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8.へたれ仔犬の心身改造計画(1)

少し時間が遡ります。

  

 私はジェド。ジェラルド・ヴァレリウス――国の宰相であるアルバ華公爵ロードデュークヴィクター・ヴァレリウスの長子だ。

 自ら犯した失態のため、学院卒業後の魔術師団への入団を白紙撤回し、アルバ領の主都アルバレスで贖罪修行をはじめて、三ヶ月が過ぎようとしている。

 外すことのできない魔道具の首輪には慣れたが、いまだ平民の生活では戸惑うことばかりだ。


 世話になっているのは、冒険者ギルド[蒼虎]。父の息がかかっており、国内屈指の実力と評判のため、生活環境は下位貴族より少々劣る程度だろうと事前に聞いていた。

 ところが、世話係のエマとともに転移陣――父が挨拶に同行すると言い張ったため――と馬車を使って辿り着いたそこは、私の想像をはるかに超えたものだった。通りから見た外観こそ、奥に住居を構えた三階建ての煉瓦造りの建物だが、裏に回るとその規模に目を瞠らされる。


 まず、ギルドの地下が大型の素材を回収するための広い開放スペースになっていて、外から延びる長いスロープを通り、馬でも乗り入れできるようになっている。右手には素材を加工するための作業場があり、倉庫、薬事医療院と続く。

 ギルドと庇のついた外廊下でつながる薬事医療院は、地下一階地上二階建てのL字型の建物で、薬師と医師、機能回復リハビリテーションを行なう治療士が常駐。小さいが入院室も備えた一大施設だ。

 ギルド側の地下部分が公衆浴場スパ、奥が洗濯場になっており、それらの前には生垣に囲われた薬草園が広がる。建物の大通りに面したほうが正面玄関で、冒険者だけでなく一般にも開放されていた。治療の腕は良いらしく、朝から晩まで人の出入りが絶えない。


 ギルドの真裏から北へと延びる自宅の延長上には、武道場と呼ばれる大小ふたつの屋内訓練場があり、その先に厩舎。ギルドの外壁から続く頑丈な煉瓦塀がここで途切れ、大きな門を潜った先は、[迷宮の森]に至る城門がすぐ目の前だ。

 中に戻って武道場の対角線上には、生垣の向こうに二階建ての共同住宅が数棟並び、[蒼虎]がはじめたという専属冒険者たちの住まいとなっている。

 そして、これらの建物に囲まれて在るのが、なにより最も目を惹くもの――広々とした楕円形の訓練場だ。


 ギルドの地下と高さを合わせるように一階分掘り下げた形になったそこは、緩やかな勾配をみせる階段がぐるりと周囲を取り巻き、小さな闘技場の雰囲気だ。

 無論、皇都の闘技場とは比べるべくもないが、学院でいえば競技場よりやや狭い程度で通常の訓練場より断然広く、ギルドの建物が3~4棟は余裕で収まりそうだ。他の冒険者ギルドは知らないが、貴族でもなかなか所有しているレベルではない。

 観覧席となる階段とグラウンドの境には防護用の低い壁がめぐらされ、かつ壁の内側には等間隔に魔道具の柱が建てられていて、魔術訓練時には結界を張ることが可能だ。

 魔石を用いるそれは、頻繁に起動させることはないというが、ギルドを訪れた冒険者であれば誰でも使用可能だというのだから、気前が良い。


『まあ、結界用の魔石を扱えるものでないと無理、という条件がつきますが』


 訪れた初日そう言って、ギルド長のザントゥスが、観覧席側の壁に設置された魔法鋼製の操作パネルに複雑に光る魔石を嵌めてみせてくれた。

 魔石は岩石ではなく、高濃度に魔力を含んだ物質をさらに魔力で圧縮させて結晶化したもので、魔力を蓄積、再放出することができる。元となる素材の種類によって魔力属性に偏りが生じ、それが魔石の〝性質〟となるのだ。

