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16.へたれ仔犬の心身改造計画(9)

  

 信号銃の貸出手順を間違えずに出来たことに、私がほっとしていると。


「エマ。随分イイ面子、組んでやったじゃねーか。ちょっと甘くね?」

「なに言ってるの。あの二人、今回でもう三回目だよ。これで攻略できなかったら減点だね」


 迷宮へと繰り出した五人の姿がなくなるや、ウォルターとエマが辛辣に言い合う。グリフィンが口を挟んだ。


「102迷宮って、B級だろ?」

「Bプラス。A級じゃないんだから、もうちょっと頑張って欲しいんだけど」

「や、ゴブリン尽くしって結構キツいぜ。七層までそうなんだろ? ウォル」

「うんにゃ、最後まで」

「力押し加減半端ねえな。ほんとにそれB級か?」

「だって、最初から最後までゴブリンだけなんだもん。確かに上位種は居るけど、所詮ゴブリン枠だし」

「エマ、おまえな。軽く言うけど、ホブゴブリンはともかく、ゴブリンロードは巨人鬼オーガ並みだぞ?」

「魔術使える中級魔物と一緒にしないでよ。ゴブリンは数と力で押してくるのが厄介なだけで、戦略的にはそこまで大変じゃないはずなの」

「おまえ、いつ迷宮そこ潜ったよ?」


 胡乱げなグリフィンの問いに、エマは小首を傾げて考える。


「去年の夏……だったかな。夏休みで帰ってきたとき、ちょうど新規迷宮出たって聞いたから、フィオとウォルにくっついて行ったの。ゴブリンは遭遇前にほとんどフィオが魔法で吹き飛ばして、ウォルと二人で後片付けって感じだったけど」

「なんつー適当な攻略だ……」

「お嬢と迷宮潜ると、攻略早いよねー」


 待合の奥に居座るSクラス冒険者が、酒瓶を手ににへらと笑う。

 その様子に、エマが[鑑定]でサポートしたのだと悟った。私はその能力の幅広さに驚いたが、依頼ボードの前で会話に聞き入っていたロビンは、大きな目をさらに丸くしている。

 どうやら彼は、まだエマのスキルに気がついていないようだ。Dクラスのエマが、Aクラス・Sクラスと迷宮に潜ったという事実が信じられないのだろう。

 冒険者に限らず、スキルや魔力属性を公言する者はいない。私が知っているのは、彼女の仕事に関わったからだ。


 今までなら驚愕のままにエマに突っかかっていたロビンだが、ようやくこのギルドの(というかギルド長一家の)特殊さを理解したらしく、おとなしく状況を見守っている。

 一方私は、好奇心を隠せずに、片手を挙げて質問をした。


「ひとつ訊いていいか? 迷宮は地脈の滞留魔力によって生まれたものだから、中で魔術を使うのは危険だと聞いたんだが」

「お、教科書通りの発言。久しぶりに聞いたな」

「おまえ、迷宮作る魔力量、甘く見んなよ? 最上級魔術ぶっ放そうが、屁でもねーよ」

「五層の小迷宮が生まれるのに必要な魔力量は、少なく見積もって五千万とも言われています。人が放つ程度の魔力量では、迷宮そのものへの影響はほとんどないというのが、現在の公的な見解です」


 グリフィンとウォルターに続いて、エマが丁寧に説明する。


「ただし、迷宮のように逃げ場のない空間で攻撃魔術を連発されると、周りと自分にダメージが降りかかるので気配りは必須です。そういう意味では、素人が迷宮内で安易に魔術を使うのは危険ですね」

「じゃあ魔術を使わなければ、私も潜れ――」

「論外です。魔力垂れ流しで街の結界を揺らした人に、迷宮に近づく権利はありません」

「う」

 

 一刀両断に切り捨てられ、私はうなだれた。

 来たばかりの頃、周辺を案内されている途中、[迷宮の森]と街とを隔てる結界に近づいて壊しかけたのだ。

 これまで大規模な結界を外側から見ることがなく、物珍しさから、油膜のように虹色に煌めいて広がるそれに不用意に近づいたのが悪かった。私が手を伸ばしかけた途端、光の膜が激しく揺らぎ、警戒警報となって、自治兵団が駆けつける事態となったのだ。


