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7.飼い主様の多忙な日常(6)

  

「……明日も来てくれるかしら」

「そこまで厚顔無恥だと、こっちもいびった甲斐がないんだけど」

「こんなところで小姑にならなくてもいいのに」

「悪いものを悪いと言ってやらないでどうするの。夏から今まで半年近く態度を変える機会があったのに、変わらないならもうあの子に見込みはないよ」

「でも、これじゃエマちゃん一人が悪者みたいじゃない?」

「上等でしょ。専属になりたければ、わたしの屍を超えてからにしろってね」


 冗談めかせば、「エマ姉は屍になっても戦いそうだけど」とヒースが混ぜ返す。


「あ。屍なら、むしろ死なないから最強じゃね?」

「ヒースくん?」

「まあいいじゃん。俺は、エマ姉がびしっと言ってくれてよかったよ。あの人、前から苦手なんだよな。キア姉にも態度悪いしさ」

「物理的にやり損ねて非常に残念ですよ、ヒースくん」

「なにをやる気だ。大体、おまえがガキを煽ってどうする。あれ、わざとやってただろ」


 保護者のようなことを言い出すウォルターをじとりと睨む。


「いい加減こっちも忍耐キレそうだったんだもん。言葉で徹底的に痛めつけてもよかったけど、馬鹿は肉体に教え込まないと理解できないでしょ?」

「話の持っていき方があるだろう。それに、あいつが来たら、面倒を言い出す前に俺を呼べと言っといたはずだ」

「新米Eクラスの我儘に毎回ギルド長代理が対応するの? ウォルは今、このギルドのボスなんだよ? 相手がつけあがるだけ」

「まだガキなんだ。そのうちこなれる」

「半年も変わらなかったのに? ガキはガキのうちに鼻っ柱をへし折ってやらないと、今にとんでもないことやらかすよ? 巻き込まれるのはごめんだからね」

「……次の態度を見て決める」

「次、またあの馬鹿が同じことを繰り返しても、ウォルが切り捨てなかったら、わたしがやるからね。今度は止めないでよ?」

「わかった」


 不承不承という顔で、ようやくウォルターが聞き入れた。こいつは本当に子どもに甘い。

 完全に傍観を決め込んでいた待合のダメな大人たちが、酒瓶を片手に笑い出す。


「おおー。久しぶりにお嬢の実戦が見られそうだな。楽しみだ」

「賭けようぜ」

「賭けになんねぇだろ」

「試合時間だよ」

「あー……五分? いや、十分いけるか」

「え、瞬殺じゃないんですか?」


 物騒な賭けの内容に、ヒースが喰らいついた。おまえ、私をなんだと思ってる。


「や、瞬殺も可能だけどさ。お嬢の怒り具合からして、秒単位で済ませるなんてことはしないでしょ?」

「だな。なるべく時間を稼ぐなら、闇系統の混合結界張って相手にとことん攻撃させて、魔力が尽きかけたところを[反射リフレクト]でどーんといくか」

「じわじわいくのも捨てがたいねー。攻撃受けながら、[幻影イリュージョン]でちょっとずつ精神操作していって内から壊すっていうのが、俺のオススメ」

「えー……と」

「ヴィシュ、フィオ。余計な口を出すんじゃねえ。第一それはDクラスどころの戦い方じゃねえだろーが」

「え、でもお嬢ならできんだろ?」

「余裕余裕ー」


 できるよ? できるけどそれは、やったら即ランク上げろって言われるやつだよね……。


「へー。エマ姉すげえな」

「そうか。Dクラスともなると、それくらいできるものなのか……」


 真面目な顔でジェドが考え込む。否定したいけど、じゃあなんでランク上げないのかと聞かれそうで、日ごろ頑張ってる人に「めんどくさいからです」とは言えないから黙っておいた。

 だってCクラス以上から、指名依頼ができるようになるんだよ。マジうざい。


「あれ? エマは一級魔術師資格を持っていたか?」

「二級だけですよ」


 一級と二級の違いは細かくいえばいろいろあるが、大きくは攻撃魔術が使用できるか否かである。二級で可能なのは、結界を含む防御全般・治癒・範囲指定・移動・身体強化などだ。攻撃を吸収して跳ね返す[反射リフレクト]は微妙なところだけど、一応防御魔術に含まれた。