 中位貴族並みの魔力値に視える彼が、窪みに魔石をおさめ、パネルを閉じた途端。

 まるで扇が開くように柱から複数色の光が左右上方に放たれ、精緻な紋様を織りあげながら、グラウンド全体を覆うドーム状の結界を構築した。

 光属性の白、水属性の青、地属性の緑、火属性の赤、風属性の黄の基本属性に加え、副属性である空間属性の紫色の光も混じり、とても豪華だ。発動状態の無色へと移行する一瞬で読み取れただけだが、どうやら複数属性を盛り込むことで、受け止めた魔力を吸収、循環させて無効化するタイプの結界のようだ。

 

 ……これは、四桁の魔力値でも余裕で吸収されそうだな。


 貴族の魔力値はおよそ100~200だが、結界内で魔術戦を行なうと、相乗効果で思わぬ規模まで膨れ上がることがあるのだ。

 一人で四桁の魔力を有する父が全力を出せば厳しいだろうが、300台の私が戦っても問題なさそうなレベルだ。これは凄い。

 もともと魔力が多すぎて制御が苦手な私は、本格的な魔術訓練ができると張り切って挑んだ学院の実技初日に [炎矢フレイム・アロー]を放ち、訓練場の結界を軽く突破。隣の競技場の壁を3分の1ほど破壊して以降、攻撃魔術に苦手意識トラウマを持っているのだ。


 ……ここでなら、本当に魔術をきちんと学べるかもしれない。


 淡い願望が、ちりちりと胸底を燃やす。期待しすぎては駄目だと自制するが、もしかしてという想いを捨てきれない。

 なにしろここには、魔術訓練のやり直しも兼ねて、来たのだから。

 私の首輪の鍵を預かる年上の女性に目を向ければ、肯定するように、にこりと笑みを返された。


『なかなかのものでしょう? ひとつしかないのが難点ですが』

『いや、充分すごいよ。これほどの規模とは思わなかった』

『ふふ。ここでなら思う存分、暴れ回れますよ?』


 暴れ回るとは、さすがに言い過ぎだろうと返そうとしたとき。先に声を掛けてきたのは、エマではなく、その父親のほうだった。


『――では、少し試されてみますかな? 若様』



 [蒼虎]のギルド長であるザントゥス・シラーは、父より十ほど年上に見える壮年の男で、肩にかかるダークブロンドを額を出すように後ろへ撫でつけ、口元から顎にかけて同色の豊かな髭。太い眉の下の眼光は、さすがに鋭い。

 その威厳のある佇まいも立派な体格も、服装さえ違えば、騎士と名乗っても遜色がなさそうだ。

 ふと既視感を覚え、頭の中で彼に銀色の甲冑を着せてみれば、父がたまに連れていた護衛騎士の一人と合致した。


 ……知らない間に会っていたわけか。


 側近をないがしろにしているわけではないが、父の周辺は出入りする人数が格段に多いため、すべての顔と名前を把握しきれていないのだ。

 挨拶の後、私が気づいたことを察したのか、鋭い光を放つ鳶色の双眸がわずかに緩む。色彩といい風格といい、[猛虎]の異名がふさわしく思えるが、その奥底には人を惹きつける温かさが潜んでいるようだった。

 父との挨拶もそこそこに、ギルド長みずから、後継ぎである次男のウォルターと、彼の相棒パートナーであるグリフィン、副ギルド長のヤン。そして魔術指導を担当するという、Sクラス冒険者のキリを紹介してくれる。

 その後、ギルドの案内ついでに訓練場の結界を起動させ――例の発言に戻る、というわけだ。


 ザントゥスの提案に、冒険者らしい黒づくめの簡素な服装をした父が、軽く顎を引いて同意する。


「そうだな。エマの報告はあるが、百聞は一見に如かず、とも言う。訓練をはじめる前に、実力を見ておいてもらおうか」

「実際に拳を交えたほうが、お互いに理解も早いでしょうしな――ウォル」

「はい」


 首肯したウォルターが、制服らしき紺色の上着を脱いで、訓練場に下りてゆく。身に着けているのは、体にフィットしたタンクトップと厚手のカーゴパンツ、足首までの長靴ブーツだ。首元に金属のチェーンが見えるが、あれがきっと冒険者の認識証タグだろう。

