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19.へたれ仔犬の心身改造計画(12)

  

 この先は朱王に頼むかと、前に視線を移すと、小さな火竜はまだエマの腕の中で震えていた。情けない。

 そのとき一陣の熱風とともに、威勢の良い声が私の耳朶を打った。


「ジェド、後は任せろ!」

「そのデカいのは退がらせとけ。怪我すんぞ!」


 ヴィルトシュヴァインとグリフィンが、風と炎を巻いて白魔に躍りかかる。次いで、ばさりと羽音を立て、瑠璃色の影が視界に入った。

 通りすがりざま、その背に乗る薄紅の髪の女闘士からも声がかかる。


「よくやってくれた、ジェド。その子たちにも礼を言っておいてくれ」

「あ、ああ」

「じゃ」


 褐色の頬をふっと緩め、セラが片手を挙げて去っていく。彼女の背に掴まって手を振るピアニーにも手を振り返し、私は妙な感慨に陥った。

 初めてセラとまともに会話したかもしれない。私は何ひとつ活躍していないが。


 私はなぜか機嫌の悪そうなウォルターの許可を取り、青龍を引き揚げさせた。

 瘴気の穢れを帯びた精霊を呑み込んだこともあり、回復のため星霊界に返すつもりだったが、有翼の蛇竜は大きいまま、私の頭の後ろあたりでとぐろを巻いて落ち着いた。

 強引に返すこともできたが、『しばらく会えなくて寂しかった』という感情が流れてきて、そのままにする。


 ……精霊に押し負ける契約者って、どうなんだ……。


 私は、ようやく姿を現わした青空の切れ端を見上げ、ほうと息をついた。もう[探照光サーチライト]は必要ないほどの明るさだ。

 エマの腕の中のミニ竜を見下ろせば、とっくに震えは止まり、尻尾だけがリズミカルに揺れている。


「うふふ。ぬくぬくー」

『ふわふわ。ぬくぬくー』


 ご機嫌なエマの独り言と一緒に精霊の本音が聞こえ、私は思わず朱王を抱き上げた。


「ああっ。わたしの暖房が~!」

「精霊を暖房代わりにしない!」


 だいたい契約精霊が、なぜ他の人間になついているんだ。しかも胸に抱っこって、なんて羨まし……げふんげふん。

 ベルトで繋がっているせいで後ろに向き直れないエマが、懸命に両手を伸ばす。


「せっかくいるんだから、ぬくぬくさせてくれたっていいじゃないですか!」

「ダメだ」

「え~っ」


 エマがかわいらしくふくれっ面を作って抗議するが、心を鬼にして朱王を頭上に上げる。ふいに、その手が軽くなった。


「なんだ、あったかいのか? こいつ」


 気が付くと、サブローさんを器用に斜め上方に近づけたウォルターが、片手でミニ竜を掬い取っていた。


『キュ?』

「お、ほんとだ。すっげぇ。あったけ~」


 ウォルターは感触を堪能するように、朱王の前肢の下に両手を差し込んでフニフニさせる。ムーから叱責が飛んだ。


「遊んでいないで手伝ってください、ギルド長代理。もうじき片が付きますよ?」

「分かってるって」


 その会話に気づいて視線を転じれば、地上ではグリフィンら四人による総力戦が終局を迎えていた。

 瘴気を纏った白魔に、直接攻撃はなかなか効かない。だが、執拗に同じ箇所を攻撃し続けることで、確実にダメージが蓄積されたのだろう。

 巨大な王獣ベヒモスは、ついに左前肢を斬られ、血とも思えぬ真っ黒な体液を噴き出しながら、地面に膝をついた。


「行くぞ。ムー、背面に回れ。三方で囲む」

「承知」

「エマ、ジェド、手を貸せ。立方結界だ」

「位置は?」

「高度はそのまま。おまえらは左に行け。俺は右だ」

「了解……て。ちょ、ウォル。精霊返しなさいよ!」

「あったけーんだもん。ジェド、ちょっと借りんぞー」


 「この馬鹿兄貴!」というエマの暴言も気にせず、ウォルターはコートの襟元にぽとりと火竜を落とし入れ、サブローさんを駆って去っていく。

 『キュ? キュゥゥゥ~ッ?!』という朱王の鳴き声が悲しく響いた。


「ジェド、いいんですか?」

「仕方ないよ。嫌なら、自力で戻ってくるだろう」

「……それならわたしに貸してくれてもいいのに」

「その話は後だ。私たちも急ごう。タローさん、頼むぞ」


 退屈していたのか、鼻息も荒くタローさんが走り出す。青龍が後を追って飛んで来た。

 眼下の大地では、ヴィルトシュヴァイン、ピアニー、セレジェイラの創り出した光の帯に捕らえられた白魔が、最後の足掻きか暴れ狂っている。

 その正面に立つグリフィンは、すでに詠唱に入っていた。内容は聞こえないが、魔力の高まりが尋常ではない。


「そこで止まれっ! 結界展開――[広域防御盾]シールド・エクスパンデッド!」

「え?!」

[広域防御盾]シールド・エクスパンデッド!」

[広域防御盾]シールド・エクスパンデッド!」


 タローさんの急ブレーキに体勢を崩しかけた私は、急な詠唱についていけない。しかも省略だ。が、慣れているエマが即座に対応する。

 