「わりとギリギリのラインじゃないか?」

「二級資格を最大限有効活用すると、ああなるんです」

「エリアスなんか『二級で充分人殺せる』って豪語してたもんなー」


 がははと笑いながらヴィルトシュヴァインが教えるが、二級レベルで殺人可能なのは本当だ。他者の心身を害する行為は厳禁なのだが、使用可能な魔術範囲での自衛は認められているからだ。そのために国家資格として定められており、取得時に制約があるともいえる。


 三兄エリアスがその発言をしたのは、ギルドの手伝いをしていた十代半ばの頃。騎士団の包囲網を掻い潜った盗賊の残党に、街で出くわしたときのことだ。

 なんと彼は、突きつけられた剣先に小型の六方結界を張って、一瞬で刀身を切断。さらに結界内に残った刃を圧縮粉砕してみせた後。


『さて今からこの結界を、あなたがたの首から上に創る予定ですが、どなたからいきましょうか?』

 

 と、慇懃無礼に申し出たところ、ガクブルされたので、意識を狩ってアイテムボックスに放り込んで騎士団の詰所の前に捨ててきたという、ちょっとおかしな逸話なのだ。

 ええ、こんな彼でも二級魔術師なんですよ、奥さん。

 ちなみに、すぐにギルド長ちちおやにバレてこっぴどく叱られ、しぶしぶ一級魔術師の資格をとることになったというオチがつく。詰めが甘かったね、エリ兄。

 ついでを言えば、現在、皇都にいるエリアスは、魔術師ではなく学術博士として働いているという二段オチになっていたりする。魔術の才能どこやった。


 話を聞いて、ジェドが秀麗な眉間にしわを寄せる。


「それは確かに攻撃魔術は使用していないけど、明らかに自衛を超えてるから、二級の者がやったら不味いだろう」

「素人には分かりませんよ。脅しただけで実際にはやってませんし」

「……なぜだろう。会ったことがない人なのに、ものすごく殺る気満々だったんだろうなっていうのが想像できてしまった……」


 それはおそらく正解ですよ、ジェド。

 私も大概キツい口調でズバズバ言ってしまうほうだけど、エリアスには負ける。というか、勝負にすらならない。そのうえ、身内以外の人間に興味がない人なので、他人の切り捨て方が酷いのだ。


「エリがここにいなくて良かったぜ。いたら、ロビンがめった刺しになってる」

「社会的に抹殺されないだけマシじゃない? そもそも、ロビンのことはボスも反対してたのに、ウォルが押し切ったって聞いたけど?」


 犯罪予防のため、冒険者登録には旅券の提示等、身分の証明が必須だ。

 ロビンがはじめてこの[蒼虎]にやってきたとき、ギルド長の父は、金を積んで買ったとおぼしき身分証を見るまでもなく、勝手に家を飛び出してきた貴族の子だと見抜き、家の許可がなくては冒険者登録を認めないと追い返した。

 ところがロビンは、冒険者になるまでは帰らないと三日三晩ギルドの前でねばり、見かねたウォルターが間に入る形で登録することになったのだという。


『おまえが首を突っ込んだのだ。私は知らん。面倒を見るなら勝手にやれ』


 ということで。

 