 平民ではよくある格好ながら、シンプルなゆえに、その中身の凄さが窺える。ザントゥスほどの筋肉量はないが、隆起した上半身に比べウエストは恐ろしいほどくびれ、動くたびに躍動する筋肉のひとつひとつが、徹底して磨かれ、絞り込まれたものだと分かった。騎士を目指していた友人も良い体格をしていたが、比べものにならない。

 友人が骨肉を叩き割る無骨な両手大剣ツヴァイヘンダーだとすると、彼は骨ごと肉を切断する研ぎ澄まされた片刃剣サーベルだ。

 ザントゥスよりも明るい琥珀色の両眼が、獣のようにこちらを射抜く。


「ジェド。おまえも支度を」


 指先で招かれ、父の元に行けば、淡い魔力の光が舞って、首輪にかけられた防御魔術を一時無効化された。

 常とは違い、黒髪を無造作に整えた父が、灰銀の瞳を細めて微笑む。


「気負わずに行っておいで」

「はい」


 頷き、私は少し考えて上着を脱いだ。エマが選んでくれた綿の上下に長靴という平民の服装は、動きに支障はなさそうではあるが、魔法素材ではなく守護魔術もかかっていないため、少々心許ない。だが、条件は相手も同じだ。

 上着はエマが受け取ってくれた。


「ウォルは丈夫ですから、気にせず、どーんと全力でぶつかってくださいね」

「……分かった」


 鑑定士でもある彼女は率直な物言いをするが、ときに辛辣な冗談のこともあるので、慎重に応じて訓練場の階段を下りていく。

 挨拶をしたときに視た限り、ウォルターの魔力値は120ほど。平民にしては多いが、私の半分以下だ。まともに考えれば、私の全力を受け止められるわけがない。

 だが。

 彼は名だたる冒険者ギルド[蒼虎]のAクラス冒険者。実戦で何度も魔獣を相手にしているはずだ。真正面から受け止めずとも、攻略する方法を身に着けていると考えるべきだろう。


 結界の魔石を嵌めたザントゥスが審判をするらしく、彼に連れられて観覧席を区切るように設置された通路に降り、姿を隠した結界を潜る。通り抜ける一瞬、虹色の光が体の周囲で淡く弾けた。


「若様。得物はどうされますか?」


 ザントゥスが階段下の一部を開け、滑車付きの武器立てを引き出して尋ねてくる。

 穴の開いた木の台に、練習用のものらしき使い込まれた大小様々な刀剣や槍が、雑多に並んでいる。刃先を潰してある以外、どれも実際の武器と同じ造りのようだ。

 学院の実技で使っていた細身の両手剣クレイモアを手に取りかけ、昔から馴染みのある護拳のついた片手剣ブロードソードを選んだ。刀身は曲がっておらず、長さも重量もちょうどいい。


「これにする」

「よいでしょう。ウォル、おまえも選べ」

「……じゃあ、これで」


 むっつりした表情のウォルターが選んだのは、横長の鍔のついた長剣ロングソードだ。彼の体格からすると長すぎるように感じたが、試すように軽く振っている姿を見れば、それが彼の流儀スタイルなのだろうと納得した。

 私も片手剣を数度素振りしてから、ザントゥスの指示に従い、訓練場の中央に立つ。三メートルほど間隔を開け、互いに向かい合わせになった。


 なんだか妙なことになったと嘆息を漏らしつつも、学院の試合と同じだと己に言い聞かせる。剣を持つ右手を臍前に、左腕を背中に回して半身に構えた。

 ウォルターが、緩慢な動作で同じ構えをとる。まるで隙だらけだ。


 ……こいつ、やる気がないのか?