「ジェドも手を貸してください」

「ああ」


 前へ伸ばされたエマの手に、私も右手を添える。詠唱もしていないのに、ふわりと魔力が抜ける感覚がした。共鳴だ。

 普通の人とは魔力差が大きいため、合同魔術はこれまで数えるほどしか経験がない。魔力を注ぎすぎて共鳴状態を崩さぬよう注意して、感覚を研ぎ澄ませる。

 水平方向に展開する[防御盾シールド]は、右側をウォルター、左側をムーの盾と接した瞬間、真下へと下降して三角柱を形成する。


 その底面となる大地では、白魔に向けて最後の攻撃を試みるグリフィンが、詠唱を終えようとしていた。彼の全身から魔力が白い奔流となって噴き上がり、臨界を突破する。

 ゆらり、と立ち昇る、猛禽の頭部を持つ巨人の影。


「穢れし魂魄よ、あるべき姿へ還れ――[聖浄火焔プルガトリウム]」


 黒いはずの魔剣[イフリート]が、今や真っ白な炎に包まれ、流星のごとく一閃される。

 雄叫びをあげて頭から両断される白魔。だが、その断末魔さえ呑み込んで、浄化の炎は螺旋を描きながら凄まじい噴流となって上空へと駆け抜けた。


「!」

「うおっと」


 エマが色気のない声をあげる。それでも、結界が乱れることはなかった。浄化の炎が激しく光の壁を打ち叩いて掻き消えたのを見計らい、解除する。


「気合い入ったねー、グリフ。昨日の訓練の成果かな?」

「いろいろ溜まってんじゃね?」

「ぶっ」


 地獄耳なのか、こんなときだけ的確なウォルターのツッコミに吹き出せば、エマにじろりと睨まれた。


「馬鹿ウォルは放っておいて、下に降りますよ。――タローさん」


 私の手から手綱を取り上げ、エマがぽんとタローさんの腹を蹴った。タローさんは軽やかな足取りで空を蹴り、ゆるやかに下降していく。

 白魔が斃れた大地では、浄化の炎の影響か、結界の内側だけがきれいに雪が融け、枯れた草を纏った岩が荒々しい姿を顕わにしていた。周囲に無造作に横たわる木々は、明らかに力任せに折り倒された様子で、それはほぼ均一の幅で森の外まで続く一本の道を作っていた。

 あれが、おそらく白魔が通ってきた道だ。


 物言わぬむくろとなった白魔の周りでは、先に地面に降りていたヴィルトシュヴァインらが何やら話している。

 空いているスペースにタローさんが上手く着地し、ベルトを外すのももどかしく、私はエマとともに地面に立った。前後して、別の場所にウォルターとムーも降り立つ。


 森は、荒れた見た目とは裏腹に、光の帯がいくつも差し込み、冷たくも澄んだ空気に包まれている。私は兜を取り、その空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 離れたところで一人立つグリフィンに、エマが話しかける。


「お疲れ、グリフ。……あれ、あんまり魔力減ってない?」

「おう。今回は楽させてもらったわ」


 渋い笑みを浮かべ、グリフィンが軽く指先でこちらに挨拶する。私――ではなく、私の背後に浮かぶ蒼白の蛇竜に向けてだろう。

 はっと思い出してグリフィンを注視するが、あの謎の巨人の姿はなく、黒の魔剣もいつも通り腰に納められていた。


「またでっかいの喚んだな、ジェド。体、平気か?」

「うん、大丈夫。グリフもすごかった。さっきのあれは、聖属性魔術だよな?」

「まぁな」


 聖属性とは、便宜上の属性で、神眼や精霊と交流できるといった特殊スキルの保有者を一括りにした呼び方だ。聖属性を持つ者は、皇族や神殿関係者がほとんどと言われる。


「ムーの[天の火]ブレイズ・オブ・ヘヴンも聖属性だけどな。やっぱ雷だけじゃ物足りないらしくて、強制的に覚えさせられた」

「あの雷霆もかなりのものだったが」

「雷は範囲指定が難しくてな。精霊まで浄化しようとすると、火のほうが確実だ」

「なるほど」

「魔剣遣いのくせに、聖属性とか笑えるだろ?」


 グリフィンは自嘲気味に言うが、私は精霊の憑いた魔剣を完全に掌握している彼こそ、聖属性にふさわしい気がした。


「それは、グリフが魔剣を正しく扱えている証拠だろう? そうでなければ、岩漿の精霊ヴァルカンも協力しない」

「……視えたのか?」

「ああ。大きな……なぜか鳥の形の頭をした男の精霊が」


 私が言うと、グリフィンはなぜか一瞬目を丸くした後に笑い出した。


「さすが二体も精霊を喚んだだけはあるな、おまえ」

「なにか可笑しなことを言ったか?」

「……いや。合ってるよ。こいつの由来は複雑でな。天から落ちた星の欠片で創られたらしい」


 黒の魔剣に手を置いて告げられた内容に、私の記憶の中で何かが繋がった。確か古代アラーイス・アル・ニールの歴史に出てきたような――という台詞は、口にする前に、意味深な笑いとともに肩を叩かれ、有耶無耶になってしまった。


