24.若虎の愚痴(2)
ジェドは、ちょっと変わったやつだ。
事前に親父から、ヴィートさん、つまりアルバ華公爵の長男を一年間預かることになったと聞かされたときは正直、面倒だと思った。
しかも、皇都の学校で事件を起こしたとか。どんだけ手の付けられないお坊ちゃまかと冷や冷やしていたが、会ってみると、これがまったくの真逆で。
性格は、とにかく真面目。頭も良いんだと思う。少なくとも、自分の立場をよく分かってるし、周囲から求められる自分というのも理解している――来る前に、エマに叩きこまれたらしいが。
絵画から抜け出たような綺麗な容姿や膨大な魔力を鼻に掛けることもなく、むしろ卑屈なくらいだ。ちょっと一人で閉じ籠もりがちなところはあるが、平民の生活や常識に文句も言わず、なんとか溶け込もうとしているところも好感が持てる。
権力も財力もあるヴィートさんは子どもを溺愛してる風だったから、超我儘ぼっちゃまに仕上がってもおかしくないんだが、奥方のシア様がしっかり締めるべきところは締めていたようだ。モス辺境伯は家族仲が良く、領民とも近いと聞くから、その影響だろう。
なにはともあれ、ジェドがいい子でよかった。
専属たちもだいたい気に入ったようだし、街の人との関係も悪くない。婚約破棄でアイスバーグとの関係悪化に危機感をもった商人連中が厭味を言ってきたり、ジェドに対抗意識を燃やしたロビンが絡んだりしたが、おおむね順調だ。
が、問題がないわけじゃない。
ジェドはなんというか、いろいろと危うかった。見てると、最初に心配してたのとは違う意味で冷や冷やするんだ。
すぐに体調を崩したり、ハーピーに攫われそうになったり、街の結界壊しかけたりするだけじゃなくて――って、並べると結構あるな。
そういや、秋の終わりに[迷宮の森]近くの岩山に連れて行ったときも、やらかしたんだった。
めずらしくルフ鳥が、岩山の上と、わりと地面に近いところに一羽ずついて。一羽は鳴いてるし、もう一羽も周りの岩と色は似てるが、でっかいし気づくだろうと思ってたら、ふらふらと近寄ったジェドが危うく狩られかけたことがあった。
どうやら鳴いてたのは雌で、雄に求愛給餌を要求してたらしい。鳥系のやつらの殺気は読みにくいからな。
首輪の防御魔術が起動する直前、エマが鞭でルフ鳥を一撃して事なきを得たが、さすがに俺も蒼ざめた。ハーピーに攫われかけたと聞いたときに、もっとしっかり状況の異常さを警戒するべきだった。
ルフ鳥は、大飯喰らいだが選り好みがひどくて、主な餌は中級レベルの魔物だ。つまり、ジェドは中級魔物よりも美味しそうだったってことだが、これがまずおかしい。
ジェドの魔力はざっと300。迷宮でも滅多に出会えない、ラスボスレベルだ。
普通、倍以上の魔力差があると、弱い相手にそれは威圧となって恐怖心や敵愾心を煽る。ヴィートさんやキリ婆が、魔物狩りのときに魔力を極力抑えるのは、これが理由だ。
中級魔物の魔力値は、50前後~100前後。ルフ鳥はそれよりちょっと多いくらいだから、ジェドの300台の魔力は威圧どころじゃなく、正直、全部喰ったら魔力を取り込みきれないレベルだ。
ハーピーみたいな下級魔物だと、喰った方が無事でいられない。下手をすると、血を呑んだだけで魔力あたりで悶え死ぬ。
魔物は本来そういった危険を避けるよう本能が働くし、その感覚が威圧と一緒に恐怖心を煽る要因にもなるはずだ。が、それを押し退けてでも、ジェドを喰いたい衝動が勝ったんだろう。
極上すぎる魔力。
ジェドの特異さはこれに尽きる。本人は極性だからどうのと言っていたが、そんなのは関係ない。他のやつとは質が全く違う。なんというか――澄みきってるんだ。
例えるなら、よく晴れた冬の青空に太陽を浴びながら舞い落ちる雪の光を凝縮したような、そんな清らかさを纏った魔力だ。
地の底から吹き上げるようなヴィートさんの峻烈さと全然別なのが面白い。
それはさておき、だからなのか魔力制御できていなくても、ジェドからはあまり威圧を感じない。精霊たちが懐くのも分かる。
カイルが『上質な魔力の塊が服着て歩いてる感じ』と言ったが、そのまんまだ。人見知りのせいか、知らない相手に対してはピリピリするが、俺たちの前だとぽわぽわのふにゃふにゃになる。魔力の質が性格に依るのかは分かんねえが。
とにかく。
質が良くて量が半端なくて制御できてない魔力を持った箱入りおぼっちゃまは、マジでヤバいってことだ。『魔物ホイホイ』とか、気軽に言ったが却下だ。
最初はエマが四六時中張り付いているのに違和感があったが、今は納得だ。こいつは目を離さねえほうがいい。
ま、一番の問題は、この異常な事態を本人があんまり自覚してないってことだ。
エマがいるなら大丈夫だろうと思って、森の入口での魔草採取を許可したら、巣を踏み抜いてシルヴァワーム塗れになって帰ってきたときは、俺も膝から崩れた。
なんでだ。あいつら草食だし、罠張ってるわけじゃないから、地面が不自然に盛り上がってて分かるだろうがよ?! 迂闊すぎるだろ!
