!!なんであんな無茶なこと……!!」


「いけると思った。反省はしている、後悔はしていない」


「……アンタがそんなケガしてなかったらゴーレムに襲わせてたわ」


「やめろバカ。貴重な戦力を使うな。……気づいてくれたのはお前らか」


「ああ。偶然ミレンちゃんと通りがかった時に。すぐに警報鳴らして後はなりふり構わず戦ってた」


「……唯一ゴーレムを配置できなかった隙を重点的に狙われるなんてね」


「対策は練ってたが……全部破られてるな」


一時的な麻痺を与える筋肉破壊の範囲的魔法。異常をすぐさま知らせる巡回ゴーレム。見ればそのことごとくが破られ、破壊されていた。……内部からやられてる。となると、やはり……。


「ぐ……ぎ……あ……!」


ゴブリンの最後の断末魔の後、静寂が訪れる。悲鳴も、筋肉が砕ける音も、何も聞こえない。


「…………」


全員がゴブリン達が侵入してきた場所、壁が崩れた方を見る。ゆっくりと剛健が現れた。身体中に返り血を浴びた状態で。


「…………」


真っ先に隻眼のおっさんとレールが警戒して動く。……やべ、そういや説明してねぇ。


「キミ……どうやって牢屋を?」


「そちらの若いリーダーにいいように動かされただけだ。安心しろ、風呂さえ浴びたらすぐ戻る」


「若いリーダー……?」


「すまん、オレのことだ」


「フウヤ殿!?」


「……もう彼に国をどうこうする気はない……けど、国を守りたい想いは同じだ。だから鍵を渡した」


「……剛健殿」


レールがオレの答えに唖然とする中、隻眼のおっさんが口を開く。


「此度の協力、誠に感謝する。……貴殿がいなければ、被害は今より甚大だったに違いない」


「…………」


「……だが貴殿は、前皇帝に忠誠を誓い、戦っていた。そのような者を手放しで釈放する訳にはいかない」


「分かっているさ。だから、俺は戻る。心配・同情は不要だ」


「…………」


「風呂さえ入れればすぐに牢屋に戻る。心配するな」


隻眼のおっさんに牢屋の鍵を渡し、剛健はオレに声をかけた。


「……脅威は去ったと思うか?」


「……当面の間は、な」


「分かってるじゃないか。……今度はしっかり守れ。自分自身も、大切な存在も」


「……ああ」


剛健が立ち去っていく。彼の向かう先に、一人の少女が立っていた。


「ミレンさん、みんな!!」


剛健とハルちゃんがすれ違う。――剛健は何も語ることなく、牢屋へとその足を向かわせた。


「ハル、なんでここに!?」


「ごめんなさい、お姉様!けど……みんなが心配で。敵がいなくなったと聞いたので」


「……今はそうだけど、またいつ来るか……!」


「当分は来ないさ。……当分はな」


「フウヤ殿の言う通りだ。多少なりとも軍勢を失ったのだ。これ以上無闇に来るまい。……間違いなく、あの国の仕業だろう」


「クラットス……!」


「フウヤ殿、決められよ。このままここで専守防衛するか、攻勢に転ずるか。……どちらにせよ、被害は今回の比ではないだろう」


「…………」


「レールのおっさん!そんなこと……!!」


「レンド。お前も知ってるはずだ。犠牲のない戦場などあり得ないと」


「そりゃ……そうだけど……!」


「……もっとも、今は手負いの身。今、考えさせるのは酷か。早めに判断されよ。フウヤ殿」


「レールのおっさん、どこに……?」


「皆が起きてる内に仮眠だ。一時間で戻る。……お前も体を休めておけ、レンド」


レールのおっさんの靴音がイヤに重く聞こえる。……そりゃそうだな。分かってたさ。


「悪い、フウヤ。レールのおっさん、割りとドライなとこあって……!」


「いや、正論だ。……何も言い返せねぇよ」


「フウヤ……?」


「結局のところ、誰も死なせないなんてのは理想論だ。戦場じゃそんな理想論通じない。誰かは死ぬ。……今まで誰も死なずにすんだのは、目に見えない何かがオレ達を助けてくれた、そんだけだ」


「フウヤくん……」


「……それでも」


「報告します、隊長!」


ハドソンが戻ってきた。


「……うむ。異常はないか?」


「現状は。被害は負傷者が民間人含めて五十二名。家屋の倒壊、三棟。被害はこのエリアのみです」


「そうか」


「……それと、死者が十三名」


「…………」


「全てが兵士。民間人を守るために命を落とした、と」


「……分かった。キミはそのまま、動ける者達を集め、民間人の護衛を」


「分かりました」


「それでも……」


「フウヤ?」


「……戦場で理想論が通じないとしても……オレはそれを認めたくない。認める訳にはいかない。絶対に」


「フウヤ……でも、もう人が亡くなって」


「分かってないなぁ、ミレン。それでもオレの姉か?」


「え?」


「オレはとびきり、諦めが悪いんだよ。――」


地面に手を当てて、魔力を集中させる。地面が静かに鼓動する。


「フウヤ、アンタ何をっ?」


「チート級の魔法さ。――死期破壊デッド・ブレイク!!」


地面の鼓動が止む。……再び静寂が訪れる。


「フウヤくん、今の……っ!」


「アキハねぇ、知ってたか。……その通りだよ」


「っフウヤ殿。その通りとは一体……!?」


「後で分かるさ。悪い、今は寝てていいか?色々あってつ…………」


あ、皆まで言えねぇわコレ。血の気が引いてくイヤ~な感覚。そのまま気を失った。






『おぉっと、キッシュ氏。どうしたにござるか?』


「結果報告だよ~。あなたの先遣隊、全滅した~」


『なんと。まあ仕方ないにござるな。やったのは例の二人にござるか?』


「んーん。三連凶の優柔剛健。やっぱ化け物だねー、彼」


『彼だったら仕方ないにござるよ。ま、これ以上は拙者達も効率悪いし、後はのんびり待つにござるかなぁ』


「んー、そうだね。一部血気盛んな人達は違うかもだけど……ま、また話そうよ。私としてはこのまま殺戮したいけど」


『……やっぱキッシュ氏、歪んでるにござるよ~……』


「自覚してるー。ちょっと遊んじゃったし」


『例の少年にでござるか?』


「うん。なんか凄い技撃ったから、思わず雑魚守っちゃった。てへっ」


『……キッシュ氏。あと15歳ほど若返らないでござるか?』


「ムーリ。それと、危惧してたその子のアレ、思いがけず剥がれちゃった」


『それは僥倖にござるな。残すはもう一人の少女、と』


「うん。それだけでも今回のは無駄じゃなかったね。じゃボクはそろそろ戻るよ」


『気を付けるにござるよー』


「はーい。…………“ボク”か。ふふっ。“キミ”も余計なことしてくれるよね」

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