「おまえんとこの精霊にもよろしく言っておいてくれ」

「そのくらい直接言えば――って、あれ? 寝てる?」


 振り返れば、背後で浮かぶ蒼白の蛇竜は、いつのまにか鼻先を突っ込むように丸まって、寝息を立てていた。


「だから星霊界に還らせようと思ったのに」

「疲れてんだろ。あんだけ働きゃ当然だ」

「寝かせてあげてくださいよ、ジェド。……ほら、グリフも飲んで」


 口を挟み、エマが魔法薬ポーションの小瓶を差し出す。どうやら他のメンバーには配り終えたらしい。


「俺、まだ余裕あんだけど?」

「本来は余裕があるうちに補給するものなの。荷物軽くしたいから飲んどいて」

「へいへい」


 グリフィンは細長い小瓶の中身をぐっと飲み干し、空の瓶をエマに返した。

 エマがポーチにそれを入れると、左腕の魔道具が淡く光った。収納空間アイテムボックスと連動しているのだろう。


 私は、今はもう動かない、白魔であったものに、ゆっくりと歩み寄った。

 上空から見ても巨大だったが、同じ大地に立つと、その大きさは圧倒的だ。

 瘴気の穢れひとつなくなった亡骸は、浄化の炎に灼かれたのか、あの長い毛がなくなり、残るのはうっすら貼り付いた肉と骨だけ。それでも、近づくと見上げるのに首が痛くなるほどの巨体だった。

 額の大きな一本角をそのままに、思いの外やわらかな曲線を描いて、まるでそれそのものが墓標であるかのように大地に蹲っている。

 

 傍にはムーが一人立っており、2メートル近いその彼が、前肢の陰にすっぽりと隠れてしまっていた。肋骨一本が、私より大きいのだ。


「……見事だな」


 言って、白魔に対する言葉ではないと慌てて口を押さえる。だが、ムーは黙って微笑み、後ろから聞こえるエマの声が穏やかに同意した。


「ええ、生きていれば、さぞかし立派な王獣ベヒモスだったでしょう。年齢はおよそ二百歳といったところでしょうか」

「二百歳?!」


 [鑑定]をしたのだろう。黄金に輝く瞳を伏せ、エマが白茶けた巨大な骨に、そっと手を置いた。


「わたしも、これほどの大きさのベヒモスを見るのは初めてです」

「神聖王国が倒れ、結界が解けてから、極北の生き物が流れてくるようになりましたからね。これも、そこから来たのでしょう」


 常と変らない、やわらかなムーの声音には、なぜか沈痛な響きが滲んでいるようだった。


「二百年も生きたのに、こんな形で命を落とすなんて」

「白魔の成り立ちは不明ですが、それをもたらすのは、冬の厳しさだと考えられています。寒く暗い雪に閉ざされた絶望、孤独、死への恐怖――なにより飢餓」

「飢餓?」

「ええ。一説には、最初の白魔は人類だったと言われています。雪に閉ざされた中、生き延びるために同胞を手にかけ、喰らった者の魂の行く末だと」


 ムーに続いたエマの説明に、私は戦慄を覚えた。きっとそれは、ただの教訓譚ではない。先程まで私が包まれていた白い世界――あの中で正気を保ち続けることが、どれほど困難かは容易に想像できる。

 この王獣ベヒモスも、同胞を喰らって生き延びた者と近い狂気に堕ちてしまったのだろうか。

 私の想いを読んだように、ぽつりとムーが呟く。


「ベヒモスは陸生魔獣の中で最大の種ですが、草食で穏やかな性質で知られています。愛情深く、一度番いを定めると終生添い遂げるそうです。ひょっとしたら、長年連れ添った番いを喪うなどして、瘴気に付け入られたのかもしれません」


 そうだとすれば、なんてやるせないことだろう。

 貴族では動物や魔物はただの狩りの的だと言う者もいるが、私は昔から虚弱で野外に出られない代わりに厩や家畜小屋に出入りしていたため、馬や犬はもちろん、どんな生き物にも、大小はあれど感情と意思が備わっていると信じている。


「複雑な感情があるのは高等な証拠だというが……それがゆえに狂い、こんなふうに命を落とすのなら、なぜ神は感情などお与えになられたのだろうな」


 聞きようによっては冒涜ともとれる私の発言に、ムーはふっと口元を綻ばせた。


「それこそが神に与えられた試練――というのが神殿の答えでしょうが、そんなことは誰にも分かりませんよ。なぜ、が死に、我々が生き残ったのかも」

「……」

「ただ、計らずもわれわれは彼の死に居合わせ、その長い生涯の一端に触れました。相手がなにものであれ、その生涯に敬意を払い、死を悼むことは、素晴らしいことだと私は思いますよ?」

