23.若虎の愚痴(1)
俺はウォルター・シラー。北部の街アルバレスで冒険者をやっている。
冒険者ってのは、昔てっとり早く稼ごうと魔獣狩りや迷宮探索、傭兵なんかをやってた腕に覚えのある連中が、格好つけて名乗った職業だ。今じゃ広く他国でも知られているが、俺はただの〝魔物狩人〟って名乗るほうがしっくりくる。
ランクはA。俺の年ではまあまあと言っていいレベルだが、ギルド長の親父の跡目を継ぐなら、筋力のピークを迎える二十代後半までにSクラスに上がりたいところだ。
国からの応召義務がある代わりに、貴族からの個別依頼を断る権利もあるSクラスは、冒険者の中でも特別枠だ。それまでと違って依頼加点で上がれるものじゃなく、他のSクラス以上の立会いの下、決闘もしくはそれに近い過酷な依頼を遂行して、ようやく認められる。
一見、簡単そうな条件だが、これがなかなかキツい。
だいたい、うちのギルドにいる連中が半端ない。
普通ギルドに一人か二人っていわれるS級が、七人もいるんだ。
SSは二人。人外のフェニーチェと、国の宰相様で華公爵で竜人の先祖返りのヴィートさんだから、完全に論外だ。
Sクラスは、ババアのくせに底無しの魔力の[緋眼の魔女]キリと、その弟子で元暗殺者の[地獄の道化師]フィオーリ。この世に斬れないものはない[剣神]サスナーに、[猛虎]ザントゥス――俺の親父だ。
あともう一人は訳ありの先祖返りだから勘定に入れないとしても、そんな連中に混じって五十を超えて現役バリバリでSクラスをやってる親父は、かなり異常だ。どこからくるんだ、あの体力。
決闘で倒してSに上がるなら、相手は親父だと思っているが、たぶん今戦っても勝てるのは三本に一本くらいだ。
魔力も体力も俺と大差はないが、決定的な違いは判断力と体の使い方の巧さだと、長年親父の相棒をやってるヤンは言う。
体の使い方は分かるけど、判断力ってなんだ。敵と対峙したら、全力で勝ちにいく以外に何の判断がいるんだ? 意味分かんねえ。
ぶっちゃけ、俺は頭が悪い。策略を練るより、思いつきでいったほうが断然成功率がいいし、俺の勘は外れたためしがない。だけど、勘だけじゃやっていけないってのは、俺でも分かる。
俺は、魔術も剣もそこそこ。頭も良くないから手数だけでも増やそうと、弓、槍、棒術、格闘技、東国や極東の武術まで修めた。が、どれもいいとこまでいくが、その道を極めた人間にはやっぱり敵わない。
こういうのを〝器用貧乏〟っていうんだと、口の減らない愚弟が言った。器用さと懐具合に何の関係があるか知らないが、確かに俺は貧乏くじを引いてると思う。
本来なら俺は、ギルド[蒼虎]を継ぐべき者じゃないからだ。
兄弟の中で一番冒険者に向いているのは、間違いなく俺だ。
昔は長兄のカイルが継ぐものだと、俺も周りのみんなも思ってた。目立つ技能はなくて冒険者としては堅実。代わりに人望は抜群だから、俺は全力で兄貴を支えられるように、右腕になれるように必死で頑張ってた。
だけど。
『……ごめんな、ウォル。おまえの理想の兄貴でいてやれなくて』
二十歳の誕生祝いの席で突然宣言された、冒険者資格返上と自治兵団への入団。これまで一度も自分を優先したことのなかったカイルの初めての我儘に、家族もギルドの連中も反対することはできなかった。
俺は最初すごく反発したけど、兄貴を嫌いにはなれなくて、結局は受け入れた。俺とは違う場所で家族を守ろうとしてるってことが分かったから。
カイルが冒険者を辞めた後、跡を継ぐのは俺か、二個下のエリアスのどちらかと言われるようになった。
肉がつきにくくて背もそれほど伸びなかったエリアスは、どちらかというと魔術師寄りで、古代遺物や希少種の魔物との遭遇がなかったら、冒険者なんて絶対やらなかったと言い切る知識オタクだ。
