一つの小さな物語
冬の午後五時半。
駅のバスロータリーにはあらゆる年齢の男女がそれぞれのバスを待っている。
「行くな! 凪!」
私は彼の声を無視して敵に攻撃を仕掛けた。そして、死んだ。死んだと言っても本当に死んだわけではなく、幕末にいた私という人物が存在しなくなっただけ。悲しいかな、もう戻りたくても戻れない。
手をつないで歩いて行くカップルや、仲睦まじい夫婦。もしもあの時、彼に従っていたら、私達もあんなふうになれたのだろうか。
「俺を置いていかないで! もう、大切な人を失いたくない!」
最後に聞こえたあの人の言葉がふと脳裏によぎる。
「ごめんね……。」
誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
ポケットに入ったケータイのバイブがなった。仲の良い友達とのチャットの通知だった。それを見て、もう私は完全にこっちの世界の人だと痛感する。
ぽつりぽつり、雨が降り始めた。折りたたみ傘をさした。雨は次第に強くなっていく。
これが天の涙だとしたら、なにが悲しくて泣いているのだろうか。
特に意味はなかったが、私は傘を閉じて海の方まで走り出した。
走って十分程。海につく頃にはずぶ濡れだった。だが、少し清々しい気分であった。
「……凪?」
にわかに名前を呼ばれて振り返る。
「……え?」
私はいまいち状況が読めずにいた。
「久しぶり、だな。」
ようやく状況がつかめた私は彼の腕の中に飛び込んだ。
「ごめんなさい。」
「いいよ。」
「ありがとう。」
「うん。」
涙が止まらない。
「まだ、私はあなたが……。」
「まって。俺がいう。」
鼓動がはねた。
「俺は凪が好きだ。これからは一緒にいさせてください。」
ストレート過ぎる言葉に、私は何のひねりもない言葉で答えた。
「よろしくお願いします。」
二人は並んで、再び共に歩きはじめた。