3/10
月が綺麗ですね
遠くで光る江の島の灯台。ぽつりぽつりと見えるコンビニエンスストアや家の光。日が暮れて間もない海沿いの住宅街を照らしている。
それよりも街を眩しく照らしているのは、雲の隙間から見える月の光。そして、その光を歓迎しているかのように秋の虫たちが明るい夜空に楽譜を描き、歌っている。
時折、風が道端の金木犀の香りを運ぶ。その甘さが胸をくすぐる。切なくて、懐かしいような、不思議な気持ちだ。
ふと隣に目をやると、月明かりに照らされている横顔が見えたような錯覚に襲われる。声をかけても返事がなく、触れようとしても手には空気を切る感覚が虚しく残るだけ。
「月が綺麗だね」
そんなことを囁かれた満月の魔法仕かけの夜は夢だったのか、幻か。どちらにせよ、もう戻らないということには変わりはない。
にわかに月が雲に隠れた。それと共に、記憶の箱は閉ざされた。
そして、ふと私はテスト期間だということに気がついた。このような月を見ないなど勿体ないような気がしたが、仕方がなく再び勉強机に座り、問題集を開いた。