なにしろ、筋トレ中も本を手放さない。本を読む時間を作るためだけに最速の討伐方法を考え出し、効率を上げようといろんな魔法陣や魔道具を開発したりする。どんだけ本好きなんだ。
頭がいいのは確かだが、良すぎて馬鹿に思える。
一番馬鹿だと思ったのが、俺が十七、あいつが十五で、二人で素材採取に出かけたときだ。たまたま見つけた新規迷宮に興味本位で入ったら、いきなり飛ばされた転移扉の先はマンティコアの巣で。
顔は狒々、体は獅子で、蝙蝠の羽根と毒針の尾をもつ真紅の魔獣。Bクラスになりたての俺とCクラスで魔術特化のエリアスに、その凶暴な上位種は強敵すぎた。
あいつは隙を作るために自分から囮になって、右足をマンティコアに噛み砕かれた。
おかげでマンティコアは撃破できたし、毒を受けたわけじゃなかったから、エリアスの足はどうにか切り落とさずに済んだ。が、あいつは二度と走れなくなった。
『謝んないでよ、ウォル。僕はいいんだよ。だって父さんも、これでもう僕に冒険者をやれって言えないでしょ? むしろ好都合』
『てめぇ……』
『別に狙ってやったわけじゃないよ? でも、やっと正々堂々と勉強ができるんだ。そういう意味じゃ、良いきっかけをもらったと思ってるよ』
嘘か本当かつかない飄々とした顔であいつは言い、そして貴族でも難関と言われる皇都の学術院に十七で入学して、学者になった。
まったく、頭の良い馬鹿ほど手に負えないものはねえ。
こうして、俺がギルドの跡継ぎと公然と言われるようになったわけだが。
もうひとつ大きな問題が残ってる。
帝国最古と言われる、冒険者ギルド[蒼虎]――その名が示す通り、代々その長は青髪金目の者が務めてきた。金茶の髪と目をもつ親父や俺は、その点で外れている。
そもそも、実力社会である冒険者ギルドで世襲するほうが珍しい。だが、俺たちはただの冒険者じゃない。
俺たちは冒険者であると同時に、[迷宮の森]の番人だ。
シラー家の血筋に必ず生まれる、青髪金目。初代と同じ色を持つそいつは、[迷宮の森]の主と対話することができると言われる。
今も、表向きはギルド長の親父が仕切っているが、ギルドの権利はすべて母のジーニア・シラーが握っていて、重要な決定は母の承認なしには下されない。
地脈を調律し、迷宮の魔窟化を防ぎ、魔物の暴走を抑え、魔力の循環を保つ――迷宮の主・ジジさまの意志を一番よく識るのが母だからだ。
そして次代はおそらく、青髪で、母や弟よりも鮮やかな黄金の瞳をもつ、妹のエマだ。
俺はそれまでの中継ぎにすぎない。
まったく――本当に、貧乏くじもいいところだ。
*
部屋にある革製品の手入れをしていたら、いつになく思考に没頭していた。
暇なのがマズいんだな、と頭を振って、もやもやした感情を打ち払う。
白魔の鎮圧が終わって《聖燭祭》を迎えるこの頃が、この辺りの雪のピークで、実質冒険者稼業は冬休みだ。兵団の手伝いやご当主様関係の用事はあるが、基本的に時間が余るから、留守番の傍らこれまでできなかったギルドの掃除や修理、装備のメンテナンスをするのがルーチンだ。
とはいえ、今朝ムーからの伝話鳥で、親父たちと合流したと連絡があったから、ゆっくりできるのもあと数日だ。
魔草ハオマの油と蜜蝋を混ぜたオイルを革ジャケットにすり込んで、乾いた布で磨く。ハオマ油のいいところは、魔法素材だけじゃなく普通の素材にも使え、ゆっくり浸透して強度を上げてくれるところだ。
冒険者にとって、ズボンや肌着、マントだけじゃなく、ブーツや上着、籠手や剣帯なんてものも基本的に消耗品。魔法素材同士では相性が悪いこともあるから、普通の牛革や馬革なんかをとり混ぜながら複数常備するのは嗜みってもんだ。