「上級魔物と間違えられたんだっけ?」

「まあ、誤認されても仕方ないんだけど。普通、魔力量の多い貴族は城門を通るし、上級魔物だったら人が作った陣を警戒するし、敵の奇襲だったら警報の前に結界解こうとするだろうし、『何事?!』みたいな話になっちゃって」

「攻撃したつもりはなかったんだろ?」

「と、当然だ!」


 ヒースの問いに、焦って肯定する。ロビンが、エマに対する驚愕とは別の『なにをやってるんだ』という、呆れを含んだ驚きの視線を向けてきた。

 余談だが、彼は私の魔力量が多すぎることに疑問を感じ、貴族が箔付けに魔道具を使って盛っているのだと邪推していたという。最近親しく話すようになって、やっと誤解が解けたところだ。

 エマが嘆息とともに肩を竦めた。


「どうも土地の魔力とジェドの魔力の相性が良すぎるみたいなんだよね。森もざわついてたし、そこはちょっと調査中。――なので、ジェドが地脈の影響下にある迷宮に近づくのは論外です。諦めてください」


 念押しされてしまった。悔しい。いつか絶対迷宮に潜ってみせると心の中で思いつつ、私から焦点を逸らそうと話を強引に戻す。


「ところで、魔術を使っても迷宮そのものへの影響はないということだけど、迷宮の壁や床を壊してショートカットするのも無理ってことか?」

「迷宮内で床や壁が崩れたら、ほとんどが罠だ。その先は、よくて転移扉ポータル。あとは八割がた魔物の口ん中だな」

「口の中……」


 ウォルターの明快な答えに、私はヒースとロビンと目を見合わせた。いくら地下迷宮ダンジョンの時が閉じているとはいえ、中で起きることは現実。魔物の口の中に入ってしまえば生還は不可能だ。

 怪我も死もあり得るからこそ、ギルドが貸し出してまで信号銃を携帯させるのだから。

 胡桃の欠片を宙に放り投げて口で受け止め、フィオーリが言う。


「迷宮っていう言い方が誤解を招くんだよねー。あれは建物や洞穴みたいな無機的な何かじゃない。むしろ生き物――言うなれば、超大型の魔物だよ」

「魔物?!」

「そ。俺たちは魔物の腹ン中を歩いて、ワイワイやってるってわけ」

「じ、じゃあ迷宮は、魔物の中に魔物がいるってことなのか?!」

「お。くるくる坊主。イイとこ気が付いたね~」


 くせ毛のロビンをからかい、フィオーリは、意地悪な笑みを青い瞳に刷いた。


「迷宮の魔物は、普通の魔物とは違う。あれは迷宮本体を構築する魔力の残滓――迷宮の異物であると同時に、密接に結び付いた付属器官のようなものだ」

「ざんし?」

「残りカスってことだよ」


 聞き返すヒースに、私は教える。


「フィオ。それは潜って体感として分かるものなのか?」

「まあねー」

「いや、分かんねえよ。普通の魔物と違うってことしか分かんねえ」

「迷宮もおかしいだろ。下層に降りて行っても、魔力が濃くなっていくのは分かるが、普通に降りていってるっていう感覚がほとんどねえからな」

「普通に降りる感覚って?」

「洞窟なんかだと、水が染み出てきたり外気が冷たくなったりするが、そんなのが全くないんだ。暑くも寒くもならない。ただ同じような景色をずっと歩いてる感じだな」


 グリフィンの答えを聞き、私は深々と頷いた。


「そうか。昔、百層を超える超巨大迷宮が出現したと本で見たとき、そんなに深く潜って酸欠にならないのかと疑問だったんだが……心配いらないんだな」

「……酸欠」

「迷宮でその心配したの、おまえが初めてだぞ」


 グリフィンとウォルターが呆れ顔になり、エマとキアラがカウンターの陰で声を殺して笑っている。慌てて言い訳した。


「だって地下深く潜るって聞くと、鉱山とか井戸を掘るのを思い浮かべるじゃないか! そうすると怖いのは、空気の層が変わって酸素が無くなることだろう?! 実物を見たことがないんだから、仕方ないじゃないか!」

