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テンポラリー 《前編》
弥生の四時前のことである。
友達の家から駅へと向かうバスの中には、十人の乗客が。誰一人話さないバスはしーんとしていて薄気味悪い。
スマホから流れてくる音楽を聞きながら窓の外を眺める。
いつの間にかバスは駅前へ。ラッシュ前の駅は妙に人が少ない。
「真っ直ぐを向けばもっと難しく考えないで
後回しになっていいよそのままを受け取るよ」
フジファブリックのスワン。明るいのにどこか切ない。これは名曲だと思う。
灰色の空は気怠気で、ため息を思わず吐いてしまう。
「どこでまちがえたのかなあ……。」
ふわふわできらきらしていてテンポラリーな思い出は遥か彼方に。
さようなら。
ひととせ前の事。
「行ってくるね。」
あの人は、バイオリニストを目指し、ドイツへ旅立っていった。
嫌な予感がした。本当は行って欲しくなかった。
でも、止められなかった。だって止められるはずがないもの。夢に向かって一生懸命な彼を。
「がんばってね。」
行かないで。
「世界一のバイオリニストになってね。」
どうしてだろうか。
「ありがとう。」
もう会えないなんて、知らなかった。