肉を斬らせて骨を断つ
朝。目を開けると、太陽の光がテントの外から漏れ出していた。
テントから出ると、上空は雲一つない青空。……良い天気。これから戦いになるのでなければ、爽やかな気分だったでしょうね。
レールから四砲手の話を聞いて、一つ思い付いたことがあり、実行に移す。
「アレスタ・フォートレス……インフィニット・ウィッチクラフト」
……うん。これで万全かしらね。
「おはよう、ミレン殿。よく眠れたか?」
「お陰さまでね。……皆の準備ができたら、行きましょうか」
「そうだな」
「……レール」
「うむ?」
「絶対に勝つわよ」
「……うむ。当然だ」
兵士達の怒号が木霊する。水竜の街 アイファル。かつてこの国の水源を守っていたとされる竜 レータニアがいた街は今、戦場と化していた。
「死にたくなかったら退きなさい!アレスタ・フォートレス、マシンガン・ランチャー!」
「ぐぁぁぁっっ!!」
敵兵の群れを、散弾銃で一掃する。……けど、まだ数が多い。
「ぬぁぁ!!」
「っ!くっ……!」
不意に横から現れた敵兵の攻撃を、ファースト・ガード・ゴーレムが止めてくれる。……危なかった。
「アレスタ・フォートレス、ホモ・ゴーレム!」
私に攻撃した敵兵さん、覚悟はできてるわよね?
「な、なんだこの身の危険を感じる生物は……!」
「むふぅー……やらないか?」
さあ、地獄の始まりよ。
「なっ、何を言って……うわぁぁ!!」
「な、なんだアイツ!銃が効かな……うわぁぁ!!」
「くっ、来るな!来る……いやぁぁ!!」
……ホモ・ゴーレムって、銃とか効かない体質だったかしら?なんかめっちゃ頑丈なんだけど。敵兵がみるみる退いていくんだけど。
「……ミレン殿、情けをかけてやってくれ。敵兵とはいえ男である以上、辛さが分かってしまう」
「えー」
「味方の戦意も下がってきている。大半の敵兵は退いてるし、いいだろう?」
「……分かったわよ」
ホモ・ゴーレムを一度土塊に戻す。敵兵がほとんどいなくなった街の中央道を駆け足で進む。
「レービル、どこにいる!?貴様を打ち負かしに」
「――行かせる訳にゃあいかねぇなぁ」
「っ!」
ガキィンッッ!!
剣と剣が交差する。
横の道路脇から顔に斜めの傷がついた男が現れた。……レービルと同い年くらいかしら。戦場にも関わらず、山高帽をつけてる。
「……ビードル」
「よぉ、レール。……いや、裏切り者。そんなに血相変えてどこに行く?」
「知れたこと。レービルを倒しに来た。……この戦争を終わらせるために」
「吠えるねぇ。レービルを倒しに?そんな軟弱な兵とアンタで何が……って、可愛い子いるじゃん。なに、もしかしてお前の愛人」
再び剣が交差する。一度離れたレールが再び敵に剣を叩きつけていた。
「……私が愛したのはティファニーただ一人だ。くだらぬことを言うな」
「おぉ怖っ。ほんと冗談通じねぇよなっと!」
軽やかな身のこなしで、敵が後ろに下がる。
「レール、あいつは?」
「……かつての戦友。今はただの敵だ」
「おー、泣いちゃうねぇ。オレ、お前のことずっと考えてたんだぜ。……どんな惨めな最期迎えてるかってよ!!」
山高帽が飛び、再び剣が衝突する。
「……奇遇だな。私もお前のこと考えてたぞ」
「へぇ。やっぱり気が合うなぁ。……敵同士なのが残念だ」
「っ!!」
剣を一旦退いた男――ビードルが、横に一回転しながらレールの肩付近に斬りつけた。
「……。上達したようだな。この私に一太刀浴びせるとは」
「いつまで上司気取りしてんだ、おぉ!?もうてめぇの下にいたオレさまじゃねぇんだぜぇ?例えば」
男が短剣を投げる。その矛先は――私。
「っ!」
呪文を唱えるより、動くよりも先にレールが間に立ち塞がり、腕でその短剣を止めた。
「…………」
腕を貫く短剣を抜き、その場に投げ捨てる。レールの体を巡る血が循環できずに滴り落ちる。
「れ、レール……」
「ははっ!ははっ!面白ぇ!あの冷酷なレールが身を挺して部下を守るとは!……もう分かったろ。てめぇに従順で、正々堂々と戦ってたオレはもういねぇ。ここにいるのは冷酷非道のビードル様よぉ!」
「…………」
「その傷じゃもうロクに戦えまい。ほら、他のやつ来いよ。相手してやる」
「っっ!!」
怒りのままに踏み出そうとする私と兵士たち。そんな私たちをレールは手で制し、苦しげに笑って、ビードルに言った。
「……ロクに戦えない、か。今日のお前はよく吠える」
「まだ減らず口を……!」
「そう言って、私をこの場から下がらせるハラか?なにが冷酷非道だ……笑わせる」
「黙れ……」
「今の一投、力が入っていなかったぞ。お前が本気ならば、私の腕はそれこそただでは済まなかったろう。……いや、私が反応することすらままならなかったに違いない」
「黙れ……」
「お前は悪役に向いていないな。昔と変わらん」
「黙れぇっっ!!」
ビードルが鬼のような形相でレールに迫る。
「っ、アレスタ・フォートレ」
呪文を唱えようとした。けど、間に合わなかった。間に合うはずがなかった。守ろうとした人が自ら向かっていき、敵の刃をその身に受けたのだから。
向かってくると思ってなかったであろうビードルも、驚きを隠せない表情のまま、最初の一撃を加えた場所に剣を振り下ろしていた。
「てめ、何を……!?」
「……ビードル。東洋にはこんな諺がある。覚えておくといい」
深手を受けた肩の反対側。その手には剣がしっかりと握られていた。
「――肉を斬らせて骨を断つ」
一閃。素早い太刀筋がビードルの腹部を深く、鋭く切り裂いた。