8、従妹(いとこ)がいるとはな
見やすいのかわかりませんが、改良をしました。
見やすい、見にくいなど、コメントくれると有難いです!
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「運び終わりましたよ、自分にもう用はありませんよね」
パンパンと払い落とすように手を鳴らすとそういった。
目の前の篠部隊長以外、この部屋には誰もいない。
ここは篠部隊長の部屋なのだからその光景は当然だった。
「ひとまずは、な。お前には、アレがあったろ」
「アレ、ですか?」
「とぼけても無駄だ、この責任者は私なのだからな」
もはや例のようなものになっている、『難民捜索』の紙を持っていた。
それを見るや、真凪の顔は笑顔を見せるように唇が歪んだ。
「これは明日までだ。お前のことだ、終わっていないのだろう」
上質な椅子に座りながら、篠部は尋ねた。
それはもう、わかっているといった口ぶりだ。
「よくご存知で……。ですが、期限は守ります」
「ああ、確かにお前は期限を守る。だが……果たしてこれが一日程度で終わるものとは、責任者である私さえ思わんが。どうだねエース候補、君ならできそうなのか? できない、という返答は今更なしだ。お前は朝も行ったと思うが軍人だ、それに男だ、男に二言はないと言うだろう」
そんなことを言うとは思わなかった真凪は内心、慌て始めた。外見は冷静に見えているかもしれないが、中ではこうだった。――どうすればいい、そのことを一度考えた。それは分からないと思うと、次はやり方を改める必要があると考えた。多分、隊長が言っていることは一人でやる場合だ、人数が増えれば作業効率も格段に上がる。
決めた言葉で、
「ええ、自分ならできますとも」
それだけで十分だった。篠部は意外だ、と言った具合に瞑っていた目を開くと、頷いた。
そうだとは思っていなかった真凪は言葉を続けるが、それはすぐにやめさせられた。
「それ以上は理由だろ、言わなくていい」
「いや、聞いたほうが」
言いたげに彼はいった。
とは言っても、それほどではないと思うが。
「お前の理由は大体予想がつく。言うことも可能だが、言って欲しいか?」
「それはいいです!」
なぜかそこは断ってしまう。
それで本当に予想が付いたようで、満足げに篠部は微笑んだ。
「……どこかおかしいですか」
「ふん、やはりお前はまだエース候補だな」
「え、なぜ……やはりいつもの行動をご覧で」
「お前の行動は知らん、まず他人の行動を見るほど私はまだ老いてはいない」
そういうと立ち上がり、廊下に通じる扉を開けようする。
「どこへ、まだ話は終わって……!」
「終わっただろ。お前は明日までにやるンだろう? ならそれだけだ」
背中を真凪に向けながらそう言い放った。
まぁあそうだな、と納得する。もうこれ以上言うことはないな。
「では隊長」
と敬礼をする。篠部はそれを見てはいなかったが言葉だけに反応し
「最低でも明日には顔を会わす。だから、その言い方はやめろ」
篠部は一人、人だかりのある廊下を歩いていた。真っ直ぐ行くだけ、それだけだった。
これからすることは――ああそうだ、会議だ。いつもの、毎週一回はある会議だ。今日はあいつが来ていればいいが。あいつを最後に見かけたのは三週間前だ、それ以降、姿・噂すら入ってこない。死んだとも言われているが、それはない。あいつは実力者だ、やわに死ぬような男ではない。
――不浪人。それがあいつのあだ名になっている。本人は知らないが、それぐらいは察しがつくだろう。そう、あいつはふらっと姿を消す習慣がある。何をしているかは知らないが、姿を消す。だが、きちんと任された仕事はやる。
一様、隊員全員、装着が義務づけられているこのデバイス、これにはGPS機能も付いている、それに生体反応もだ。だから、と言ってあいつの場所が分かることもない。電源を消されれば、ただの電子端末だ、それで終了だ。司令室はそれでいつもソワソワしている。前に心配することはない、と言ったが、私たちの使命は――、と一瞥された。流石はこのご時世だなと、渋々わかりきっていたことを訊いていた。
それにしても、心配だ。この頃のこともある、それに聞く話だと襲撃はもうすぐらしい。会ったら、控えるようにと言わなくては。
「おっとすまない」
前を見ていたが、いつの間にかぶつかってしまっていた。背の小さな女性だ。自分よりも背が小さい、一五〇センチといったところか。髪は日系特有の色ではなかった、肌の色も。これは欧米人特有だ。
「わ、私こそすみません」
その喋り方は随分と悠長としていた。ここに来てから長いのか、それとも勉強をしていたか。それにしても違和感がない。