「イイんじゃない? 俺、ぼっちゃんの現実的なとこ、わりと好きよー」

「ぼっちゃんって呼ぶなっ」

「そういう余計な知識に振り回されるとこが、〝ぼっちゃん〟なんだよ」


 にやにやするSクラス冒険者を睨めば、冷静に切り返される。


「迷宮の環境で問題なのは、物理よりもメンタルだ。それに頭がくらくらしたら、酸欠じゃなくて魔力あたりだしねー」

「危険なのに変わりないのでは?」

「自分のレベルにあった迷宮とこ潜るなら、よっぽどの馬鹿をやらない限りそんな目には遭わない」

「俺、深層近くなったら、わりと頭痛すんだけど。やっぱ魔力あたりか?」

「まじか」


 魔力あたりは、自分の保持魔力よりも高濃度の魔力に晒されたときに起こる症状で、酒による酩酊に似た状態になることをいう。

 グリフィンの発言に、ギルド内の反応は驚きと肯定の二つに分かれた。


「そういや俺も、頭が重くなるな」

「……少し、くらっとする、かも」

「たまに気持ち悪くなることがありますね。疲労のせいかと思っていましたが」


 ヴィルトシュヴァイン、ピアニー、ムーのAクラス冒険者が軒並み同意したことで、さらに室内に驚きが走る。フィオーリの青い瞳が、きっと険しさを帯びた。


「おまえらAクラスのくせに、何やってんだ。迷宮の最下層は地脈の直近だ。急激に魔力濃度が変わるから注意しろと、あれほど口酸っぱくして言っただろーが!」

「注意と言われてもな。いちいち何層か数えてらんねえぞ?」

「魔物倒してるうちに、気がついたら深層に辿り着いてんだよな」

転移扉ポータルから、いきなり深層に放り込まれることもありますからね。あれはキツい」

 

 Aクラスの男たちの言葉に、ピアニーもこくこくと頷く。彼らが潜るA級の地下迷宮ダンジョンは、大迷宮と呼ばれる十五、六~二十層以上のものがほとんどだ。中・小迷宮に比べ、滞留魔力の濃度が桁違いなのだろう。

 ちなみに〝深層〟とは、十層以上の迷宮の最下層、または最下層周辺の呼称だ。


「ウォルは? やっぱ深層でおかしくなんねーか?」

「んー、上下が分からなくなることはある」

「……は??」

「いやだって、あそこって上下なくね?」

 

 ウォルターの問いかけに、冒険者たちが、酸っぱいヨーグルトを舐めたときのコジローさんに似た、なんとも言えない表情になる。

 ひとり頷いたのは、渋い顔で胡桃を噛み砕いているフィオーリだ。


「だから言ったろ。迷宮の最下層は、地脈の表裏。小・中なんかは枝葉だが、大迷宮の深層は、地脈本流にもっとも近い。ウォルが感じたのは、その流れだ。上も下も左も右も、あるわけがない。ただ、俺たちを通り過ぎていく巨大な存在。それが地脈だ」

「おう。天の川に浸かってるみたいな、きらきらしたやつな」

「へー。やっぱ、あれが地脈なんだ。」


 呑気に感想を言い合う兄妹をちらりと睨み、フィオーリが続ける。


「こいつらは放っておけ。――で。迷宮は、その地脈の流れが何かの原因で妨げられ、生じたものだ。原因を取り除けば、迷宮の魔力は再び地脈に取り込まれ、迷宮は消滅する。最下層でラスボス倒すってことは、そのきわにいるんだ。よく頭に叩き込んどけ」

