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4.飼い主様の多忙な日常(3)

 

 で。

 ギルドの会計係兼鑑定士な私だけど、悲しいかな、日中は備品管理と依頼対応に追われていたりする。

 鑑定が立て込むのは討伐があらかた終わる午後以降だし、書類仕事は家でもできる。事務所内の雑用総取締役というのが一番正しいかもしれない。


 ギルドに入って正面右手のカウンターが受付となる第1窓口で、ここの担当がキアラ。初期登録などの諸手続きや簡単な依頼完了報告、質問、苦情を受け、必要に応じて私やウォルター、ギルド長などに割り振るのだ。無論、手が足りないときは私も手伝う。

 そこから右奥に折れたL字カウンターのもう一辺が第2窓口で、魔道具の貸し出しや魔法薬ポーションなどの販売、素材鑑定から場合によって買い取りを行う。私は主にここにいて、後輩の少年と二人で回している。


 正直、三年間も留守にしていたので、戻った当初は手順をド忘れしていないか不安だったけど、さすがにギルドの空気を吸って生まれ育っただけはあった。すぐに勘を取り戻したよ、私えらい。事務要領を整えたのが自分だからとも言うけど。

 まあ、いない間に、頼りにしていた鑑定士のじーちゃんがぎっくり腰でリタイアとか、未成年だった後輩がとっくに成人して正規職員になってるとか、しかも身長抜かされるとか。世の中の世知辛さをちょっと味わう羽目にはなったけど。あ、目から汗が。


 書棚に埋もれるように壁面設置された、金庫の扉の魔石に指を触れて開錠する。魔力登録をしているので、ギルド長一族しか開けられないのだ。

 鎖付きの手提げ金庫を取り出し、第2カウンターの定位置に設置。職員側のカウンターは受付部分より一段低くなって、かつ奥行きが広いので来客からは見えにくくなっている。

 鎖を留めて中身を確認。入っているのは、小銭も含めて10万リオンだ。結構な金額なんだけど、素材買い取りをするとどうしても必要になる。

 制服を着て戻ってきたジェドは、キアラに託して掃除を任せた。最初は雑巾の絞り方すら知らなかったのに、今ではキアラの動きを真似て、自分から率先して動けるようになっている。進歩だ。

 義姉の周りでうろちょろしながら、いそいそ働いてる姿が小動物っぽくて和むと思っているのは内緒である。


 癒しの風景から視線を剥がし、私は隅に立てかけていた魔法杖ワンドを手にとって、白い格子の嵌まる窓に向かった。

 魔法杖ワンドは、魔力を効率的に使うための補助魔道具だ。二の腕くらいの長さの木の棒で、太さは指程度。表面には魔法陣が刻まれており、一方の端が細く、もう一方の端に黄色の魔石が嵌まっている。

 魔石を上にして右手に構え、窓に向かって軽く振るう。


[開門オープンセサミ]」


 ――ばさささっ。


 窓一面に淡い紫の光で象られた魔法陣が浮かぶと、一斉に白い鳥たちが、陣をくぐって室内に飛び込んできた。

 もう一度素早く杖を振って[整列フォールイン]を命じれば、大きな嘴をしたアーモンド形の鳥が、カウンター上に一列に並ぶ。伝話鳥という、最も一般的な魔道具だ。

 昨今の魔道具と比べて原始的で、紙に規定の魔法陣を描き、魔力を籠めて言葉を吹き込むまたは文字を上書きすると、指示した相手の元へ飛んでいき、発言は声として、文字はそのまま文章として届くという代物だ。

 もともと軍の緊急通信用として開発されたので短文しか送れないが、国内では手紙よりも格段に早いので、魔力に困らない人たちの間では伝令代わりに頻繁に使われている。

 

 今朝の伝話鳥は七羽。

 先頭から順番に魔法杖ワンドで触れていくと、白い鳥の形がぐにゃりと崩れ、五つは光る文字の浮かんだメモとなり、ふたつが声を発して紙に戻った。


『私だ。予定通り一週間後に帰る』

『えー私だ。そちらは変わりないか? 大事な若様をお預かりしているのだから、くれぐれも粗相のないように』


 ふたつともから父親のダミ声が響いて、ドン引いた。

 朝から聞きたい声じゃない。しかも両方とも、内容に緊急性がゼロだ。術用の紙だって安くないんだよ!

