5
五時、まだ日中ではあるけれど、早めに宿を作ってしまおうか。
わたしは手持ち大にまで折りたたんだ、一人用のテントを取り出し
、杭を打ち込めそうな場所を探した。そしてひと一人がかろうじて
入れるだけの空間を確保し、夜に備える。
寒い夜を越える方法はいつも通り、温度を保つ魔法を使えばいい
。あくまでも代替が効かない用途であれば、魔法を使用する口実と
しては充分だ。少なくとも、自身を騙す分には充分だった。魔法の
発動に必要な要件は、手をふれること、それから祈ること。わたし
の場合は、補助が必須なのでカードに数式を書いている。
右のふとももに手を当て、指先で分かる様に折り目をつけた紙の
束から保温カードに魔法力を流した。疲労も関係してだろうか、日
の昇っている時間帯では、明確に音量をあげていた砂塵が、段々と
鳴りを潜めはじめた。ということは、これから一気に暗くなる。
予測通りではあるのだけど、やはり水平線の色が大きく変動を始
めた。聴覚だけを頼りに感じられる外気の情景というのは、言って
しまえば深海のようなもので、あわせて重たいプレッシャーを背負
わされているような気がする。わたしは宇宙まで上昇を決めたこと
なんて、勿論ない。ただ、衛星の打ち上げに伴う、有人ミッション
に参加していた妖精さんの話では、大気を突き抜けたあと、一瞬に
して視界が、群青色にひらけたらしい。今、この瞬間でも、そんな
静けさの片鱗が垣間見えたような気も、したかもしれない。
彼はミッション中、宇宙での待機はとても退屈だったと漏らして
いたが、それは常人の反応ではないだろう。とはいえ、あと二百年
も経過すれば、宇宙が、オープンスカイになるのも、夢ではないの
かもしれないが。
わたしは荷物ごとテントの中へ身体を突っ込み、風が止んだ頃合
からは頭だけ入り口からだして、段々と澄んでいく星空に身をゆだ
ねた。大空なんて自分には縁がないものだとおもっていたけど、抜
群に視程が通った夜空には形容しがたい魅力があって、亀が、そこ
への階段を苦労しながらでも昇っていた理由が、少しは分かった。
綺麗とはいっても、退屈なその時間が長引いて意識はまどろみ、夢
を見ているようだった。
数は少ないけれども、現在進行形で夢をみることが、稀にある。
そこには冷笑をうかべた女性、彼女が誘い文句を並べながら、ゆっ
くりと手招きをしているらしい。だが待ってほしい、こんなのは罠
だ。明らかに自分をほふる目的で、誘惑している。ひとを騙すなら
、もう少し手の込んだやり方をして貰わないと困るよ。
考えが、甘かったのかもしれない。
途端に背後から衝撃を受けて、わたしは前方に押し出された。怯
えた後方の人間達がわたしを押したらしい。目の前では化け物が、
鋭利な牙をあらわにして、喰われた。
というか、恐らく食われたのだとおもう。そこから先の記憶は色
褪せてしまっているのか、思い出せそうになかった。化け物は単に
化け物ではあったが、真に恐ろしいのは身内の裏切りにあったのだ
ろう。片方の目で泳ぐような熱気を捉えたので、明け方ごろに目を
覚ましたことを理解できた。
水平線の向こう側では、けしきが緩やかな湾曲を始めている。
「行こう、立ち止まれば危険なのだから」
進むしかない。わたしは何度も繰り返してきた手順を実施して、
余り時間をかけることなく旅の準備を整わせた。また踏み立った大
地は相変わらず粗いままで、気分はよろしくなさそうだ。今朝の夢
のこともある。ついでに、数値では計算できているとはいっても、
物理学的に、終わりが見えない旅がいつまで続くのかという不安は
消えることはない。