「……ああ。だから、迷宮の魔物は〝異物〟なのか」


 〝生き物〟というフィオーリの表現で、なんとなく想像がついた。

 地脈とは、未知の魔力の流れと聞いて川のようなものを思い浮かべていたが、むしろ血管に近いのではないだろうか。主幹から分岐して、毛細血管のように大地全体に広がる――地脈の影響力の広さを考えると、そちらのほうが自然だ。

 その流れが詰まると、負荷がかかり、血管は変形して瘤状に膨れる。

 そういった瘤が迷宮なのだとしたら――。


 なるべく分かり易い言葉を選んで、私はその考えを皆に話した。あまり納得してもらえたようには見えなかったが、フィオーリは一人、意味深な微笑を浮かべる。


「さすがに賢いねー、ぼっちゃん」

「ぼっちゃん言うなってば」

「ふん。けど、その利発さを見せるのは、ここだけにしときな。迷宮のことは俺の主観がほとんどだ。他で口にするんじゃねーぞ?」


 緩い口調を一変させて釘を刺されれば、頷くしかない。魔力・魔術の分野でのフィオーリの実力は、この数ヶ月で身に染みている。


「とりあえず、グリフは魔力循環トレ、やり直しな」

「は? なんで俺だけ?」

「地脈の魔力は陰性だ。光系統の魔力とは相性悪いから、ムーは体調に影響しても仕方ない。闇系統の魔道具身に着けて防ぐしかねえな。ヴィシュとピアは、予防も出来なくはないが、耐性が優れている分どうしても魔力感知が劣る。感知を磨くには経験しかない。

 つーわけで、課題が残るのはおまえだけ。つか、魔剣持ちなんだから、魔力循環きちっとしとかねーと、迷宮に呑まれんぞ?」

「……わかったよ」


 立て板に水のごとく解説され、不承不承グリフィンが頷く。

 言葉よりも行動重視な冒険者たちの中で、弁の立つフィオーリは、彼らの教師役でもあった。時折こうやって雑談がてらされる相談や質問への答えは、学院の教師など比べものにならないほど的確で勉強になる。

 なにしろ、現役Sクラス冒険者じきじきの助言なのだ。関係ない者にとっても、聞き耳を立てずにはいられない。

 私はまだ『迷宮に呑まれる』という意味や聞きたいことがあったが、先ほど釘を刺されたこともあって、ぐっと堪えた。夜の訓練で会えたら聞いてみようと思う。


 私とは別の思いに沈んでいたロビンが、意を決した顔でカウンターに向かった。


「姐さん。あの、俺、どれくらいになったら迷宮に潜れますか?」

「ごめんね。迷宮に潜る許可を出せるのは、うちではDクラス以上って決まってるの」


 言いながら、エマが紙の冊子をロビンに見せる。ロビンの個人記録だ。[蒼虎]では記録珠オーブとは別に、こうして紙で記録を残している。

 二度手間のようだが、必要項目の要点のみを抜き出して資料化する記録珠オーブと違い、経緯や結果など事細かに依頼の内容などを書きとめていて、詳細を知るには紙資料のほうが良い。

 エマは、蛇腹状に折られたページをめくり、指で示しながら説明する。


「ロビンの今のポイントが、これね。で、内訳がこっち。最近採集を頑張ったから、だいぶバランスが良くなってるね」

「……依頼内容で分けて見られてるとは知りませんでした」

「ギルドによって方針は様々だけどね。うちは、依頼に必要な技能スキルは別の技能スキルで補完されたり磨かれるべきと考えているの。専門職に特化するのもありだけど、初級のうちはバランスよく依頼をこなすほうがいいと思う。特に採集は〝目〟を養うから……魔物、見つけやすくなったでしょ?」

「はい」

「Dに上がるには、あと19……微妙だね。今ある依頼はポイント低いし、採集から調合まですればポイント上がるけど、ロビンはまだ薬草の勉強中でしょ?」

「はい。採集をまとめて受けられればいいんですが、場所も離れているし、雪もあって動きにくくて……」

「冬に入ってからくる採集依頼は、ほとんどが雪解けまでにクリアできればいいってものなの。依頼用紙の端が緑に塗られているでしょ? これはポイントが低いんじゃなくて、緊急度が低いの。よく誤解されるんだけど」