しかも、シルヴァワーム臭にやられてエマが遠巻きになった瞬間、近くにいた巨大ハエ取り草に頭から齧られかけたとか。
あの臭い、魔物も嫌うんだけどな……それに勝ってどうするよ、ジェド……。
速攻、ジェドの森の出入りを禁止した。
ジェドの問題は他にもある。
アルバへ来て少し経った頃、挨拶がてら、自治兵団の詰所に連れて行ったことがあった。
成人後、学院に行くまでをアルバ城で過ごした〝若さま〟には、当時、下働きとして下町から何人か派遣されていた。『奥方様にそっくりで天使か精霊と見間違うほどのお可愛らしさなのに、お体がか弱くてお可哀相』だのと噂を流したのはこいつらだ。
しばらくうるさいくらいに盛り上がっていたから、会わせてやると喜ぶかと思ったら、これが想像の斜め上をいった。
『わたくし、グレッグと申しまして。あの、覚えてらっしゃいますかどうか、厩番をしておりましたガスの甥になります!』
『ガスって、ガス爺? もちろん覚えているよ。すごく世話になった。だが確か、体を壊して辞めたと聞いたが……?』
『はいっ。膝を悪くしまして、一昨年引退をいたしましたっ。他はぴんぴんしております!』
『それは良かった。近くにいるなら、会えるかな?』
『光栄でありますっ』
仰々しく敬礼するグレッグに、ジェドも周囲も苦笑いだ。
『それであの、もうひとり会わせたい者がおりまして……』
『もう一人? 私に?』
『あ、いえ。人ではないのですが……』
そう言ってグレッグが連れてきたのは、赤い首輪をした中型犬だ。
全体的に白いが、少し垂れた耳の先だけが茶色い雌。小屋は詰所内にあって、最初は兵団の番犬として飼う予定だったが、賢くておとなしく子どもにも人気なので、今では兵団の一員として見回りにも出ている。兵団はおろか、近所中のマスコット的存在だ。
『リリーといいます。あの、あなたが助けた仔犬、です』
『…………え?』
『えと、こちらにいらした頃、庭で怪我してた仔犬をあなたが拾って、怪我を治してこっそり飼っていたら、伯爵さまに見つかってとりあげられたんですよね? その子を伯父のガスが連れ帰って……俺のところに。で、俺がここへ連れて来たんです』
一瞬にして顔色が変わったジェドは、アメジスト色の目をこれでもかっていうくらい見開いてグレッグと白い犬を見る。
そして、いきなり大粒の涙を零しはじめた。
『ぅええ?! え、あ、あの、俺なにか……?』
『……いや、違うんだ。その、私は大叔父上から、仔犬はあるべきところへ連れて行ったとだけ告げられていたから……。てっきりもう、処分されてしまったものと、思っていて』
『え……』
『私は、助けたつもりが、かえってその子の命を縮めてしまったのだと……ずっと後悔していて。使用人から心配することはないと聞かされたけど、子どもを安心させるために言ってくれたものだとばかり……すまない。今まで、なにも知らなくて』
『そんな』
『育ててくれてありがとう。……良かった。生きて、こんなに大きくなっていたんだな。本当に、良かった』
ぼろぼろ涙を零しながら、リリーに抱き着くジェドに、その場にいた大人全員の心が鷲摑みにされる音がした。きゅぅーんってやつだ。絶対、聞こえた。
美少年の涙っつーの、やべえぞこれ。
リリーに顔を舐められ、泣き笑いになるジェドに、グレッグはもう陥落だ。いや、むさいおっさんの集まりであるはずの兵団の八割は落ちた。
領主の息子なんだから市民の味方が増えるのはいいことなんだが、どうも雲行きがおかしい。どうしたもんかと考えていたら、制服姿のカイルが、ついと俺に近寄って囁いた。
『ウォル、ジェドの護身術のメニュー増やしといてくれ』
……あ、うん。兄貴もヤバいと思うよな? 俺もそう思う。これなんか変な信奉者生んだわ。
下ろした手のまま、こっそり親指を立てて了承を示す。
しかし護身術ってのは、本人に危機感がないと、まるで役に立たないっていうのが大きな問題なわけで。
とりあえず俺は、持っていたハンカチでジェドの顔を乱暴に拭い、ついでに髪をぐしゃぐしゃにかき回してやることにした。
これで少しは落ち着くと思ったんだが。
……ぐちゃぐちゃの頭のまま、気の抜けた顔で笑ってんじゃねーよ。かわいいじゃねえか!
