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第2話 その狐、囚われの身につき

 目が覚めると、そこは暗闇だった。

 どうやら目隠しされているようで何も見えない。

 森で熊に襲われたフィリアを助けたところまでは覚えている。それからわらわはどうなった……???

 なぜだか手が窮屈なので力を入れてみるが動かせない。両手を繋ぐ手枷が付けられているようだ。手枷は頭の上のほうで何かに繋がれているようで引っ張れもしない。両手万歳、まな板の鯉状態だった。

「──え、ちょ、何なのじゃ、これは?!」

「あ、狐っ娘が目を覚ましたぞ! あいつを呼んで来い」

「へい」

 足音が遠ざかってしばらくしてから別の足音が戻って来た。

 足音は近くで立ち止まったように聞こえた。

「──お前の目的はなんだ?」

 声から察するにケイスとかいう名前のやつだったと思う。わらわはあの男に拉致監禁されているのだろうか?

「──言っている意味がわからないのじゃ!」

 目的もクソもない。わらわはわらわが思った通りに行動しただけなのだから。

「フィリア! フィリアは無事なのじゃな?!」

「別の魔物に襲われて死んだぞ?」

「……のじゃっ……?!」

 そんな馬鹿な、確かにウィルがフィリアを介抱してたはずだ。

 もう一匹熊がいて、そっちにやられてしまったということなのだろうか。

「ウィルが……ウィルがフィリアを連れて逃げたはずじゃ! わらわなんかきっと道端にでも投げ捨てて逃げたはずなのじゃ!」

「ウィルも魔物に食われて遺体の残骸が発見された」

「……のじゃぁぁ……」

 二人との思い出は二日もないけれど、今でも鮮明に覚えている。

 美味しい料理に、暖かい毛布、肩車に花飾。

 たったそれだけの思い出だけれど、とても暖かい温もりとして記憶に残っている。

 新しい家族ができた。守らなければ。そう思って願ったのに、それでも力が足りなかったのか。

「……ぐじゅっ……」

 自然と涙が溢れた。

「もう一度聞く。お前の目的はなんだ?」

「……ちくひょ……お……‼ この世から熊を根絶やしにしてやるのじゃ……‼」

 ガチャガチャと暴れて手枷を外そうとするが、びくともしない。

「……ちくひょ……お……ちくひょ……お……‼」

 涙と鼻水を垂らしながら暴れるが、やはりびくともしない。

「これを外すのじゃぁ……‼ 森をすべて焼き払うのじゃぁ‼ 仇を討つのじゃあ‼」

 狂ったように暴れるが、やはり手枷はびくともしない。

「ガウゥゥゥゥゥ‼」

 怒りの余りに、人語を忘れてしまう。自分の顔なんて見えないだろうけれど、今は牙を剥いたりして酷い顔をしてると思う。

 何度も何度も手枷を引っ張ったり叩き付けたりするが、外れる気配はなかった。

 手首の周りに痛みを感じたが、それでも手枷を壊そうと必死になった。

「──ウィルとフィリアはお前の何だ?」

「わらわの家族なのじゃ! 家族を殺されて怒り狂わぬ者がどこにいるのじゃ?! これを早く外すのじゃあ‼」

 そろそろ怒りの余りに頭の血管が切れそうな気がした。

 カチャリと音がして、足音が近付いてくる。

「──落ち着いて聞いてくれ。ウィルとフィリアは無事に自宅に送り届けた。お前を試すために嘘をついたんだ、すまない。これから目隠しと手枷を外すからじっとしていてくれると助かる」

 言われて安堵して、全身の力が抜ける。

 あっ……チョロチョロと流れていく感触がある。わらわの膀胱緩すぎ……?

