死より辛き地獄
国を出ておよそ4日経った。この間の道のりは長くはあったけど、敵襲一つない平穏な旅だった。けど、やがてそれも終わる。
「明日にはアイファルに着く。これからは敵の小隊が散見される事も考えうる。みな、常に戦闘の準備をしておくように」
「はっ!」
敵が常駐していると思われる街、アイファルまで一日未満の所まで来ていた。
「そろそろ休まない?日も暮れるわ」
「そうしようか。……待て」
森の中、進めていた足を止め、皆を制止するレール。
「どうしたの?」
「……敵兵の気配がする」
「そんなのわかるの?」
「長年の経験だ。こういう時ばかりは若者を出し抜いている気がする」
耳を澄ませるレール。森のざわめきだけが私の耳に届く。
「……どういうことだ?」
「何かあったの?」
「……もう少し進んでみよう。……もしかすると攻めている四砲手というのは奴か……?」
何かを呟きながら進むレール。顔には不可解、という文字が踊っているように見えた。
レールの下、慎重に進んでいくと、
「……いたぞ」
森の茂みの間から、敵の小隊らしき人々が輪になってくつろいでいるのを発見した。
「いるわね。……でも別に妙な点は」
「声を聞いてみろ」
「声?」
耳を澄ませると、レールの言っている意味がよく理解できた。と、同時に目の前のことに理解できなくなった。
「クルックルックル?」
「ククルー、ククックルー」
「クルッルー!」
…………。
「……レール、私はおかしくなったのかしら?人間が見えてるのに、言語が人間的じゃないように聞こえるんだけど」
「大丈夫、ミレンがおかしくなったのではない。……やはり奴か」
「何か知ってるの?」
「率いている四砲手に心当たりができただけだ。……さて、どうやり過ごすか」
「え、捕まえて情報吐かせばいいじゃない」
「下手に騒ぎ立てると、近くにいるかもしれない四砲手、レービルに聞こえるやもしれん。出来る限り奴には不意討ちをしなければ……」
「……騒ぎ立てない、ね。ならいい方法があるわ。レール、部下は動かさないでね」
「ミレン殿、一体なにを?」
「アレスタ・フォートレス……スリーピィ・ビッグ・フェアリー」
呪文を唱えると、すぐに現れたのはゴーレムサイズ(およそ3m)の妖精。これでも女の子ですっ。
「ミレン殿っ!?」
なんかレールが慌ててるけど気にしなーい。
「ククックゥルー!?」
「クゥルー!クゥルー!」
敵兵さんたちも騒ぎ始めたけど気にしなーい。
「フェアリー、よろしくね?」
妖精はコクンと頷いたあとに、敵兵に向けて光を放った。
「ククックゥ……ルー……」
もろに光を浴びた敵兵たちがバタバタと倒れていく。そして聞こえてくる安らかな寝息。……数分しても増員は来ない。近くにいないみたいね。
「レールー、敵の四砲手、近くにいないみたいよ」
「なにをしておられるのだミレン殿ー!!」
完璧に決まったのに、飛んで来たのは賛美じゃなくて叫び声だった。
「なにって、情報掴むために全員眠らせて」
「近くに四砲手がいたらどうする気だったのだ!?奴は真正面から相手どるには面倒な敵なんだぞ!?」
「四砲手がいたらぶっ倒してたわよ。真正面から。ま、結果的にいなかったみたいだし、それならそれで結果オーライじゃない」
「結果的には……そうなんだが……!」
「で、四砲手ってどんなのなの?」
苛立っているレールに尋ねると、レールは深い、深いため息をついて答えた。
「恐らくこちらに出向いているのは四砲手の一人、レービル・ゼーハだ。あらゆる物を固体・気体・液体に変える魔法の持ち主で、非常に厄介な相手だ。ここイーベルスイダル大陸において3本の指に入る程の魔力の持ち主ゆえ、魔力を使いきるまで待つのは不可能だろう。……本当に近くにいなくて良かった」
「その四砲手って、よく分かったわね?もしかして、さっきの変な声と関連する?」
「……奴は親衛隊にあの笑い声を強要するのだ。理由は分からぬが」
「……なるほど、ね。その情報は大きいわ。ありがと、レール。……さ、彼らをとっとと縛り上げてその四砲手がどこに居るのか、他にも四砲手がいるのか吐かせましょ」
「それはもちろんだ。……だが」
「ん?」
「……解せぬのはなぜだ」
「なんでかしらね」
複雑な表情をするレールを放っておいて、兵を縛り上げる。もちろん武器は没収ですっ。
「じゃ、起こしましょっか。はーい起きなさーい」
「ぶべっ!ばがっ!ぼばっ!」
兵の一人に往復ビンタをお見舞いすると、さっきとは違って人間らしいリアクションが返ってきて、ぼんやりと目を開けた。
「…………」
「おはよーう、一兵卒くん。気分はいかが?」
「ミレン殿。顔が悪役になっているぞ」
「あらいけない」
サディスティックな一面は封印して。兵士は真顔に戻ると辺りを見回し、私を見るなりこう言った。
「くっ……殺せぇぇ!!」
……うーん、お望みのリアクションじゃないなあ。もっとアタフタしてほしかった。
「殺さないわよ。話を聞きたくて」
「殺せぇぇ!!」
「……。質問に答えてくれたら解放もやぶさかでは」
「殺せぇぇ!!」
「分かったわ。生まれてきたことを後悔させてあげる」
「ミレン殿、気が短すぎる!」
動き出した途端、レールに羽交い締めにされる。くぅ……っ!コイツ殺りたいのにー!!