きれいな造りの顔は、どんなに小汚くしても絵になるっていう美点が、致命的な欠点になった瞬間だった。
俺の知ってるきれいな顔の奴といえば、弟のエリアスかフィオーリくらいだ。エリアスは絶対に懐かない野良猫みたいな性格だし、フィオーリは花街生まれで人のあしらいが巧く、逆にあの顔を有効活用しているしで、まったく参考にならない。
ジェドのこれは猫っていうより、そう――エマが言ってた〝仔犬〟っていうのが一番近い。極度の人見知りな仔犬だ。
……どうやって鍛えんだ、これ。
これはもう、ジェドじゃなくて俺の修行だ。
そういう意味じゃ、最初の勘は当たってた。確かに面倒なのが来たな、これ。
〝悩む前に動く〟っていう俺の信条が、初めて揺らいだ気がした。
*
貴族に会ったことがないわけじゃないが、冒険者をやってる俺の周辺にいるやつは必然、荒れた環境にいるのが普通で、性格も人間不信気味だ。
正真正銘の箱入り上位貴族ってやつは、こうも純粋培養なのか。
《聖誕祭》の後に、ジェドの妹と弟が救民院の炊き出しの手伝いに来たが、そりゃあもうかわいかった。口は立つが無邪気で素直で礼儀正しくて。はしゃいでもどこか品の良さがあって、下町の子どもたちとは段違いだった。
弟のほうがウマラ風の食事を気に入って、興奮してよく分からないことを叫んでいたが、それを差し引いてもかわいかった。ちっちゃいジェドが二人いた感じだった。
……そうなんだ。ジェドって、なんだか精神年齢が低いんだよな。
妹弟は八歳と五歳だったか。年の割に聞き分けも良くて大人びた発言をするから、余計にそう感じたのかもしれない。
今までジェドは、華公爵家の跡取りってことで厳しく育てられたのと、体が弱いのが引け目だったらしいから、甘えられなかった反動が来てるんじゃないかとエマは言う。
それにしても警戒心ゆるゆるだが、ヒースと一緒に薬草を持ってあれこれやったり、フィオーリを捕まえて質問攻めにしたり、コジローさんを膝に乗せたままエマと一緒に読書したり――まったく似ていないのに、エリアスがいなくなった穴に、いつのまにかジェドが入り込んでいるみたいで、俺たちもつい甘くなる。
もちろん訓練に手は抜かない。ジェドはなよなよして見えるが、負けん気はあるから、出来ないことを繰り返しさせても食らいついてくる。
来たときはもう十七だったし、他の癖がついてると厄介なものだが、ここでも性格が出るのか、体の動きもわりと素直に覚えていった。
目を背けないのもいい。拳や蹴りをすれすれで受けても、目を見開いて突っ込んでくるのは、肝が据わってる証拠だ。学院では、体が弱いのと上位貴族というので勝ちを譲られるような生温い練習に腹が立って、先輩や同じ上位貴族らと自主練に励んでいたらしい。
いい心構えだと思う。
難があるとすれば魔力制御だが、白魔鎮圧のときに見た限りでは暴走の危険性は低そうだ。万が一に備えてた俺の仕事が減って、ちょっと拍子抜けした。
体調が悪くなることもなくなったし、修行としては順調すぎるほど順調に進んでる。
あとは馬鹿なことをやらかさなけりゃ――ってのは、言ってもどうしようもないと分かりつつも、やっぱり思ってしまうのは仕方ないってところで。
「――おい、ウォル。おまえ本当にいいのか?」
騎士館での稽古の帰り、食堂で夕飯は食べたが軽く吞みなおそうと寄った店で、一杯目を飲み干したグリフィンが唐突に切り出した。
ちなみに店は、下町のアーケード街の片隅にある[花車]だ。元は有名な高級娼婦だった女が開いた飲み屋だが、数年前に亡くなり、リーザが引き継いでいる。
構えは小さいが、元娼婦の店だけあって夕方から明け方までが営業時間で、花街を行き来する客や夜勤の自治兵団がちょっと一杯ひっかけるのに好評だ。こんな真冬でも開けているのが、結構助かる。
夜の訓練のことを考え、まだ一杯目の蒸留酒を舐めていた俺は、つい面倒臭い目で付き合いの長くなった男を見た。
「なんのことだよ?」
「あのおぼっちゃまのことだ。いいのか? あんなやつをエマに近づけて!」
最近何か言いたそうにしてると思ったら、このことだったらしい。
「いいもなにも、そういう仕事なんだからしょーがねーだろ。ほっときゃ魔鳥に連れ去られるぼっちゃんだぜ?」
「そうだけど、そろそろ自衛もできるだろ? 離してもいいんじゃないのか? あいつら、べたべたしすぎだ」
「はは。確かに、最近ジェドは隠さなくなってきたよねえ」
軽い笑い声をあげて話に入ってきたのはフィオーリだ。
騎士団の稽古には正式に呼ばれてはいないが――Sクラスは報酬が高いから――気が乗ったときに無償で参加して、騎士団を恐慌の渦に陥れていく。性質の悪い兄貴分だ。