オイルを塗り終わった装備を風通しのよい日陰に並べ、乾かしていく。
今並べているのは、二、三年前に討伐したキマイラの皮から作った装備一式だ。火属性の魔獣だから耐火・耐熱に優れている、夏用の装備だ。あいつらは群れるから、一気に素材が集まるのが助かる。
といっても、群れ全部を討伐したわけじゃない。群れが大きくなりすぎて近くの村に被害が出たから、間引いただけだ。
普通の獣でも似たようなことが起こるが、魔獣で違うのが、地脈の乱れの影響を受けやすいこと。そして、それによって凶暴性が増したり変異種が生まれたり、最悪、魔物大災禍を引き起こすことだ。
そういう場合は、変異種か一番暴れてるやつを狩ってやると、地脈の乱れもあらかた収まる。理屈は分かんねえが、大きな流れを保つために、そいつらが体を張ってくれた結果なんじゃないかと、俺は思っている。
だから、俺たちは無駄な狩りをしない。魔獣も魔木や魔草もだ。魔力を持つものを根こそぎ死滅させることは、その地の魔力の流れを変えて地脈を乱すことに繋がる。
それはギルド[蒼虎]の冒険者としても、人としての在り方としても間違ってる。
先代のスタンレー祖父さんなんて、ほとんど討伐をしなかったらしい。[迷宮の森]に入れば、魔獣のほうから討たれに姿を現わしたという。
これが眉唾と言えないのが、シラー家の不思議さで。
俺たちはそうでもないが、妹のエマが[迷宮の森]に入ると、絶対に魔物は襲ってこない。ただの平穏な森の散歩で終わるんだ。素材採取するには楽ちんだと、本人はのほほんとしているが、おかしいだろ。
地下迷宮は地脈の影響下にあるからか、入れば普通に魔物に遭遇するが、[鑑定]でどの程度のヤツが何匹いるとかお見通しだから、一緒に入るのが嫌になる。ちっとも訓練にならねえ。
勿論このことは、専属以外の冒険者には極秘だ。まあ、たまに貴族上がりのほわほわしたやつが魔草採取なんて来たときには、エマをつけることもあるが。安全対策ってやつだ、こっちも商売だからな。
これが、魔物に恐れられているかというと、そうでもない。むしろ好かれてるんだと思う。薬草の在り処を聞いたり、怪我した魔獣を助けたりしてるからな。時々うちの表稼業を忘れてるんじゃないかと疑ってる。
だが、魔物以上にエマが好かれている相手が、精霊だ。
赤ん坊の頃なんて、[迷宮の森]の入口まで散歩に連れ出して、よく寝てるからとちょっと目を離したら、乳母車の中にいたあいつは、姿が見えなくなるくらい精霊の丸い光の群れに包まれていた。
なにをしたわけでもされたわけでもなかったが、心底肝が冷えた。そのまま精霊に連れ去られるんじゃないかと、しばらく本気でビビってた。
小さい子は魂が精霊に近いから好かれやすいというが、あいつはマジでおかしかった。なにせ詠唱も知らねえのに、『精霊さんお願い!』で魔術を発動させてたからな。聞くほうも聞くほうだ。親父も頭を抱えてた。
極めつけが、俺が冒険者登録をした年だから、エマが六つくらいの頃だ。
俺たちの後を追いかけたエマが、一人で [迷宮の森]に入り込んで迷子になったことがあった。俺は、家族や冒険者たちと探し回って、いつの間にかまったく知らない地下迷宮に行き着いた。
苔も水もないただの穴蔵のようなそこは、ほんのりと光輝く空間で。落とし穴のようにぽっかり空いた地下空間で、エマは丸まってすやすや眠っていた――巨大ななにかの腹らしき、ふわふわの青い毛皮に包まれて。
気づいた瞬間、俺は戦慄した。同時に、頭で答えを出す前に、心を読まれたとも感じた。
地下迷宮の遥か下を走る、黄金の星屑の流れ。それを丸ごと包む、途轍もなく大きなこのものこそが、迷宮の主――ジジさまなんだと、俺は一瞬で悟った。
