十三話 フラストレーション
ダンジョンの冷たい床の上で、俺は正座させられていた。
これが土下座などではないことからいくらかマシな様に思えるが、自分よりも年下の少女に正座を強要され、説教をされている時点で、先輩としての威厳などあったものではない。
心境的には道端で電話越しに、見えない相手に向かって頭を下げている所を家族に見られた父親の気持ちである。
「そもそもなんでアイランドボス戦の後、一人だけでパーティを抜けたんですか! LA持っている自分と一緒に居れば私達にも迷惑が掛かるとか、ラノベ主人公みたいな発想にいたっちゃいましたか! ほんとアホですね! 貴方が主人公なんかに成れる訳ないでしょう! 私達がどれだけ心配したと思ってるんですか!」
絶叫。絶叫である。
こいつめ、今までかなりフラストレーションを溜め込んでいた様で、先程までアリサ達を起こさない様に声を抑えていたことも忘れ、一転ボリュームMAXだ。さらりと俺を罵倒することも忘れていない。
「それになんですか! いきなり呼び出したと思ったら、アリサさんみたいな美人と二人きりで居るって! 嫉妬するに決まってるじゃないですか!」
思わず耳を塞ぎそうになる程の大声で、ハルは溜めに溜めたフラストレーションを吐き出す。
ハルはいつも俺の前で以外は不満を表には出さない。だからストレスが一定値を超えると、今の様に癇癪を起こす。ハルが溜めたストレスの捌け口となるのは俺の役目だ。何も今じゃなくてもと思うが……今回は全面的に俺が悪いのでなんとも言えない。
これアリサ達起きちゃうんじゃね。
そう思い、チラリとアリサ達の方を見たら、驚いた。
ハルの大声に全く反応せずに熟睡を続けるアリサの大物っぷりもそうだが、その奥、セナ、コウ、カケルが揃いも揃って両手で耳を塞ぎ、俺に背を向けているのだ。
なんてことだ! あいつらずっと起きてやがった! 今までの会話を聞かれていたならかなり恥ずかしいんだけど。
俺が顔を塞いでうずくまりたい衝動を必死に抑えて、ハルのお説教を、朝になるまで受ける事になった。
「うーーん」
アリサは寝袋から出て、大きく身体を伸ばす。
なぜだろう。今までで一番よく眠ることが出来たような気がする。
寝袋の寝心地が予想以上に良かったからだろうか。それとも、ナンパ目的以外の人と触れ合ったのが久しぶりだったからだろうか。もしくは、彼等との関わりが心地良かったからだろうか。
何にせよ、この世界に入ってからストレスしか感じなかった為か、未だダンジョンの中で、油断していると自分の身が危ない状況であるにも関わらず、こうもスッキリとした朝を迎えられたのはアリサにとっては嬉しい事だった。
その事とは別に、アリサは起きてから気になっていることがあった。
「テルはどうしたんですか?」
上の層に続く階段のすぐ側で、何やら正座したまま、燃え尽きた様に項垂れるテルと、目の下に小さなクマを作りながらも、昨日よりかなりご機嫌なハルがいた。
「あーあれ。気にしなくていいわ。テルの自業自得だから」
少し眠たそうなセナがアリサに話しかける。
「あ、セナさん。おはようございます」
「おはようアリサ。よく眠れたみたいね」
「はい。お陰様で。ありがとうございました」
アリサはセナに深く頭を下げる。
「いいのいいの。……むしろよくあんな状態で寝れたわね」
「?」
セナが最後にボソッと呟いた言葉を、アリサは聞き取ることが出来なかった。
「あ、そうだ。寝袋をテルに返さないと」
アリサは寝袋をたたみ、未だ項垂れるテルの下に行った。
「あの。テル。寝袋ありがとうございます」
アリサが近づいた事に今気づいたのか、テルがゆっくりと顔を上げる。
「ああ。アリサ。おはよう」
「おはようございます。寝袋ありがとうございました」
アリサはテルに寝袋を返そうとするが……。
「いいよいいよ。それはアリサにあげる」