ヴィルトシュヴァインは馴染みの女のところへ、ピアニーは冬眠中のナビの様子を見に帰り、店の客は俺たち三人だけ。カウンターに横一列に座っている。
「ま、かわいいからいいんじゃないの?」
「フィオは、ヴィートさんの息子だからって甘すぎなんだよ」
「そういうわけでもないんだけどねー」
左隣のフィオーリが、酔っても素面でも変わらない口調でそう言い、俺越しに右隣のグリフィンを窺った。この席順、失敗したな。
「グリフはさ、エマのことが気になるから、ジェドが気に食わないわけ?」
「……ぶっ。はあ?! な、なに言ってんだよ!」
リーザに注いでもらった二杯目の酒に口をつけかけていたグリフィンが噎せた。
飛び散った雫を手拭で拭きつつ、フィオーリを睨む。
「変なこと言うんじぇねえよ、フィオ。酒、噴いただろうが!」
「だってさっきのって、嫉妬する彼氏的発言じゃない?」
「ちげーよ! 俺は友だちとして心配してんの! 兄貴がしっかりしねえからだろ!」
「俺に振んなよ、面倒くせえ」
「変な虫から妹を守るのが兄貴の役目だろ?!」
「……虫とか言うな、酒が不味くなる」
嫌なことを思い出しかけ、俺は残りの酒を一気に呷った。次を注ごうとするリーザを止め、グラスワインに切り替える。
「だいたいエマが俺の言うこと聞くと思うか? 絶対無理」
「だから、ジェドをなんとかしろっつってんだろ。なにかしでかすとしたら、あいつのほうだぜ?」
「そうは言ってもなあ……」
度数の低い白ワインを一口飲み、俺は言葉を濁した。
「俺も昔やらかしてっから、あんまキツいこと言えねーんだよなあ」
「確かに」
フィオーリが笑い、グリフィンも「まあな」と苦笑した。
俺は十六のとき、人妻と駆け落ちしかけたことがある。相手は三つ年上で、アッパータウンのお嬢様。意に沿わない結婚で憔悴しているところに、俺と恋に落ちた――はずだ、たぶん。
なぜ曖昧かっていうと、お互い家族を捨てて駆け落ちしようと約束した日、待ち合わせ場所に彼女は来なかったからだ。
代わりに来たのはグリフィン。俺は号泣だ。
風の噂じゃ夫婦仲は良好で、今じゃ彼女は三児の母らしい。不幸面して泣いてたあの涙はなんだったのか。女は怖い。
そんなわけで俺は〝一時の気の迷い〟ってやつが、どんなに恐ろしく嵌まりやすい落とし穴か、身に染みてよく知ってる。だから忠告はできるが、説教は無理だ。
「お互い大人なんだから、見守るしかないんじゃね? 痛い目遭っても、それも勉強だろ」
「普通の相手だったら俺も何も言わねえよ。けど、今回は相手が悪すぎる。貴族の最上位だぜ? それに、あいつがなにをしでかしたか聞いたろ?」
「んー。だけど本人は、相手の子をわりと好きだったみたいだし、婚約期間の火遊びなんて、ありがちじゃね?」
やらかした内容については、来て数日のうちに酒を飲ませて、本人から根掘り葉掘り聞き出している。その席には当然、こいつらを含め、アルバにいる専属たちが全員揃っていた。
そこで聞いた内容から判断すると、貴族連中の糞みたいな所業を知っている身としては、ジェドのしたことはただの〝若気の至り〟だ。
フィオーリも頷く。
「主に下位貴族相手だったのは気になるところだけど、とっかえひっかえしてたのは皇子ともう一人で、しかも半数は情報収集のためだったらしいしね。いろいろ詰めは甘いけど、まあ許容範囲じゃない?」
「婚約者がいるのに浮気する段階でアウトだろ」
根がクソ真面目なグリフィンが、びしりと言う。
こいつは特定の女を作らないと公言するわりに、女の扱いが丁寧すぎてこじれるっていう、半周まわって酷い男だ。
「そもそも婚約ってなにすんだ?」
「ウォル、その質問は正しくない。正確には、婚約は〝なにをするのか〟じゃなくて〝どういうものか〟が、問題なんだ」
「エリアスみたいなこと言ってんじゃねーよ」
屁理屈を言うフィオーリをじと目で睨む。
透明な酒をまるで水みたいに呑む年上の男は、空いたグラスをタンッと置いて語りはじめた。
「婚約は結婚のために行う事前契約だ。そもそもは、結婚の意思がある二人が家族と神殿に行き、祝福されて契約を取り交わす。そしてそれを一定期間、周辺一帯に公示したのがはじまりとされている。昔はそれほど国民の管理台帳がしっかりしていなかったからね。重婚や犯罪歴なんかを暴き出す期間が必要だったんだ。それが婚約期間」
「へー。わりとシビアなとこからきてんだな」
「現在、俺たちの周りで言う婚約は、想いあった二人が結婚の約束をして、それを親兄弟や友人知人に公表。そこから神殿で正式に結婚するまでの準備期間というのが一般的だ。当然、浮気をしたら大ブーイングだが、実際そこから婚約破棄、慰謝料って話はそんなに多くない」
「マジか」
「そうなのか?!」