「いえいえ、私こそ。考えが夢中で、前が見えていませんでした」
「そ、そんな! あなたが謝る必要はないのに……」
まるで、自分からぶつかったように彼女の口調はそう言っていた。
だが、その口ぶりに篠部が気づくことはなかった。
「あのー……ぶつかっておいてなんですが」
背が小さい分、彼女は上目遣いで篠部を見ながらいった。
「ここに桐船レンザンと言った、男性はいませんか? 知っていればでいいンです。特徴は、背が高くて髪が長くって――」
淡々と彼の特徴を言っていく。
ああ、確かにあの男だ。あまり会話はしたことはないが、真凪よりは強いことは間違いない。あいつに、いとこなんていたのか。
「知っているとも、案内しよう」
「ほ、本当ですか!」
その返事が思っていたものと違ったのか、驚くと篠部の手を引いた。
「おっと……!」
手を引かれた篠部はふと呟いた。
温もりのある小さな手、懐かしい頃を思い出しそうな気がした。だが、寸でその記憶を思い出すことをやめた。
今はそんなことに浸っているときではない。
頭を振り払うと、向き直った。
「こっちですよ……ね?」
「いや、逆だよ。彼はこっちだ」
彼女の手とは反対方向を指差す。
「あっ……すみません……。つい、嬉しかったもので」
と彼女は謝る。それについて、別にどうとしたこともなかったのだが。
「それぐらいは別にいいさ。高揚するのも分かる」
「わ、分かるンですか! この感情が!」
「ああ、わかるとも。私も体験したことがある。何というか……早く会いたいそういうものだろう」
彼女の答えは出なかった。
外れか、と篠部は当てずっぽうでいった答えに訂正する。
「――というものじゃない、かな?」
そこは彼らしくなく、愛想笑いをした。
彼女は篠部のほぐれた様子をみてか、口をあける。
「そう……なんですかね。私は今の感情がどういったもので、何をするか分からないンです。その……」
口ごもる。それを見た篠部が困ったように頭をポリポリとかきむしる。
――悩みごと……なのか? あいつのいとこなら、そんなのないと思っていたが
上目で天井を見ながら、ふと思った。
いつものように会話をしている姿を目にするレンザンを思い出した。気さくに話しかけ、それでいて嬉しそうに会話が弾み、笑う姿を目にすることが多い。
悩みがないように、映って見える。
「あー、別に俺には言わなくていいさ。言う相手はこれから会うあいつにでも、言ってくれ」
こういった悩みを聞いて、返事をするのが得意ではない。特に女性には、だ。
だからといってなんだが、縁がある人間に聞いてもらった方が絶対にいい。
自分にとってもだ。変なことをいって彼女の人生を変えたとなったら、自分はその罪悪感に潰されるかもしれない。それはゴメンだった。
死ぬのなら、相手を選ぶ。いや、訂正だ。――相手は決まっていた。薄汚いゴキブリよりも、たちが悪いあいつらだ。
死ぬのなら、あいつらと戦って死にたい。それが本望だ。
「あの……なんで笑ったンです?」
「わ、私かね?!」
その道へと歩いていると、彼女が声をかけてきた。
自分が笑った? まさか、あのエース候補でもあるまいし自分が笑うことなどないはずだ。仮に笑っていたら、それはあいつと同様の能天気野郎ということだ。
「ええ、そうですよ。お気づきになりませんでしたか、こう鼻でフッと笑ったんです」
まるで自分がしたように、それを真似してみせた。
だがひとつ言わせてもらいたかった。腕を組んで、見下すように鼻で笑ったわけではない。彼女の下手な真似をみると、そう思われてしまうだろう。
「それにしても、私は笑ったンだな」
「ええそうですとも、こうやって……」
再びすることで、吹き出してしまった。
すぐさま
「す、すまない……つい」
と既に笑った口を篠部は押さえる。
久々に笑ってしまった。何週間ぶりだろうか、いや数年ぶりかもしれないな。この頃は、笑っていなくて麻痺していた感覚すら感じるほどだった。
「堅い人だと思っていましたよ、いやー学んでよかったです」
彼女はニコリと微笑んだ。思わずこちらまで、ニコやかになりそうなほどだ。
「ああ、君が言う通り私は堅い男だ。任務に忠実で、仲間をしなせたくなくて、敵を倒したいだけの堅い役職に縛られた人間だよ」
どこか吹っ切れたように、篠部の口から自然と出ていた。
「だけど、それはそれでいいと思いますよ。なんだって、人々を守る!」
と彼女は人差し指を立ててみせた。
「それだけで十分カッコイイですから」
「カッコイイ……か」
会話というよりも、呟くように言った。
――お父さんカッコイイ! もう一度してみせてよ! こうやってリトラクトオオオォ・オン! って!