 先に目隠し、次に手枷を外されて、体が自由になった。

 視界に入ってきたのは、罪人を一時的に隔離しておく地下の独房だった。

 わらわはその独房のベッドに拘束されていたのだ。

「その……なんだ、本当にすまなかったな。前にお前と会った時は会話すらできなかっただろう……? 念の為、ということで拘束させてもらった。お前は仮にも森をあんなにしたのだからな」

 ケイスは言いながら体液塗れの顔と体を拭くためにタオルを差し出してくれた。

 ゆっくりと上半身を起こし、タオルを受け取って顔面が摩擦で消えて無くなりそうなくらい拭いた。

「これは貸しにしておいてくれないだろうか? 今度何かあった時は言ってくれ。必ず助けてやる」

「……こんな辱め、許さないのじゃ!」

「本当にすまなかったと思っている。なんだったら気が済むまで殴ってくれても構わない。町を守る者として当然のことをしたまでなのだから」

 ケイスは深々と頭を下げて謝罪した。

 ──誰かが地下牢を走る足音が聞こえてきた。

 わらわのいる独房の前で人影がズザザっと急ブレーキしてこちらを覗き込むとそのまま入ってきた。

 人影は間髪入れずに頭を下げていたケイスの髪を掴んで頭を上げさせると、そのまま拳で吹っ飛ばした。

 アーマーを着ているのに体が浮くほどすっ飛ばされるケイス。そのまま床に倒れこむ。

「──お兄ちゃん、やめて!!」

 遅れて入ってきたフィリアがもう一度殴ろうとしているウィルの拳にしがみ付く。

「フィリアの命の恩人に対して、なんてことをするんですかあなたは!」

 ウィルの怒鳴り声が独房に響いた。

「………………」

 わらわの為に怒ってくれたウィルを見て、自分自身の怒りなんてどこかに行ってしまった。

 やれやれ、と言わんばかりの表情で鼻からため息をつく。

 ゆっくりとベッドから降り、ウィルとフィリアの前に歩み出る。

「わらわの名はフォルトトロルじゃ。今は住む場所も家族もいないのじゃ。もし二人がよければ、なのじゃが──わらわの家族になってはくれぬか?」

 両手を差し出し、返事を待つ。

 揉み合いになっていたフィリアとウィルは争いをやめ、二人揃ってわらわの手を取ってくれた。

「こんな私たちで良ければ」

「もちろんですよ。えーと──フォルトトロル……???」

 ウィルがなにか思い当たることがあるような顔をしたが、わらわがウィルの口を人差し指で封じた。

 小さくウインクし、黙っていろと合図を送る。

「……これで手打ちにしてもらえると助かるんだがな」

 床に伸びたままのケイスが呟いた。


 独房の中で体を綺麗にしてからフィリアが持ってきた服を着て自警団の詰所を後にする。

 体型的にはフィリアより小柄なのでサイズ感がおかしいが着られないわけではなかった。問題があるとすれば胸元が緩い(フィリアのほうが大きい)くらいだ。

 左にウィル、右にフィリアでその間に挟まれながら歩いていく。

 もふもふが2倍になった尻尾も元気に振りながら、二人と手を繋いで歩く。

 家族の温もりを知らずに育った自分にとって、とても大切な時間に思えた。

「フォルトちゃんと会話できるようになって良かったー。前はまったく言葉が通じてなかったみたいだし」

「わらわも前は何か言われているのではないかとは思っていたんじゃが、人語は音として感じていただけで理解していなかったのじゃ。今となってはこの通り、会話も出来るのじゃ」

 わらわはない胸を張る。

「でも急に背が大きくなっちゃってびっくりしちゃった。前はちっちゃい子供だったのにね」

「それは……わらわにもわからぬのじゃ。狐で四本足で歩いていたと思ったら、あっという間に2本足で今の姿なのじゃ」

 どういう意図で女神がわらわをこの姿にしたのかは理解していない。

 それと、この『のじゃ口調』は自分から言いたくて言っているわけではない。二つの代償というのが永遠に不老とこの口調、といったところなのだろう。いまいち女神の考えていることはわからない。不老というのは願われて叶えるものであって、勝手にされては困る。

「可愛いは正義!! あとでもふもふさせてね!」

 フィリアは獲物を見るような目でわらわの尻尾を見た。

「の……のじゃぁ……」

 尻尾は敏感な場所もあるのでできれば触って欲しくない部分でもある。

「──と、ウィル?」

 独房を出てから、ウィルは何か考え事をしているようだった。

「……フォルトトロル……ってやっぱり、遥か昔に信じられていた『三柱信仰』の『豊穣の女神フォルトトロル』じゃないですよね? 本で読んだことがあります。今となっては衰退してお年寄りからたまに聞く神話レベルの話なんですが」