「んー、まず口約束がほとんどだから、婚約の事実証明がしずらいんだよ。指輪を渡しても片方にその気がなかったと言われたら、第三者の証言や証拠がない限り、言い逃れはいくらでもできる。婚約の前提がなければ、破棄もできないからな。
あとは、公に準備を進めてるのに婚約破棄なんて外聞が悪いからと、強引に結婚するパターン。本人が言い出すこともあれば、親や親戚から強要される場合もある。ま、たいていはすぐに破綻するけど」
「ほー」
「これが貴族や大店の商家になると、家同士の結びつきが重視されての婚約がメインになる。特に貴族は、子どもが作れるくらい魔力が釣り合い、かつ、より優れた、ふさわしい家柄の相手が争奪戦だからね。これに政治的駆け引きが加われば、さらに選択肢は限られる。そこで十二の成人のときに、先物買い感覚で婚約を結ぶんだ。――で、ジェドみたいにやらかす奴が出るってわけ」
「なるほど」
十二歳は成人の年だが、ぶっちゃけ神殿で祝福を受ける以上の意味を感じたことがない。あるとすれば正規雇用が可能なくらいだが、平民じゃ十歳前後から見習いで働くのが普通だから、ちょっと給料が上がったくらいの認識だ。
飲酒も結婚も十六歳が下限。貴族は十八歳が社交界デビューの年だからか、年々結婚年齢が上がってるらしい。成人年齢を引き上げたいと、ヴィートさんが愚痴ってた。
「十二歳なんて、ガキもいいとこだろ。婚約なんて意味あんのか?」
「本人には実感が薄いだろうねえ。だから、実害のない範囲での火遊びは想定内なんだろ」
「……フィオはいろんなことをよく知ってるねぇ」
感心というより呆れた声で、リーザが言う。
フィオーリは片目を瞑って「商売柄、情報収集は必須だからね」と返した。
顔が広いのもあるが、こいつは男も女もイケる口だ。ヴィートさんに怒られて、だいぶ前に売りは辞めたようだが、そのときの顧客がわりと大物になっているらしい。情報源を突っ込むと、こっちがヤバい目に遭いそうだから、スルーすることにしている。
そのとき、タン!と右側からグラスをテーブルに叩きつける音がした。
「実害って、子どもができなきゃいいとか、そういうことか?」
「まあ、魔力差の問題はどうしようもないからねえ」
のんびりとフィオーリが躱そうとするが、グリフィンは苛立ちを深めたようだった。見ると、いつの間にかカウンターの片隅に、空瓶が一本立っている。
新しいボトルを開けるリーザに目で訴えたが、肩を竦められて終わった。
「そういやヴィートさんとこって、かなり魔力差あるのに、子ども三人いるじゃん。関係ねえの? 魔力差」
「それは俺も気になったんだけど、ヴィートさんに『愛情だよ、フィオ。愛で乗り越えるんだ』って、ものすごいイイ笑顔で言われてさ……。それ以上突っ込めなかった」
「いや、聞けるだけすごいぞ、それ」
話を逸らしたつもりだったが、ダメだった。
新たに酒杯を空けたグリフィンが、強引に話題を戻す。
「子ども出来なくったって、やることやってりゃ浮気だろうが!」
「どこからが浮気は人によって定義がいろいろだから、一概には言えないね」
「一般論を言ってんじゃねーよ。あのおぼっちゃんの話だ」
絡みつづけるグリフィンに、フィオーリの青い瞳が剣呑になった。
「そのおぼっちゃんは、やらかした責任とって婚約破棄して、相続権を剥奪されて皇都の職を諦めて、今平民と一緒に修行してるわけだけど、そのことに対してなんでおまえが文句つけるわけ? 意味不明なんだけど」
「違ぇよ。そうやって浮気したり婚約破棄したりしたやつは、信用がおけないって言ってんだよ。また次も同じように、婚約者や家族を裏切るに決まってる!」
一見なんの根拠もなく断定された発言に、俺はひらめくものがあった。
「なんだ、グリフ。おまえ、ジェドが婚約者を捨てたのが気に食わないのか?」
「そうじゃねえよ」
「いや、どう聞いてもそうだろ」
ため息をついて、少し硬い黒髪をぼふぼふと撫でる。
「おまえのときとは全然状況が違うんだから、勘弁してやれよ」
「……あー、なるほど。そういうことね」
察しの良い年上の男が、目から殺気を消して頷いた。戸惑い顔のリーザに説明する。
「こいつ、婚約者亡くしてんの」
「え、グリフ、婚約してたの?!」
「こいつが来たての頃の話だから、俺も頭から抜けてたわ。悪いな。気づくの遅くなって」
「……だから、別にそういうんじゃねえって」
グリフィンは否定するが、声が小さくなってるから図星なんだろう。
こいつが下位貴族の庶子だったってのはギルドでは知られた話だが、アルバに来た経緯は、お家騒動とかいう言葉で簡単に片付けられるものじゃなかった。
生まれは帝国の南端、砂漠の国アラーイス・アル・ニールとの境を治めるスカルディア子爵家。肌の色から分かるとおり、砂漠の国の民との混血だった母親は、子爵に見初められてグリフィンを産んだ。ここまではよくある話だ。