 かすかな苛立ちが、私の対抗心に火を灯す。

 本当は――後で本人から聞いた話によると――剣術の試合のようなルールに則った対戦が苦手なだけだったようだが、そもそも私が思い描いていたのは武術の試合ではない。

 魔術の試合だ。


「はじめ!」


 号令ともに全身に[身体強化リインフォース]をかけ、型どおり数合打ち合う。

 繰り出されるウォルターの剣は重く速く、あのやる気のない構えとは別人のように確かな剣筋だ。私は腰を落とし、軽く膝を曲げて、体全体を柔らかく使うことで衝撃を逃す。

 やはり腕力勝負に出るのは、得策ではない。魔術で一気呵成に攻めねば、勝利はないだろう。


「――我、ジェラルド・ヴァレリウスが命ず」


 吐息の中に声を落とし込むように、素早く詠唱を完成させる。


「世界を織り成す数多の精霊たちよ。我に力を貸したまえ――[炎矢フレイム・アロー]」


 どん、と間近で撃ち出された巨大な炎がひとすじ、剣を振りかぶったウォルターの右脇腹を狙う。呪文は[炎矢]だが、細かい調整が苦手なので、私が発動させるといつも丸太サイズなのだ。

 ウォルターが、身を翻して後方へ飛び退る。炎の塊がそのまま結界に激突して消えるのを見届ける間もなく、続けて呪言を紡いだ。


[氷棘アイス・ニードル]!」


 中空に生まれた氷の杭は、ざっと二十。照準を定めて、一気に放つ――と思いきや。


「なに?!」


 ウォルターの姿がすでにない。

 目を凝らせば、上空から殺気を感じて、咄嗟に剣を突き出した。金属同士の軋みが、鈍く耳朶を打つ。

 目の端で、標的を失った氷の杭が地面に刺さるのが見えた。


「なかなか面白ぇことするじゃねえか」

「……くっ」

「こうでなくちゃ、楽しくねえよなぁ?」


 あの距離をどうやって詰めたのか、上方から体重を乗せて剣を押し込んでくるウォルターを必死で抑える。


[空気弾エア・バレット]……!」


 間近に迫る男の腹部に、圧縮した空気を叩き込む。通常は弾丸だが、私のは砲弾サイズだ。まともに喰らい、ウォルターの体が後方に吹き飛ぶ。

 私も余波を受けたが、身を低くして衝撃を避け、のめりながら踏み込んで [旋風ワールウィンド]をかけた刀身を薙ぎ払った。

 が、またしてもウォルターが消える。

 先程のことを思い出して上空を仰げば、彼はやはり居て、宙で身を捻ったかと思うと、軽快にステップを踏んでさらに上方へと駆け上がった。


 ……なんだ、あれは?!


 [身体強化]なのか。時折、足の下に魔法陣らしきものが輝くが、まるで不明だ。

 そのうえ空高く翔けた彼は、弾みをつけて翻筋斗もんどり打つや、とんっと天井の結界を蹴ってこちらへ急降下してくる。胸の前に掲げるのは長剣。


「いろいろ反則すぎるだろうっ!」


 結界を足蹴にするなんて聞いたことがない。壁ではない。魔力の塊なのだ。

 混乱する私を余所に、剣を持ったウォルターが重力を味方につけ、加速して真っすぐ突っ込んでくる。

 迎え撃とうと[炎矢フレイム・アロー]を唱え、発動する直前、違和感を覚えた。


 ……彼は敵に待ち構える隙を与えるやつか?


 即座に否と判断して、[炎矢]を放つと同時に後退し、[防御盾シールド]を前面に展開する。

 直後。


「――へえ、よく気が付いたな」


 猛々しい声とともに、ガッ!と鋭い音をたて、魔力の盾の左隅に剣先が突き刺さる。

 いつの間にか地面に降り立ったウォルターが、身を屈め、下から剣を突き上げるようにしていた。


「けど、遅い」


 術が完成する直前に刃を突き立てたのだろう。ほとんど魔力を纏っていない長剣の切っ先が、ぱりぱりと魔力の火花を散らして魔法陣を砕きながら、内側へと押し入る。

 

「くそ……っ!」


 不利を悟り、すぐさま[盾]を解除して、[強化]した片手剣で斬り付けた。予想していたのか、ウォルターは軽々と左手でそれを受け、身を起こしながら、一振りで私の剣を払い除ける。

 ついで、左横腹に回し蹴りを叩き込まれた。


「……ぐぁっ!」

 

