十二話 パーティの形
三層から四層に続く階段前の広場。
ダンジョン内における安全地帯と呼ばれる場所でアリサ達は休息を取っていた。
「つまり、アリサさんが受け取っていたお金は初心者救済用の一時的なもので、それは一定額を超えたら受け取れなくなるんですよ」
アリサの隣で質問に答えてくれているのは、アリサを助けてくれたテルのパーティの一人。ハルという少女だ。
ダンジョンに入る前に少し話したが、改めて見るとその容姿は可憐だった。
白いリボンで後ろにまとめた綺麗な黒髪、彼女が身に纏う服。袴は赤、上に白と紅白組み合わせで仕立てある。
中学生ぐらいだろうか、幼さを残した顔や、彼女の無邪気な性格とは反対に、その容姿は大和撫子のような落ち着いた印象を受ける。
「日本人として話しかけてくるナンパがしつこかったのは、アイテムで髪の色なんかを変えることが出来るからですね。あんまりしている人は見かけませんが、アリサさんもそういう人だと思われたんだと思いますよ」
休憩中、アリサはハルからこの世界、ゲームについて知らないこと、疑問に思っていたことを聞くうちに、彼女とはある程度打ち解けつつあった。
それはハルが積極的にアリサと会話をしてくれた事や、彼女自身が接しやすい性格をしている事も大きい。
ここに来るまでの道のりはとても賑やかなものだった。
ハルが好奇心のまま行動し、カケルがその行動を慌てて止めに入ったり、セナやコウが時には補助にまわったりし、最終的にテルがみんなをまとめる。
それはとても楽しそうで、明るくて、眩しかった。痛みがある事や、命がかかっている事をつい忘れるほどに。
きっとこれがこのパーティの形なのだろう。
個々の足りないところをお互いが補い合っているこのパーティは、たった数時間、一日にも満たない短い時間しか入っていないアリサにとっても、とても居心地が良かった。
「二人とも、そろそろ寝ろよ。明日の朝には攻略再開するからな」
「フッフッフッ。先輩甘いですね。ガールズトークはこれからが……って、セナさんもう寝てる」
アリサ達は寝袋に身を包んでいる。
もちろん、アリサの寝袋はテルが貸してくれた物だが、この寝袋……思っていたよりふかふかで、ダンジョンの堅い床の上だというのに、いつも自分が寝泊まりしている宿のベッドよりも暖かみがあった。
「あはは。セナさん達寝ちゃったみたいですし、私達も寝ましょうか」
ハルが少し照れながら提案してきた。
「そうですね」
アリサが寝袋に深く潜り、横になった瞬間、強烈な眠気が襲ってきた。
今日一日だけで、アリサは様々な体験をした。それによって溜まった疲労が一気にきたようだ。
もう数分もすれば、自分は眠ってしまうだろう。でもその前に一つだけ……どうしても聞いておきたい事があった。
「ハルさん」
「ハルでいいですよ。どうしました?」
瞼が重い。逆らえない睡魔が迫ってくる。
アリサは少し、小さくした声でハルに尋ねた。
「どうして……テルは私にここまでしてくれるんですか?」
視界が霞む。頭がぼーっとして、自分がもうすぐ眠るのだと分かる。
「それは……私だって知りたいですよ」
ハルの言葉の意味をきちんと理解する前に、アリサは深い眠りに落ちた。
ダンジョン内での安全地帯。
そこはモンスターが湧かないと言っても決して絶対に安全とは言えない。
モンスターの進入は防いでくれるが、自分達以外のプレイヤーは当然普通に入れるのだ。その為、休憩や睡眠を取る場合などは、他人が入って来た時のトラブル回避の為に見張りを一人立てておくのが一般的だ。
それはこのダンジョンでも例外ではない。可能性は低いと分かっていても、少しでもトラブルの危険性がある以上、これに慣れてしまっている俺達は見張り無しでは落ち着いて寝れないのだ。