「落ち着けミレン殿!これしきで取り乱してどうする!?」
「ふぅーっ!!ふぅーっ!!」
鼻息が荒くなってしまう。純粋無垢な乙女にあるまじき姿だけど、これは仕方ないと思うの。
「…………」
ムスッとこちらを睨む敵兵。くっ……モブのくせに。モブのくせに……!!
「……どうすんのよ、アイツ。話聞く気ないわよ」
「他の奴に聞いても構わないんだが、どうせなら……奴には逆らう気も起きないように、死よりも辛い地獄を見せた方がよいな」
ゾッとする笑みを浮かべるレール。……何する気かしら?
「貴様、殺せと言ったか?」
「……ああ。捕虜になり、情報を漏らすつもりはない。他の者も同じだ。……殺せ」
レールの問いにきちんと返す兵士。……これ、用が済んだら本当に殺っちゃっていいわよね。許されるわよね?
「そうか……残念だ。私もこの手は使いたくなかったのだが……アレを持ってきてくれ」
「わ、分かりました!」
側にいる兵士に何かを持ってくるように命じると、レールは椅子に縛り付けた敵兵の靴下を脱がし始めた。
……え、レールってそういう性癖が?もしかして死より辛い地獄ってそういう……私、ここに居ていいのかしら。興味はあるけど!正直あるけど!ただその……私にも理性が残ってる訳だし、これは情報を吐かせるためにやむを得ずやることで……いやでも、レールに出ていけって言われてないし、いいのかしら……いいわよね、きっと!
「持って参りました」
様々な妄想をしていると、とある物を兵士が持ってきた。猫じゃらしを。……猫じゃらし?
「まっ、まさかそれは……!」
「ほう、誰かに聞いていたかね。その想像は恐らく当たっているぞ。……さあ、死より辛い地獄の始まりだ」
「やっ、やめ……!ぎゃははははははっっ!!」
サディステイックな表情で、レールは敵兵の足裏を猫じゃらしで擽り始めた。
「さぁ、情報を吐け。やつらは今どこにいる?別動隊はいるのか?答えないと永遠と続くぞ……?」
「ぐっ、ぐぞ……っ!お、俺は絶対に屈しな……ぎゃはははー!!」
「その強気な態度……いつまで持つかとくと見させてもらおう」
響き続ける敵兵の笑い転げた声。
私は踵を返し、味方の兵士にこう言った。
「情報吐かせたら教えて。私、寝る」
「ミレン殿。レール殿が情報を引き出しました!」
30分ほど仮眠を取った所で兵士に起こされる。……よく保ったわね、あの敵兵。私には無理だわ。
「ありがと。直接話を聞こうかしらね」
「了解しました!レール殿はこちらであります!」
敬礼をしながら案内する兵士。……前の人生じゃ、こんな待遇考えられなかったわね。何が起きるか分かんないわ、本当。
「うむ、ミレン殿。敵の本拠地が分かったぞ」
情報が入ったからか、サディステイック分を解放したからか知らないけど機嫌の良いレールと、ぐったりしている敵兵。……イケないわね。妄想が捗ってしまう。
あまり敵兵を視界に入れないようにしながら会話を進める。
「やっぱりアイファルかしら?」
「うむ。レービル率いる軍隊はアイファルに陣を置いている。先ほどの隊は先遣隊のようなもので、これからこちらの国に進軍を始める予定だったようだ」
「ずいぶんゆったり進んでるのね。男なら思いっきり進めばいいのに」
「…………」
「なに?その、私の方がそういう意味では男っぽいみたいな顔」
「ゴホン。……で、別動隊の有無についてだが」
あからさまに話を逸らしたわね。追及しないからいいけど。
「……10人程、途中で別れたそうだ。……四砲手の一人、レンドが引き連れて」
「レンド?」
「格闘技と銃の召喚魔法を操る者だ。実力は確かだ」
「…………」
「伝令役として数人、戻そうかと思っているが」
「大丈夫、なんとかなるわよ。その為に変態は残ったんですもの」
「……信頼しておられるのだな。フウヤ殿のことを」
「信頼?だーれがっ!アイツは自分で守るって言ったんだから、守るに決まってんでしょ!」
「……それを信頼というのではないか?」
「あーもうっ、知らない!眠いし寝る!朝になったら起こして!」
少しイライラしながら再び寝床に戻る。……なんなのよ、なんなのよぉこのイライラはぁ……!
「……素直じゃないな、ミレン殿は。まるで若かりし頃のマイハニーを見ているようだ。……皆に伝えよ。明朝、アイファルに進軍。敵を打ち負かすと」
「はっ!!」