「……ありがとう」


 応えた私はだが、その言葉はムー自身に対して向けられたものではないかと思った。

 言葉や態度の端々から、彼が聖職者だったことは察していた。直接聞いたことはなく、また語られたこともないが、それでも私は分かった気がした。

 白魔と化した魔物に心を寄せる優しい彼が、冒険者となって剣を揮う理由には、おそらく魔物が白魔に堕ちたのと同じ傷みがあったのだろうと。


 静かに、謳うように、ムーの口から祈りの言葉が流れ出る。

 異国の言い回しの混ざる定型の祈祷文は、だが私の心に深く染み入ってきて、知らないうちに手を組み、目を閉じていた。

 ふっと、瞼の向こうに明るいものがぎる。

 瞼を開ければ、目の前のベヒモスの亡骸が、白い炎をあげて燃えていた。


「なぜ……」

「一度瘴気に穢れたものは、根絶しなければならないのが決まりです」

「ギルド的には、ベヒモスの骨はいい素材なんですけどね」


 エマが軽口を叩くが、その瞳は少しも楽しげではなかった。ふいに零れ落ちるメロディ。リズムのない、波のような抑揚で紡ぎ出される旋律は、聖歌だ。

 あたたかな女性の声に、低音の男声が唱和していく。白い炎に燃やし尽くされた亡骸は、いつの間にか灰ではなく小さな光の点となって、ゆらゆらと宙を舞いはじめた。


 ……この光、なんだか見たことがあるような……。


 考え、視線を上げた先の空に広がるのは、黄金の川。

 あっと思った刹那。足元、地面のはるか真下にも、同じ黄金の光の川が滔々と流れているのを感じた。

 王獣ベヒモスの欠片が光となって、一方は天へ、一方は地へと吸い込まれ、それぞれの光の川と同化していく。


 ……そうか。ひょっとしたらは、こうなることを望んで、この森に辿り着いたのかもしれない。


 それは、あまりにも楽観的で、予定調和の御伽噺みたいな考えだったけれど。

 そうであればいい。

 そう祈らずにはいられない、哀しくも美しい光景だった。



 光が消えた大地に、王獣の痕跡は何ひとつ残っていなかった。


「これで鎮圧は終わりか?」

「まだです。白魔が来た道を浄化しないと」

「この道全部か?」

「地脈の影響か、白魔は[迷宮の森]に入った途端、急激に勢力が拡大するんです。我々が浄化する必要があるのは、その部分だけ。本当は、原発地点まで遡れればいいのでしょうが……さすがに国境を越えてしまいそうですからね」


 大仕事だと表情を引き締めれば、ムーが微笑んで私の肩を軽く叩いた。


「この先は、私とギルド長代理の仕事です。今回は二人がいてくれたおかげで、早く片が付いて助かりました」

「だけど、皆で行ったほうが効率的では――」

「毎年のことですし、現状を確認して浄化するだけの作業に人手は避けませんよ。瘴気の穢れは周りに影響を及ぼしますが、本体は倒したことですし、[迷宮の森]の外に残存する分はおそらく自然に消えるでしょう」

「それにまず騎獣を飛ばしながら浄化魔術を連発するなんて芸当、今のジェドには不可能です。諦めてください」


 浄化というと先程のような祈りの場を想像したが、実際は実力行使の突貫作業らしい。早急に済ませる必要があるのは確かだが、その乱暴さが冒険者らしくて、私は思わず笑った。


 気がつくと、残りのメンバーは全員合流して、なにやらわいわいやっていた。その中心にいるのは、朱黒のミニ竜だ。


『キュ?』

「思った以上にかわいいな」

「だよなー。かっわいいよなー、こいつ」

「……あったかい」

「ほんとだ。俺、精霊なんてはじめて触ったぞ」

「精霊って触れんだな。すげえ。やべえ、あったけー」

「――普通は、精霊は触れないものなんですがね」


 会話を聞いたムーが、ぼそりと突っ込む。

 ウォルターだけでなく、セラ、ピアニー、ヴィルトシュヴァイン、果てはグリフィンにまで撫でくり回され、相手に敵意がまったくないだけに、朱王はどうしていいか分からないようだ。

 契約で召喚されたため勝手な行動もとれず、目だけで『助けて』と訴えてくる。

 仕方なく、「戻っておいで」と声をかければ、矢のような速度で飛んで来た。

 腕に抱きとめる直前、私の肩越しに長い尻尾が一振りされ、朱王が叩き落とされる。


「朱王!……青龍?!」

『役にも立っておらぬのに、御主人様マスターに抱き着こうなど生意気な』

『大きな顔するな、この長虫ながむし!』

『黙れ、トカゲ』

「こら、ふたりとも喧嘩しない!」

 

 空中に踊り出た両者から魔力の高まりを感じ、私は慌てて仲裁に入った。対極の属性というだけでなく、このふたりは昔から相性が悪い。

 星霊界に還すべきだが、今回は私にも責任のあることだ。ため息を吐きつつ、ふたりを手招けば、青龍は1メートルほどの長さになって私の頭に乗り、朱王は私の左肩に留まった。契約をしているせいか、特別温かいとか冷たいとは思わないが、質量は感じるため、微妙に邪魔だ。