といっても、なにが特別だったわけじゃない。平民にしては少しばかり子どもの魔力が多く、母親が教養と愛情に溢れ、子どももまたそうだったってだけだ。
結果、兄の従者となるためにグリフィンが十二歳で子爵の元に呼ばれて教育がはじまると、みるみる奴は成長した――正妻の逆鱗に触れるほどに。
母親が人質状態で逆らえないグリフィンは、父と兄の陰で苛め抜かれ、ついには砂漠に放り出された。本当はそこで殺される予定だったが、グリフィンは生き延び――魔剣[イフリート]の主人に選ばれてしまった。
古代アラーイス・アル・ニールの王が、荒れ地に湧く魔物を退治するために天から落ちた星の欠片で創らせたという、伝説の漆黒の剣に瓜二つの魔剣。
宿るのは、稀有な岩漿の精の上級精霊だ。
貴族は長子相続が基本だが、魔力が強いことが絶対条件だ。このままでは父と兄からも命を狙われると、グリフィンは逃亡を決意した。それを知った母親は、息子を送り出すために自害。グリフィンは魔剣ひとつを提げて、一族を挙げて命を狙う正妻の手から逃げ、半死半生でアルバまで辿り着いた。
そこでエマに拾われ、冒険者登録をして落ち着いた頃、親父と一緒に正式な絶縁の手続きに子爵家に行ったわけだが――戻ってきたグリフィンの様子は最悪だった。
絶縁は、わりと簡単にできたらしい。だが、残してきたわずかな味方である数人の使用人と婚約者が殺されていたことが分かった。
婚約者は、正妻の機嫌を損ねないよう選んだ地元の貿易商の娘で、当時十五歳。どうやらグリフィンがいなくなってすぐに捕らえられ、拷問の末、殺害されたようだった。
失意のあまり、その貿易商一家は廃業、離散。
あまりに非道な所業に、親父も方々手を尽くして子爵家を訴えようとしたが、領内で行なわれた領主の裁定に国が口を出すこともできず、書面での注意勧告という措置に留まったという。
これが、親父と本人から数年かけて聞き出した、グリフィンのクソ重たい過去だ。
このなりゆきで貴族に悪感情を持つなというほうが無理だが、その裏に婚約者に対する確かな想いがあったってことに、俺は今の今まで気づいていなかった。
「おまえ、ほんとに婚約者を大事に想ってたんだな」
「だから、そうじゃねえって」
「だけど引っかかってるのは、そこだろ?」
畳み掛ければ、グリフィンが黙った。しばらくして、ゆっくりと口を開く。
「俺の場合は、家の都合もだけど幼馴染だったから、婚約者っていっても妹みたいなもんで、恋愛とかそういうんじゃないんだよ」
考えをまとめるように、グリフィンの指先がコツコツとテーブルを弾く。
「あいつは、たったの十五歳だった。死ぬには早すぎるだろ。俺は自分の命を守るのに必死で、あいつを守ってやれなかった。それが……引っかかってる」
「おまえだって、十六とかそこらだろ? 自分の命守れただけで充分だろ」
俺がそう言うと、グリフィンはグラスを両手で包み、深い息をひとつ吐いた。
「分かってる。俺も、これは八つ当たりだって分かってるさ。だけどダメだ。
全部与えられて、幸せにする義務も権利も守る力も全部あるのに、それを平気で放り出すやつを、俺は認めたくない。どんなにいいやつでも、だ」
おそらくグリフィンは、状況が許せば、婚約者や母親や味方でいてくれた人たち全部を守って、幸せにしたかったんだろう。だけど、それは現実が許さなかった。
俺は慰めるように、右隣の男の肩を軽く叩いた。
「まあ、しょうがないんじゃね? 譲れない部分ってのは、誰にでもあるさ」
「俺もジェドがいいやつだって、分かってはいるんだぞ? 心が清らかじゃないと精霊も近づかないし、視えもしないからな。けど、それとこれとは別だ」
「へいへい」
「……だけどね、グリフ。恋はどうしようもなく落ちるもんだよ? 本人だって止められないのに、どうやって周りが止める?」
せっかく俺が収束させかけた流れを、フィオーリが掻き乱す。なんて奴だ。
案の定、グリフィンが俺越しにフィオーリの胸倉に手を伸ばした。
この席順、マジで失敗だぜ、まったく。
「おまえだって貴族連中にいろいろ思うことがあんだろーがよ?!」
「いいや? 俺が一番許せない相手は、俺自身だからね。貴族なんてどうだっていい」
湖水のような青の瞳が冴え冴えとした光を宿し、俺は首筋の産毛が逆立つのを感じた。
フィオーリの首のチェーンにぶら下がるのは、日緋色金と灰銀の二枚の認識票。Cクラスのそれは、フィオーリのかつてのパートナーのものだ。
彼女を喪ったとき、フィオーリはAクラスに上がる権利を放置し、無名の一冒険者として闇ギルドに加入。数年をかけて暗殺者としてのし上がり、黒幕の大物貴族を突き止め、闇ギルドもろとも壊滅させた――彼女の仇を討つためだけに。