 緊急度=加点ポイントではないが、緊急性が高いものほど、内容に比べて獲得ポイントが高い。冒険者の興味は依頼内容より、どれが楽に稼げるかだ。ポイントが高いと報酬が良いことも多く、ランク上げにも繋がるため、目立つ赤の依頼はすぐになくなる。


「ロビンには、できれば人が少ないうちに迷宮に挑戦して欲しいから、うちとしてもできるだけ早くDに上がって欲しいけど……どうするかな」

「――では、お嬢。私が彼を連れ回すというのはどうでしょう?」


 声を掛けたのは、淡い金髪を短くした、巨漢の専属冒険者だ。


「今日は積もりそうですし、採集も雪が深くなる前にある程度片づけておいたほうがいいでしょう? 上限いっぱい請ければ、ポイントも稼げるでしょう」

「なんだよ、ムー。急に甘い顔みせやがって」

「前途ある若者のやる気に水を差すのが忍びないだけですよ、ウォル。最近、魔道具の普及で姑息に稼ぐ冒険者が増えていますからね。彼のように地道に腕を上げる努力をしている者に、力を貸さない手はありません」


 表情の見えにくい細い目が、最近まで意気がっていた若い冒険者に向けられる。


「まあ、覚悟は必要ですが」

「へ、平気ですっ。よろしくお願いしますっ」

「けど、レベル差どうするよ? おまえ、指導料払えるのか?」


 [蒼虎]では基本、緊急時対応のため、依頼遂行には二人一組以上と定めている。さらに力関係が不均衡にならないよう、パートナー同士は1~2階級までのレベル差が推奨された。

 レベル差があっても組めなくはないが、どうしても上位ランク者の負担が大きくなるので、依頼加点ポイントの獲得割合を変えたり、別途指導料を渡して帳尻を合わせることが慣例だ。

 この前のグリフィンのように、ごく稀に、上位ランク者がまったくの厚意で同行を申し出てくれることもあるが、そんな幸運は滅多に起こらない。


 パートナーやパーティーはギルド側が組むこともあるが、元からの相性も考慮され、二人一組以上であれば強制されることはない。毎回変える冒険者もいるが、命を預ける相手のため、固定のパートナーを組むことがほとんどだ。

 Eクラスのロビンは、よくDクラスのツィーランと組まされるが、固定ではない。現在ツィーランは、文字と薬草の勉強で、薬師のソールの薬房に通いづめだ。


 ウォルターが渋い顔で腕組みをしていると、ふいにエマの元に伝話鳥が飛んで来た。メモに戻ったそれを見て、エマの顔色が変わる。


「そういやセラは?」

「まだ寝てます。指導料なら私の――」

「ごめんなさい、ムーさん、ロビン。緊急が来たから、その件却下してもいい?」


 エマが両手を合わせ、すまなそうにムーの言葉を遮った。


「ケント農場で雪狼スノーウルフが出たの。ムーさん、至急セラを叩き起こして向かってもらえる?」

「今の時間に、ですか?」

「夜の雪で魔道具が壊れて、家畜小屋が襲われたことに気が付いたのが二時間前。人に被害はないけど兵団通じて騎士団に討伐要請頼んだら、朝で人手が足りないから無理って言われて、揉めた挙句が今ココ」


 掌ほどの紙をひらつかせ、一息に告げられた内容に、ギルド内に緊張が走る。


「ちなみに伝話鳥は兵団から。依頼主は市長さん」

「冬の恒例だから仕方ねえな。他の被害は?」

「兵団が確認中だけど、今のところ報告なし」

「ムー、頼めるか?」


 ウォルターの確認に、「分かりました」とムーが頷く。すぐさまエマが伝話鳥に声を吹き込んで飛ばす。続けて、もう二羽。


「まず捜索だな。今の時期なら、まだ追えるかもしれない。――ヴィシュ、ピア。グリシーとクーを連れて、広域で捜査してくれ。街に逃げ込まれるのが一番ヤバい。森で見つけた場合は、深追いは不要だ」