 ……この邪魔な感じが、かわいいんだけど。


 まだ青龍の尻尾とじゃれている朱王をたしなめれば、にやにやしてこちらを見守る一同と目が合った。


「なにか?」

「いや、和むなーと思って」

「和むって」

「でっかいの、小さくなれるんだな?」

「ああ、もう一回り小さくなる」


 学院時代は、青龍は水蛇、朱王は火蜥蜴の姿で、疎遠になった侍従たちの代わりに私に纏わりついていた。人界で長く実体化できる〝省エネモード〟なのだそうだ。

 ウォルターが不服そうに口を尖らせる。


「いいなー。俺も契約精霊欲しい」

「あれは貴族特権」

「貴族というか、学院に入学したもののみが儀式を受ける資格を得られるんだ。それに儀式を受けられても、精霊に気に入られなければ契約できない」


 一言で片付けたエマの台詞をフォローすれば、知らなかったのか、全員が驚いた顔になった。


「なんだ。魔力量とか技術の問題じゃないのか」

「契約は危険だから、術式は門外不出なんだ。下手をすると、人間も精霊も命を落としかねない」

「十五年くらい前、馬鹿な魔術師が黒魔術に手を出して騒ぎになったことがあったでしょう。あれは、この契約魔術の一部が漏洩したことが引き金だったの。そこから管理が厳重になったってわけ」


 エマの説明に皆一瞬厳しい表情となり、どこか納得したような空気が流れた。雰囲気を変えるように、ウォルターが明るい声をあげる。


「じゃ、しょうがねえな。やっぱ地道に真竜探すか」

「そこに辿り着くおまえの思考が理解不能だわ」

「え? ドラゴン欲しくね?」

「その〝欲しい〟が〝狩りたい〟じゃなくて〝飼いたい〟っていうところが……」

「なんともウォルらしいっつーか」

「冒険者としては、優秀なほうなんですがねえ」


 年上の冒険者たちがしみじみ言い合うのが可笑しくて、皆で吹き出す。それをきっかけに空気がほぐれた。

 暖房暖房、と騒ぐエマに朱王を渡せば、めずらしく目をきらきらさせたセラが「その水色の子に触ってもいいか?」と聞いてきたので、了承する。

 

 ギルドのクールビューティーと名高いセレジェイラだが、動物には弱いらしい。

 手甲を嵌めた手を伸ばし、艶やかな蒼白の蛇の鱗にそっと指を滑らす。青龍が怒らないと見ると、ゆるゆると鬣を撫ではじめた。

 気持ちいいのか、私の肩口に頭を乗せた青龍が、黄金の瞳をうっとりと細める。


氷の精霊クリオスはどんな姿をしているだろうと、ずっと想像していたんだ。思っていた以上に美しいな」

「この辺りなら、姿を現わしそうだけど」

「下級のやつはうろうろしてる。あとは雪の精霊キオーネばかりだな」


 雪の精霊キオーネ氷の精霊クリオスの下位属性だ。精霊と親密な土地柄では、厳密に性質が区別されるのだろう。


「そういえば、母の精霊は雪の精霊キオーネだと言っていたな。真っ白な雪狐なんだ」

「私が視たのは、オコジョみたいなやつだった」

「いいなあ。雪の精霊は、ふわふわした見た目なんだな」

「そう、ふわふわ。雪の精霊キオーネもかわいいけど……この子は別格だな。これほど純粋な氷の魔力を持つ存在は、初めてだ」

 

 精霊は、その場所や状況に滞留する魔力が時間をかけて寄り凝った核から誕生するといわれる。水の精霊ウンディーネも例外ではないが、湖や海といった特定の環境に定着するものを除き、どこで産まれたにせよ水の性質と同じくその姿を変転させる。

