三十二話・シンデレラ19
「うーん、ここは………」
気絶していたアテナが目覚めたようだ。
「ベルの森にある安全地帯だよ。何があったか覚えてるかい?」
アテナの顔を覗き込む王子が、そう答える。
アテナは意識がハッキリしてくると、今の状況に頬が徐々に真っ赤になった。
「な、なななな何でタカちゃんの顔が目の前にあるの!」
「それは俺が膝枕をしてるから?」
「わざわざ言わないで!余計に恥ずかしくなってくるから」
バッと起き上がり数㍍離れると、あまりの恥ずかしさで王子の顔がまともに見れないでいた。もし、王子の顔を今見たらニヤついて、きっと変な顔になっちゃう。
(落ち着け、私の心臓よ。このドキドキ治まれ)
ハァーフゥーハァーフゥー、と深呼吸をして落ち着かせる。バシっ、自分の頬を叩き王子の方へ向き直る。
「よし、もう大丈夫。記憶曖昧で何があったか教えて欲しいんだけど………何でみんなニヤついてるの?」
「ニヤニヤ……だって、なぁ」
「ニヤニヤ………えぇ、おもちゃ━━ごほんごほん、からかいのあるオモチャを手に入ったにゃ」
「………ねぇ、シャーリー、わざわざ言い直した意味ってあるの!」
「ニヤニヤ………別にないにゃ」
「後、ニヤニヤ言うの止めて」
「えっ、じゃぁニヨニヨ」
「うぅぅぅ」
アテナは自分の顔を両手で隠して項垂れている。相当恥ずかしようだ。
「まぁまぁ、アテナで遊ぶのそれぐらいにしなよ」
「兄さんは、アテナさんを庇うのですね」
「むー、アテナが羨ましい」
「それは………一番の被害者はアテナだからだよ」
暴走したとはいえ、みんなの攻撃を受けたのだ。労うのは当然だと思うが。
「本当のところはどうなんです?」
「本当も何も、それが真実だ」
「本当は兄さん………自分が役に立ってない、何もしてない事を無かった事にしようとしてませんか。どうなんです?兄さん」
満面の笑顔のフローラだが、何か寒気がしてくる。それに加え、自分は役に立ってない、とグサッと精神的ダメージを負った。
「で、でも剣で振り下ろしたりしたよ?」
「それはダメージ負ってないです。むしろ、攻撃した兄さん自身がダメージ負いましたです」
「王子様………格好悪い」
グサグサ、と次から次へ見えない矢が突き刺さるかの如く精神的ダメージを蓄積していく。
止めてくれ、俺のHPはゼロだよ。
「まぁ、遊びはそれくらいにするにゃ。私の情報によると………化心融合を倒すと怒れる化心を守護霊みたいに扱えるはずにゃ」
おぉ、その情報が本当ならなんとも頼もしいはずなのだけれど、暴走すると手強いからな。今回は上手くいったが、次は全滅の恐れがある。
「暴走はないのか?」
「それはないはずにゃ。怒れる化心が出現した時の通過儀礼みたいなものにゃ。一回倒すと、もう安心にゃ」
どうやら、もう安心みたいだなと思った矢先、シャーリーが手の平を王子に差し出した。
「うん?それはなんだ?」
「私は情報屋にゃりよ」
「くっ、情報料か。仲間なんだから負けてくれないか」
「一回でもにゃると、他の人にもにゃる事ににゃるから却下にゃ」
理屈的には分かるが、懐が痛いがしょうがない。
「分かったよ。ほら、これで良いんだろ」
「毎度ありにゃ♪」
あぁ、俺の財布が軽くなった。シクシク、と懐が寒くなり悲しくなる。
「安心なら、一回出せるか試してみようじゃないか」
「でも、何か怖いよ」
「大丈夫です。何かあった場合は、みんなで対応します」
天真爛漫なアテナが珍しく怖がってる。暴走する事よりも、また皆を傷付けないか怖いと思っている。
「うぅぅぅ、分かりました。やれば……やれば良いでしょ。もう、どうなっても知らないからね」
アテナは目を瞑り、集中している。集中してから数秒後、赤いオーラが滲み出て時間が経つにつれ形作っていく。
暴走する直前の怒れる化心は、威圧的でそれを近くにいるだけで体が硬直━━━強張ってしまったが、今のは優しい雰囲気に包まれている。
外観も、"これぞ鬼"と分かる程に角が尖っており筋骨隆々な大男だった。
だが、今の怒れる化心は、角は丸く短くなり筋骨隆々な大男から、一言で言えば美女だ。男から女に性別までも変わっていた。
「おぉ、ここまでとは!いやはや、成功して良かったにゃ」
おい、今何て言った?成功して良かっただと!それじゃまるで………失敗する可能性もあったってことじゃないか!
「それは誤解にゃ。実例が少数だけで、どれも成功してるにゃ。ただし、倒せればの話にゃ。私は初めて見たけどにゃ。にゃははは」
話によると、怒れる化心が出現するのは度々あることのようだ。問題はここからだ。強すぎて高確率でパーティー全滅するらしい。
成功確率は1割未満だという。それってどんな無理ゲーなんだ。まぁ、俺達は成功して、その1割未満の方に入ったわけだ。
『我が怒りを静めて頂き感謝します。尊き命たちよ』
突然に怒れる化心から━━いや、ステータスの名前を良く見ると名前が変わっていた。
清浄なる化心━━━名前から察するに怒りが綺麗に消え美しい心が残ったってことか。
『そのお礼として、これからの戦闘ではお助け致します。構わずお呼び下さい』
それは、なんとも頼もしい限りだ。あれほどの、戦闘能力があればこの先安心でいられる。