「了解」

「分かった」

「ムーは、ケントさんと兵団から詳しい状況を聞いてくれ。群れの規模と来た方角、逃げたおおよその方向。奴らがどれくらい満腹かも、全部だ。

 信号弾と伝話鳥、多めに持って行け。なにかあればすぐに連絡しろ」

 

 次々と指示を出し、ウォルターは赤毛の少年を見た。


「おまえはムーとセラの補助だ。目ん玉見開いて、やることよーく見ておけ。キツいが、勉強になんぞ」

「は、はいっ」


 上擦った声でロビンが承知する。

 エマに視線で促され、私も信号銃の用意にとりかかった。迷宮ではないので、信号弾に昼間用の煙弾を手に取りかけ、雪だと気付いて止める。


「エマ」

「光弾で合ってます。白光弾込みで五個ずつ、皆に渡してください」

「魔力を感知されて警戒されないか?」

「そこを上手く使うのが、腕の見せどころですよ」


 細い両眼に不敵な光を浮かべ、ムーが魔道具一式を取り上げる。ヴィルトシュヴァインとピアニーにも多めの光弾と信号銃を渡せば、人とともに一気に在庫が減った。

 忘れないうちに貸出簿に記載し、私は地下の作業部屋に予備を取りに行く。素材回収スペースの一画に設けられたそこは、本来は調合も出来るが、現在は在庫置き場と、調剤の微調整や空瓶の回収作業用に使われている。


 調合済みの魔法薬ポーションと光弾の在庫を箱に詰めて持って上がり、ヒースと二人で第2カウンターの棚に並べていった。

 待合では、専属たちが真剣な顔で話をしている。


「俺らはどうすんだ?」

「戦力的には行って欲しいけど、今行かれると後が心配。待機でお願い」

「カルたちを迷宮に出したのが痛いな」

「メイに伝話鳥飛ばして警告したから、最速で帰ってくると思うけど」

「そろそろ来そう? お嬢」

「今日のことにはならないと思う。明日か明後日かな」

雪狼スノーウルフ出たしな。騎獣のメンテしとくか」


 私には分からない会話が、矢継ぎ早に繰り広げられる。

 ウォルターが、依頼ボードから、ムーが持っていきかけた用紙の束を無造作に掴みとった。


「エマ、店番頼む。俺ちょっと採集片付けてくるわ」

「ソールとケリーに頼めば?」

「今のうちに森の様子見ときたい」

「一人で行かないでよ」

「ん。コジローさん連れてく」


 エマの声に軽く応じ、事務所の奥に入ったウォルターは、なたに似た幅広の刀を一本、腰に落とし差しにし、フード付のマントを羽織って再び現われた。

 マントの裏地には様々な守護の魔法陣が施され、それを隠すための精緻な虎の刺繍が鮮やかに縫い取られている。魔羚羊エアレーの毛を織ったそれの胸元にくるまれているのは、少し眠たげな顔をした紺色の猫。


 ……冗談じゃなかったんだ。コジローさんが相棒って、ありなのか?


 人語はほぼ理解しているようだし、普通の猫より賢いとは思うが、いざというとき頼りになるかと言われると微妙だ。暖をとるには最適だが。

 いや、ギルド[蒼虎]で飼われている猫だ。もふもふ以外に、私には思いも寄らない能力が備わっている――かもしれない。たぶん。


「……コジローさんのランクって、どれくらいなんだろう」


 ウォルターの後姿を見送り、思わず零れた私の呟きに、ヒースが吹き出した。


「S、いやSSクラスだろ。あの手触り最強」

「なんの強さだよ」


 軽口を叩きつつ、なくなった分の在庫を発注書に書いて、エマに確認をもらったところで、昼休憩に入った。

 表からは見えない事務所の打ち合わせ用のテーブルで、ヒースと弁当を広げる。ヒースは、自分で作ったという羊肉のピタサンド。私はエマの作ったチキンサンドと、早朝のと同じ、豆と押し麦のスープだ。