 だが青龍は、宇宙を漂う氷の欠片の精霊で、おそらく数十億年姿を変えていないのだ。今さらながら、随分すごい精霊に憑かれたものだと背筋が冷える。


 私の動揺を感じ取ったのか、青龍が目を開けて不安そうにこちらを見る。『なんでもない』と心で返し、眉間のあたりを撫でてやった。

 青龍を撫でながら、セラがつぶやく。


「契約精霊と聞いて、もっと隷属的なものを想像していた。違っていてよかった」

「私の場合は小さい頃から一緒にいたから、契約といっても家族同然なんだ」

「羨ましい」

「そういえば、セラの乗っていた鳥も綺麗だった。あれは鸞鳥ルアン……だよな?」

「ああ。ジェドにも紹介してやる。来い――セレナーデ!」


 ピューィ!と鳴らしたセラの指笛に、姿を消していた瑠璃色の大鳥が、どこからともなく飛んで来て、傍に降り立つ。

 大きい。魔羚羊エアレーのタローさんより頭一つ分以上の体高だ。近くで見ると、虹色の光沢を帯びた瑠璃色の羽毛が圧巻の迫力で、鳥ではない別の生き物のようだ。


「ジェド、セレナだ。……セレナ、ジェドだ。私の友だちだよ。ご挨拶して」

「はじめまして、セレナ。こちらは私の精霊の青龍だ。よろしく」


 青龍が私の肩越しに首を伸ばし、セレナと鼻先を突き合わせる。匂いを嗅ぎ合うようになにかを確認し、満足したのかこつんと額を合わせて挨拶した。

 私も慎重に手を伸ばして、鸞鳥の首の辺りを撫でる。

 羽毛すごい。質量を感じないくらい、ふわっふわだ。抱き着いたら天国なやつだこれ。


「すっごく気持ちいいな。ふわっふわだ。美しくて触り心地も良くて、しかも背に乗って空を飛べるなんて、最高のパートナーじゃないか」

「ふふ。私の自慢の子なんだ」


 なんとセレジェイラは、迷宮の転移扉ポータルから飛んだ異国の古代遺跡で鸞鳥ルアンの卵を拾い、孵化させて大きくなるまで育てたのだという。


「大きくなったのは嬉しいけど、一緒にいられないのが少し寂しい」

「その気持ちは分かる。私もふたりとほとんど一緒に寝てたから、アルバに来た時にちょっと寂しかった」

「ジェドの精霊みたいに、セレナも大きさを変えられたらいいんだがな」

「天馬にはなれるんだから、変われそうだけど」

「霊鳥をあまり人に馴染ませるなと、フィオに止められているんだ」


 育ての親兼想い人の名を出し、セラがせつない顔をする。憂う美女といった風情に、これで心を動かされないフィオーリの鋼の精神に感心した。

 話の成り行きでお互いうちの子自慢をしていると、なんだか微妙な感情が流れてきた。

 見ればエマが、腕に抱いた朱王共々、砂漠スナギツネみたいな顔をしている。


「美男美女なのに会話が残念すぎる……」

「残念って、失礼だな。エマだって動物好きだろう?」

「精霊と霊鳥を動物の括りにしているところが、すでに残念なんです」

「う」

「ウォルの影響だろうか」


 冷静にセレジェイラが分析するが、そういう問題ではない気がする。


「だって本物の鸞鳥ルアンがいたら、誰だって興奮するだろう? それに、うちの子がかわいいのは事実だし」

「ジェドの子たちもセレナも、かわいいし綺麗ですが、さすがにセレナは見慣れました。それに、セレナの背中つるつるしてて、案外乗るの難しいんですよね」

「鞍が欲しいんだけどな」

「工房の課題だね」


 さらりと口にされたエマの一言に、私の耳がぴくりとなった。乗ったことがあるなんて、なんて羨ましい。さらに周りの皆が無反応なところをみると、全員試乗済みなのだろう。羨ましすぎる。