「え、いや、そういう訳には。そこまで迷惑をかけれないです」
「俺らからしたら、それはたいして入手が面倒なアイテムなわけじゃないし、アリサがこれからも使う機会があるかもしれないからさ。まぁ受け取ってよ」
「……」
アリサは寝袋を受け取る事に抵抗があった。
今まででもかなりお世話になっているのだ。それに対してアリサは彼等に何も返す事が出来ていない。
そこから更にアイテムまで恵んでもらったら、こう……何もしないくせに学校の課題なんかを大して話もした事のない人に、写させて貰っている人になったみたいで、人としてどうなのかと思ってしまう。
「ああ、俺の使い古しが嫌だったら新しいの渡すけど……」
「あっ! いや、そんな事は……いただきます」
ああ……貰ってしまった。
何故か朝から疲労度がピークに達しているテル。
その様子はかなり落ち込んで見える。
「テル。いつまでもへこんでないで、昨日の続きを始めるぞ」
「そうですよテルさん。気を取り直して攻略を再開しましょう」
見かねたように、コウとカケルがテルを励ましに来た。
「お前らに分かるか。後輩に説教を長時間される俺の気持ち。結構メンタルにくるぞ」
テルが項垂れながらも答える。
「年下に説教される事なんざ、社会に出たら嫌ってほどあるぞ」
「まじか。その一言で社会に出たいと言う意欲が一気に失せるな」
「こうやってニートが増えるんっすよねー」
コウ達と会話をするにつれて、テルの表情が少し柔らかくなった。
「ほら先輩。元気出して! ファイト!」
「おかしい。お前に励まされるのが一番おかしい」
それから数分後にはテルが復活し、攻略を再開する事になった。
後から聞いた話だが、昨日自分が眠った後、ハルの逆鱗に触れて、朝まで説教を受けていたのだと、アリサにセナが説明した。
四層目
昨日と同じ様に、出来るだけダンジョン全体をマッピングしながら進む俺達だったが、その作業には、昨日と明確に違う点があった。
「はぁっ!」
流星の様に流れる軌跡が、ブルーオーガの身体に目にも留まらぬ速さで突き刺さり、その一撃によってブルーオーガは消滅した。
「は、速!」
隣で見ていたハルが驚きの声を上げる。
そう、アリサも戦闘に参加しているのだ。
アリサの現在のレベルは6、このダンジョンで決して油断のできる様なレベルではないが、ブルーオーガ限定で、俺達がアリサのサポートに徹すればその限りではない。
アリサは昨日の時点でオーガの攻撃パターンは全て把握しているし、その立ち回りも見ている。反撃の心配の無い、確実に攻撃を当てるタイミングを掴むのに、そう時間はかからなかった。
始めこそ緊張していたのか、上手くスキルを使えなかったみたいだが、三回、四回とこなすにつれ、その剣撃は俺と初めて出会った時の様に冴えていた。
しかし、流石に初期装備のまま戦闘に参加させるのは危険すぎるので、動きやすさを重視した、胸当などの防具を身に付けさせており、持っている剣も《ブロードソード》から《アイアンソード》に変えている。
寝袋と違い、装備品は高価な物だからと、アリサが強く拒んだので、一時的に貸していると言った形だ。
アリサは剣を両手で持つ癖がある様で、両手剣にした方がいいか悩んだが、それはおいおい考えていけばいい。
片手用直剣と言っても両手で持てるし、モーションさえ大きく崩さなければスキルだって発動する。
無理に慣れていない両手剣に変える必要は無いのだ。
大してダメージを与えられないものの、複数回戦闘を行う事は、この世界においてかなりの自信に繋がる。
少しでも俺達と居るうちに、戦う事に慣れてくれればいい。そうすれば、彼女の生活はこれからガラリと変わる。
慣れれば余裕が生まれ、余裕があれば視野が広くなる。アリサの能力は、これからどんどん伸びていくだろう。
その成長が、俺はとても楽しみだった。