 ウィルは今までその『三柱信仰』とやらについて考えていたようだ。

「……ふむ……? ウィルは博識じゃの。わらわはその豊穣の女神とやらにこの力と姿を与えられたのじゃ」

 またもや無い胸を張ってみる。

「『三柱信仰』は『豊穣の女神フォルトトロル』と『慈愛の女神ノルチスカ』と『破壊の女神リムルル』の3人の女神を信仰するものであって、時代に合わなくなって廃れたのですよ」

「ふむふむ。女神が3人もおるのじゃ?」

「はい。で、その女神ってのがめちゃくちゃで──『豊穣の女神は大地に新たな実りをもたらす為に競え争え血を流せ』、『慈愛の女神は慈しみと癒しをもたらす為に競え争え血を流せ』、『破壊の女神はこの世の儚さを知るために競え争え血を流せ』っていう教えなんですよ。まあ、僕の意訳も多少なりと入っていますが」

「とんでもねえ女神様なのじゃ?!」

「その教えによってこの世界の土台が形作られたことは誰でも知っているんです。でも、戦争はいかがなものかってことで忘れ去られそうになってますが」

 ウィルの話を聞いてちょっと複雑な気持ちになってしまう。

 わらわは女神というのだから世間一般に広く受け入れられているものだとばかり思っていた。でももう女神の力が与えられてしまったのでどうしようもない。今更要らないですなんて返品できない。

「豊穣の女神は商業と農耕全般の神としても知られてますね。こちらは今でも商会とか農家で神棚に像を作って崇める風習が残っています。九尾を纏う狐だったり、九尾を纏う女性だったり、とにかく九尾が一種の記号として用いられていますね」

「もしかしてフォルトちゃんも九尾になるのかな?」

 フィリアの顔はにやけて涎が垂れていた。知らない人が見たらアブナイ女の子だ。

「フォルトちゃん、今日からブラッシングさせてね?! 九尾になるまで──九尾になってもブラッシングさせてね?!」

「の、のじゃぁ?!」

「「「ハハハハハ……」」」

 わらわはこんな小さな幸せで良かった。こんな温もりが有って、共に笑い合える家族がいて、美味しいご飯が食べられる。

 狐として野山を駆け回っていた頃にはすべて得られなかったものだ。

 今だけは豊穣の女神に感謝しようと思う。


 家に着いて、わらわは早速自分の寝床である毛布に飛び込む。

 もふもふが毛布を求めて何がいけない。

「そうだ。後でフォルトちゃんの服を買いに行かない? 私の服だとサイズが合わないみたいだし」

 肩がはだけているのを見て、フィリアが言う。

「今日はもうどこにも行きたくないのじゃ。ここでぬくぬくするのじゃ」

「じゃあ、明日服屋さんとギルドに行きませんとね」

「服屋はわからなくもないのじゃが、なぜギルドなのじゃ?」

「これですよ」

 ウィルが何やらジャラジャラ音がする袋を取り出してわらわに渡した。

「スターベア討伐の報酬です。フォルトが倒したやつの」

 袋を開けると、中には金色に輝くコインが数枚と銀色に輝くコインが数枚入っていた。

「あのまま町に到達すれば甚大な被害が出ていたのは間違いなかったようで、自警団とギルドからの報酬です。あと、ギルド登録すれば、国が保証する身分証明書になります。このカードがそうですね」

 ウィルがカードを差し出してきたので、受け取って眺める。

 左上に顔が写り込んでいて、名前と職業と性別と年齢とランク等が書かれていた。

 『ウィル・レガリス、職業:ハンター、男、18歳、ランク:E』とだけ書いてあって、下に大きな空欄があった。

「うむ? ずいぶんと簡単なカードなのじゃ?」

「一応、魔法によって作られているものなので、一般人には複製も偽造も不可能な代物なんですよ」

「空欄が大きすぎるのじゃ」

「あーそれは……」

 ウィルは恥ずかしそうに頭をぽりぽりと掻いた。

「えーとですね、その欄は加護があったり特別な能力があったりすると追加されますかね。僕にはないので何も書かれていません」

「ふむふむ?」

 まさかとは思うが、わらわがこのカードを作ったら女神関連の加護で埋まってしまうとかないのだろうか?

「ほら。私のは書いてあるよ!」

 フィリアのも受け取って眺めると、名前その他の下に『薬草鑑定』という表記があった。

「えっへん」

 わらわ同様に無い胸を張るフィリアは誇らしげだった。


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