 感情が表に出ていたのか、セラがふっと笑って私を見た。


「ジェドがEクラスになったら乗せてやる」

「本当か?! やったっ!」

「くく……本当にウォルみたいだな」


 思わず握り拳を作れば、セラが破顔した。代わりにウォルターが渋面を作る。


「は? なんだでだよ?」

「だっておまえ、ドナーに乗せてもらうためにEクラス昇級頑張ったじゃないか」

「いつの話だ」

「十歳くらいかな」


 ドナーは、ヴィルトシュヴァインの魔箆鹿アルセスの名だ。トナカイよりさらに大きく、天を掴むように反り返った巨大な枝角を持つ、気難し屋のおじいさんだ。

 私はエマに紹介してもらってすぐ、休日に試乗済みである。目線が高すぎて、ものすごく特別感のある体験だった。


 ……ムーの神速馬スレイプニルにも乗りたいなあ。


 神速馬スレイプニルは、魔羚羊エアレー魔箆鹿アルセスの中間くらいの大きさで、肢が八本あることを除けば、普通の銀灰の葦毛馬のようだ。

 だが、吐く息にはぱりぱりと青白い電光が混じり、額には契約紋が輝いて、どうあっても主人以外に背を許してくれそうな気配はない。

 契約魔獣の手綱を取り、ムーが苦笑する。


「いいですよ、ジェド。乗っても」

「いいのか? というか、なんで分かった?」

「あれだけ期待の眼差しを向けられれば、さすがに分かります。ただし――そうですね。ジェドが一人で討伐できるようになったら、としましょうか」

「う、うん! 分かった!」


 無邪気に喜ぶ私の横で、冒険者たちがぼそぼそ語り合う。


「一人で討伐って、遠くね?」

「いや、わりと近いと思うぞ」

「賭けるか」

「それよりかさ――おい、ジェドよ」


 ウォルターの声にそちらを向いた。


「ん?」

「おまえの精霊、でっかくして乗れねえの?」

「……考えたことなかった」

「まじか。二体とも飛べるんだから、乗れそうじゃね?」

「できなくはないと思うけど」


 言いつつ、ふたりを見れば、青龍は『やってみてもいいけど』という程度の反応だったが、朱王は期待に満ちた目で尻尾をぶんぶん振っている。やりたいらしい。


「ひとりはやりたいみたいだから、大丈夫な気がする」

「分かりやすいな、おまえの精霊。できるようになったら、俺も乗せてくれ」

「あ、俺も」

「俺も俺も!」

「……わたしも乗りたい」

「セレナに乗せてやるんだから、私も当然乗せてくれるよな?」

「セラ、交換条件が変わってる」

「それはそれ、これはこれ」

「気持ちは分かります。私もちょっと興味ありますね」

「ムーまで?!」

「お嬢は乗りたくないんですか?」

「ジェドが精霊に乗れるか試すんだったら、わたしは必然的に練習に付き合うことになるから、乗る前提なんだけど」

「……つまり、全員乗る予定なわけだな」


 精霊を騎獣にするとは摂理に反する、などという窘めの言葉はひとつもない。

 この世の不思議を丸ごと――不条理や複雑な私の状況も含めて全部――受け止めてくれる彼らの姿勢は、驚くほど自然だ。

 その中にいると雨宿りに借りた木陰のように居心地が良く、肩の力を抜いて良いのだという安心感と同時に、自分一人で立たねばならないことを再認識させられるという、不思議な感覚がする。

 早く、強くなりたい。彼らに一人前と認められるように。

 その想いが、ふつふつと胸の奥から湧き上がってくる。


「頑張らないとな」

「それは帰ってからでお願いしますよ、ジェド。――ギルド長代理。そろそろ浄化に向かわないと」

「おう。どうすっかな」


 ムーに促され、ウォルターが真面目な顔で腕を組んだ。エマが提案する。


「わたしセラに乗せてもらって、ムーと三人で行ってきてもいいけど」

「おめーはジェドの世話があんだろよ。や、サブローさんで来たけど、タローさんのほうが馬力があるから、どうすっかと思ってな」


 ウォルターは思案するように顎先を指で撫で、私を見た。


「ジェド。おまえ、サブローさんに一人で乗って帰れるな?」

「うん、たぶん」

「多分じゃねえよ」

「はい、一人で帰りますっ」

「おし」


 おもむろに頷き、ウォルターが次の指示を出す。


「エマ、おまえはセレナに乗せてもらえ。ピアはドナーな。ヴィシュ、頼むぞ」

「分かった」

「了解」

「グリフ、帰ったらフィオと繋ぎをとって撤収指示だ」

「はいよ、ギルド長代理」


 私とウォルターの騎獣を入れ替え、鞍を調節する。

 さすがに慣れているウォルターは、タローさんに跨るや、軽く足踏みさせたのち、「じゃなっ!」という簡潔な一声を残して、一気に上空に駆け上がった。

 「後は頼みます!」と、ムーも続いて飛び立つ。

 助走もない垂直上昇に、一拍遅れてドドン!と爆風が巻き起こった。


「うわっ!」

「ウォルのやつ、やけに張り切ってんな」

「あれはタローさんでしょ。こないだアズセナに振られたって?」

「おう。見事に蹴り飛ばされてたぞ」


 アズセナは、グリフィンの騎獣である赤毛の雌エアレーだ。魔獣の世界も恋愛事情は大変らしい。


「さて、帰りますか」

「エマ、アズセナ乗るか? セレナの乗り心地微妙だろ?」

「失礼だぞ、グリフ」

「はは、ありがと。大丈夫、久しぶりに羽毛堪能してくるよ」

「ならいいけど」


 頷き、グリフィンが私を向いた。


「ジェド、おまえは大丈夫か? 一人で飛べんの?」

「基本は[飛翔フライト]の術式だったから、タイミングさえ間違えなければ、いけると思う」

「なんか不安だな」

「え。いざというときは皆がフォローしてくれるんじゃ……」

「バーカ。指差して笑うに決まってんだろ」

「がはは。そんときは森ん中走って帰るしかねえなあ」

「……死ぬ気で飛んでやる」

 

 ヴィルトシュヴァインにまで言われ、私は拳を握りしめた。この雪深い森を走って帰る気力も体力もない。

 セラが「ジェド、死んでしまうと元も子もないから、ほどほどにしろよ」と励まし、ピアニーが「ぐっときたら魔力をちょっと流せば飛べる」という助言をくれたが、あんまり心強くないのは何故だろう。

 エマを見れば、朱王を抱えたまま、いそいそと鸞鳥ルアンの背に乗り込もうとしている。


「朱王」

「ダメです、この子は今日はわたしの暖房です」

「喚び出したら違うって怒ったくせに」

「鎮圧には不正解ですが、暖房には正解です。女子の冷え症を甘くみないでくださいよ」

「その子を抱えたまま、セレナに同乗するのは不安定だろう?」

「平気です!」


 なんだかおかしな流れだが、引かない様子のエマに、私はため息をついて了承した。


「ギルドに戻ったら帰還させるから。それまで頼んだぞ、朱王」

『キュウ!』


 サブローさんの首を撫で、「お互い頑張ろうな」と声をかける。青龍が頭に乗ったままだったが、好奇心旺盛な性格のせいか、サブローさんに怖気づいたところはない。

 帰ったら、しっかり御褒美をあげないといけないだろう。エアレーの好物は、蒸留酒。ウォッカやウィスキーなどの度数高めの酒だ。

 

