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唐突にリスが、足元を駆け抜けていって森へと走り去った。それ
に目を奪われて首を振った際に、いくらか空気を吸い込み過ぎてし
まう。むせこむのはアレルギーの類では無くて、人体、ひとの身体
には有害な魔法力の粒、の方が影響していた。今日は息が出来ない
ほどではないけれど、すこし風が強く、辛いかもしれない。
道なりに歩いて集落の入り口まで進むと、衛兵の竜人に会った。
「ああ、君か。通行証は持っているね」
肩から下げていたバッグから、縁があり、譲り受けていたものを
取り出した。言ってしまえばなんのことはない、正方形の紙が一枚
だけではある。しかし、不思議なもので、それを持っているだけで
可航半円は極大化していた。
彼が塞いでいた道をあけたので、わたしはさっさと横を抜けた。
竜人は誇りが高く、普通は、わたしにいちゃもんをつけることは少
ない。にしても、例外はある。彼がその一人ではないという保証は
なかったから、そそくさと逃げるように立ち去った。その点は今朝
の小鳥と同じアルゴリズムで行動したとも、言えるだろう。
わたしは住居の間を縫うように進み、青い屋根をかぶった家、
その玄関を叩いた。快く扉を開けてくれた彼女に導かれて、室内に
身を収め、中央に置かれた卓に座ること。
この数か月に、同じやりとりがどれだけ繰り返されただろうか。
それも、これで終わるだろう。彼女が淹れてくれた薄い緑色の飲み
物をすすり、鍵と白の薬草を取り出して、渡した。深夜にかけて花
がひらく特別なもので、心臓の病に効くらしい。
依頼を受けて探し続けたのだけど、やっとの思いで見つけたのは
家の傍でだった。集落を起点としてかなり半径を広げ、捜索をした
にも関わらず、要は、灯台下暗しってやつだった。しかし納品まで
日を跨いでも良いというのは、珍しい案件であったとおもう。それ
から他愛もない話を少々続けていたけど、彼女もわたしの事情を知
って身元を預かっているのだから、長居は毒だというのも理解して
いるだろう。だから、会話は不自然に展開を変えた。
「もうこんな季節ですか」
別れを惜しむようなその言葉に、彼女は別れの要素も加えた後、
机から書簡を取り出していた。次の集落でお世話になる予定の薬士
へ向けたものを、わたしは丁重に預かった。ましてそれがなければ
職を失うどころか路頭に迷いかねない。丁重にというのは、あるい
は当然、然るべき判断だったとおもう。
書簡をバッグの中に入れて、かわりに短刀を出す。獲物を、いや
これはただの採取キットだ。対生物目的で使えるほど高価であった
り高性能なものではない。普段使いで生えている草の根元をえぐる
時に使っている。のだけども、旅の準備をする上で、夜襲に即対応
できる位置に武器を持っておくのは、安心感の意味で役割がある。
短刀を腰に差して、席を立つ。いつものことではあるのだけど、
こういった場面、つまり別れにおいて紡ぐ言葉は難しい。気の利い
たことでも言えばいいのかもしれないが、帰って来れる保証はない
のだから、適当なことを口走るわけにもいかない。だからわたしは
いつも似たような文言を口にしていた。
「ありがとう、」
ありがとうに続く言葉は、まだ見つかっていない。