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小高い丘から目標を見定めることができたのは、それから一週間
と数日を費やした後だった。全体を見渡す限り、先の集落よりひと
まわりは大きい。どちらかといえば都市と形容しても差し支えない
だろう。
干渉に浸っていても距離が詰まるわけでないが、最後の下り坂は
迂回路だ。我と、目標の高度差を埋め合わせる為には必要な措置、
だとはおもうだけど、疲れた身体にはいささか辛そうで、溜め息が
漏れた。その時、数台の馬車で隊列を組んでいた行商の一団に声を
かけられた。
「なんなら乗ってくか、若いの」
最前列のドワーフに、とても魅力的な提案を受け、わたしは特に
プライドも持ち合わせていなかったので、相乗りを希望する。彼は
快くわたしを隣に招き入れてくれた。
「お前さん、アーカイドは初めてか」
彼は仏頂面でわたしに質問をしていた、だけども、わたしは彼が
親切心で気を使ってくれているのだと理解できた。ドワーフは基本
、おっかない。それでも表情の端に優しいしわが見えたので、信用
に足る人物だと、判断したのだとおもう。
さて、聞かれたことには、端的に切り返すか、いっそ黙るかだ。
余計なことを口走れば手痛いしっぺ返しが予測される、かといって
同乗している手前、完全に無視するのは問題があるだろう。
「ええ、まあ」
このご時世、下手に仲良くなったが最後、地獄まで道ずれなんて
ことは割と良くある。世の中は恐ろしいものだけども、ひとは、ど
の生物にしてもそうだが、信頼のうえにしか関係は成り立たない。
打算、あるいは支配欲に駆られて積もった繋がりは、あまり長く保
たれることが少ない。
そんなびびりきったわたしの思考を気にもせず、となりの彼は、
細かくこだわらない性格なのか、そうか、そうかと、高らかに笑い
飛ばした。それからてきとうな歌を歌いだしたり、合いの手を求め
てきたりと、本当にきままなひとだった。
馬車はなだらかな勾配をしている坂道を下っていく。
途中荷台がぎしぎしと音を立てたけど、持ち主は意に介していな
いようだったので、故障や破損の類ではないのだろう。感覚が鋭い
ことは、それが生存に繋がる因子になる例も少なくない。ただし、
日常から些細な現象まで拾ってしまうセンサーは、過度な疲れも引
き起こすので、わたしは気苦労が絶えない。
それから当たり障りない会話をしていると、彼は不穏な話題に裾
をつけ始めた。
「魔女を知っているか」
町の工房に住まう女で、肌は焼けただれたように赤く、髪は短い、
まとった衣装は七色を取り込み、背景と同化させることが可能だと
、彼はそういった内容を話していた。
わたしは、相づちをうちつつ、適当に笑顔で話を聞いておいた。
ただ、色彩学的には、赤、緑、青で必要条件は満たしているような
気がしたけれど、どうでもいいことで気を悪くして欲しくないし、
それについては黙っていた。馬車は相変わらず、がたがたと、小石
を跳ねながらくだり坂を降り続けているのだから、この愛想笑いも
あとすこしの時間で終わらせることができる。
別に、彼のことは嫌いではない。わたしは演技をしないと関係を
維持できない、自身に多少嫌気が差していただけだった。
しばらくして外周をぐるりと囲うように敷きつめられた、岩を背
高く並べた敷居が、わたしたちを出迎える。よくよく目を凝らせば
、それらが石英らしき構造を持っていることがわかる。守衛が立っ
ている場所まで来たので、彼は一度馬車を止めた。
「おれは先に行くけど、ここまでいいのかぁ」
わたしは「ありがとう」と言って、馬車を降りようとした。
守銭奴であれば、「おい、待て」とか声をかけて、運賃を要求す
るだろう。そうした時は、軽い方の財布をみせて三割から四割程度
の金額を渡してしまえば良い。そこまで計算に入れて、わたしは馬
車を降りようとしたのだけども、見当違いで済みそうだ。
彼は、ふっと、たくわえている髭に手をあてながら、達者でな、
と被っていた帽子を動かした。
「ええ、あなたも」
わたしたちは一時の共同体を破棄して、彼は商いの通りへ、わた
しは彼が進んだ大通りを避け、まずは脇道へと入った。
彼と違って、わたしは強くはないし、何かしらの組織の後ろ盾が
あるわけでもない。可能な限り、好戦的な種族に絡まれるような真
似はしない方が賢明だろう。一昔前の、とけげにとかげと言って、
町で乱闘騒ぎを起こした黄色髪の二の舞は避けるべきとおもった。