 そのうえ最後のメモが母からで、『少しはお父さんに返事をしてあげなさい。面倒だから』と書いてあって、がっくり肩を落とす。母よ、娘に面倒事を押し付けるんじゃない。

 だけどこの書き方だと、向こうでも持て余しているんだろう。八つ当たりされるのは母ではなく、主に同行している補佐のヤンで、彼には事務仕事を教わった深い恩義がある。

 仕方ないので魔法杖ワンドを振って、伝話鳥の魔法陣を再起動させる。そして、なるべく冷静に声を吹き込んだ。


「エマです。帰宅が一週間より伸びそうな場合は、サイン待ちの書類をそちらに送るので連絡をください」

「エマです。こちらは順調です。食費対策に、ウォルの給料を天引きすることに決めました。以上です」


 魔力を乗せてもう一度杖を振れば、手のひら大の紙がたちまち白い鳥となって飛び立つ。

 これでしばらく静かになってくれればいいけど。

 残りのメモにも目を通し、消えないうちに、羽ペンとインクで依頼内容を所定用紙に書き写した。終わったら同じように魔法陣を起動させ、杖の細いほうの先で受理した旨とギルドの署名をしたためる。ついでに母にも返事を書いた。


『義務は果たした。お土産求む。サラバンド産のドライオレンジを一山で』


 疲れた私にビタミンプリーズ。


 ぱたた、と軽い羽音を響かせて飛び去った最後の鳥を見送れば、口から止めようのない吐息が漏れた。

 ……キアラさん、含み笑いしながら生ぬるくこちらを窺うのは止めてください。箒を持った手で隠しても、丸分かりですから!


「ね。お土産頼むんなら、お義父さんにねだったほうが良くない?」

「ぜっっったいに、嫌」

「えー、つれなーい」

「次来たら、キア姉に吹き込んでもらうから」

「ダメよー。離れた土地でかわいい娘の声を聞きたいっていう、お義父さんの願望を邪魔したくないもの」

「キア姉だって娘じゃん」

「嫁と娘は違うのよー?」


 ギルドではなく自治兵団に入った長兄の嫁であるキアラは、あの[タイガーテール]のギルロイおじさんの長女で、まさに生まれたときから知っている、実の姉みたいな存在だ。

 今は夫と二人、官舎でラブラブ生活を送っているため、プライベートでの交流は減ったけど、ギルドを手伝ってもらっている関係で一緒にいる時間はむしろ増えたし、事あるごとに夫婦を夕飯に誘っているので、実の親より仲は良い。ただ単に、カイル兄の作る料理が絶品で、幼少時から餌付けされて育った私たちが離れがたいだけとも言うけど。

 仕事はもちろん、料理上手で掃除に洗濯、裁縫から子守まで完璧にこなす長兄は、私の理想の男性だ。キアラは、ほんと良い人を捕まえたよ。


「はー……なんでわたし、カイ兄の子どもに生まれなかったんだろう」

「それはいろんな意味で問題発言よー、エマちゃん」

「わりと兄妹全員の公式見解だから大丈夫」


 子どもは親を選べないって不条理だ。

 まあ、それを言うなら、キアラもジェドもなかなか複雑な親子関係なのだけれど。


 ため息とともに依頼用紙を持って、待合のボードに向かう。

 やるせない気分を打ち付けるように、掲示板に用紙をピンで刺し留めれば、「私はエマちゃんに〝お母さん〟じゃなくて〝お姉ちゃん〟って呼ばれたいなー」なんてかわいいことをキアラが呟くので、全身で歓迎しておいた。

 うちの義姉は癒しです。


「……なにやってんだ、二人で」


 義姉妹でじゃれていると、冬の朝にふさわしい冷たい声が割って入った。

 鈴の音を鳴らし、現実の冷気とともに現われたのは、麦藁色の髪の少年。寒さのせいか、そばかすのある鼻が赤い。

 若干十四歳の後輩鑑定士――弟子とも言う――だ。


「おはよ、ヒース。あんたも混ざる?」

「なんでだよ」

「そう照れなくても」

「誰が! オバサン同士の絡みなんて、こっちからお断わ――」


 ほう、禁句を口にしたな。

 局所に[強化リインフォース]を展開し、手首のスナップを効かせて、ポケットに入れていたものを投げうつ。良い音を響かせて空を切ったそれが、ヒースの右耳すれすれを通過して壁にぶち当たった。


