十六話 信じる心
ボスの体力ゲージが赤く染まり、バーサーク状態になってから、テル達との交戦は5分間経過していた。
「ふー……」
俺は体力回復に努めながらそっと息を吐く。
バーサーク状態に入ってから、俺とコウは再び防御に徹したが、ハルの方も攻撃頻度が少なくなっている。
それでもボスの体力は確実に減っていき、《CC54》まで継続出来ているのはセナのおかげだ。
CCの継続時間ギリギリに魔法による攻撃を行ってくれている。
「テル!」
消耗したコウがボスの攻撃を捌きながらこちらに下がってくる。
「いけそうか?」
「ああ。セナのおかげで“削りきれそうだ”」
アリサも危険を犯して戦ってくれてる事だし。
「そろそろ終わらせよう」
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「はぁ、はぁ、はぁ……うっ」
目の前で炎が広がり、アリサは熱風から顔を庇う。
ボスの体力ゲージが赤くなってから、アリサは全く戦いについていけなくなった。
ボスの攻撃は今までよりも鋭さを増し、明確な隙と呼べるものが少なくなった。
そして、アリサではその隙を狙うには未熟過ぎた。
先程からハルが1人で攻撃をしており、アリサはボスの攻撃範囲から離れているように念を押されたのだ。
明らかに、先程からハルやテル達の顔つきや動きが変わった。
ボスの攻撃が激しくなっていく中、CCを一度も途切れさせていないのだ。
それだけで、自分がどれだけ足を引っ張っていたのかがはっきりと分かってしまい、アリサは悔しさに歯痒さを覚え る。
この悔しさを覚えておこう。いつか彼等に追いつけるように。
そしてしっかりと目に焼き付けよう。目標とする人達の姿を。
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ドゴォォン
セナの魔法がボスに命中すると同時に、俺はコウとスイッチして入れ替わる。
ボスが俺の接近に気づき、迎撃態勢に入る。
ハルはその隙を見逃さない。
ボスが背を向けた瞬間、即座に反応し斬りかかる。
CCが60を超えているにもかかわらず、1人がボスに与えるダメージは微々たるものだ。
体力ゲージが残り少ないとは言え、残りのゲージを削り切るにはまだまだ時間がかかる。
通常では……だが。
ボスがハルの攻撃に仰け反る。俺はその間に間を詰め、大剣を引き抜き構えた。
この技の発動には時間がかかる。数字にすればほんの僅かな時間。しかし戦闘においては決定的な隙だ。
ボスはその隙に俺に金棒を振り下ろすが……。
ガギィン
回復がまだ途中な筈のコウがボスの攻撃を盾で防ぐ。
再びハルが斬りかかり、ボスの顔面に魔法が降り注いだ。
「ぐっ!」
しかしボスは攻撃に怯まず、金棒を横から振り回し、コウを盾ごと吹き飛ばした。
間に入る邪魔者がいなくなった事で、ボスはニヤリと不敵に笑う。
「充分だ」
大剣が白く、今までよりも一際強く光り、そこから繰り出された斬撃は、ボスの攻撃を置き去りにし、その巨体を一刀両断にした。
《斬鉄剣》と言う名のこの技は、先程まで俺達が使っていた攻撃スキルとは少し違う。
奥義スキル
レベルが20以上になってから初めて使える技。そしておそらく、今現在この世界では俺しか使えない技でもある。
時間が必要な割に、攻撃自体はそれ程の威力は無い。
奥義スキルの真の効果は別にあり、攻撃がヒットしたモンスターに、“溜まったCCの数値に応じて追加ダメージを与える”事にある。
《オーガロード》の身体がビクリと震え、その生物の断末魔と言える様な叫び声を上げ、このダンジョンの主は消滅した。
《CCフィニッシュ》と言う、CCに続いてこのゲームの重要なシステムの1つ。
CCに左右され、発動すればCCの強制リセットが発生すると言う代償を持つが、その威力は個人で繰り出せるダメージを遥かに凌駕する。
《CC62》から発生した追加ダメージが、ボスの残りの体力を充分に削り切ったのだ。
目の前に勝利を知らせる様に、獲得経験値やドロップアイテムが表示されてから、俺達はふーっと息を吐き、地面に座り込むのだった。
ボスを倒した事によって、ダンジョンの最後の仕掛けが作動し、俺達を入口にまで転移させた。