「すべての元凶はウォルだよね?」

「怒んな。だから、あいつへの対応は俺がするって――」

「そのやり方でこれまで何も解決してないから、わたしが口を出してるんだけど?」

「……俺の前じゃ、まともなんだよ」

「それじゃ意味がないのは分かってるよね?」


 畳み掛ければ、ウォルターがぐっと詰まる。まったく、自分で拾ったんなら、きちんと最後まで躾しろっていうんだ。

 とりなすように、キアラが軽く手を打ち合わせた。


「でも、最初の頃よりましじゃない? はじめは目の前にいても、わたしたちと目も合わせない口もきかないって感じだったものね?」

「まあ、やっと事務的な話なら聞いてくれるようになった、かな」

「ウォル怠慢ー」

「それに関しちゃ、二人にはほんとに悪かったって。きちんとギルドの人間や他の冒険者には敬意を払うよう、よくよく言っといたからさ」

「それで見習いのジェドに矛先が向かうんじゃダメでしょ」

「……うーん。ここしばらくは落ち着いてるように見えたんだけどなー」


 指導法をあぐねているのか、ウォルターが難しい顔で腕を組んだ。

 この男、基本脳筋なので、言葉を尽くすのが苦手なのだ。ジェドへの体術指導も酷いもので、擬音と感覚的な表現でしか説明がない。ジェドが頭のいい子でよかった。


「多分、ロビンくんの態度が酷くなったのは、ジェドくんが成長してるのを見て焦ったからじゃないかしら?」

「私?」

「あ、ううん。ジェドくんのせいっていう意味じゃないのよ?」


 アメジストの瞳を曇らせるジェドに、キアラが急いで手を振って否定する。


「ほら、年が近いせいか、ロビンくんてジェドくんをライバル視してるから」

「でも、私がいることでギルドに迷惑がかかっているのは事実だし」

「想定内です。彼と違ってジェドのことは、ギルド長もご当主様も承知しているんですから」

「エマ姉の言うとおりだよ。それに、ジェドはあいつと違って真面目だし、字が綺麗だから清書を手伝ってくれて、俺はすごく助かってる」

「ありがとう、ヒース」

「最初は顔色が悪くて、いつ倒れるんだろうって冷や冷やしたけどな」

「はは」


 膨大な魔力量をもつジェドは、肉体に負荷がかかるせいで、小さい頃からよく熱を出して寝込むのだ。

 加えて、学院の卒業前後からかかったストレスと環境の変化で、アルバに来てすぐは訓練よりも体調管理が優先されるほどだった。こちらも加減を模索中だったのもある。

 体が育たなければ魔力制御もできないので、無理矢理食事を食べさせ、[鑑定]を駆使してデータをとり訓練計画を工夫した結果、最近ようやく熱を出すことがなくなったのだ。

 身長も伸び、体の厚みも増して、来た当初の繊細で華奢な印象とは、だいぶ変わってきた。

 ヒースの台詞に、うんうんと一同も頷く。


「まだ来てそんなに経ってないのに、ジェドくん、ずいぶん男らしくなったものねー」

「素人の俺でも分かるくらい、肉体改造したって感じだもんな」

「ま、やっと基礎ができてきたってところだな」


 ウォルターは控えめに言うが、手ごたえは感じているのだろう。ジェドの肩に軽く拳をぶつける表情は明るい。

 面映ゆそうに笑い返すジェドに、年上の冒険者たちも口元を緩めた。


「すぐに音を上げると思ったがなぁ」

「まだ三ヶ月だけどねえ。これからが楽しみだなー」


 酒瓶を手にしたまま、にやりとフィオーリが悪そうな笑みを投げる。


「ウォルで物足りなくなったら、いつでも言いな。俺が相手してやるぜ?」

「あ、はい。でも今のところ、ウォルで手一杯なので……」

「……ぶっ!」


 絶妙な言い回しにウォルターが噎せた。「おまえ、俺のなんなんだよ?!」という斜め上の突っ込みを聞き流しながら、私はふと、キアラの言っていたことを思い返す。


 ……焦り、か。


 ロビンが、新人で、同じ貴族の子であるジェドに対抗意識を燃やしているのは気づいていた。私にとっては完全に比較対象外だったので、頭からその考えが抜けていたが、ロビンはまだ十六歳だ。理屈抜きで感情が先走ってしまう年頃である。

 八つ当たりと分かっていても、本人にもどうしようもない衝動に駆られているのかもしれない。


 ……寝不足のせいかなあ。やっぱり、もうちょっと柔らかく当たっても良かったかなあ。


 考えていると、第2カウンター前で静観に徹していたムーが、「お嬢、どうしました?」と重低音の美声で話しかけてきた。


「ん、嫉妬って厄介だなーと思って。誰も比べてるわけじゃないのに、結局一人で勝手に自分自身を追い詰めちゃうでしょ?」

「それは自分で気づいて突破しない限り、どうにもならないのでは?」

「うーん。気づかせるって、なかなか外からのアプローチじゃ難しいんだよね」


 私たちの会話に気づいたのか、ウォルターたちが雑談を止めて注視する。

 気まずくなって、肩をすくめてごまかした。


「ウォルがジェドの訓練を手伝ってくれてるなら、わたしがウォルの拾い物に手を貸すのもアリでしょ?」

「お、おう」

「次に見切ったときは、叩きのめして実家に帰した後、コネを駆使して学院に放り込ませようと思ってたんだけど、話してるうちに違う気がしてさ」

「おまえ、さっきから簡単に学院って言うけど、あんなのが騎士になって戻ってきてみろ。めちゃめちゃ面倒くさいぞ? まだ目の届くギルドにいさせたほうがマシだ」

「それはそうなんだけど」


 やっぱりちょっとズレたウォルターの反論を放置して、私は話を続けた。


「ウォルがあの子を気にするのは分かるんだよ。曲がりなりにも、あの年で家を出てきたわけだからさ。だけど、ちょっと考えが甘い気がするんだよね。幼いんだよ」

「グリフもあれくらいの年だったぞ? ヒースなんか成人前だったし」

「年齢にしては幼いってこと。それに、グリフもヒースも後がない状態で来たわけだから、あの子の場合とは全然違うよ」


 グリフィンも実は貴族の出である。子爵家の次男、しかも妾腹だ。嫡男の兄とは仲が良かったらしいが、義母と親戚が最悪で、とある事件で彼が魔剣に魅入られてから命の危険に晒されるようになり、出奔。流れ流れて辿り着いたのが、うちだ。

