十五話 ボス攻略
門が開く
本来なら複数のパーティが入る事を想定したのであろう広い部屋の中央。
《オーガロード》という名のダンジョンの主が、俺たちを視認し咆哮する。
「おっしゃ! 戦闘開始!」
掛け声と共にハル達も走りだし、本日2回目のボス戦が始まった。
『やっぱり1番厄介なのはあの爆破する炎魔法だよな』
『範囲が広いですからね。前衛だとまず躱せませんよ』
ボス部屋前の広場で、テル達は1度目のボスとの戦いで得た情報から対策を立てていた。
『うちの炎魔法特化にしてる魔法使いよりも火力高いしな』
テルの言葉にピクッとセナが反応した。
『まぁボスですし、しょうがないんじゃないですか』
『今更だけど、炎魔法って効く相手結構限定的じゃね?』
『あ、言われてみればそうかも』
『あんたらうっさいわね! 燃やすわよ!』
炎魔法はこだわりなのか、テルとハルにセナが反論する。
『冗談はともかく、あれはヘイト値が高い奴に向かって打つみたいだから、俺かコウに誘導できる。モーションがわかりやすいし、構えた瞬間直ぐにターゲットされた奴から離れて、カケルはそいつにバフ集中な。他の奴らは隙だらけなボスに攻撃で』
『了解』
真っ先に返事をしたのはコウだ。自分が痛みを伴う作戦を伝えられても、その表情はテルと同じく迷いがない。
ハルやセナ、カケルは少し複雑な表情だった。
だからだろうか。こんな事を考えてしまったのは。
「あ、あの!」
アリサの発した言葉はテル達の目を丸くさせた。
ドゴォォォン
「…………ッ!」
何度目か分からない爆破をその身に受け、盾にした大剣ごと“真紅のコート”を纏う俺は後ずさる。
すぐさま身体が淡く光り、半分近く減少したHPゲージが回復していく。
魔法のターゲットはこれまで予定通り、コウと俺に誘導できてる。
コウ程の防御力が無く軽装な俺は、大剣で防御しようとも、ボスクラスの魔法ではHPゲージの半分は削られる。
しかし今、全開じゃない状態で受けても、俺のHPゲージは半分を切っていない。
それは俺の装備のおかげだ。この装備は特別防御力が優れている訳ではないが、カラー変更をすることによってその効果が変化する。1の島のエリアボスだった、カメレオン型のモンスターのLAボーナスで得たアイテムだ。
さっきまでの白から、真紅に染まった今の装備は物理防御力こそ変わらないが、炎属性に対しての耐性ボーナスが付与される。
俺がパーティで2番目のタンクとして機能しているのはこの装備のおかげでもある。
だが、いくらダメージを減らそうと痛みは発生する。
ダメージを受けた身体中が火傷を負ったような痛みが俺を襲う。
痛みはいつになっても慣れる気がしないな。
その痛みはカケルがかけてくれた回復魔法によって、HPが回復するにつれ引いていく。リアルな痛みに対して非現実的な回復を体験するのは、とても不思議な感覚だった。
オーガロードの攻撃は現在コウが防いでくれている。1回目と明確に違う点は2つ。攻撃パターンを把握したことにより俺が守りにのみ集中せずに、攻撃側にも回れること。……そして。
「せぁっ!」
「はぁっ!」
オーガロードの攻撃をコウが捌いた隙に、ハルと“アリサ”がスキルによる攻撃を行っていた。
『私も、ボス攻略に参加させて下さい』
あの時、俺も含め誰もが否定し説得しようとしたが、アリサの意思は固かった。
アリサのレベルは6。そして《オーガロード》のレベルは15だ。
安全マージンすら取れていない、魔法であれば1撃でHPが吹き飛ぶ恐れすらあるレベル。
本来なら、アリサは部屋にすら入らず、外で待っているべき人だ。それでもボス攻略に参加してもらったのは、これからのためにボスとの戦いを経験して欲しかったことともう1つ、後衛に待機してもらえるなら守りきる自信があったからだ。
だが、前衛に出て攻撃に参加したいと言い出すのは全くの予想外だった。アリサは俺たち同様ボスの攻撃パターンを把握していて、攻撃するタイミングや立ち回りはハルに任せてあるが、いざという時は身体を張って守らなければいけない。
不安と同時に、この戦いが終わったら彼女はどれだけ成長することができるのか、そんな期待をしている自分がいた。