俺やグリフィンが太刀打ちできる相手じゃない。少なくとも今の状況では。
「身分を振りかざす相手を厭うなら、おまえ自身が身分に振り回されないことだよ、グリフ。個人をきちんと見ろ」
「頭で分かっても感情がついていかねえんだよ」
「だから、それが他人にも当てはまることを認めろって言ってんの」
フィオーリの手刀が、グリフィンの脳天に落ちる。ようやくグリフィンが襟元から手を放した。
「しでかしたことはともかく、ジェドは今、手を抜かずに修行してるし、家やギルドの手伝いもこなしてる。ヴィートさんの魔道具のおかげで、エマに手も出せない。それで充分じゃないか」
「そう、だけど」
「エマに対しても、ちょっとうっとうしいけど、まあまあ真剣に考えてるみたいだよ?」
「そうなのか?」
「[浮雲楼]に連れて行ったら、好きな人がいるからって、ずっと相手の子と喋って終わったよ」
「娼館に連れてったのかよ?!」
「本性を曝け出させるには、裸に剥くのが一番だろ? 今回のが一時の建前だったとしても、女の子に対する態度も悪くなかったし、まあ及第点かな」
実は昨日、夜の訓練のあと、俺とフィオーリでジェドを花街に連れ出していた。
俺は、溜まってんじゃねえかなっていう気遣いと、お気に入りのパンツをかわいくされた軽い復讐のつもりだったんだが、フィオーリは別の思惑があったらしい。
客の少ないこの時期、初心そうで生真面目な美少年に娼館中が湧きかえって、俺の復讐が果たされなかったってことは、付け加えておく。
「……とにかく。トラウマはおまえ自身の問題だ。おまえがこれまで直にジェドに感情をぶつけずに、指導に協力してきたことは認めるよ。だけど感情が整理できないなら、一度離れろ」
人を俯瞰して見る癖のあるフィオーリは、皮肉屋だが面倒見がいい。冷たい中に情の籠もった言葉に、グリフィンも感情を鎮めたようだった。
「グリフがエマを好きで頑張るっていうなら、俺も協力するんだけどね。だいたい、一日で別れた元カレが口を出す権利はないんだよ」
「元カレ……?!」
思わず右隣を見れば、気を取り直して酒を呑みかけていたグリフィンが噴いた。
「……な、なんでフィオが知ってんだよ!」
「エマから聞いた」
「あ、あたしも知ってる」
愚妹と仲の良いリーザが手を挙げる。
「あれは、いろいろ事情があって……!」
「知ってる知ってる。ろくな男とつき合わないからって、試しに一日限定でお付き合いしてみたけど、やっぱやめとこうって話になったんだろ?」
「まじか」
「グリフが呑み潰れたのよ。で、エマが連れて帰ったの」
「なにやってんだ、おまえ」
「……いや、だからな。二人でいると楽しいんだけど、いつもの感じでちっともイイ雰囲気にならないから、これは呑ませるしかないと思ったんだよ……!」
「「「あー」」」
三人の声が揃った。
酒、強いんだよな、うちの家系。飲酒可能年齢なりたてとか関係ねえから。
しかし、エマとグリフィンがそんなことになってたとは知らなかった。が、思い返すと、あの日だったんだなという心当たりはある。
……しっかし、グリフとエマかー……。
昔はグリフィンが本当の家族になればいいと思ったことはある。あいつが荒れてた最初の頃の話だ。
だが、相棒として親友として付き合いの長くなった今は、少し離れていたほうがお互い楽だと気がついた。
それに。
「ねえな。グリフにエマの相手は無理だろ。手に負えねえよ」
ちまっとして、ぱっと見おとなしそうだが、中身は猛獣だからな、あいつ。
「……おまえの前で肯定するのもどうかと思うが、確かにそう、だな」
「あれを御せるのは、今のところカイ兄くらいだ」
「エリアスくんは?」
「あれは、御してるように見えて被害が拡大するから論外」
「そうなんだ」
エマとつるんでまだそんなに経っていないはずだが、いろいろ聞かされているらしいリーザが、くすくす笑う。
そういやこいつも貴族絡みでえらい目に遭って、アルバに流れ着いたんだった。多いな、そういうやつ。
「だけど、蒸し返して悪いけど、あたしはグリフの意見に賛成だよ? ジェド様はイイ子だし嫌いじゃないけど、エマには傷ついてほしくないから」
「だろ?! ちょ、リーザからも言ってやってくれよ!」
「あたしが言うなら、流されないように気をつけなって、エマに忠告するくらいだよ。最終的に自分の身は自分で守るしかないんだから」
「リーザが一番大人の意見だ」
フィオーリが言い、ようやくグリフィンが沈黙した。
「それよりウォル、エマに休みをあげてよ。こっちに帰ってきてから働き詰めで、見てられないんだけど?」
「ジェドのせいか?」
「っていうより、なんだか追い立てられてるみたいに仕事詰め込んでるのよね」
「……んー。どっか連れ出すか」