 ヒースは平民だが、幼い頃フリーの植物狩人プラントハンターだった父親と兄が相次いで事故で亡くなり、母親が精神の均衡を崩してしまった。家から一歩も出なくなり、母子はそのまま孤立。心配した近所の人とギルドの者が家に踏み込んだとき、ヒースは育児放棄ネグレクトで栄養失調になりかけていたという。

 最底辺の時期は抜けたものの、やはり家から出られない母親の代わりに、ヒースはうちで働きはじめたのだ。


 話題に持ち出され、ヒースが複雑な顔になる。

 再び暗くなりかけた空気を、酒瓶を抱えた男たちが笑い飛ばした。


「ギルドにいる連中で、訳ありじゃない奴なんているか?」

「いないねぇ」

「ウォルもお嬢も、そんなやつ放っておけ。覚悟もないやつに手を貸してやる筋合いはねえ」

「そうそう。淘汰されるのは自然の流れってね」


 私たちの倍以上の年数を冒険者として生きている彼らは、文字通り、数多の死線を掻い潜ってきた猛者だ。戦争も経験している。その彼らから見ると、ロビンはただの甘やかされて育った子どもにしか見えないだろう。

 冷酷に聞こえるがそれが現実だと、ムーが同意する。


「ウォルが話を通したことですし、新人ということでこの夏は目こぼしされていましたが、彼があの態度のままでは、春になって余所の冒険者がやってきた途端、道端で死体になっていてもおかしくありませんよ?」

「うー。やっぱ今のうちに、なんとかすべきだよね……」

「お嬢の手を煩わせるまでもありません。汚れ仕事なら私が引き受けましょう」


 ……あれ?


