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五話 元βテスターの噂

 Mobが1匹の所を狙えば大丈夫。

 そう思っていたさっきまでの自分に説教をしてやりたいと、アリサは自分の愚かさを呪った。

 目の前では多くのプレイヤー達が、それぞれのパーティに別れて、沸いた瞬間のMobを取り囲み我先にと倒していた。

 そこに自分が入り込む余地など無く、Mobに近づく事すら出来ない状態だった。

 今考えれば当然の事だ。

 《始まりの街》でお金に困っているのはなにもアリサだけでは無い。宿代だけでもお金が足りなくなっているのだ。他にも良い食事が食べたい。服を買いたいと考えるプレイヤーは多いだろう。

 アリサ自身も、毎日味の薄く硬いパンと水のみの食事や、二ヵ月間同じ服を着ていること、何よりお風呂に入れない! といったように、現実の世界での生活とのあまりに違う現状にかなりのストレスを感じていた。

 ならば自分がMobを倒してお金を稼ごうと考えるのは自然な事だ。命がかかるとは言え、あの様に仲間と囲んで倒せばかなり安全に倒す事が出来るだろう。

 しかしそのせいで《始まりの街》周辺のMobは独占され、狩り尽くされていた。このままではアリサが一人でMobを倒してお金を稼ぐのは難しい。

 どうすれば……。

 あのパーティのどれかに混ぜてもらえば……。いや、今までアリサは日本語が話せない事にしてナンパなどの面倒事を回避して来たのだ。

 あの人達にはきっと英語やロシア語では通じないだろう。混ぜてもらうには日本語で交渉しなければいけない。日本語を話し、彼らに借りを作ってしまうのはこれからの生活に支障が出てしまう可能性が高い。

 アリサは他に沸いたMobを狩る事に熱中しているプレイヤー達を眺めながら、再び途方にくれるのだった。


「お前ら邪魔だ! 今から俺達がその場所を使うんだからどくんだ!」

 少し離れた狩場で、いきなり現れた若者が率いる4人の青年パーティが、今まで狩りをしていた中年パーティ6人に突っかかっていた。

 中年パーティよりも青年パーティの人達の方が明らかに良い装備をしているのが素人のアリサでもわかった。

「邪魔って……。俺たちが先にこの場所を取ったんだから終わるまで待てよ」

 青年パーティのいきなりの命令に、中年パーティのリーダーらしき人が抗議するが、青年パーティの人達はニヤニヤしながら余裕の態度を崩さない。

「なんだお前ら、俺達に逆らうつもりか? 言っておくが、俺達は全員元βテスターなんだぞ」

 青年パーティのリーダーと思わしきキザったらしい茶髪の少年が、元βテスターの名を出した瞬間、中年パーティのプレイヤー達は全員ゲッという顔をする。

 その様子を見た茶髪の少年は気分を良くし、そのまま中年パーティに詰め寄る。

「俺達にはテルさんが付いているんだ。この意味が分からないほど馬鹿じゃないだろう? 俺がテルさんにチョロっとお前達が調子に乗っていると伝えればどうなるかな?」

 最早脅しとも取れる少年の言葉に、中年パーティのリーダーは拳を強く握り怒りを露わにしながらも渋々引き下がり、それに習う様にパーティも《始まりの街》へ帰っていった。

 青年パーティはその後何事も無かった様にMobを狩り始める。

 まるで自分達の今の要求が通るのがさも当然の事の様に……。

 その一連の流れを見ていたアリサはその場での狩りを諦め、青年パーティに絡まれない様に注意しながら早足でその場を去った。


 《始まりの街》周辺の草むらから少し離れた森の中、アリサはズカズカと奥へ進んで行く。その背中からは怒りのオーラが滲み出ていた。

「なんて最低な人達!」

 その怒りの原因は言わずもがな、先程の元βテスターと名乗った少年達との一件だ。

 さっきの様なことは今日だけではない。《始まりの街》の中でも彼等の様な元βテスターと名乗る人達は威張り散らし、他のプレイヤーをビギナーと呼び見下している。

 そんな事をする彼等は誰一人、自分達の行いに何の罪悪感も抱いていなかった。

 元βテスターだから。

 たったそれだけの理由で真面目にプレイしている人を押し退け、自分達はどんな事をしても許されると思っている。

 そのことがアリサはどうしても許せなかった。

 しかし自分は彼等に対して立ち向かう事が出来ない。そんな無力な自分にも怒りが湧く。

 森の中を進みながら、昼間広場であったナンパ男の言葉を思い出す。『二ヵ月前に俺ら見捨てて出てったβテスターの奴ら、アイランドボスにボロ負けしてのこのこ帰って来たと思ったら、今度は此処で威張り散らしてるんだもんねー』

