ラプンツェル26
杏に手を引かれたどり着いた店は、俺でも知ってる高級フレンチレストランだ。
俺の着てる服で、ドレスコード大丈夫だろうか?こういうところだと、ちゃんとドレスコードをしていないと追い返される場合があると聞く。
「さぁ、兄さん入りますよ」
「ちょっと待って」
チリーーン
ドアの鈴が鳴る音が響き渡る。入店すると、ウェイターの老紳士が、こちらにお辞儀をしていた。
「杏様、お待ちしておりました。此度は我が店をご予約ありがとうございます。お席をご案内致します」
杏に丁寧な挨拶をし、席へと案内された。予約しただけなのに、杏との対応が何処かの社長の風に感じられる。
「なぁ杏、お前予約しただけだよな」
「兄さん、そうですよ」
「でも、何か違和感があるんだよな。さっきのウェイターの杏の接し方というか」
ウェイターの老紳士が、まるで杏に尊敬の念を抱いてるかのようで落ち着かない。
「それはワタクシが説明致しましょう」
俺はビクッと肩を揺らし、声をする方へと視線を向けた。
先程、席まで案内してくれた老紳士が、いつの間にか席の隣に立っていた。
「杏様は、この店のデザイン・設計からメニュー開発まで担当してくれました」
「はぁっ?!」
一瞬意味が分からなかった。えっ?杏って、まだ中学生だよね?
それで、この店内の設計やメニューに載ってる美味しそうな料理を考えただと!
「いえ、私はアイディアを提出しただけです。それを再現されたのは、建築士や料理人の皆さんです」
それでも凄い事だと俺は思う。杏にこんな才能があったなんて今まで知らなかった。
それにどうやって仕事を貰ってきてるんだ?まだ中学生の杏には、コネがないはずだ。
それと何時やってるのか気になる。平日は学校だし、祝日・休日は家にいるはずだ。
「いえ、杏様のアイディアは素晴らしいものばかりです。我々プロの観点からでは、けして思い付かないような発想力をお持ちです」
ベタ褒めだ。血は繋がっていなくとも義妹が褒められると、俺の方も鼻が高くなる。
「私は、ただお父さん━━━━父の手伝いをしてるだけですので」
父さんの手伝いって。父さんの仕事というより会社は、様々なプログラミングや設計、デザイン等を手掛ける大企業だ。
お客様から依頼があれば、家のデザインから設計・建築まで手掛ける。
杏は、そんな父さんの仕事をたまに手伝ってるらしい。もちろん俺は、その事を今日初めて知った。
だから、父さんは杏に甘いのだ。というよりも、頭が上がらないと言った方が適格か。
「兄さんがアルバイトしてる喫茶店も私が設計しました。まぁ建築はやれませんですけど。店長は、もちろんご存知ですけど、兄さんは聞いてません?」
えっ?!それマジですか!何も店長から聞いてない。
店長が知ってるなら、もちろんその娘である会長も知ってるはずだ。
「兄さんは鈍感ですね。誰があの喫茶店を紹介したと思ってるのですか?」
えっ?そういえば、杏に連れて行かれ、そこでアルバイト募集の張り紙を発見した。
喫茶店のコンセプトは王子好みの童話だった。その時は気にも留めなかったが、今思えば俺の知ってる人物が態とらしく店内をデザインした風だった。
アルバイト募集してる事を知ると俺は内心ガッツポーズをし、即座に面接に応募した。
そこが初めてバイトするお店で、最初は初めてな分緊張した。だけど、店長からは質問を数個されただけで雇用されてしまった。
今思えば、あれも杏の根回しだったのだろうか。あり得過ぎて逆に怖くて聞けない。
「お待たせ致しました。今日のフルコースで御座います」
どれも見た事のない料理なのに何故か美味しそうに見える。香りも食欲をそそり、自然とゴクンと唾を飲み込んだ。
「さぁ兄さん食べてください。私が考えたメニューを」
なにっ!確かにメニューも考えたと言っていたが、これもそうなのか!
家では、そんな素振りを一切見せなかった。普通に家庭料理程度なら作れる何処にでもいる可愛い女の子しか見てなかった。
そんな杏が考えたメニュー、一体どんな味がするのだろう?俺は一口適当に口に入れた。
「お、美味しい」
「そうでしょう。どやぁ~」
普段しないドヤ顔を杏がする。普通ならイラッと来るだろうが、杏のドヤ顔は何か可愛いので許す。
それにこの料理を再現するのは俺には無理だ。見た目も味も芸術品だ。
これを作った料理人も凄いが、これを考えた杏も凄い。兄として誇りに思う。
杏も自分が考えた料理を堪能し、今日1日大いに遊び捲った。