「ムーさん。今なにか物騒な発言が聞こえたような……」

「問題ありません。きちんと事故として処理されるように片付けますから、痕は残りませんよ?」

「や、そうではなく。〝なんとかする〟意味がちょっと違います」

「ご不満ですか? 彼や彼の実家がどうなろうと興味はありませんが、ギルドに傷がついてはいけません。早いうちに手を打つべきでしょう」


 いつもの糸目笑顔のままなのに、ムーは結構腹を立てていたらしい。誰に対しても紳士的な人だが、身内にはとことん甘いからな。


「お。さすが[血塗れ聖人ブラッディ・セイント]。言うことがえげつないねー」

「貴方ほどではありませんよ。[悪魔の切り札デビルズ・ジョーカー]」


 明らかに裏社会の香りが漂う異名で呼び合い、フィオーリとムーがぞくりとする笑みを交わす。


「余計な血、流すんじゃねーぞ?」

「とんでもない。ご要望とあれば、灰にすれば良いだけです。ウォルはまだ青いですからね。こういった仕事には向かないでしょう?」

「そうですけど! そうなんですけど、でもちょっとその結論にはまだ早いような気がしないでもないんですがムーさん落ち着いてもらえますか」

「お嬢こそ落ち着いてください」


 慌てて口を挟めば、低声にやわらかく苦笑が混ざる。

 頭二つ半ほど上にあるムーを見上げると、その表情は殺気とは無縁の穏やかさで。私の肩からすっと力が抜けた。


「最終的にはそういう手段もとれるってことです。お嬢たちばかりが、すべてを背負う必要はないんですよ?」

「ま、俺たちを上手く使えってことだ」

「なんたって俺たちは、このギルドの専属だからな。忘れんなよ?」


 フィオーリとヴィルトシュヴァインからも口々に言い添えられ、暖房のせいだけでなく、室温がぬくもった気がする。

 ウォルターを見れば、彼らの言いたいことが伝わったのか、照れをごまかすように鼻の頭を指先で掻いた。


「ありがとう、心強いです。ムーさん、ヴィシュさん、フィオ」

「だけどお嬢、頼むときにはムーそいつじゃなくて、俺に言いなよ? 気配ひとつ残さず、きれいさっぱり終わらせてやるからさ」

「養い子を泣かせてばかりの貴方に言われたくありませんね、フィオーリ」

「うるさいよ、デカブツ。余計な口、叩くんじゃねーぞ」

「どうせ今朝も逃げてきたんでしょうに。あとで八つ当たりに巻き込まれるのは、勘弁して欲しいんですがね」

「へえ、殺られたいの? Sクラス甘く見ると後悔するよ?」

「どうぞ受けて立ちましょう」


 フィオーリとムーの睨み合いがはじまるが、通常のじゃれあいなので無視だ。

 ムーの相棒パートナーであるセラを拾ったのがフィオーリで、対外的には保護者なのだけど、彼女がその遊び人フィオーリに片恋をしているため、事が複雑になっている。

 この様子だと、任務から帰ってきたセラが彼の寝台ベッドにでも忍び込んだのだろう。で、フィオーリは手を出せずに放置したか、部屋に戻して来たと。今朝の早起きの原因はそれか。

 やれやれ、とウォルターと視線を交わす。


「ウォル、後がないのはこっちのほうみたい。早くロビンなんとかしないと、ストレスの溜まったおにーさまがたに先に殺られちゃうよ?」

「だな。あいつら抑えるより、ロビンをなんとかするほうが簡単そうだ」

「死ぬ気で頑張れ」

「おう」


 こつ、と二人で拳を合わせる。うちの専属たちの手綱をとるのは、なかなかの大仕事だ。

 ほんのちょっとだけギルド長の父の偉大さを噛み締めていると、またしても荒々しく鈴の音を鳴らしてギルドの扉が開いた。


「フィオッ!」


 一声とともに、ナイフが一条の光となって待合に吸い込まれる。


「ちょ、セラ。待て! 落ち着け!」

「……フィオ、殺す」

「あー。あと2センチ左でしたねえ。惜しい」

「がはは! 腕上げたじゃねえか、セラ」


 銀メッシュの入った薄紅色の髪をなびかせた長身美女が登場し、その場は一気に混沌と化した。

 続いて、玄関のドアの隙間から、いい匂いのするバスケットを抱えたケイが恐る恐る顔を出す。[タイガーテール]に注文した朝兼昼食ブランチの到着だ。


「騒がしくてごめんね。今、支払うから」

「大丈夫なんですか、あれ?」

「いつものことよ」

「はぁ~。なんであの二人、喧嘩ばっかしてんだろ……」

「大人のフクザツな事情があるのよー、ヒースくん」

「……あ。椅子が吹き飛んだ」

「こぉらっ! てめえら、物壊すなら外でやれ!」

「えー、寒いじゃん」

「てめえが言うな、このドM冒険者! ムー、セラを止めろ!」

「腕の一本くらい獲らせてからでもいいでしょう」

「……ここで仕留める」

「お嬢、酒がなくなったぞー」


 結局、セラとウォルターの蹴りがフィオーリに決まったところで、混沌は一応の収束をみせた。この状況でまだ午前中とか、どんな過重労働だよ。

 まあ、これが[蒼虎うち]の通常営業ともいうけど。濃すぎるよね……。


 

 余談だけど。

 夕方ケリーたちが狩ってきた大量の植物羊バロメッツの肉は、私の料理神・長兄カイルの差配により、ギルドをあげて鍋パーティーが開かれ、無事みんなの胃袋に収まることになった。

 淡白なのに甘味のあるジューシーなお肉で、大変美味しゅうございました。満足。

 


 そして、もうひとつ。

 神妙な顔で、翌日ギルドに謝罪に来たロビンは、AクラスとSクラス冒険者に四方を囲まれて、がっつり説教を喰らい。早朝と夕方のジェドの訓練に、強制参加させられることが決まった。

 一週間も過ぎる頃にはロビンの目から生気が無くなって、少々気の毒になったが、あの居丈高な言動がすっかり鳴りを潜めたので、正直ほっとしている。

 ジェドやヒースとも歩み寄ったようだし。おまけに。


「あ、姐さん。荷物だったら俺、運びますんで」


 なぜだか、私にも懐かれた。ちょっと態度変わりすぎじゃね?


「……じゃ、地下の倉庫によろしく」

「はいっ!」


 ……仔犬がもう一匹増えた気がします。ええー……。




Wikiによるとバロメッツは、カニの味がする、らしいです。私の本には、魚の味ってありましたが。

美味しくて羊毛も使えるなんて、なんてお役立ち…!


次はジェド視点です。

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