『攻撃のタイミングは私に合わせて下さいね』
ボス攻略に参加させてもらう条件として出されたのは、ハルの言うことに従うことだった。
『いいですか。アリサさんには今のレベルで装備できる1番強い装備を渡しています。これで2、3レベルは底上げ出来るはずです』
アリサは今、テル達に貸してもらった装備を身に付けている。あくまで動きやすさ重視で、着けている鎧類はテルと同じ様に手甲、胸当、臑当のみだが、さっきまで装備していた初期装備とは比べ物にならないほどの頑丈さを感じる。剣は重みを増し、その刃は鮮やかに輝いている。
『はい。あ……うん。本当に何から何までごめん』
その際、貸し借りする仲なんですし、敬語なんて堅苦しいのはやめて下さいと言われた。
ハルは自分より年下だからか、変わらず敬語のままなのが少し複雑だ。
『気にしないで下さい。それよりも、私達軽装のアタッカーが1番注意しなければいけないのは敵の攻撃をもらわないことです。アリサさんは勿論、私だってボスの攻撃をまともにもらえばただじゃ済みません』
アリサは改めてハルを見て、鎧らしき物は一切装備していない事に気付いた。
『1撃で構いません。確実に反撃を受けないというタイミングでしか私達は攻撃を基本的にしてはいけないんです。1回目はあくまで見極めるための下見。2回目から私達の役割はより重要で、忙しくなります』
なるほど。とアリサは呟く。テルやコウが作った隙に乗じてのみ攻撃を仕掛けた1回目に加え、見極めた攻撃パターンから最適なタイミングで隙をつければ、その攻撃力は単純に跳ね上がる。
頷くアリサにそれと、とハルは言葉を付け加える。
『ボスとの戦闘ではCCが発生します』
『CC?』
初めて聞く単語にアリサは首を傾げる。
『1回目の時も一応出てたんですが……簡単に言うと、ボスに対してスキルの攻撃を連続で当てると発生するダメージボーナスです。CCが増えるほど私達の与えるダメージが増加しますが、その分CCを維持するのが難しくなります』
『コンボとして判定のある時間が短くなるのね』
そうです。とハルは頷く。
『戦闘中はCCをできるだけ切らさないようにしますが、あまり繋げることに集中しないで下さい。あくまで安全に攻撃出来るタイミングのみに仕掛けます。私達が近づけない時はセナさんが魔法で攻撃してくれるので巻き込まれないように』
初心者なアリサに分かりやすく丁寧なハルの説明に、アリサは力強く頷いた。
「パターンAです。次、大振りが来たら行きますよ」
「うん」
もう何度目になるか分からない。ハルの合図で2人は近づき、それぞれのスキルを放つ。
ハルは足が速く、アリサよりも先にボスに肉迫し、攻撃を仕掛けた。3回、4回と1度のスキルでボスの巨大な身体に複数の斬撃が走る。
アリサも負けじと、追いつくや否やスキルを放った。《スラッシュ》と同じ軌道を高速で刃が走り、振り切った体勢から折り返すように再び斬りつける。熟練度が上がったことで習得した2連撃攻撃スキル《デュアルスラッシュ》だ。
「グオォォォ」
ボスが悲鳴をあげると同時にボスのHPゲージがほんの僅かに減少した。
アリサ達はその場に長く留まらず、すぐさま退避する。
走るアリサ達の背後から爆音と熱気が飛んでくる。セナによる魔法の攻撃だ。
ちらっと、アリサは振り向きざまにボスを見る。
《CC24》と表示されている《オーガロード》のHPゲージは既に黄色で、もうひと押しで赤に突入するところだ。
CCは3度ほどリセットされていた。恐らくハルが攻撃のペースを自分に合わせているせいだろう。
見ていれば分かる。ハルのスピードなら、攻撃に踏み込めるタイミングは他にも沢山あった。
アリサは再び自分が彼等の足手まといにしかなっていない事を自覚する。
だからどうした!
そんなことは承知の上だ。技術が足りないのなら学べ! 足手まといになりたくないのなら成長しろ!
今じゃない。これから先、彼等と共に戦えるように。
ここまでの攻略はほぼ予定通り。
ボスのHPゲージが赤くなった時、予定など無い、パーティの自力が試される。
アリサは知りたかったのだ、彼等の見ている景色を、歩んで来た道程を。