 どうにか膝をつくのを堪え、剣も手放さなかったものの、間髪入れずウォルターの剣が目前に迫る。歯を食いしばって受け、払い、剣を突き入れた。

 すでに型など関係ない、ただの打ち合いだ。矢継ぎ早に繰り出される斬撃の応酬に、必死になって喰らいつく。


「おら、そんなもんか。もっと腰を入れて打ち込んで来い!」

「く……っ」

「おら、もっとだ。もっと来い!」


 琥珀色の目を輝かせて私を追い詰めるウォルターは、まるで獲物をいたぶる猛獣そのものだ。

 このまま殺られて堪るかと、焦りと疲労で散漫になる思惟を落ち着かせる。


[標的捕捉ロックオン]――[氷雨乱舞ヘイル・ダンス]」


 瞬間、辺りの気温が一気に下がり、氷結した大粒の雫――正確にはペンサイズの氷柱――が、嵐となって縦横無尽にウォルターを襲う。


「ちっ!」


 舌打ちをして、ウォルターが、襲いかかる氷塊を剣で弾き返していく。すさまじい剣さばきだが、感心している暇はない。

 彼の退路を断つのが先だ。


[氷棘アイス・ニードル]」


 魔力を高め、先ほどの倍以上の数と硬度の氷の杭を創り出した。

 訓練場のほぼ中央、ウォルターの左前には、先刻放った[氷棘]がまだ融けずに突き立っている。

 ここで正面から[氷棘]を撃てば、彼の逃げ場は右か上だ。存分に魔力を籠めて発射する。


「てめえ、最初に剣を選んだんなら、ちゃんと剣使えっ!」


 文句を言いながら、ウォルターが逃れた先は、やはり上空。

 それを狙い、角度をつけて次弾を放つが、氷の杭は勢いよく彼の足の下を通過して、結界に激突し――いくつかは四散して、いくつかは跳ね返って背後からウォルターを狙う。


「うわっ!」


 例のごとく空中を蹴って躱される。これも想定内だ。

 徐々に角度を上げ、速度を増して次々と[氷棘]を放てば、ほぼ真下から来る攻撃と、結界に弾き返されて落下する双方からの挟み撃ちとなった。


「てめ、結界利用するとか卑怯だぞ?!」

「それはこちらの台詞だ!」

 

 最初に結界を壁扱いしたのはどちらだというのか。

 それにしても、なんて滞空時間の長さだ。空を蹴りながら飛び回り続けているのだが、まったく速度が衰える気配がない。


 ……潮時か。


 [氷棘]での攻撃をうち切って、訓練場の半分あまりを円形の魔力で包み込む。


[爆炎バースト]」


 指定した範囲の外周から一気に燃え上がった炎が、螺旋を描きながら中央へと収束していく。捩じれた巨大な火柱に包まれ、地表にいくつも立つ氷柱や折れ散った無数の氷塊が、すぐさま湯気をあげて形を失った。


 火炎を避け、ウォルターが地上に戻る。だが、すでにそこは水蒸気の熱と真っ白な靄で充満していた。


 ……今だ!


 [強化]した視力で彼の影を捉え、一気に斬り込みをかける。

 ところが。

 逆に靄を裂き、目の前に長剣が飛び出してきた。反射的に剣で弾き飛ばすが、そこにウォルターはいない。


「!」


 はっとした瞬間。腰の辺りに重いものが巻き付き、背中から勢いよく地面に叩きつけられた。

 喉元を絞める太い手。


「だから――遅いって言ったろ?」


 衝撃でちらつく視界の中、琥珀色の虎が、獰猛に笑って覗き込む。

 剣を持つ右腕は左手で押さえ込まれ、いつの間にか後ろに回された左腕は肩ごと右肘に封じられて、喉には右手。腰には強靭な肉体が、がっしりと圧し掛かかる。

 完璧な負けだ。


「勝負あり!」


 ザントゥスの声が響き、私は悔しさと腹立たしさと――ほんのわずかな安堵の混じった息を吐いて、目を閉じた。



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