空は既に暗くなっており、ダンジョンに丸1日篭っていたことが分かる。
「はー。終わりましたねー」
ハルが1日ぶりの夜空を見上げ、ぐっと身体を伸ばす。
「そうだな。久しぶりのボス戦で疲れた。早く街に帰ろうか」
俺達が街に向かって進む中、その場から動かない者が1人。
「どうしたアリサ。まだペナルティー残ってるのか?」
「え、いや……私は」
俺の問いかけにアリサは言葉に詰まる。
「こら!」
「……ッテ!」
俺の頭をハルが叩いた。
「先輩はいつもいつも言葉足らずなんですよ。ほら、アリサさん。一緒に行きましょう」
そう言ってハルがアリサに手を差し伸べる。
「付いて行ってもいいんですか?」
それは誰に対する問いかけだったのだろう。俺やハルに向けた言葉にも聞こえるし、アリサが自分自身に向けた言葉にも思えた。
「当たり前だろ」
それでも俺は、その言葉を肯定した。
「つい昨日。偶然出会った仲だけど、それでも一緒に戦った仲間だろ。終わったら即さよならなんて、俺達が傷つくわ」
これは本心だ。アリサを仲間として迎えたい気持ちもあるが、彼女がそれを拒もうと、これからも関係を築いていきたいと俺達は思っているんだから。
「え……?」
ハルが驚きの声を上げた。
アリサの頬に一筋の涙が流れていたからだ。
「ありがとう……本当にありがとう」
身体が震え、座り込み涙するその姿は、ダンジョンで見せた未知の世界に挑む勇敢な彼女ではなかった。
この世界で、自分以外信じる人が居ない状況は、どれ程彼女を苦しめていたのだろう。
たった1日。アリサと一緒にいた時間は短かったが、それでも彼女の人にすぐ頼らない気高さや、その前向きな性格は見てきたつもりだ。
もしかしたら、あれは誰も信用出来ない状況が生み出した、彼女の防衛手段だったのかもしれない。
だとしたら、俺はアリサにとてつもない無理を強いてしまった事になる。
こんな、自らの涙を他人に見せてしまう程、彼女は一杯一杯だったのだ。
その事に俺は気づくことができていなかった。アリサの能力や今後の事にばかり目を向けて、肝心な心のケアが出来ていなかった。
元々アリサは、こんな世界とは無縁の人間なのだ……。
だから、俺達がアリサの居場所に、信頼できる存在になろうと思った。もう無理をしなくてもいいように、少しでも安心出来るように。
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……泣いてしまった。
初めて男性に涙を見せてしまった。
しばらくして、テル達に促され街に戻る中、アリサはうわぁぁぁと項垂れ叫びたいのを必死に堪えていた。
こんな自分でも、彼等は迎えてくれたのだ。
その事が分かった瞬間、今まで溜め込んでいた者が一気に溢れてきた。
それだけ自分は人を信用出来なかった。
みんな上部だけの関係で、他人に話を合わせているだけだと知っていたから。
裏でまた別の他人に、その人の悪口を言って盛り上がる様な友達しかいなかったから。
だからアリサは他人に心を容易に開けず、信じられなくなった。
「アリサとハル。早く行くぞー」
「先輩早いです! 全く……アリサさん。行きましょう」
でもこの人達となら……。
今度こそ心を開けるかもしれない。
もう一度信じてもいいかもしれない。
その為に強くなろう。
まだまだ足手まといだけれど。
ゲームの知識や経験なんてまるで無いけれど。
それでも、彼等と出会ったこの世界では、対等で在りたいと思うから。
「今行きます!」
アリサはテル達の下に、勢いよく駆け出した。
今回のお話でSCOは一区切り……と言うか終了となります。
一応ゲームクリアする場面までは考えていたのですが、元々VRMMO系の作品を書いて見たかっただけだったり、私の力不足からゲームクリアまでの過程が広くなり過ぎてしまいこの様な俺たたエンドとなってしまいました。
次は異世界転生ものに挑戦してみようと思っていますが、需要があったり、続きを自分が書きたいと思ったら書くつもりです。
ですが今は未定の為、当初の予定であったこの話をもって完結とさせていただきます。
今までご愛読してくださった皆さん誠にありがとうございます。
もう1つの作品である「最後に幸せだったと言えるように」の更新や次回作をもうしばらくお待ちください。