「行くぞ、サブローさん!」

「ブルッ!」


 ベルトを締め、拍車を駆れば、サブローさんは勢いよく走り出した。

 地面が見えるのは結界が張られていた三角の中だけだ。雪深い木々に突っ込む直前、サブローさんの魔力の高まりに合わせ、手綱から魔力を送れば、足元に黄色の魔法陣が展開する。


ッ!」


 冷風が巻き起こるのを感じながら、慎重に宙を駆け上がっていく。やけに寒いと思ったら[守護結界プロテクト]を忘れていたので、慌てて魔道具を起動させた。

 ふわり、と赤毛のエアレーが横に並ぶ。グリフィンだ。


「上出来じゃねえか」

「話しかけるな。集中が乱れる」

「これくらいで乱れてどうすんだよ。修行に来てんだろ?」

「そうだけど……」


 答え、私は何か重要なことを忘れている気がした。そういえば。


「「あ」」


 セラの背に掴まるエマと声が重なる。


「おい、おまえら何やらかした」

「……やらかしたというか忘れていたというか」

「精霊召喚してジェドの魔力を大量消費して魔力操作ができるようにっていう目論見があってね」

「で?」

「このふたりは慣れすぎて、召喚してもあまり魔力を消費しなかったというか」

「つまり召喚に集中しすぎて、後半すっぽり抜けてたってことだな?」

「「う」」

 

 グリフィンの指摘が痛い。


「おら、じゃあ帰り飛ばすぞ。ちょっとは魔力減るだろ」

「そういう問題か?!」

「ちなみに俺はフィオんとこ直行すっから」

「あ、俺も付き合う」

「私も」

「ちょ、え?!」

「ジェド、キリ婆によろしく言ってくださいね?」

「……エマまで」

「観念してキリに怒られろ、ジェド。――じゃ、先行くぜ!」


 グリフィンの魔力が一気に高まり、アズセナの[飛翔フライト]の魔法陣が[守護結界プロテクト]の陣と絡み合って、球形となる。瞬間、弾丸のように赤のエアレーが翔け出した。

 次いで、ヴィシュのドナー、セラのセレナまで高速で疾走しはじめ、私も見様見真似で術式を構築する。呪文は二の次だ。一瞬垣間見えた魔法陣の要素を詰め込み、さらに自分に[浮遊フロート]を、サブローさんに[身体強化リインフォース]を重ね掛けする。

 ちなみに青龍は爆睡していて、まったく戦力にならない。


「追い抜かすぞ、サブローさん」

「ブルルッ!」

「行けっ!」

 

 魔力を高め、ぶつ切りの詠唱で強引に発動させる。

 サブローさんが全速力で走り出したのが分かるが、意識は空の先にいる朱王に焦点を合わせた。契約で結ばれているのだ、ぶれるはずがない。

 数十秒で三つの影が見えてきた。人目を気にしてか、セレナはすでに天馬の姿だ。


「な?!」

「ちょ、ジェド無理しないでくださいよ?!」

「おいおいまじか」

「――グリフ、追いついたぞ!」

「は! まだまだ!」


 さらにスピードを上げるアズセナに、サブローさんの状態を確認しつつ、私も追いかければ、いつの間にか森の入り口に来ていた。

 雪で隠れているが、松明と魔道具の光を帯びた城門が見え、その前にヴェールのように揺らめく結界の幕がたなびく。


 ……あ、しまった。


 思った瞬間、ドン!という衝撃とともにサブローさん共々弾き飛ばされ、何かに掴まった。グリフィンも同様だ。

 未だ消えない球形の魔法陣に包まれたまま、空中に逆さまに固定される。


 すう、と目の前に黒い影が降りた。


「――おまえら、なにやってんの?」


 黒の一角獣に乗ったSクラス冒険者が、ものすごくイイ笑顔でこちらを見下ろしている。


「フィ、フィオ……」

「白魔の気配が消えて鎮圧終わりかと思ってたら、森から阿呆みたいな魔力が猛スピードでやって来るから、新たな魔獣出現かって騎士団兵団あわせて大騒ぎになってんだけど? なに遊んでんの。おまえら馬鹿なの?」

「ええと、これは――」

「うん、言い訳は下に降りて聞こうか? じっくりな?」

「…………はい」


 有無を言わせぬ――敵かと思って巨大化しかけた青龍が怯むほど――迫力の笑顔に圧され、拘束を解いてもらった私たちは、全員すごすごと彼に従った。

 今回のラスボスは実はフィオーリだったのではないかという雰囲気の中、ギルドに帰った私たちに、さらなる強敵が待ち構えていた。


「――ほう。それで、騎士団兵団と合同で白魔の非常線を張ったこの状況で、修行の課題も忘れ、楽しく追いかけっこに興じた理由を聞こうかの?」


 少女のように微笑む白髪の魔術師の前で、全員正座の説教だった。

 精霊ふたりも一緒だった。後で、不甲斐無い主人ですまないと謝った。

 説教は、日がとっぷり暮れるまで続いた。



 いろんな意味で、初めてがたっぷり詰まった一日だった。

 


長虫ながむし:古語で「蛇」のこと。

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