それを説明しても、アリサは寝袋を借りるのを躊躇っていたが、自分でも疲労が溜まっていたのがなんとなく自覚していたのか、最終的には受け取ってくれた。
パーティでフィールドやダンジョンで野宿をする際、見張りをするのは基本的に索敵スキルを持つ俺だ。まだ熟練度が足らず大した範囲ではないが、索敵範囲内に入るとアラームが入る為、深い眠りに入らない限りは見張りをしながら仮眠ができる。
だから、みんなが寝ている場所からこちらに近づいて来た気配にも、すぐに気づくことができた。
「どうしたハル」
言葉には答えず、ハルは俺のすぐ隣に座り込んだ。
「早く寝ないと、明日がキツイぞ」
「…………」
ハルは答えない。何時も元気なハルが無口になるのは珍しい。その原因はなんとなく分かっているが。
「やっぱり怒ってる?」
「……はい」
ハルはコクリと頷く。
ダンジョンに入ってから、ハルは怒っていた。新しく入ったアリサに不安を与えないよう明るく振舞っていたが、その違和感に俺達は気づいていた。
だからセナやコウ、カケルは早めに寝たのだろう。この状況になることが分かっていたから。
「なんで……」
「ん?」
ハルが小さな声で呟く。
「なんでアリサさんを連れて来たんですか?」
「なんでって……」
「アリサさんは感謝してくれていますが、このゲームは普通じゃないんですよ。HPが0になった瞬間、死んじゃうんです。痛みだって感じます。それなのに、高レベルのダンジョン攻略に初心者を連れて行くなんて、何考えてるんですか?」
ハルは静かに、静かに怒り、その気持ちを言葉にする。
ハルは人の本質を見抜くのが得意だ。それは現実での彼女の経験によって生まれた様なものだが、その目は相手がどの様な人間かを見抜くことができる。
出会った時こそ警戒していたハルだが、ダンジョン攻略を通して、アリサがどのような人間かを知ったのだろう。
「理由は色々あるけど、一番の理由はアリサが一人だったからかな」
俺は素直に理由を話す。このパーティの中で、ハルとは一番付き合いが長い。そのことや個人的な理由もあり、俺はハルには嘘をつきたくなかった。
「俺がこの世界に来て、あの変な影にデスゲーム宣言された時、俺にはお前らがいたから立ち止まらずにいられたんだ。まぁ、結果はあんな事になったけど……。一人だったら多分、アリサみたいに金が底着くまで宿で寝泊まりして、金稼ごうと無茶して死んでたと思う」
俺の言葉に、ハルは無言で耳を傾ける。
「でもアリサは、今までずっと一人だったんだ。誰かに頼ることも出来ずに、ただ一人でずっと《始まりの街》に閉じ篭ってたって言ってた。だから……」
「だから、私達と繋がりを持てる様にしたんですか? これが終わっても頼れる場所を作るために」
「ああ」
例えあの時、ダンジョンに入る事を拒否したとしても、俺は勿論、ハル達だってアリサの今後を手助けしただろう。
でもアリサはきっと俺達を頼らない。ただ迷惑をかけてしまった相手だと思っている俺達に、彼女は助けを求めない。
アリサはそんな人間だと、僅かしか接していない俺でも分かった。
だからダンジョン攻略に参加する様に提案した。
ただの迷惑をかけた相手ではなく、俺達と冒険をする事で、友達として、今後も関係を持てる様に。
「成る程、納得しました。考え無しで提案しただとか、アリサさんが美人だからお近付きになりたくてとかだったら、この男どうしてくれようかと思いましたが、そこまで考えての事だったんですね」
ハルは納得してくれた様で、声もどこか優しくなった様に思う。
「そうそう。俺だってしっかり考えてるんだよ。何? もしかして嫉妬してくれてたの?」
重い空気を無くそうと、半分冗談で言った言葉だったのだが……。
「嫉妬してますけど何か」
ハルの地雷を踏み抜いてしまったらしい。