 いつもなら二人とも薬師試験用の教材を広げながらの昼食だが、今日はお互い気もそぞろに、黙々と食事を口に運ぶ。

 

「ヒース、これから何かあるのか? エマたちが、そろそろだと言ってただろう?」

「あれはたぶん、白魔はくまの話だな」

「白魔?」

「渡り鳥っているだろ? あんな感じで、冬になると北から白魔が[竜の鬣]を超えてやってくるんだ。あれが来ると雪がものすごくてさ。毎年ギルド総出で追い払うんだよ」

「追い払う? 討伐ではなく?」

「白魔って、ただの魔物じゃないみたいでさ。死霊ゴーストとか不死者アンデッド系なんだって。俺も見たことねえけど」

「それはギルドの仕事なのか?」

「一応、騎士団にも声かけるぜ? 後方支援だけどな。白魔には森の魔物が結構やられるから、ギルドにとっては死活問題なんだってさ。街も雪で埋まるしな」

「じゃあ、今日の雪狼も――」

「エマ姉たちは、白魔に森を追われた奴らが農場を襲ったって考えてるっぽいな」


 なるほど、それでエマたちがピリピリしているわけだ。

 ゴーストやアンデッドは、死んだ魔物が何らかの原因で魔力を失わずに甦った形態で、物理攻撃がほとんど効かない。有効なのが光属性や火属性、水属性による浄化だ。

 白魔が豪雪をもたらすのであれば、属性は氷。最も効果的な攻撃は火属性――炎の魔剣を持つグリフィンとなる。

 しかし、なんとなく釈然としない。


 ……冒険者が有能なのは認めるが、騎士団はなにをしているんだ。


 街にも影響を及ぼす魔物の出現ならば、魔力を持ち訓練を受けた騎士団か、浄めの術を会得した神殿の役割のはずだ。

 平民としてギルドにいる以上、実務経験もない領主の息子が口を出すことは厳禁だが、雪狼の件といい、どうしても不甲斐なく感じてしまう。


 昼半ばを過ぎて、ウォルターが、素材の山と一緒に迷宮に出ていたカエルレウムたちを連れて帰った。迷宮攻略は無事達成されたらしい。


「お帰りなさいませ。攻略おめでとうございます」

「ありがとよ、ジェド。[竜巻姫レディ・トルネード]に、めちゃめちゃ発破かけられたもんでよ……」

「当然ですわ。ゴブリンどもをいちいち倒して回るから、時間がかかるのです。道を作って突破できれば、攻略なんてすぐに終わりますわ」


 流暢な帝国語でまくしたて、メイファが、つんと細い顎を逸らした。ムーダンでは上流階級に属していたと思しき彼女は、気位が高い反面、軍師顔負けの冷徹な戦術家でもあると聞く。

 冒険者としてそれなりの実力のはずのカエルレウムとヴェルメリオの顔色が悪いのは、朝よりも激しく降りはじめた雪のせいばかりではないだろう。ヴェルは小刻みに震えながら、コジローさんを胸に抱き込んで、温もりと癒しに浸っている。

 マントから軽く雪を払ったウォルターが、意地悪く口の端で笑った。


「どうすんだ、おまえら。発つのか?」

「この雪の中を出発しろとか、鬼畜かよ……」

「仕事にならねーじゃん。だから早く南に降りろって言ったのに」

「こんなに酷くなるなんて聞いてねえし!」

「これでも序の口だぜ? 明日明後日が山だ。ま、ゆっくり見物していきな」


 彼らに見物する余裕があるかどうかはともかく。

 強くなる雪に、一足先に仕事を切り上げたヒースとキアラをウォルターが送って行き、雪狼の捜索を断念したムーたちが帰還し、へろへろになったロビンとカルたちを引きずるように専属たちが引き揚げ。

 ギルドの扉を閉める頃には、風が吹きはじめ、街は本格的な吹雪に包まれていた。



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