「任せる。協力はするから、お願いね?」
言い置いて、リーザが店の奥に引っ込む。仕込みか、在庫の追加なんだろう。
グリフィンの横の空き瓶は二本に増えていて、少し眠そうな顔をした男がトイレに立った。
人の減ったカウンターで、ふいに落ちた沈黙をフィオーリが破る。
「ジェドのことなんだけど」
「ん?」
「あの魔力、ちょっと変わってるだろ?」
「まあな」
「たぶんあれは、精霊に近い」
「は?!」
「それに兵団にいる犬。ジェドが助けたっていう子――あれも半分精霊化してる」
低い吐息交じりの囁きは、隣にいる相手にしか聞こえない特殊な声だ。クーの超音波とは違う、暗殺者時代に身につけた技術だという。
そこまでできないが、俺も声の調子を落として返した。
「や、確かにリリーは賢いけど、半分精霊って」
「カイルから聞いたんだけど、その犬、行方不明の子を探すだけじゃなくて、誰に言われるでもなく火事から人を助け出したり、強盗から守ったりしてるってさ。一部で不死身だとか神の使いって噂も立って、魔物だったら困るってことで、非公式に俺が確認することになったんだよ」
エマの[鑑定]とはまったく別の〝目〟を持つフィオーリは、魔力の流れや性質を視るのに長けている。
「いつの話だ?」
「二年くらい前。視たら、魂がおかしなことになっててさ。もとは明らかにこっちの世界のものなのに、精霊の要素が混じってるんだよ。理由は不明だったけど、怪我をしたのをジェドが助けたって聞いて納得だ。
たぶんその犬は死にかけてて、子どものジェドが必死で魔力を注いで助けたんだろうね。生まれたときに精霊が二体も憑いた魔力だ。もう一体産み出したとしても不思議じゃない」
ちなみにヴィートさんには報告済み、と付け加えられて、俺は頭を抱えた。
なんでこう、俺の常識を軽々飛び越えるかな、ジェドは。
「師匠とも話したんだけど、竜人とも違う魔力らしい。古竜の祝福の影響がどこまであるかは不明だけど、人でも魔物でも古代人種でもなく、一番近いのが精霊ってこと」
「それでなにか問題あるのか?」
「俺たちの身近に、めっぽう精霊に好かれる子がいるよね? 放っとくと、精霊に連れ去られるんじゃないかってくらい、相性のいい子が」
俺の全身から血の気が引いた。
「マジか。つまり……」
「ジェドは本能レベルでエマに惹かれてる可能性がある。恋愛じゃなくてね」
「……そういや、いい匂いって言ってたな」
「獣人的な嗅覚であれば良かったんだけど、おそらく違うね」
フィオーリが深々とため息をついた。
「もうひとつ問題がある。この性質は互いに影響する――つまり、おまえらもジェドに惹かれるってこと。威圧、感じないだろ?」
「他のやつらも感じてないっぽいぜ? ナビだってすり寄ってたし」
「先祖返りたちは除外だ。精霊や強い魔力に馴染みすぎてる。ヴィシュは時々だけど、ジェドが薄ら怖いときがあるって言ってたし、たぶんグリフのあれも威圧が関係してると思う」
「火の精霊が憑いてるもの同士、相性良さそうなのにな」
「ジェドには氷の精霊がいるだろ。言っとくが、気軽に背中に乗れるようなレベルの精霊じゃないぞ、あれは」
「ふたりともかわいいぞ?」
「その、おまえらの、特殊性を、そろそろ自覚しろ」
「精霊が視える家系ってだけじゃねーか」
青い目を厳しくしたフィオーリが、俺のほっぺたを摘まんだ。いてて。
「グリフにはああ言ったけど、俺はこの状況を結構マズいと思ってる。あいつとは全然別の意味でだけど……気をつけろよ、ウォル」
「……わあーってるって」
頬から指を外され、俺は頷いた。
仄かに回ってた酔いなんて、とっくの昔にかき消えていた。
「ジェドがこれから先祖返りを起こしたら、確実にヴィートさん級だ。しかも、肉体を持った精霊だ。その性質は想像もつかない。精霊の感覚のままエマを欲したら、なにがあっても離さないだろう。例え――エマが壊れようとも、だ」
そしてそのときは、俺たちではなく[迷宮の森]の番人と盟約を交わすアルバ華公爵が、ジェドを討つことになる。
最強の先祖返り同士の対決。そうなったら、この地は割れる。
今まで想像もしたことのなかった恐ろしい未来――だが、俺の脳裏に浮かぶのは、やっぱりコジローさんと戯れつつ、仲良く並んで笑うジェドとエマの姿で。
「ねえよ」
「……え?」
「そんなことにはならない。いや、させねえよ。だから安心しろよ、フィオ」
「なんで言い切れるんだ?」
「俺は……あいつらの兄貴だからな」
兄ってやつは、下の弟妹を守るものだろう? 俺が、カイルやこのお節介な兄貴分に、これまで助けられてきたのと同様に。
昔、エマが視た俺のスキルは、[革新]。
道がないなら、切り拓くだけ――それが、俺のやり方だ。




