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次の集落まではおおよそ20マイル。法定ではない、ノーティカ
ル、つまりは海里。航法用に使われることが多い単位。さほど違い
はないといえば、ない。よほど長距離を移動しない限り、その差は
極端に現れることはないだろう。
わたしは地図を取り出して、現在地と目標までの距離、方位を再
確認した。それと、右足にくくり付けてあるカードの束から一枚、
方位の即式魔法を書き込んでいたものを抜き出す。手に取ったそれ
を祈るようにぎゅっと力を込めて、最小限の魔法力を流す。数秒後
、魔法陣が緩やかに浮かび上がっているのことを確認できた。電波
を受信する先を二カ所指定して、同時に方位情報、距離情報を表示
させた。本当はジーピーエス、広域航法を使えれば手っ取り早く、
情報が手に入る。ただ、最新の機材は複雑で、手順も複雑だ。てい
うか難しい。旧来の手順の方が簡便だったようにおもう。
途端、寒気がした。外気温は二十度前後、季節もまだ初冬にすら
踏み込んではいない。だとすれば考えられるのは、魔法力の方だ。
仮に差し迫った波に飲まれてしまったら、わたしはどうなってしま
うのだろうか。それは、実際にそうなったケースの報告書でしか読
んだことがない。ただ、生き残れはしなかったそうだ。
求めた相当方位に従って、切り立った山道を進むことになった。
これまでは緑が生い茂っていたのだけど、風景は白、あるいは茶で
統一されることになった。歩をすすめれば進めるほど魔法力の風は
薄まるので、体調は回復する兆しを見せていた。
それと引き換えに吸い込む大気の味は、砂を混じらせたまずい味
へ変貌を始めている。森林地帯と比べるのは酷かもしれないけれど
とても良いとは言えないだろう。ころころと転がる様に、砂ほこり
が舞い始めて、流石に、別の意味で息が苦しくなった。そういえば
外気の毒を遮断する魔法をみたことがある。
手持ちにそんな特化術式を持ち合わせていただろうか。右足から
数式を乱雑に書きこんでいるカードの束を外して、ざっと目を通し
たのだが、火おこし、洗浄、料理の味付けがほとんどだった。一人
暮らしが長かったせいか。いや、それにしても、目の前の非情な、
大自然に立ち向かっていくには、役不足なのは間違いないだろう。
一から数式を考えてもいい。時間と、タスクに余裕があるなら、
それでも良かった。だが今この瞬間に、適した手段とはおもわれな
いだろう。対症療法的に、薬草を畳んでいた生地を裏返して、顔に
巻きつけた。もっと息が苦しくなるか、不安ではあったものの、意
外と安定して外気を遮ってくれたらしい。
わたしはそのまま、一歩踏み出すことに成功していた。