幸せの音
あるアニメで、過去へタイムスリップをした少女が現代に戻るとき、最後に恋人と泣きながら抱き合うシーンをみて、当時の私の胸は痛みを覚えた。しかし、それと同時に「あんなふうに誰かを本気で好きになってみたい」とも思った。
だって、私にそんなことが起こるなんて、思っていなかったから。
「本当は離れたくない……!」
「でも、叶えたい夢があるんだろう?」
叶えたい夢。それは、祇園で一番の女になるということ。
「夢なんてどうでもいいから……っ!」
一緒にいたい。そう言おうとした私のくちびるに、彼のそれが押し付けられた。初めての接吻が、最後の接吻になるなんて、貴方はなんて意地悪な男なのだろう。
「未来には、僕の書いた本が残っているんだろう? それが、僕達をつなぐと思うんだ。だからきっと大丈夫。
ーーーーさあ、行きなさい。」
貴方は、微笑みながらそういった。私は、何度も何度も頷いたーーーー。
時は、平成。祇園の舞妓である私は、明治時代から戻った後も、今までと変わらず、昼は稽古に、夜はお座敷と、忙しい日々を送っていた。
いつも通り、お茶屋さんに向かう。途中で観光客に写真を取られたり、話しかけられたり……。本当にいつもと何も変わらずに。
麩を静かに開ける。
「こんばんは。おおきに。おまっとさんどした。」
顔を上げた。今日のお客様は一人のようだ。
「うちは、幸音どす。よろしゅうおたのもうします。」
私は思わず目を見張ってしまった。
「久しぶり、"華音"ちゃん。」
本名でよばれ、どきりとする。どきりとした理由はそれだけではない。だってそこには、会いたくて、会いたくて仕方がなかった、貴方がいたから……。
会えて嬉しい。だが、この祇園で生きると決めた以上、今までのような関係を持つことは許されない。
もしも、あんさんが誰かと結婚しはっても、うちには文句を言う権利なんて、もちろんあらしまへん。今のうちは、ただの祇園の舞妓どす。
せやけど、ただの舞妓やからこそ、出来ることはおますと思う。
それを、一生懸命やりとげて、いつかあんさんとの約束を果たすさかい、どうか、これからも昔みたいに見守ってておくれやす。