0.メイドがメイドを辞めた理由
思えばそれまでに、現在に至る要素はさまざまにあったのかもしれない。
それでも発端はというと、あの夜の些細な誤解だ。
貴族の子息令嬢が通う帝国学院で、卒業式が執り行われた、あの夜。
懸念していた案件が最悪の形で結末をむかえたと聞き、慌ててご当主様に直談判にいったのが、最初の失態。
なぜあのとき、きちんと情報を精査しなかったのか。返す返すも悔やまれる。
せっかく三年間被りつづけたメイドの偽装をかなぐり捨てて直訴したのに、訴えた切っ掛けが誤解だったのだから、どうしようもない。
そもそも、その場に問題の当人がいたのがいけなかったのだ。
勢いついでに容赦なく彼を毒舌に晒せば、当然返されるだろう憤怒や嫌悪の代わりに――なぜだか立ったまま、ぴるぴる震えながら、潤んだ両目で見つめられた。
……やだなにこのかわいいいきもの。
ほんのちょっとだけ、萌えが発露してしまったがゆえに。
心の中で盛大に、彼に〝仔犬〟の烙印を押してしまったのが、第二の過ち。
「では、一年間よろしく頼む」
白い肌に映える黒革の首輪。そこにぶら下がる、青い石のついた銀色の南京錠。
どこからどう見ても、イケナイ世界に頭から突っ込んでいる状態なのに。
ちょっと恥ずかしそうに、照れ笑いなどして気を許したりするから――うっかり拒絶をし損ねた。
手のひらに落ちてきたのは、開けるためではなく縛るために創られた、小さな鍵。
運命という名で呼ぶには、あまりにもそれは軽く。
気が付くと私は、彼の飼い主になることが決まっていた。
……………………
……
解せぬ。
私に拒否権はないのですかね?平民だからありませんかそうですか。
だったら――せいぜい飼い主ライフ、楽しませていただきますよ?