「ヒースくん。訂正を求めます」

「うっ……麗しいお姉さま方の抱擁に混ざるというご無礼は、不肖の身としましては謹んでご遠慮いたいたしたく存じあげます……っ」

「ふむ。言葉遣いに多少おかしいところはありますが、見逃しましょう」


 にっこりと告げれば、ヒースが胸を押さえ、大袈裟に息を吐いた。蒼褪めた顔を、ぎぎぎ、と音がしそうにぎこちなく背後に向ける。

 視線の先、煉瓦の壁に垂直に突き刺さるのは、一本の羽ペン。


「なんであんなものが壁に刺さるんだよ……」


 ちょっと左腕とペン先に魔力を纏わせて[強化]しただけですがなにか。


「人生には知らなくていいことがあるんですよ、ヒースくん」

「エマ姉、絶対ギルドランク誤魔化してるだろ。これでDクラスとか、おかしいって」

「失礼な。体力は一般女性並みだっつーの」


 この国では、地位が高いほど魔力が強力な傾向にあるので、ほとんどが平民である冒険者の中で魔術を使いこなせるものは少ない。平民では魔術を使うための教育基盤がないに等しいという問題もあるが、もともとの魔力保有量が少ないため、単純な魔力放出による身体機能の補助か魔道具の発動に消費されてしまい、術を展開できるレベルだと、ほぼCクラス以上が確定だ。

 私の場合、魔力が多いというより、すこーし小手先の魔術が得意なのと、[鑑定]があるので有利な展開に持ち込みやすいだけだ。私の[鑑定]は優秀なので、相手の弱点だけじゃなく、仕掛けられる魔術の術式も視えるんですよ。便利ですね。

 ランク? 上がったら依頼が増えるので、据え置きに決まってるじゃないですか。私はあくまでギルドの裏方。表立って[鑑定]が目立つと困りますからね!


「今度エマ姉が荷物重ーいとか言っても、絶対持ってやらねえからな!」

「ヒースのくせに生意気ー」


 言い返しながら、壁に刺さった羽ペンを抜く。曲がらなくて良かった。自分で投げおいてなんだけど、久しぶりに書き味のいいやつに巡り合ったので、欠けられると涙目なのだ。

 抜いた痕の穴は、[復元リストア]を掛けてならしておく。


「エマ、さっきのはどうやったんだ?」

「ただの[強化リインフォース]ですよ?」


 興味津々の顔でやってきたジェドに、羽ペンを渡す。本当に一瞬芸だったので、魔力痕跡はほとんどないはずだ。

 見えないものを探すように、じっくりと裏表を眺め、残念そうにジェドが羽ペンを返してきた。


「全然わからない。すごいな」

「ただのお遊びですってば。ほとんど魔力使ってませんし」

「それが出来るのがすごいんだよ」


 箒を持った両手の上に顎を乗せ、ジェドが、はあと溜め息をつく。

 上位貴族だけあって魔力は潤沢なお坊っちゃまだけど、いかんせん制御が問題なのだ。契約精霊を二体も従えて一級魔術師の資格も持って、学院の最終試験では魔術学科の1位をとった成績だというのに、微調整がド下手すぎて、ギルドランクは未だに最低のFクラスだったりする。

 こうなるともう、残念を通り越して、かわいいですよね!


 ジェドがアルバに来たのは、そのあたりの修行のためもあるのだけど、事情をうっすらとしか教えていないヒースが、「そんなの見習っちゃダメだぞ、ジェド」と余計な口を挟む。


「なんでよ」

「ジェドには、エマ姉みたいに小ズルい技じゃなくて、真っ当な魔術師になってもらいたいんだ」

「ズルいんじゃないの。器用なの」

「どうせ紙一重ってやつだろ」


 憎まれ口を叩いて、ヒースが奥へ引っ込む。

 きぃー、誰だこんな口の悪い子に育てたの! 鑑定士としての基礎を叩き込んだのは私だけど、ここを離れるまではもっと素直でいい子だった(はずな)のに!

 

「なんであんなになっちゃったかなあ……」

「あら。ヒースくん、わりと順調にエマちゃんの仕事ぶりを受け継いでると思うけど?」

「どこが?!」

「仕事中は、対人対物ともに容赦しないとこ?」


 ……くぅ。微妙に反論できない。


 ちょ、ジェド、そこ笑うとこじゃないですよ?!

 「困ってるエマが新鮮」っていう意味がよく分かりません。

 とりあえず今晩の夕飯、品数減らしていいですか。



2020/1/4:通貨単位修正。

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