ポーズを決めながらそういった息子の感情を隠すことがない笑いを見て、自分も笑っていた。「ああそうだな! じゃあもう一回するぞ!」と、篠部は河原の雑草の上でもう一度してみせた。
――おお! やっぱりカッコイイや……僕もいつか父さんのようになりたいな……。
息子の呟きに反応するように篠部は答えた。
「なれるとも。お前は俺の息子だ、きっとなれる。なれると思って努力をし続ければ、それは現実になる」
――本当に? ぼくに力なんてないよ、腕の力も、足の力も……。
「そんな力なんて、いまはなくてもどうでもいい。必要なのは――」
――必要なのは?
篠部は息子に近づいた。片膝をつくと、少年の肩に手を置いた。
「思いだ! ほかのことは後回しでも自然と身につく。だが、思いは自分が考えない限り生まれない、それは学ぼうとしても学ばないことだ。自分が変わらなくてはできないことだ。それがお前にできるか、隼人」
隼人は言葉が難しかったのか、首をうなずけようとも口をあけようともしない。
まだ早かったか。まだ九才だもんな。
言い訳のように自分に言った。だが、それをすぐさま訂正した。
――僕には出来るよ、何を言っているかは分からないけど……き、きっとやってみせる!
「本当にか?」
真剣そうな表情でそういった。裏腹では試していた。
――う、うん!
頼りないが自信のある声で、首を頷けた。
「それだけ聞ければ十分だ」
と篠部は隼人を軽々と持ち上げた。その姿は、元の人間の姿だった。
「どっちでしょうか?」
腕を引っ張られて、幻想から目が覚めた。
「あ、ああ……! それはこっちだ」
左右に広がる道にでると、右に曲がった。
まさか今になって思い出すとは思いもしていなかった。彼女が似ていた? あるかもしれないな、さっきだって私は笑っていた。心が一瞬だが、和らいだ気がした。
ここからはすぐだった。まもなく、彼の部屋に着いた。
「どうもありがとうございます」
と華麗なお辞儀をする。
「それほどではないよ、私は頼まれたことをしたまでさ」
「やっぱり堅い人ですね、いえ……謙虚、というべきでしょうか」
「どっちでもいいよ。さぁあ私との旅はここでおしまいだ。それでは、お嬢さん」
一方的に言うと、場を去ろうとした。
だが、まだ片手には重みが感じられた。
「待ってください!」
言葉につられ、つい彼女を見てしまう。
「お名前、聞いてもいいですか?」
彼女は握った手を離す。
「そういえば言っていなかったね。私は篠部貫地、篠部と呼ばれている」
「篠部さん、ですね」
と持っていたデバイスを取り出すと、検索した。
「……なるほど」
ぼおっと彼女が調べている画面を遠目でみた。在り来りなプロフィール、デマ情報も載っている。確かに、これといったものに取材を受けたことも言ったこともない。適当に拾ってきたというところか。その割に、画像が若かった。入隊直後の、若々しく緊張した顔だ。まだ残っていたのか。
「それで君の名前は……? セガールかい?」
呆れる様子でそういった。
「せ、セガール?! ち、違います! 私はえっく……あ、違った。私は……」
またも彼女は口こもっている。やっぱり悩みがあるのか、早くあいつに解決してもらわんとな。
「今日って『グレード・フル・ストーリー』がテレビで放送するんだろ! 主演はあのレニー・ミー!」「知ってるって……! お前がその人を大好きなぐらい」
たわいない会話が自分の後ろを通り過ぎる。それが通過すると同時に、彼女が口を開けた。
「そう! 私はレニー・マイルドです! よろしくお願いします」
意外なことにレニーという名前が、先程の会話の中の人物と一緒だった。偶然とはな。
差し出された手をひとまず握る。もう慣れてしまえば、何も感じなかった。
「じゃあ、私はこれで失礼するよ」
「は、はい! ありがとうございました!」
深々とこちらをみて、お辞儀をした。
今度は何もなかった。さて終わったことだ、これから向かうとしよう。少しの遅刻ぐらいは許してくれるだろう。