眠ったまま家に連れ帰ったエマは、地下でのことをまるで覚えていなかった。
ふかふかのぬくぬくで最高の寝心地だったらしい。そりゃそうだろうよ、もっふもふだったからな! 羨ましくなんかねえぞ、畜生。
ジジさまは、人によっていろんな現われ方をする。でっかい獣なのは確かなんだが、部分しか見えないんだ。
母親は、尻尾なのかふわふわしたものが視界を通りすぎたり、やわらかい毛触りが頬を撫でる程度。
親父の場合は、結婚の承諾を得に迷宮に入ったときが初対面で――それまで何度迷宮に潜っても会えなかった――拝礼した頭にかかった大きな鼻息だけ。
カイルも、まともに会ったのは結婚の報告のときで、ぼふんと頭になにかが圧し掛かり、少し硬めのそれはなんだろうと思ったら、どうやら肉球だったらしい。姿は見えなかったようだけど、巨大肉球イイな。ちょっと羨ましい。
エリアスは、学術院に合格して皇都に行くことになった報告に訪れ、臭いを嗅がれたらしい。鼻息とちくちくした髭があたったそうだ。
エマは――たぶんめちゃめちゃ会ってる。全体は見たことないらしいが、森に侵入した密猟者を見つけては、迷宮に誘い込んでジジさまの一撃――尻尾や爪、時には鼻息だけ――を浴びせて退治しまくっているからだ。
いやだから、ジジさまを罠扱いするのはやめろな? 確かに最終兵器っぽいし、俺たちの大ボスと言えなくもないけど、〝主〟だからな?
下手すると、領主様よりエライからな?
そういえば、このアルバレスを含む一帯を治めるアルバ華公爵は、代々当主にだけ迷宮の主の存在が明かされるそうだ。基本的に、俺たちも含めて〝不可侵〟――手を出すなってことになっているらしい。
子どものころからギルドに入り浸って、貴族デビューする前に冒険者デビューを果たしたヴィートさんは、当主になる前からこのことを知っていて、主についていろいろ調べたみたいだが、資料がなさすぎてほとんど分からなかったと聞いた。
ちなみに、ジジさまとの遭遇はゼロ。何度か会おうと迷宮深部に潜ったが、空振りだったそうだ。
エマ曰く、『ジジさまのほうで顔を合わせないようにしている』らしい。
影響が大きすぎるとかなんとか。細かい理屈は知らねえが、おっきな力同士が接触すると大変なことが起こりそうだから、会わなくていいんだと思う。必要ならジジさまのほうから姿を見せるだろっていうのが、家族一同の見解だ。
これは一般市民に対しても言えることで、伝説とかおとぎ話レベルで浸透してる迷宮の主に、会ったことがあるってやつが偶にいる。これが高確率で、その孫がうちに嫁に来たり、本人が養子に来たりするんだ。全部お見通しってやつだな。
実は親父もこのパターンで、[迷宮の森]で行き倒れてたところをジジさまに助けられた――正確には、意識を失った状態で救われ、ジジさまに導かれた祖父さんに保護された――らしい。
本人は未だにそのときの記憶がないことを悔しがっているが、それもたぶんジジさまの定めたこと。覆しようがない、運命みたいなものだ。
俺は、神ってものは信じないが、この世には途方もなく大きな――ジジさまよりも大きくて計り知れないものが存在するってことは信じてる。
同じように、生まれ持った宿命のようなものは信じないが、運命や巡り合わせってやつは信じることにしている。
定められた道は、たぶんある。だけど道は一本じゃない。それを探して、選んで、悩んで、足掻いて、間違って――人生ってのは、多分そういうもんだ。
それに、みっともなく足掻いてこそ得られるものがあるってことを、俺はもう知っている。
だから俺は、貧乏くじを握ったまま、最良の運命を探し続ける。
俺にとってだけでなく――俺と、俺の家族や仲間たちにとっての最良を。