 彼等の行動はまさにその通りだ。

 《始まりの街》を少し歩いていれば元βテスター達に対する悪い噂などは嫌でも聞こえてくる

 

 二ヵ月前、このSCOの世界がデスゲームになったあの日、元βテスターと呼ばれる属に言うこのゲームの体験版の様なものをプレイしたことのある人達は、自分達ビギナーと呼ばれる初心者を見捨て、早々に《始まりの街》から出て行ったそうだ。

 ビギナーの人達が現実を受け入れ、本格的に攻略に乗り出すのに約一ヵ月を要したその間に、元βテスター達はレアなアイテムなどを独占し、レベルの差もビギナー達に比べて相当な差が付いていたらしい。

 更に元βテスターが次々と解放していった街などは、彼等が広場のテレポーターと接続し自由に行き来できる様にしたのだ。

 それが僅か二ヵ月で3000人ものプレイヤーが死んだ大きな原因となってしまった。

 自分達を見捨てた元βテスター達にかなり遅れている事に焦ったビギナーが、先程の様に《始まりの街》周辺のMobが狩り尽くされている事に焦れて、次の街で狩りをしようと考えたのだ。

 彼等がしてきたゲームでは、たとえレベル1だとしてもレベル3.4程度のMobなら倒せない事は無かったらしく、少しでも遅れを取り戻そうとしたプレイヤー達が次の街へ移り、そこの狩場が埋まれば更に次の街へと移動していきを繰り返した結果、手強いMobに遭遇して死んでしまったプレイヤーが大量に発生する結果となってしまったらしい。

 彼等が簡単に命を落とした原因としては当時、自分達が知らなかった痛覚も関係が大きい。

 アリサ自身も含め、現実での自分達は痛覚に対しての免疫がかなり少ない。その為、突然の痛みに対して動けなくなる人も多くいたらしい。

 その情報を元βテスターの人達が教えてくれてさえいれば、此れ程犠牲者が出ることもなかったかもしれないのだ。

 ビギナーよりもずっと先を進んでいた元βテスター達も、この島の最後のボスであるアイランドボスに大敗北をしたらしく、それによって心を折られた彼等は《始まりの街》に逃げ帰り、自分達が他よりもレベルが高くいい装備をしているのをいいことに、戦えず《始まりの街》に留まったプレイヤー達に対して威張り散らし優越感に浸っているのが現在の状況だ。

 その彼等が威張っていられる原因となっているのは他にもある。

 さっきの青年パーティのリーダーが口にした【テル】と言うプレイヤーだ。

 なんでも元βテスターの元締めで、彼等の機嫌を損ねる事をしたら報復に来るらしく、人殺しにも手を染めているという噂まであるのだと元βテスターの人達が自慢げに話しているのを聞いた事がある。

 真っ白なコートに身を包んで、身の丈程の大きさの幅広な大剣を持つその姿は、まさに死神の様だと言う。

 テルと言う人物が行なった悪行などは全て噂でしか聞いた事がないが、彼も元βテスターでありまとめ役である事は確実らしく、現在の《始まりの街》で元βテスターが起こしている問題を野放しにしているという点でもろくな人物ではないだろう。

 まぁ自分がそんな人物と関わり合いになる事なんてまずないだろうが……。


「……あれ?」

 そんな事を考えている間に随分と森の奥深くまで来てしまった様だ……。

「確か……こっちから来たはず……」

 迂闊だった。

 怒るあまりここが《圏外》だという事も忘れて、ついつい街の中と同じ調子で森の中を徘徊してしまっていた。

 元βテスターの事など呑気に考えている場合ではなかった。青年パーティから少しでも離れたいと思って入った森の中だが、こんな奥深くにまで入るつもりではなかったというのに……。

 急いで戻らないと夜になってしまう。

 結局1匹もMobを狩る事が出来ず、何をしに来たのかわからない様な結果となってしまったが……仕方がない。

 今日は《始まりの街》のベンチか何かで夜を明かし、明日の朝一でプレイヤーが集まる前にMobを狩るしかない。

 徹夜などしたこともなかったが、一日眠らないだけなら大丈夫だろう。

 そう思い元来た方向へ戻ったつもりだったのだが……。


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